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対峙する

 俺がそう告げると、受付の女性は怪訝な顔をし、聞き返す。


「ど……え?」


 困惑した表情の受付嬢に再度告げる。


「ロイドに会いに来た。取り次いでもらえますか?」

「えっとお名前は……お約束は……?」

「ゼノア・アーウィン。約束はない」


 受付嬢の眉が八の字に曲がる。


「は……え?」

「約束はないが……とりあえず聞いてもらえますか?」

「しょ、少々お待ちください……」


 女性は慌てた様子でエデンの中へと入っていく。


 恐らく、ロイドに直接会いに来る生徒などまずいないのだろう。

 しかも俺のことなど一度も見た事がないはず。


 この中によく出入りするロイドの仲間ならいざ知らず、全く知らない奴がいきなり十二英傑に会いに来たと言うんだ、驚いて当然だろう。


 もしかすると門前払いかもしれないな。

 そうなったら、別の方法を考えるしかない。


 ロイドとて、すんなりと俺を中に入れるとは限らない。


 すると間もなくして、受付嬢が帰ってくる。


「ええっと……どうぞ、と……」


 不思議そうな顔で中へと通される。

 

 意外と何事もなく許可が下りたな。


 俺は受付嬢に連れられ、エデンの中を歩く。


 左右には水が流れ、草木が生い茂っている。

 まさにエデンだな。俺たちの寮とは完全に別物だ。

 

 通路を進みしばらくしたところで、円形の広場に出る。


「ロイド様の部屋はこちらを真っすぐに行った突き当りにあります。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、受付嬢は入口の方へと戻って行く。


「この先か……」


 悪趣味な髑髏や毛皮のような飾りがある通りを抜け、扉の前の広間にたどり着く。

 寮の一階にあるロビー程の広さがある広間で、ぽつぽつと制服を着た奴らが談笑している。


 俺がそこへ足を踏み入れると、彼らは一斉に俺の方を睨む。


 恐らくはロイドの派閥に属する上級生たちか……。

 しかし、話しかけてこない辺り、俺は通すように言われているのだろうか。


 そうして短い階段を上り、両開きの扉の前に立つ。

 この先にロイドが居る。


 さっさと話しをつけよう。


 俺は右手を上げ、ノックをしようとしたところで――


「おいてめえ!! 何しにきやがった!?」


 その声はディードだった。


 完全に焦った様子で、ディードは俺の胸倉をつかみドアから引き離す。


「さっきの話を聞いてなかったのか……バカかてめえは!? 今ロイドさんに会うってのは自殺行為だってのがわかんねえのか!? 大人しく0時に闘技場にくりゃあいいんだよお前は!」


 そう一息に幕したて、息を荒げる。


「何を焦っている。悪いがロイドに話があるんだ、通してくれ」


 俺の言葉に唖然とした表情を浮かべ、ディードは眉をこれでもかと八の字に曲げる。


「この……わからずやが……! この学院で生きて居たくねえのか!? ロイドさんを敵に回してやっていけると思ってんのか、あぁ!?」

「お前に心配されるいわれはない。……喧嘩を売ってきたのはそっちが先だ。通してくれ。別にここでやり合おうと言う訳じゃない」

「だから、誰がてめえなんて下級生とロイドさんが会うと――」


 ――と、その時。


 ドアの奥から低い、良く響く声が聞こえる。


「入れよ、ルーキー。ディード、てめえもな」

「ロ、ロイドさん……!?」


 その声に、ディードの俺を掴む手が緩む。


 俺はディードの腕を押しのけると、乱れた襟を軽く正す。


 今度はディードの妨害もなく、ドアノブに手を掛ける。


 そして、ゆっくりと扉を開く。


「よく来たなあ、ルーキー。……というより、良く来れたな、ここへ」


 中はかなり広く、俺達一般生徒が生活する寮の五倍はあろう広さだ。


 中央には豪華な椅子に腰かけ、足を組んだ金髪の男。

 その両隣に、男と女がそれぞれ並ぶ。


 まるで王様のような姿に俺はこいつがロイドだと確信する。 


 ふっ、学院で王様気取りか。

 魔王を前にして面白い奴だ。


 ロイドは首を傾けながら口を開く。


「そして……おいおい、ディードよ。どういうことだこりゃ? 話はしたんだよなあ?」

「ロイドさん、これはその……こいつが暴走しまして……! 俺は今夜に一対一の戦いでこいつを――」

「言い訳は聞いてねえよ」


 ビシっと言葉を割り込まれ、ディードは言葉に窮する。


 その威圧感は、ディードの委縮具合を見ればわかる。


「……でだ。てめえが噂の銀髪か……。ダントツ最下位だって? ハハ、かっこいいねえ」


 ロイドは口に果物を放り込みながら、口角を上げる。


「何しに来た? まさかわびでも入れに来たのか? 利口だが、悪いがそれはもうおせえ」

「詫びるつもりはない。話があってきた」

「はっ! 態度は一丁前だなあ。そういう奴が真っ先に《《消える》》のがこの学院だぜ? この学院で生き残る奴には二種類居る。純粋に強い奴か、黙って隅っこででけえ奴に巻かれる奴だ」


