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腹の奥を焦がす

 教壇に立っているウィストンが、部厚い本を閉じ、散らばった紙をトントンと整える。


「――では、次回からは本格的な実践に入っていく。しっかりと準備をしてこい。以上だ。解散」


 ゴーン、ゴーンと、学院の中央にある鐘が鳴る。


 講義の終わりを告げる鐘。


「あ、こっちこっち!」


 クロエが階段の途中からこちらに手を振る。


 二日目の授業も一通り終了し、別講義を受けていたクロエと合流する。

 シリカの希望で、クラブ活動について情報を集めることになっているのだ。


「クロエちゃん! 待った?」

「ううん、今来たところよ。さ、行きましょ。場所は見当がついてるわ」

「さすがだね」

「ふふふ、任せなさい。ゼノアもそんな仏頂面してないで楽しくいくわよ!」

「別にそんなつもりはないんだが……」


 校舎一階の巨大掲示板。


 ここには、多種多様なものが掲示されている。


 学院の校内新聞から、冒険者ギルドから発注されたクエスト、ダンジョンの情報や、国内外の新聞、そしてクラブの勧誘ポスター。


 エトセトラ、エトセトラ。


 ここにくれば学院周りの大抵の情報は揃うらしい。


 先客は十数人おり、皆腕を組みながらウンウンと唸り、掲示板を眺めている。


 クロエは掲示板の掲示物を凝視しながら右から左へと進み、あーでもないこーでもないと声を発し、しばらくしてカラフルな掲示物が張られ始めた辺りでピタと止まる。


「お、この辺りがクラブ活動のポスターみたいね」

「わあ、ほんとだ。何があるんだろ」


 正直クラブ活動に興味はないが……。


 とりあえず俺もシリカにならってポスターを眺める。


「"ダンジョン攻略クラブ"、"討論クラブ"、"ファイトクラブ"、"篝火"……篝火ってなんだ? 数だけはかなりあるな…………"お菓子作りクラブ"なんてのもあるな。本当に勇者学院かここは」

「凄い沢山あるわね。シリカなんか興味あるのあった?」

「う~ん……こう沢山あると迷うね」

「そう? これなんていいんじゃない」


 そう言ってクロエは一枚のポスターをはがすと、ズイとシリカに見せる。


「えーっと、"雑食の会"……?」

「そうそう。見た感じ食べたことない食べ物を食べるクラブみたいだけど」

「なんでそれを私に!?」


 シリカは目を吊り上げてクロエに問いただす。


「だってシリカ食べるの好きじゃない」

「ぐ……なんでばれてるの……」


 シリカは恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を細める。


 クロエはそれを見て楽しそうに笑い、パンパンと俺を叩く。


「あはは、ゼノア見てよシリカの顔。真っ赤よ?」

「からかうのもほどほどにしておいてやれ……。で、実際どういうのがいいんだ? ある程度は何か理想があるんだろう?」

「うん……。ある……と言いますか何と言いますか、正直少し決まってるようなところがありまして……」


 煮え切らない言葉に、俺とクロエは顔を見合わせる。


「どういうことよ? 煮え切らないわね」

「うーん、何と言いますか……半分親に言われているといいますか……」

「何、学院に入学してからも親が口出ししてくるの!? 信じられないわね」

「そういう訳じゃ……」


 シリカは弱々しい声で反論するが、まったく信憑性がない。


「実はお父さんもここの卒業生でね……お父さんが作ったクラブがあるから入れって言われてるんだよね。今クラブメンバーが少なくて……というか0で存続の危機らしくてですね……」

