予期せぬ観客
――第三闘技場。
他の施設とは違い、こんな時間にもかかわらず唯一明かりがついている。
「ここか……」
確か試験の時は隣の第二闘技場だったか。
この第三闘技場も第二闘技場同様、地下はダンジョンに繋がっているのだろうか。
俺は観客席へと続く階段をゆっくりと上がる。
中はしーんと静まり返っている。
思ったほど観客がいる訳ではないらしい。
観客席の一番高いところに出ると、闘技場が一望できる。
闘技場は等間隔に取り付けられた松明に火がつき、明るく照らされている。
その中央に佇む一人の影。
赤い髪をし、眉間に皺を寄せた男。
――腕を組み、仁王立ちしているディードの姿があった。
「逃げずに来たみたいだな、ルーキー!!」
と、ちょうど俺の居る位置から真反対に位置する観客席から声が響く。
ロイドか……。
居るのは下に居るディードと正面に座るロイド。
そしてその左右に居るエデンにもいた男女二名。
辺りを見回してみると、他には殆ど人が居ない。
客席にちらほらと学院の制服を来た奴らが居るが、バラバラに座っているあたりロイドの仲間なのかそうではないのか、判断はつかない。
思った以上に観客が少ないな。
てっきり、会場いっぱいがロイドの仲間たちで埋め尽くされているものかと思ったが。
「意外と静かなショーだな。てっきり見せしめにでもするのかと思ったが」
「なんだ、そんなに痴態を晒したかったか? ハハッ、安心しろ。うちにはほとんどお前に興味ある奴なんていねえんだよ。誰が最下位とディードの戦いを見たいんだよ、一方的なだけだぜ? これがもう少しまともな対戦相手なら賭けでもしに集まるんだろうがな」
そう言ってロイドは肩を竦める。
「まあ、ちらほらどこで話を聞きつけたか見に来てる奴もいるがな。だがまあ、俺は楽しみだけどな。おめえみたいなやつは初めてだからよ。口だけは達者なやつが無様に負ける姿を見るのは嫌いじゃねえ」
ロイドは低く笑い声を上げる。
逆に好都合だな。
この場だけで事をおさめられるならそれにこしたことは無い。
「悪いが、期待に沿うことはできなさそうだ。俺が負けることは無いからな」
ロイドは楽しそうに言う。
「ハハ、いいねえ……その強がりが聞きたかったのよ。現実が見えてねえ奴はでけえことを言いたがる。いつまでも希望を持ってこの学院に居ることがどれだけ阿呆なことか、身をもって知ることになるぜ。実力が全ての世界さ、奇跡なんか起きやしねえよ」
やれやれ、現実が見えていないのはどっちか……。
俺はネクタイをほどき、投げ捨てる。
「奇遇だな。奇跡なんか起きないのは同意見だ」
「ひゅ~、かっこいいねえ。……んじゃ、さっさと始めろよ。ディード、後は任せたぜ」
「はい! ――銀髪、降りて来い……!」
俺はディードの指示通り、闘技場の中央へと足を踏み入れる。
「良く逃げねえで来たな」
「逃げる意味がないからな」
ディードの顔がぴくっと歪む。
「っとにムカつく野郎だぜ……力がねえ癖に口だけは一丁前なやつが一番ムカつくんだよ! ロイドさんは楽しんでるみたいだが、俺はこれ以上お前に振り回されんのはごめんなんだよ」
語気を荒げるディードは、心底イラついているようだった。
「やれやれ、下っ端も大変だな」
瞬間、ディードの額に青筋が浮かび上がる。
「カッチーン……てめえ、余程俺を怒らせてえみてえだな……! 怒らせるのが作戦だったら、その作戦は見事に成功してるぜ……!」
「頭に血が上りやすいのは戦いではマイナス要素だぞ、ディード。身体に力が入って動きが鈍るだけだ」
ディードは目をカッと開き、ブルブルと震えながら不気味に口元を緩める。
「――決めた。てめえはぜってえ殺す。少しは同情してたが……もうてめえは生かして返さねえ。半殺しする程度でいいんじゃねえかと思ってたがよぉ、予定変更だ。望み通りぶっ殺してやるよ……!! 俺たちに盾突いたことを後悔して、地面に祈りながら死ね」
そう言って、ディードは腰から二本のダガーを取り出す。
金色の柄に、銀色の刃。
僅かに感じる魔力……これも魔剣か。
「勝ったら約束は守ってもらうぞ。……さあ、始め――」
「ちょっとまったああああ!!」
と、闘技場の上の方から声が響く。
俺はその声に聞き覚えがあった。
一斉に声の方へと注目が集まる。
「ゼノア!!! 何勝手にやってんのよ!!」
身体を九の字に曲げ、思い切り声を張り上げる少女の姿がそこにはあった。
「クロエ!? 何でここに!」
すると、その後ろからひょこっとシリカが顔を出す。
「あはは……私も来ちゃったよ」
「――!!」
俺は衝撃の余り顔を覆う。
おいおい嘘だろ……当事者がここにきてどうする……!!
