クリスタルベアー
「クリスタルベアーとの戦闘経験は?」
シリカは頭を振る。
まあそれはそうか。
ダンジョン未経験で魔獣と戦うこと自体そんなに多くはない。
入試の時の魔獣が倒せたのなら問題は無さそうか。
なによりシリカなら余裕だろう。
「いいか、クリスタルベアーは基本的に群れで動く。ボスは角が多く、戦闘力も高い。ただ、あのクリスタルベアーは角が二本。小さな集団ではボスになることもあるかもしれないが、所詮は角二本の雑魚だ」
「雑魚……」
シリカが俺の言葉を繰り返す。
「気を付けなければいけないのは二つ。一つはクリスタルベアー特有の鋭い爪。奴らはあの体躯で突進して爪での攻撃を仕掛けてくる。かなり攻撃速度が速いから見てから反応するんじゃ遅い。そしてもう一つは、叫びだ」
「叫び?」
「あぁ。クリスタルベアーの叫びは仲間を呼び寄せる。今ははぐれて狩りやすいからチャンスだが、もし俺たちの攻撃が悟られて叫ばれれば、群れが一気に押し寄せ、一筋縄では行かなくなる」
それを聞いて、シリカの顔がきゅっと強張る。
「じゃあ、叫ばせない、突進させないが重要なんだね」
俺は頷く。
「ということは……クリスタルベアーが突進できない様にして、叫ばれる前に倒す……と」
「その通りだ。先手で拘束し、速攻で倒す。これがベストだ」
「う~難易度高そう……」
シリカは目を細め、う~っと唸り声を上げる。
自己評価が低いのは相変わらずだな。
「シリカの魔術で足を固定したりできるか?」
「うん、それなら何とか出来ると思うけど」
「よし、それなら問題ない。シリカは俺が合図したらクリスタルベアーの動きを止めてくれ。俺がその後とどめを刺す」
すると、話を一応聞いていたルークが割って入る。
「おいおいおい! いけんのかよゼノア!? 一撃で仕留めるって、かなりの難易度だぞ?」
「多分大丈夫だ」
「多分って……それで仕留めそこなって群れを呼ばれたら万事休すだぜ!?」
「じゃあお前がその立派な剣でトドメを刺してくれるか?」
「お、おれはお呼びじゃねえよ。それにお前もな! シリカちゃんにやってもらうってのはどうだ? シリカちゃんならいけるだろ、拘束しなくても」
シリカは不安そうな顔で俺たちを見る。
「シリカの実力ならそれも余裕だろうが、先は長いんだ。シリカに魔力を使わせ続ける訳にもいかない。それに、この奥に五本角がいないという保証もないからな。そうなった時、シリカの魔力が尽きて居たらどうする? 文字通り俺たちは終わりだ」
「ぐぬ……それは……確かに……」
「それにこれはパーティでの演習だ。協力して出来るならした方がいいのさ。連携するのも授業のうちだ」
「そういうもんか……メロウの奴なら我先にって単独行動してそうだな……」
「さて、作戦はもういいだろう。あまり時間をかけて奴が移動するか後続のパーティに手柄を横取りされでもしたらかなわん。準備はいいかシリカ?」
シリカは腰からクリスタルの付いた杖を取り出すと、ぎゅっと構える。
「いつでもいいよ……!」
さすが、肝は座っているな。
「よし。俺が射程距離まで近づくから、合図したら魔術を頼む」
「了解」
俺はゆっくりとクリスタルベアーへと近づく。
クリスタルベアーの鼻はそれほど強くはない。
人間がちかづいたとしてもさほど気にはしないだろう。
一方で音に多少敏感ではあるが、俺の足さばきならほぼ足音を立てずに近づくことが出来る。
クリスタルベアーまで残り十メートル程と言うところで、俺は立ち上がると、右腕を上げる。
さて、一思いに殺してやるか。
俺はタイミングを計り、その手をバッと振り下ろす。
と同時に、シリカは勢いよく立ち上がる。
その音に反応し、クリスタルベアーがシリカたちの方を見る。
「何かこっち見てますけどおお!?」
「気にするな、行け、シリカ!」
「いくよ…………"アイスロック"!」
ぐるんと回したクリスタルの先端が、弧を描き、魔術の波動が広がる。
瞬間、クリスタルベアーの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「ガアア……?」
魔術反応の直後、不意に泉の様に湧き上がる氷の山。
それはクリスタルベアーの足裏から足の甲、脛へと浸食し、気付けば膝下を完全に凍り付かせていた。
「うわ、すっげ……」
ルークの声が漏れる。
魔術師ではないルークからすればこのレベルの魔術でも物珍しいのだろう。
「いいよ、ゼノア君!」
「あぁ……いくぞ」
俺は右手をそっとクリスタルベアーに掲げる。
「頼むぞゼノアああ!!」
威力を調整し、周りへの影響を最小限に……。
俺の手の前に魔法陣が現れる。
クリスタルベアーは自身の危機を察知し、今にも叫びを上げそうだ。
一撃で終わらせる。
魔法陣から、バチバチと稲妻が走る。
「――"雷一閃"」
バチっと一瞬はじけた光が、放たれた矢のようにクリスタルベアーの頭部を貫く。
決して派手ではない、一極集中した雷の矢。
刹那、雷鳴が轟き、爆発が起こる。
爆煙が巻き上がり、その顔は見えない。
「――――……ッ」
直後、クリスタルベアーの顔を覆っていた煙が晴れると、そこには真っ黒に焦げた頭部があった。
もう叫ぶ力も残っておらず、クリスタルベアーはその態勢を大きくのけぞらせる。
凍り付いた足のせいで倒れることは無いが、もう動くこともない。
クリスタルベアーはさながら剥製のように、一定の形で硬直し、白目を剥く。
「や、やったのか……?」
あまりの一瞬の出来事に、ルークがきょとんとした表情で俺を見る。
「あぁ。頭部一か所に集中して電撃を流してやればこの通りだ。脳を焼き切れば魔獣といえどこんなものだ。別に威力の大きな魔術を使えばいいという物ではないということさ」
「普通それで魔獣の頭貫通するもんなのか?! いや、魔術はわかんねえからよくわかんねえけど……」
「ゼノア君はすごいんだよ!」
「なんでシリカちゃんが自慢げなの……。は、はあ……すげえな。序列最下位つってもやっぱ魔術師ってのはあなどれねえな……」
侮っていたのかよ……と思いつつも、俺は口を紡ぐ。
「さて、角を取ろう。持ち帰らなければ倒してないのと一緒だ」
「今ので粉々になってたりしねえか?」
「あの程度で粉々になるような角じゃない」
死体に近づき見ると、頭部には色あせない角がしっかりと二本ついている。
「ちょっと角の位置が高いな。どうにかして土台を――」
とその時、一閃。
ルークの剣がクリスタルベアーの頭を切り落とす。
ぼとっと音を立て、クリスタルベアーの頭が地面に転がる。
「よし、これで取れるな」
「お前……死体ならいけるのか」
「そりゃもう動かないし反撃する様子もねえからな。――っとほら、死んでるからかすぐ取れたぞ」
それは水晶のように綺麗な三角錐。
その二本の塊を、俺はルークのカバンにしまい込む。
「さて後三本必要だな。角三本持ちを倒すか――」
「それは勘弁! 俺は死にたくねえ!」
「――少ないのを複数か、だな」
「そうだねえ。まあ遭遇したクリスタルベアーの角を見て決めよっか」
「それがいいな。さて、先へ進むぞ」