「へえ、そうなの。まあ魔術の名家だしここの卒業生でも不思議はないけど……。で、何てクラブ?」

「あれなんだけど」


 シリカはポスターを指さす。


 俺とクロエはそのポスターを覗き込む。


 そこには、"古代魔術研究"という文字が。

 そのポスターは他のものに比べるとかなり古い。


 日焼けして紙が変色し、ふちはボロボロに破けている。


 古代魔術(エンシェントスペル)……それこそまさにエルフ族だけが使えたといわれる超高次元魔術。


 俺の魔王時代の魔術に唯一匹敵出来ると言っても過言ではない程の威力や効果を誇るものだ。


 ――いや、ものだった、が正しいか。


 その高い性能の代わりに、使えるのは魔力の潤沢だったエルフ族のみ。


 そのエルフ族も消えた今、幾ら研究しようが使える人間はいないだろう。


古代魔術(エンシェントスペル)ねえ……。でも人間に古代魔術は使えない…………って、あぁだから()()なのね」

「そ、そうそう、使えないからね。研究だよ、うん。お父さんそういうの好きだったから」


 なるほど……シリカ自身も自分がエルフ族の血を引くと言うのは理解しているのか。


 家の力総出で古代魔術を復活させようとしている訳か。


 この学院で研究するのも何か理由があるのか。

 ここは治外法権のようだし、外から手出しできないのだろう。


 クロエは興味なさげに口を尖らせ、ふーんと声を漏らす。


「まあいいんじゃない? じゃあこのクラブにする?」

「うーん、もう少しだけ考えようかなあ」


 と、その時、赤い髪をした少女の姿が目に入る。


 刹那、不思議な感覚に襲われる。

 何だこの感じ……。


「あら、レイナ。あなたもクラブ探し?」


 そう気さくに話しかけるクロエに、そのレイナと呼ばれる女は朗らかに微笑む。


「まあそんなところ。仲いいわね二人とも」

「あはは、部屋が隣同士なのよ。そう言えば紹介してなかったわね。この子はシリカ」


 クロエのその言葉に、後ろに控えるシリカがうんうんと頷く。


「シリカね。よろしく。私レイナ。多分クラスは隣かな?」

「そうだね。よろしくね、レイナちゃん」

「あと、二人じゃないわよ。そこの男もまあ、結構一緒に居るわよ」

「え? あ、ごめんなさい、気付かない……で――」


 俺とレイナの目が合った瞬間、一瞬でレイナの殺気が膨れ上がるのを感じる。


 さっきまでのニコっとした目が、鋭く光り、僅かに手が腰の剣に伸びている。


「? レイナどうかしたの?」


 すると、クロエの言葉にレイナははっとして殺気をしまう。


「――っと……いえ、ごめんなさい。そんな訳ないわよね……」


 そう言って、レイナは深呼吸をして頭を左右にふると落ち着きを取り戻す。


「どうしたのレイナ? この人はゼノアよ。……あ、もしかしてこいつが何かした?」

「俺が何するって言うんだ……」

「あんた意外と血の気多いから、何かしたのかと」


 クロエは悪戯な顔で俺にウィンクする。


 すると、レイナは手を左右に振る。


「う、ううん、そんなんじゃないから! ごめんなさい。ちょっと因縁のある人に雰囲気がかなり似てたから……」

「ふーん? だってさ、ゼノア」


 この女まさか……。


「――何、間違いは誰にでもある。気にするな」


 そう言い、俺はそっと手を差し出す。


 すると、レイナは恐る恐るだが手を差し出し、俺の手を握る。


 その顔からは、未だ警戒の色は抜けない。


「……それじゃあ私はもう行くね! またねクロエ! あとシリカちゃんとゼノア君!」


 そう言って、レイナはそそくさとその場を後にする。


「なんか不思議な感じだったわね。いつもと様子が違った感じ。……やっぱり何かあったんじゃないの?」

「そうだよゼノア君! どういう関係!?」


 二人が俺に詰め寄る。


「いや、俺も何が何だか。あいつは誰だ?」

「あー知らないのも無理ないかもね、あの子剣士だし隣クラスだし。彼女はレイナ・ペンデグラム。何を隠そう、新入生で一番序列の高い子よ」

「あいつが……」

「へえ、凄いね!」

「あんたも十分凄いのよ、まったく」


 レイナ・ペンデグラムか……。


 不思議と俺も、奴に謎の感情を抱いていた。

 どこか懐かしくも、腹の奥を焦がすかのような感情。


 ぼんやりと頭に浮かんでいる、あいつの存在がより一層はっきりと思い出される。


 レイナと同じ赤い髪をした、ミスリルの白いフルアーマーを着た姿。


 ――だが、確証がない。


 向こうもはっきりとは断言できないようだった。


 向こうからアクションがないならば、特に俺から何かをする必要もないだろう。


 ならば今は様子を見るしかない。


 だが、意識しておく必要はある。

 レイナが()である可能性は十二分にあるのだから。

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