番人気取りの
ディードはその場からバックステップで距離をとると、剣を構え直す。
俺とディードの間に、突如として現れた少女。
肩ほどまでの長さの、綺麗な黒髪が風に靡く。
ひらりと舞うスカートから、すらっとした脚が伸びる。
剣士か……いや――。
よく見るとオキタと呼ばれるその少女が手に握っていたのは、剣ではなく刀だった。
銀色に輝く刀身に、黒く存在感のある鍔。
その長さは、オキタの身長に迫る程の長さがある。
オキタはゆっくりと立ち上がると、刀をディードに向ける。
「ディード、また君か……。新入生相手に暴れるとは見損なったぞ!」
「ふざけんじゃねえオキタ!! これからそいつをブチのめすんだよ、邪魔すんな!」
「それは私が許さん! 私の目の届く範囲で、殺生は絶対にさせん! 誰にもだ!」
その言葉には圧があった。
さっきまで勢いのあったディードも、オキタの言葉に押され気味のようで、反抗的な言葉とは裏腹にその表情は険しい。
「ちっ、番人気取りの刀使いが……!」
「……だが、私とて下級生を虐める趣味は持っていない。今回は未遂ということで見逃してやる。大人しく寮に帰れ。――そっちの一年生もだ」
そう言ってオキタは俺たちの方を見る。
「君たちが絡まれた側なのはわかっているが……この学院は《《そういう所》》だ。軽い気持ちで早朝に出歩くな。こういう輩に狙われる羽目になる」
「…………」
番人気取りね……。
つまり、学院を見回って暴力沙汰を取り締まっているという訳か。
しかも、非公式に。
「は、はあ……す、すいません……」
無言でじっとオキタを見つめる俺とは裏腹に、シリカは困惑した表情でぽろっと謝罪の言葉を漏らす。
その様子に、オキタはニコっと笑う。
「さあどうする? ディード。たった今彼女らは私の庇護下に入った。それでもやると言うのなら、まず私を倒してからにしてもらおうか」
オキタは刀を中断で構え、片足を前に出す。
今にも打ち込みそうなその姿勢に、ディードは一瞬戦闘態勢を取る。
――が、少しして、ディードは腰の鞘に剣を静かに納め、はあっと深いため息をつく。
「……てめえを敵に回して戦い始めるほど俺もバカじゃねえよ……。――ちっ、今は引いてやる。てめえら覚えておけよ。この借りは必ず返す……必ずだ!」
「おいおい、捨て台詞とは、男の癖に恰好悪いな」
「うるせえよ。俺はてめえみてえに後先考えずに戦わねえんだよ。賢明だと言え」
そうして、ディードは俺たちに背を向け大人しく寮へと帰っていく。
オキタはその様子を見届けると、刀を鞘にしまう。
「ふぅ……。大丈夫だったか?」
「は、はい、ありがとうございました…………ゼノア君ももう、大丈夫だから……その……」
シリカは自分が俺の腕の中に居ることに気が付き、慌てて軽く距離を取る。
「あ、あぁ悪いな。嫌だったか?」
「い、いや、そう言う訳じゃないけど……」
シリカは少し頬を赤らめ、視線を逸らす。
人間の少女の嫌がる基準がわからんな……。
「……何だ君たち、意外と大丈夫そうだな」
オキタは腰に手を当て、柔らかい表情で笑う。
さっきまでとは違う人みたいだ。
「あの、ありがとうございました。危ないところを……」
「いいのいいの。私が趣味でやってることだ」
そういってオキタは少し誇らしそうに言う。
立ち居振る舞いや刀を持った時の圧……こいつ、なかなか強いな。
ディードの奴が大人しく引いたのも納得できる。
だが、あの場でディードと決着を付けられなかったのは少し厄介かもしれん。
やってくれたなこの女……。
騒ぎにならず倒すならあの場面しかなかったと言うのに……。
すると、オキタは俺の方をじっと見つめてくる。
「……何か?」
「いや……ふうん……君かなり独特だね」
「は……?」
「――いや、気にするな。私はアカネ・オキタ。アカネって呼んでくれ」
「アカネさん!」
「はは、可愛らしいな。よしよし。で、君たちは?」
アカネは興味津々な眼差しで俺達を見る。
「私はシリカです。シリカ・シルフローラ」
「シリカね。そっちの君は? 君もなかなか血の気が多そうだが」
「ゼノア・アーウィンです」
一先ずは敵ではないと思っていいか。
攻撃してくる様子も勧誘してくる様子もない。
「ゼノアね。……いい? さっきも言ったけど、この学院は何が起こるか分からない、そういう場所だ。血の気が多いのは結構だが、相手は選ぶことだ」
「どういう意味ですか?」
アカネは腕を組んで俺たちを見る。
「ディード・ウェイン。三年生で、序列は138位。三年生の中でも上位の実力者だ。新入生がまだ敵う相手じゃない」
アカネは指ぬきグローブから伸びた綺麗な指で、血の出ていたシリカの足に触れる。
「痛っ……」
そして腰から取り出した白い布をシリカの足に巻き、よしっと短く呟く。
「あとで治療室に行くといい。もう少しましな処置をしてくれるだろう」
「ありがとうございます」
「気にするな。……だから、ゼノア。今度から絡まれるようなことはしないことだ。こうやって傍に居る少女に怪我をさせることになる」
「ち、違います! ゼノア君は私のために――」
俺はシリカの前に腕を出し、言葉を遮る。
「余計なお世話だ。俺は俺の道を行く。あんたも、俺の邪魔をする人間のうちの一人か?」
「ゼノア君……」
俺の眼差しを、アカネは正面から受け止める。
アカネは鋭い視線を俺に投げる。
「……私は所謂派閥というものには属していない。それに価値を見出していないからだ。私は自分の力を鍛錬し、私の理想とする平和を実現するために戦い続けている。――これで答えになっているかな?」
ふむ……やはり今は敵でも味方でもないと思っていいか……。
「なるほど。――わかりました。今回はお礼を言っておきます。……ただ、次俺が俺の為に闘うときがあれば、邪魔はしないでください」
その言葉に、アカネは呆れた様子で肩を竦める。
「君はなかなかに聞き訳が悪いみたいだな。……わかったよ。それが私の信念を曲げるものでなければ、容認するさ。必要以上に過保護になることが必ずしも正解とは限らないからね。……とにかくようこそ、勇者学院へ」