ああくそ、釘を刺しておくべきだったか!?
何も言わなかったことが裏目にでるとは……。
「何でシリカまでいるんだよ!!」
俺は思わず大声で突っ込む。
というか、突っ込まざるを得ない。
目の前のディードも、その声の大きさに目を見開く。
「……お前そんな大きな声でるのかよ。なんだよいつものうぜえクールっぷりは演技だったのかよぉ」
「違う」
「おいおい、もう死ぬんだから認めても――」
「違う!」
ディードは呆れたように肩を竦め、両手を広げる。
ちっ、本当に面倒な奴だ……!
「とにかく何でいるんだお前ら! 早く帰れ、ここはお前らのくるところじゃない!」
「何言っちゃってんのよ、放っておけるわけないでしょ!!」
「そうだよゼノア君!! 私のせいなんでしょ!? 絶対止めるよ!! こんなの間違ってる!」
「お前ら……」
すると、ロイドが口を開く。
「おいおい、必死で守ろうとした奴がわざわざ敵地にまで来ちまったのかよ。かっはっは!! 面白過ぎるだろお前ら!!」
ロイドはまた大笑いして身体を仰け反らせる。
「"暴虐"のロイドに……風のディード……!! なによ、このメンツ……!! なんで逃げないのよ!」
クロエの表情が絶望の色をより濃く表す。
くそやっぱり面倒なことになってしまったか……。
「おい、ロイド!」
「どうしたルーキー」
「……手出し無用で頼む」
「ハハっ、やだね」
「貴様!」
「――といいてえところだが、また笑わせてもらったからな。それに約束だ、おめえが死ぬまでは手出しはしねえよ」
「! ……助かる」
予想外にあっさりとした返答。
腐ってもリーダーの器はあるとうことか……。
これで一先ずは何とかなるか。
俺はシリカたちの方に向き直る。
「いいか、俺はこれからディードと戦う。なんでお前たちがここに来たのかは知らないが、手出しはするな」
「でも――」
「でもじゃない。俺を信じろ」
シリカとクロエの顔が青ざめていくのがわかる。
「そ、そんなこと言っても、相手はあのディードよ!? ゼノアじゃ正直……」
クロエの声が、尻すぼみに小さくなっていく。
無理もない。学院最下位の俺なんかが、クロエが知っている程の相手に勝てるなど思う訳がない。
だが、今は信じてもらうしかない。
下手に手を出されて余計に話をややこしくされては困る。
「頼む、俺を信じろ」
俺はじっとクロエの目を見つめる。
「…………」
と、シリカがクロエの肩を掴む。
「信じようよ、クロエちゃん……!」
「シリカ……でも……放っておいたら本当に……! ここはそう言う学院なのよ!? 死んじゃうよゼノアが! 私達、止めに来たんでしょ!?」
それでも、シリカは首を横に振る。
「そうだけど……今私達が飛び出したら、ゼノア君が今まで頑張ってくれたことが無駄になっちゃう……足を引っ張っちゃうよ」
「そうかもしれないけど……」
「私は、ゼノア君を信じてる。私を助けてくれた……それも二度も。今も私のせいであそこに居て、危ない目にあって……。そう思うと胸が苦しいけど……それでも、私は信じるよ」
そう言って、シリカは俺に笑いかける。
「私のせいなのに何言っちゃってんのって思うかもしれないけど……私はもしかしたらって思ってる。ううん、ゼノア君の方がぜんぜん強いって私の第六感が言ってる。ゼノア君の魔術を見たときから」
……なるほど、エルフ族の血のおかげで何となく魔力を知覚出来ているのか。
「――本気でやっちゃって、ゼノア君。私のことは気にせず、自由に」
「シリカ……」
シリカの熱弁に、クロエも折れたのか大きくため息を付く。
「……はぁ、わかったわ。あんたがそこまで言うなら信じるわ。……でも、もしものことがあったら、シリカ、わかってるでしょ?」
シリカはその言葉を理解したうえで、頷く。
「――悪かったな、ディード。邪魔が入って。さあ、やろうか」
「ハハッ、泣かせるねえ……。わりいが、そんなんで俺が手加減すると思ったら大間違いだぜ?」
「承知の上だ」
「はっ、本当にムカつく奴だぜ……。観客も増えた事だ、お前の死にざまはあいつらが語り継いでくれるだろうよ」
そう言って、ディードはダガーを構える。
対して俺は、身体を斜めに傾け、右手を軽く構える。
「一瞬だ。一瞬で終わる。死にたくなかったら、防御に徹するんだな」
「ほざけよ、銀髪。この面倒くせえ一件をさっさと終わらせようぜ……!!!!」




