注目の的
「さて、今年も多くの新入生が入ってくれて嬉しく思う」
眼鏡を掛けた白髪の老人が、俺達を見回して言う。
俺たちは第一魔術演習場の芝生の上に並び、講師の言葉に耳を傾ける。
魔術師の制服はローブに親しんだ人の為に、オプションでフードを付けられるのだが、この場に居る生徒の装着率は100%のようだ。
「狭き門を抜け合格したお主たちは、立派なエリートじゃ。……じゃが、そのエリートの中でも実力の上下というものは存在する。悲しいことにのう」
老人ははぁっと溜息をつき、首を左右に振る。
この爺さん……俺とシリカの魔力測定を担当していた奴だな。
爺さんはそれを覚えていたのか、チラッと俺を見ると、不気味に口元を緩める。
「ワシの名はジェリコ・オルヴェーユ。この魔術戦闘術の講師じゃ」
一呼吸置き、ジェリコは話を続ける。
「2、4、6……今年は19人か。まあ、例年通りの比率じゃの。魔術を使う者はそうは多くない。使えたとしても、勇者学院ではなく、国立の魔術学院に行く者も多いからのう」
そう、俺達60人の新入生のうち、魔術の講義を選択したのは19人だった。
必ずしも魔術師がこの講義を取るとは限らないが、まあこれで全部と見ていいだろう。
クロエは魔術師ではないから他の講義に出席しており、この講義を受けに来たのは俺とシリカだけだ。
「――さて、今日は一回目の講義ということで、全員の実力を見てみようかの。毎年恒例の実力試しじゃ」
そう言ってジェリコは腰のホルダーから、茶色の皮表紙に黒いベルトがまかれた
一冊の本を取り出す。
グリモワ……俗に言う魔術書だ。
ジェリコはグリモワをぺらぺらと捲り、一つのページで止まる。
「どれ、少し下がっとれ」
言われた通り、俺達はぞろぞろと後退する。
「あーゴホン。――"群れなせ、泥の人形"」
刹那、ジェリコの背後の地面に魔法陣が浮かび上がる。
地鳴りが響き、崩れた地面の欠片が新たな物体を創造し始める。
それはまるで初めから設計図があったかのように、どんどんと形を成していく。
数十秒後、さっきまで何もなかったはずのだだっ広い広場に、大小様々なゴーレムが数十体並ぶ。
一通り完成した後で、ジェリコはグリモワを閉じる。
「さて、誰から魔術を披露してもらおうかの」
◇ ◇ ◇
ジェリコに指名される順に、次々と生徒が魔術を披露していく。
攻撃魔術を駆使し、並んでいるゴーレムを破壊していく。
「ほう、なかなかやるのう」
「ありがとうございます!」
ゴーレムを一撃で三体破壊した少年に、ジェリコは髭を撫でながら声を漏らす。
少年は長い杖を背中にしまい、お辞儀をすると元の位置に戻る。
「では次――アーウィン」
「ああ」
俺は立ち上がると、前に進む。
「ほっほ、来たのう」
ジェリコは目尻に皺を寄せ、笑う。
その笑みは、今日見たジェリコの笑顔の中でも飛びぬけて邪悪なものだった。
「わしはお主を魔力測定0点で進ませたが……いやはや、実技が相当良かったと見える」
「気にすることは無い。俺が合格するのは必然だった、それだけだ」
「カッカッカ。これからこの学院でお主が何を成すか……楽しみにさせてもらおうかの。……さあ、今の実力を見せておくれ」
さて、ゴーレムの破壊か。
確か講義の成績も序列に影響あるのだったか。
ならば、出来るだけ目立っておくのが得策だが……。
飛びぬけ過ぎるのもマズイか。
焦る必要はないが、進級できるだけの成績は納めておく必要がある。
――とその時、こちらを注目している複数の視線を感じ取る。
生徒ではない、そして目の前のジェリコでもない。
明らかに外からの視線。
これは……二人……いや、三人はいるな。
ただの観客ではないだろう。
……ということは、例の派閥の連中か。
さっそく新入生の実力を見に来たという訳か。
だとすれば、下手に目立つと奴らが接触してくる可能性があるか……。
やはり、今目立ちすぎるのは得策じゃないな。
接触するにしても、こちらの体制が整ってからだ。
武力で圧倒するのは簡単だが、それでは誰も付いてこない。
やるならば、完全にこちらに正義があるときに、徹底的にだ。
序列は徐々に上げて行けばいい。今急ぐ必要はない。
「アーウィン、どうしたんじゃ?」
意識を他に集中させていた俺に、ジェリコが声を掛ける。
「ああ。今やる」