 ロイドは頬杖を突き、グラス片手に俺を見下す。


 その顔には自信が溢れていた。

 誰も自分を超える訳がないと、そういう類のものだ。


 かつて俺も持っていた時代があるから分かる。


「――お前はどっちだ?」


 その目は、俺を値踏みするようにじっくりと舐めまわす。


 空間に緊張が走る。


 ディードの生唾を飲み込む音が、俺の耳まで届く。


 じっと俺を見つめるロイドは、しばらくしてふっと口を緩める。


「……一応肝は据わってるみてえだな。本気でわびじゃなく話に来たらしい。いいぜ、要件をいいな」

「ロイドさん!? いいんですか!?」

「黙れよ、ディード。お前に口出す権利はねえ」

「要件は単純だ。俺がディードに勝てば、シリカにはもう手を出さないでもらおう。そして、今後俺にも関わるな」


 すると、一瞬場の空気が止まり、きょとんとした顔で全員が俺を見る。


「――くっくっく……くあっはっはっは!!」


 一気に噴き出すように、ロイドが笑い声を上げる。


 それにつられるように、周りの側近も、そしてあろうことかディードまでも笑い始める。


 ロイドは大きくのけぞり、口を大きく開いて大声で笑う。


「かっはっはっは! ひー! 悪い悪い! 冗談が上手い奴とは思わなかったぜ!」


 ロイドはバシバシと自分の太ももを叩き、グラスを持つ手が震える。


「――いやあ、久しぶりに笑ったぜ。今俺は気分がいい。……いいだろう、貴様の要件、乗った」

「本気ですかロイドさん!?」

「さっきから黙れって言ってんだろディード……。元はと言えばお前が悪いんだろうが。誰の為に挽回のチャンスをやったと思ってんだよ。俺は言ったよなあ、沽券に関わるってよお?」

「そ、それは……」

「俺の前で銀髪をボコボコにして見せしめるって言うから、わざわざオキタを陽動する人員まで割いたんだぜ? そこんとこわかってんのかよ?」

「……はい……」


 ディードは唇を噛み、悔しそうに俯く。


「結果としてディードと銀髪が戦うことには変わりねえんだ。こいつの勇気に免じて勝ったときの希望くらいは持たせてやろうじゃねえか。銀髪……てめえがディードに勝てば今後一切お前の周りから手を引いてやるよ。シリカとかって女は魔術の名家だって話らしいから少し惜しいが……」


 そう言ってロイドはニヤリと口角を上げる。


「ただし、お前が負ければその時は大人しく全部奪っていくぜ?」

「好きにしろ」


 ロイドは更に楽しそうに顔を歪ませる。


「泣かせる話じゃねえか。大好きな女の為にこんなところまで乗り込んできて震える身体に鞭打って、必死に交渉に来たんだ。他の雑魚とは別タイプのバカだぜ。くっくっく……だが、バカだが腐っても序列の高えディードと一対一だ、結果は見えてるさ。その希望がじっくりと潰えていくのを見るのもおもしれえもんよ」


 そうなめてくれると大いに助かるな。


 精々今のうちに咆えておけ。


「どう思おうと勝手だが、約束はしたからな」

「最後まで強気だねえ、ルーキー。自分の立場分かってんのか? お前は今夜生きて帰れると思わない方がいいぜ? 半殺しなんて生半可なことは、俺の目の前じゃ起こさせねえ。その意味がわかってるか?」

「わかっているさ。あいにく、俺は今夜死ぬ気も、負ける気もない」

「あっはっはっはっは!! こいつは本当おもしれえな! 地元じゃ負け知らずだったってか!? この勇者学院の《《深さ》》を知らねえド素人が、売っちゃいけねえ喧嘩があるってことを今夜知ることになるぜ!!」

「高みの見物を決め込んでいられるのも今のうちだ。精々ディードが負けたあとどう言い訳するか考えておくんだな。……それじゃあ、帰らせてもらう」

「お前は……本当バカ野郎だよ……」


 ディードが横を通り抜ける俺を見て、ぼそっとそう呟く。


 俺の身を案じているのか、これによってロイドの機嫌が悪化するのを恐れての発言かはわからないが、ディードの顔は深刻だった。


 そうして俺は動揺しきった様子のディードの横を通り、部屋を後にする。


「精々楽しませてくれよ、ルーキー!!」


 エデンの奥から、ロイドの声がこだまする。


 今夜0時……この学院に来て初めての戦いが始まる。


◇ ◇ ◇


 俺は夕食後そのまま寮に直行し、静かに時を待つ。


 ――そして、夜も静まり返った頃。


 そっと部屋の扉を開け、階段を降り、まだ数人の生徒が読書や談笑をしている一階の広間を抜け、外への扉を開ける。


 シリカとクロエの二人に言う必要はない。

 余計な心配をして何か動かれると、逆に事態をややこしくしかねない。


 さっさとケリをつけて、この話を終わらせる。


 まだ夜風が涼しい。


 闇夜に浮かぶ月は、半円型に空を切り抜いている。


 闘技場へは、中央広場から北へ伸びた道を通っていく。


 闘技場は、本校舎の中央を抜け、"嘆きの森"と呼ばれる広大な森の入口を通り過ぎた、学院の敷地の中でも最北端に位置している。


 その理由は単純で、ダンジョンの上に建設されているという立地のせいだ。


 夜の静かな学院をゆったりとした足取りで歩く。


 入学してまだ二日目だと言うこともあり、まだ入ったことのない建物が至る所にある。禍々しい魔力を感じる建物もあることから、なかなか興味がそそられる。


 そうして夜目を活用して辺りの風景を楽しみながら闘技場へ向かい、"嘆きの森"の前を通り過ぎる。


 ――と、不意正面からカタカタと物音がする。


 仄かに黄色く光る二つの球体が、森からこちらを覗き込んでいた。

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