まずは一歩
「おい、聞いたか?」
「何がだよ?」
席に座る茶髪の男が、向かいに座る黒髪の男に話しかける。
「ロイドさんところのディードってガラの悪い奴いただろ? あいつ、負けたんだってよ、タイマンで」
「はあ!?」
「しーっ! 声がでけえよ」
茶髪の男は指を口に当て、静かにするように促す。
「わ、わりい、ロイドさんの一派に聞かれたらやべえからな……。あの人って確か二つ名持ちだろ? 負けたって誰に?」
「いや、そこがハッキリしてないんだよ。対抗勢力に喧嘩吹っ掛けたって噂もあるし、ディードがヘマして幹部に粛清されたって噂もある」
「物騒だな……」
「それともう一つ……これは正直完全にデマだと思うんだが……」
「なんだよ」
黒髪の男は身を乗り出して、耳を傾ける。
「――新入生に負けたらしいって噂」
すると黒髪の男は目を見開き、全力で手を左右に振る。
「いやいやいや! ねえだろそれは………………ねえよな?」
「だ、だよなあ! ねえよな!? ……ったく、誰だよ流したの……。流石に新入生に負けるはねえよ」
「でも、新入生に凄い奴が何人かいるみたいだぜ? なんでもユノさんを彷彿とさせる女剣士とか、魔術の名家の女魔術師とか」
「はは、今だけだろそんな噂も。学院はそんな甘くねえよ、俺達も最初は舞い上がったもんだろ」
「まあな。そいつらがディードを……と思ったけど、そんな訳ねえか」
茶髪の男は頷く。
「そりゃそうよ。ディードをもし新入生が倒したとなれば、そいつが黙ってる訳ねえよ。大金星だぜ?」
「それもそうだな。名前が広まる大チャンスだもんな」
「ディードは今治療室で絶対安静で眠ってるらしいからなあ。誰か話聞いてきてくれねえかな~」
「いやいや、聞きに行って素直に教えてくれるわけねえだろ。にしても、そうなってくるとまたこの学院も騒がしくなってきそうだな……」
「そうだな、俺たちも用心しねえとな……っと、そろそろ行くか」
そんな話をしていた二人組が、そう言って話を切り上げ席を立つ。
そのまま何やら雑談をしつつ、二人は食堂を後にした。
「――ですってよ、張本人さん」
と、聞き耳を立てていたクロエがニヤニヤと俺の方を見る。
「クロエ、その呼び方はやめろ……。にしても、噂は広まってしまったが、誰がとまでは広まってないんだな」
「そうみたいね。まああの調子だともしゼノアだって広まってもすぐデマとして消えそうだけどね」
そう言ってクロエはカップに入った飲み物を啜る。
シリカはほっとしたようすで胸を撫でおろす。
「まあでもよかったよ。私てっきり今日何かあるかと思ったけど……今のところ平穏そのものだね」
「あぁ。意外にあいつらは律儀らしい」
「やってることは極悪なことこの上ないけどね。好きにはなれないわ」
「私も! 本当良かったなあと思うよ、ゼノア君と知り合えて。じゃなかったら今頃どうなってたか……」
シリカはじっと俺の方を見る。
「別に……俺が居なくてもそれはそれでなんとかなっただろう」
「もう、相変わらず冷めてるなあ、ゼノア君は。心を完全に開いてくれるのはいつになるのかやら……」
「諦めなさい、シリカ。これがこいつの本性よ」
「酷い言いようだな……。まあ否定はしないが」
「ま、とにかくこれからもよろしくね、ゼノア君。恩はちゃんと返すからね! また増えちゃったけど」
シリカは、あははっと笑う。
「そうね、私もシリカの一番の友人としてこれからもよろしく頼むわ。今後は黙って抜け駆けするのはなしだからね」
まったく、こんなことで本当に魔王と勇者二つを手に入れることが出来るのか……。
こいつらも何れは立派に魔王……いや、勇者の従者として育ってもらわないと困る。特に、エルフ族の血を引くシリカは……。
――まあ今はまだいい。
学院生活は長いのだ。ユーティミスが魔界の現状を調べてくれている。
その間に俺はじっくりとこの学院を攻略すればいい。
まずは一歩だ。
一つの問題が片付いたと、こいつらと喜ぶのも魔王としての務めかもしれない。
それが回りまわって忠誠心へと成長する。
「ふっ……まあ、これからもよろしくな。二人とも」
「「よろしく!」」




