賢者の勧誘
同日、昼――。
「魔術の方の講義はどうだったの?」
「楽しかったよ。ね?」
それにしても、シリカ……危機意識が足りないと言うか。
自分の置かれている状況を理解していないのか?
――いや、そういう訳じゃないか。
俺は魔王としての制限、クロエは一般的な勇者候補生としての危機感。
一方シリカは……実力があり、すでに序列も同じ学年なら上位。
クロエのように大きなものにすりつぶされることも、俺の様に実力を隠す必要もない。
立場が違うのだ。俺が心配するのもお門違いという訳か……。
だが、シリカを俺の近くに置いておくとなると、それでは困る。
下手をすると、すぐにでもどこかの勢力から接触があるかもしれない。
大人しく引き下がってくれる相手ならいいが、実力行使の場合は……。
俺は短くため息を付く。
……厄介なことにならなければいいが。
「――聞いてる?」
シリカが不安げにこちらを見る。
「なに、シリカが目立ったから拗ねてるのかしら? しょうがないでしょ、この子は学年二番手の実力者なんだから」
と、クロエがニヤニヤとした顔で俺の方をフォークで指す。
「なんだかそう言われると恥ずかしいよ」
「そんなんじゃない」
「本当かしら~? ムキになっちゃって」
こいつは……。
「――ただ、面倒なのに目を付けられると厄介だと思ってな」
すると、クロエは「あー」っと苦い顔をする。
「それは確かに……。どこの派閥も勢力拡大を狙っているなら、新入生に目を付けてる時期だろうしね。半端な実力ならまだしも、シリカ程目立つとどうなるか……」
「えっと、私何かまずいことした……?」
「いやいや、そんなことないわよ! いずれはバレることだもの。早いか遅いかの違いしかないわ」
「まあな。だが、朝の連中の雰囲気を見るに、かなり手荒そうだからな。注意はしておけよ」
シリカは朝の光景を思い出し、険しい表情を浮かべる。
「うっ、確かに……。私も少しは気を付けないと――」
「少し、いいかな?」
と、不意にシリカの背後から声を掛けられる。
シリカは不思議そうな様子でその顔を見上げる。
そこには、丸い小さな眼鏡を掛けた男が立っていた。
紺色の髪をし、前髪を中分にしている。
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべた、一見して普通の男だ。
「誰だ?」
新入生では見ない顔だな。
このタイミングで接触してくるということは……。
クロエと俺は顔を見合わせる。
早速来たか。
「ハハハ。いきなり誰だとは、今年の新入生は肝が据わっていますね。それとも君だけかな? いやあ、そんなに警戒しないでください」
そう言って、男はシリカの隣の空いている椅子に自然と腰掛ける。
「まずは自己紹介から。私は六年のジョゼ・バイアースです。初めまして」
すると、クロエが目を見開く。
「ジョゼって……"魔術会"の……!」
「!」
ということはこいつが…………序列五位の"賢者"か。
「おや、私達を知っているんですか? なら話が早い。今日はそちらのシリカ・シルフローラさんにお話がありまして」
「わ、私ですか?」
「はい。今少しここでお話しても? もちろんそちらのお二人も居て貰って構わないですよ」
俺とクロエは顔を見合わせる。
話を聞くだけ……なら問題ないか。
何かあればその時は、それ相応の対応をするだけだ。
こんな食堂で堂々と戦うことはない――と信じたい。
「さっきの様子だと知っているかもしれませんが、私たちは"魔術会"という集まりをしていましてね。学院内の魔術師達で情報交換しています」
集まりね……。
そういう体って訳か。
「聞いたところによると、勇者学院の三大派閥のうちの一つらしいじゃないか」
「あはは、派閥何て物騒な……でもよくご存じで。そう言われるようになって久しいですね。初めは数人で集まっていただけなんですが、気付けばそんなに大きな集団となっていました。それで、今日はシリカさんに話がありまして。……見ましたよ――いえ、正確に言えばうちの会員が見たのですが、あなたかなりの魔術を使うとか」
「えっと、どうですかね……」
シリカは少し恥ずかしそうにもじもじする。
「今更そんなことで照れてどうする」
「いやあ、でもあんまり褒められることないしなあ……」
「あはは。奥ゆかしいところもまた美徳ですよ。――そこで、是非シリカさんも"魔術会"に入りませんか? 不便は掛けませんよ」
「えっと……えぇ……?」
シリカは困惑した声を漏らす。