俺は手を前に掲げ、魔力を集中させる。
威力の低い魔術でさっさと終わらせるか……。魔王級を使うのは止めておくとしよう。
「"雷一閃"」
手のひらの前に現われた魔法陣からバチバチっと稲妻が光る。
刹那、眩い閃光を放ち、一本の稲妻が不規則な軌道を描きゴーレムへと突き進む。
その稲妻はカッ!! っと鋭く空気を裂くような破裂音を響かせ、ゴーレムに到達すると、一瞬にしてゴーレムを粉々に破壊する。
その場に帯電した雷が、バチバチと弾け、地面を這う。
土煙が上がり、その場には一体分の何もないスペースが広がる。
「ほう……珍しい。あまり見た事のない魔術体系じゃな……。威力もそこそこといったところか。ちょっと期待外れじゃがの。――まあよろしい、及第点じゃな。下がっていいぞ、アーウィン」
拍手も疎らなシラーっとした空気の中、俺は元の位置へと戻る。
ジェリコの爺さんには及第点とは言われたが、今までの同級生の中では下から数えた方が早いだろうな。
さすがに他の生徒も今のレベルの低さには白けるというものだ。
だが、これでいい。今はな。
「次は――シルフローラ」
「はい!」
その時、全員の目が一斉にシリカに向けられる。
退屈そうに地面をぼんやり見ていた者まで、引き寄せられるように顔を上げる。
そうだ、確か入試の時もシルフローラという苗字に反応する者が居た。
忘れていたが、こいつはもともと有名人だった。
勇者学院に入学するレベルの魔術師には既に名前が広まっているということか。
「……やはり似ておるの」
「え?」
シリカは不思議そうにジェリコを見る。
「……いや、なんでもない。忘れておくれ。では、好きな魔術を使うがよい。的は選び放題じゃ。皆多く残してくれたからの」
皮肉交じりにそうシリカに告げ、ジェリコはまた邪悪な笑みを浮かべる。
「それじゃあ……」
シリカは腰のホルダーからクリスタルの埋め込まれた杖を取り出すと、くるくると回し、自分の身長程まで伸ばす。
その踊りのような綺麗な動きに、皆の目が集まる。
シリカは杖を前に掲げると、深呼吸する。
魔力が高まっていくのが感じられる。
徐々にクリスタルが眩く光り始め、空気が逆巻く。
まずい、シリカに魔術を加減するよう言わなければ……!
「おい、シリカ! 実力はあまり――」
「はああああ!!」
「ちっ……!」
しかし、俺の声が届く前に、シリカの特大の魔術が発動する。
走り出した魔術は、もう誰にも止められない。
三重の魔法陣がシリカの頭上に浮かび上がり、一瞬にして周囲の大気が冷えきる。
まるで真冬のような寒さに、皆身体を縮こませる。
「おぉ……これはこれは……!」
「――"アイシクルレイン"!」
刹那、魔法陣から現れた巨大な氷柱が、まるで豪雨の様にゴーレム群に降り注ぐ。
横並びに複数体並んでいたゴーレムたちが、一斉に蹂躙される。
氷の塊は次々に地面に突き刺さっては砕け、あっという間にその場を更地にする。
その衝撃に皆が完全に唖然とした表情を浮かべる。
「な、なんつう魔術だよ……!」
「さすが魔術の名家だな」
「俺無理だよこれ……」
口々にシリカを称賛する声が上がる。
対して俺は、肩を落とし、首をゆっくりと左右に振る。
やってしまったか……。
シリカは大きく深呼吸をすると、ジェリコへと向き直る。
「ふぅ……。ど、どうでしょう?」
ジェリコは眼鏡を上にあげ、目頭をぎゅっと抑える。
「いやはや……文句はないのう。さすがシルフローラの娘じゃ」
「えっ……?」
「ちょっとばかりお主の父とはいろいろあっての。――じゃが、それはまた別の話。さすがとだけ言っておこうかの」
「? あ、ありがとうございます?」
「混乱させてすまんのう。今は素直に喜んでよいぞ」
「はい……!」
シリカは満面の笑みを浮かべ、俺の隣に戻ってくる。
「ねね、褒められちゃったよ私」
「ああ、そうだな……」
シリカは俺のローテンションな反応に違和感を覚えたのか、声を潜める。
「どうかした……?」
「いや……。この後が大変そうだと思ってな……」
「?」
不思議そうにこちらを見つめるシリカを尻目に、俺は遠方でこちらを見ていた複数の視線が徐々に離れていくのを感じていた。
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