依然として
シリカを始め学校中が浮足立っていた。
これは決して歓喜などではない。
栄光ある我が魔王城ディスアビスでも時折あった現象。
不安や恐怖から来る、悪感情。
勇者学院という英雄を作り出す機関の水面下で、悪に連なる《《何か》》が確実に起こっているという不気味な感覚。
失踪事件、ロイドたちの小競り合い、それに伴ったピリピリとした空気――そして極めつけはサラの失踪。
あれから数日たち、その失踪はルークだけにとどまらず、全校生徒が知るに至っていた。
何故なら、彼女自身は平凡な生徒であったが、唯一メアリーの手綱を握っていた生徒だったからだ。
そう、つまり生徒たちは恐怖しているのだ。
もしこのまま自体が悪化すれば、最悪な結果が待っていると。つまり。
冥府の魔女が動く――と。
もし仮にサラの誘拐がロイドたちや魔術会、その他派閥によるものだとすれば。
……いや、この際それ以外の今まで爪を隠してきた新手の集団でもいい。
とにかく、メアリー以外の起こした事件なのだとすれば、サラの行方不明にメアリーが動かない訳がない。
妖しい雰囲気を纏った、冥府の使者。
何かの実験をしているという噂もある、今勇者学院が抱える一番の爆弾。
学院でその姿を見ることはまずないが、どこかで何かをしていることは間違いない。
その底知れぬ恐怖に、生徒たちは震えているのだ。
「本当にすまない……。まだ私達でも手掛かりがつかめていないんだ」
研究室を訪れたアカネが、申し訳なさそうに僅かに頭を下げ、顔に悔しさを滲ませるアカネ。
「そ、そんな頭上げてください」
シリカはおどおどした様子でアカネの肩に触れる。
「まったく足取りがつかめないんだ。ラウール先輩の力を借りてかなり情報網を広げたんだが……」
それを引き継ぐように、隣の大男が口を開く。
「悪いな、一年生。俺の力でもここらが限界のようだ」
「そんな……」
シリカの顔から血の気がぐんと下がるのが分かる。
「落ち着け、シリカ。……アカネさん、一ついいですか?」
「どうした、ゼノア」
「校内はくまなくさがしたんですよね? ということはつまり……」
アカネは僅かに目を開く。
「目ざといな、ゼノア。そうだ、残された可能性は、校外か"嘆きの森"、そして――」
アカネはタンタンと足で地面を叩く。
その動作に、シリカがハッとする。
「地下のダンジョン群……!」
シリカの言葉に、アカネは頷く。
「可能性の話だがな。普段からダンジョンに潜ってる魔術師の上級生は意外と多い。あそこほど研究対象が揃っている場所もないからな。私のような剣士タイプには縁のない場所だが――」
「ふ、おいおい、二年の時に散々ダンジョン内の魔獣を狩りまくってたのは誰だったかな?」
「ちょ、今はいいんですよ! ――あーゴホン。とにかく、そっちの可能性も十分にある。ダンジョンなら、校内を探したって見つかりっこないからな」
「じゃあダンジョンに捜索へ?」
「もちろん行くつもりさ。……ただ、君たちはもう数日でダンジョン探索の実習があるだろう? その前後は流石に講師たちの目が厳しいからな。本格的な捜索はその後だと思ってる」
その言葉に、シリカの顔が歪む。
「それだと遅い。そう言いたいんだろう?」
「! いや、あのえっと……はい……」
するとアカネは軽くシリカの背中を叩く。
「安心しろ。サラ先輩はあれでもメアリーの親友だ。何かあった時の対処法くらい心得ているさ。それにもしかすると、今頃メアリーが救い出してバカンスでも行ってるかもしれないじゃないか」
「そ、そうでしょうか……」
珍しく冗談を言ったアカネだったが、今のシリカには通じず、微妙な空気がながれる。
「……悪かった、バカンスというのは冗談だ。とにかく今動くのは得策じゃない、わかってくれ。講師と接触でもして私が動かなくなれば、他の派閥が黙っちゃいない。一気に動き出してしまう。それだけは避けなくてはいけない。これは決して私の傲りではない。今でも学院は臨戦態勢なんだ、わかるだろう?」
俯くシリカに変わり、俺が口を開く。
「アカネさんの言う通りだ。みんなピリピリしている。一年生は尚更な。それに、ロイドたちも泣き言を言ってましたよ」
「ほう、ゼノアはあいつらと和解したのか」
「ええまあ、一応は」
アカネはうんうんと頷く。
「何があったかは知らないが、和解はいいことだ。ただ、あそこの連中は気を付けろ。下手に深入りすると火傷じゃすまないぞ」
「わかってますよ」
そうして、アカネとラウールは研究室を後にした。
捜査の報告だけだったようで、シリカの休んでいかないかという誘いを断り、また捜査へと戻って行った。
「心配だな、サラさん」
「うん……」
シリカの顔が上手く見えない。
物理的にではない。
これは……。
「おいシリカ」
「ん?」
「ダンジョンに行くつもりだろ」
「えっ!? いや、そんな、いや、ええ……」
嘘が下手だな。
俺は大きくため息を付く。
「だ、駄目かな……?」
「いいか、ダンジョンはただでさえ危険なんだ。上層なら平気かもしれんが、下層ともなれば一筋縄じゃ行かない。一人で行く気か? 馬鹿げている。死にに行くようなものだ」
「でも、早くしないとサラさんが……!」
俺は慌てるシリカの肩をぐっと掴む。
「落ち着け、シリカ。いつもののほほんとした様子はどうした? 冷静に考えろ。一体誰がサラさんをさらったのか。それがもし他の勢力なら、今頃何か交渉の席についているだろう。つまり、交渉が終わるまでは手出しはされない」
「うん……」
「逆にサラさんが一人で姿を消した場合、彼女にはダンジョンに潜れるだけの力があるということになる。その場合、俺達が急いだところで何の意味もありはしない」
「確かに……」
「な? だから今は落ち着いてくれ。シリカまで居なくなったら、俺は……」
「ゼノア君……」
シリカの顔が、僅かに紅潮する。
潤んだ瞳が俺を見る。
「――わかったよ、そうだね、今焦るべきじゃないね。ゼノア君に心配かけるわけにもいかないし」
「あぁ、わかってくれて嬉しいよ」
「ううん、ありがとう! またゼノア君に助けられちゃったね」
そう言ってシリカは嬉しそうに頬を緩める。
助けた――か。
さっきの言葉には、まだ足りない要素がある。
それは、《《メアリーが》》サラをさらった場合、だ。
もし何かの目的でメアリーがサラを必要としていたのならば……残された時間は殆どないかもしれない。
だが俺は、サラとシリカを天秤にかけ、シリカの安全を選んだ。
シリカの為にも無事でいてくれ、サラ……。
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