「魔術師として、安全と研究はなによりも大事なはずです。我々と一緒に活動してもらえれば、効率的に学院生活を送れます。この学院を知っていますか? 一言で言えば魔窟です」
「学長もそんなことを言っていたな」
ジョゼは頷く。
「もし、今この床を全部ひっくり返したとして、そこからうちの生徒の死体が二、三体出てきたとしても、きっと驚く人の方が少ないかもしれません。特に、上級生になればなるほどにね。逆を言えば、そういった《《異常》》な精神の持ち主しか生き残れないという事かもしれませんが」
その言葉に、シリカが少し顔色を変えるのが分かる。
余計な不安を煽りおって……。
それがそっちの手か。
ジョゼは眼鏡をカチャっと中指で上げ直すと、言葉を続ける。
「話がそれましたが……もちろん、学院内での安全は私達が保証しましょう! 数は力です。そして、魔術師にとって欠かせない研究ですが、私達は学院の敷地内に何箇所か魔術工房も持っています。どうですか? これから長い学院生活において、かなりのアドバンテージだと思いますが」
「安全……工房……」
その甘言に、シリカの心が揺れているのがわかる。
思ったより直球だな……。
それに、朝の連中のような邪悪さは感じない。
魔術師達の寄り合いコミュニティといったところか……。
だが、この男……明らかに胡散臭い。
表面上の目的はそれだろうが、何か裏を感じるのは否めん。
この男からは信用するなという臭いがプンプンするわ。
「――そう睨まないでください、銀髪の方。これはシリカさんにとってメリットしかない話ですよ? 下級生に私達が声を掛けるなんて珍しいんですから」
「……何だかあんたは胡散臭い。ただの魔術師の寄り合いだと? フン、そんなものが三大派閥として挙げられるとは到底思えんな」
「ちょ、ちょっとゼノア! 何吹っ掛けてんのよ! 相手わかってる!?」
すると、ジョゼは身を乗り出し慌てるクロエを制する。
「――疑心暗鬼になるのも無理はありません。新入生として入学し、早々に怖い話を聞かされれば警戒心が嫌でも強くなるでしょう。あなたの目には、きっと私はシリカさんを誘惑する悪い組織の親玉にでも見えているのでしょう」
そう言って、ジョゼはアハハっと笑う。
どこまでも余裕を持った素振り。
はっ、白々しい男だ。
言葉の端々から嘘くささが漂っている。
「実際に活動を見て頂くしか信頼してもらう方法はありませんが……ただ、部外者に言えるのは残念ながらここまでです。魔術師は手の内を見せたら終わりですからね。後はシリカさん次第。きっとあなたの力になって見せますよ」
だがまずいな……確かにシリカの自由ではある……。
恩を売って引き入れたと思っていたが、所詮は魔術師。
探求への欲求は抗い難いか……。
それに、シリカは深く考えないきらいがある。
奴の誘いに乗っても――
「うん……やっぱりそうだよね」
「決まりましたか?」
下を向いて考え込んでいたシリカが、バッと顔を上げる。
その顔には、一切の曇りもない。
済んだ綺麗な瞳が、ジョゼの顔を映す。
「――お断りさせてもらいます。すいません」
シリカは、頭を下げる。
ジョゼの表情が一瞬固まる。
眼鏡の奥の目が僅かに鋭くなる。
「……理由を聞いても?」
「私、ゼノア君に恩があるんです。それを返すまでは一緒に居たい……かなって。それに、新しく出来た友達のクロエちゃんのことも放っておけないですし。今私が"魔術会"に入ったら、きっとバラバラになっちゃうから……もう少しこのままでいたいんです」
「なるほど……」
シリカはいつもよりしっかりとした顔で、口調で、そう言い切る。
「シリカ……」
クロエも予想外だったようで、言葉を失っている。
ジョゼは短くため息を付く。
「今はまだ時ではない…………そう受け取っていいですか?」
「はい。今はまだ、私には荷が勝ちすぎます」
「――わかりました。あなたの友達思いなところも気に入りました。それは私たちの組織で、より発揮されるべき長所だということも。……いずれまた時が来れば誘いに来ます」
そう言ってジョゼは席から立ち上がる。
「……相変わらず警戒心の強そうな目で見ますね。安心してください。敵意がなければ、私達も何かしたりしませんよ。この話は心の片隅にとどめておいていただければ結構です」
敵意がなければ……か。
それは"魔術会"に対しての純粋な敵意と、間接的に他の派閥に手を貸すことも意味しているのだろう。
シリカが分かっているかどうかはわからんが……。
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