噂話
「アカネ・オキタ!?」
クロエの叫び声が学院の廊下に響く。
クロエは目を見開き、口をぱくぱくと開く。
シリカはその声に驚き、少し体を強張らせ目をカッと見開く。
「びっくりした……。ちょっと驚きすぎだよクロエちゃん……。知ってるの?」
「そりゃそうよ、序列6位の"鬼神"じゃない! そりゃディードって奴も逃げ帰るわよ」
「6位!? すごい人だったんだあの人……」
シリカの目が、真ん丸に見開かれる。
「学院広しといえど、十二英傑にそんなに何回も会う人なんて滅多にないわよ」
「あはは、不思議な縁だね」
「わかってるのかしらこの子は……」
クロエのため息が漏れる。
「相変わらず詳しいな」
「さすがに十二英傑くらいは私じゃなくても知ってるわよ。学院でも数少ない《《ソロ》》で動いてる人よ。しかもまだ四年生……末恐ろしいわ」
「四年か……確かにそれは末恐ろしいな。それだけ力があれば、自分がこの学院の風紀を正せると思い上がることもできるか」
俺は朝の姿を思い出し、一人納得する。
正義を振りかざすだけの力はやはりしっかりとあるという訳か。
「何ていう言い草よまったく……。彼女はそれだけ実力も信念もあるのよ。私としては、ああいう人こそ勇者となって欲しいけどね。古いタイプの勇者像だって言われるかもしれないけど」
「まあ、俺もその点に関しては賛成だよ」
しばらくアカネについて話をしながら歩き、一限目の教室へと入る。
今日の最初の講義は、世界史。
歴史を学ぶのも勇者として重要な役目という訳だ。
資料が部屋中に敷き詰められた薄暗い部屋に入ると、教室の様子が少し異様なことに気付く。
ひそひそと何かを噂するかのように、ざわざわと声が漏れる。
普段のバラバラに雑談をしているような雰囲気ではなく、何か共通の触れずらい話題を、隣の人と共有するかのようだ。
「な、なんか暗いわね今日」
「そうだね……どうしたのかな」
席に着くため、階段を降り、他の一年生たちの間を通り抜けると、そのたびに視線を集める。
さすがに注目され、噂されているのが自分たちだとシリカでも気付いたようだ。
「ひょっとして朝の話が広まってる……?」
「いや、朝のはディードからすれば逃げ帰ったも同然だ。広めるようなことはしないだろ。あるとすれば、昨日のジョゼからの勧誘か」
「"賢者"ねえ……確かにそれはあるわね。ま、誇りに思っていればいいわよ」
――と、不意に後ろから肩を叩かれる。
「ねえねえ、君、ゼノア君だよね?」
好奇心と恐怖心がごちゃまぜになったような、アンニュイな表情をした女がそう尋ねる。
何だいきなり……。
「そうだが」
「やっぱり……。ねえ、何したの?」
何した……?
急にこいつは何を言っているんだ?
「何の話だ?」
すると、女は隣に座る別の女と顔を見合わせ、キョトンとした表情をする。
「えっと……知らないの?」
「だから何の話だ?」
シリカたちも、不思議そうにこちらを見る。
「何々、何の話よ?」
「私のことじゃないみたい?」
「いや……十二英傑のロイドって人が銀髪の一年生にキレてるって噂になってて……銀髪ってゼノア君だけでしょ? だから何かしたのかと……本当に知らない?」
ロイド……ディードのボスか。
奴が俺を探しているということは……ディードの奴が俺の話をしたか。
「……知らんな」
「ははは! そいつが十二英傑の、しかも序列三位の"暴君"に喧嘩なんか売れるわけねえだろうが!」
そう大声で笑うのは、緑の髪をした、たれ目の男だ。
「メロウ君!」
ニヤニヤとした顔で、メロウは俺の肩に腕を回す。
「おいおい、ゼノア。お前が"暴君"に喧嘩吹っ掛ける度胸なんてある訳ねえよな? 何かの間違い、そうだろう?」
「何なのこいつ……きもいわねノリが」
クロエが苦い顔を浮かべ、おえっと舌を出す。
「おうおう、クロエちゃん。もう俺のこと忘れちゃったわけ? 俺はメロウ・マグナグル。序列245位の超新星さ。覚えておいてくれよな」
決め顔でそう言うメロウに、クロエは眉を八の字にして肩を竦める
「本当覚えてないんだけど」
「やれやれ、同じ授業を受けても俺様の輝きで直視できなかった口か。いい、いい。気にするな。これから覚えてくれ」
「はあ……」
「――で、ゼノアよお。お前、序列最下位だろう? ハハ、見栄を張るなって。お前が"暴君"の目に留まるなんてありえねえもんなあ」
すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえ始める。
……やれやれ、こいつもまた面倒なやつだ。
周りを見下して自分を上げるのが好きらしい。
――下らんな。
俺は溜息をつくと、メロウを一瞥する。
その眼光に、メロウは一瞬だけ体を硬直させる。
が、すぐさま元のヘラヘラした顔に戻る。
「おいおい、何睨んでるんだよ。事実だろ? ハハ、どうなんだよ」
「はあ……下らないな。初めから俺は何も知らんと言ってるだろ」
「ハハハ、そうだよなあ! 下らない噂を流したのは誰だまったく。嘘ならせめてこいつみたいに有り得ない奴じゃなく、もう少し現実味のあるやつでして欲しいねえ! 例えば俺とかな! 引っ掛かる奴がいないんじゃ面白くないだろ」
「言えてるな!」
「なーんだ、ただのデマか」
「さすがに最下位じゃありえないって……」
と、口々に拍子抜けする声が聞こえてくる。
そんな空気の中を、メロウは楽しそうに笑いながら俺たちの元から離れていく。
遠目に聞き耳を立てていた連中も、クスクスと笑いを零しながら席へと戻って行く。
「いやね、ああいうの」
クロエは心底気持ち悪いと言った様子でメロウの方を睨む。
「そうだよ……! ゼノア君は私を二回も助けてくれたし、実力は絶対にこのクラスで一番だよ!」
「シ、シリカ……さすがにそれは飛躍しすぎというか……。もちろん、ゼノアを庇いたいのはわかるけど」
「ほ、本当だよ!」
「はいはい、いい子だねシリカは」
そう言って、クロエは「もー!」っと憤慨するシリカの頭を撫でる。
それにしても、ロイドが俺を探していたか……。
本当にただの噂にせよ、事実にせよ、早めにケリを付ける必要があるかもしれないな。
まったく、あの番人を気取った奴のせいで余計な手間が増えそうだ。




