暴虐
「……それにしても、君やけに詳しいな」
「私が足で調べた情報だからね! ……と言いたいところだけど、実はお兄ちゃんが三年にいてね、殆どその受け売り」
そう言ってクロエはあははっと笑う。
「兄妹そろって勇者学院なんてすごいね! エリート家族だ」
「まあお兄ちゃんも序列低くて勇者に成れる見込みないらしいけどね……。で、これで私が友達が出来たのは幸先が良いって言った意味わかった?」
「大体はな。ようは、この学院内で序列上位を目指す、あるいは平穏に生きるにはある程度群れる必要があると言う訳か」
「その通り!」
群れる……か。
魔王だった頃の俺からすると考えられない行為だが……配下を増やすと考えれば受け入れ難いとも言えないか……。
だが、勇者となるのが最大の目的だ、ある程度の妥協は必要と割り切るしなかない。
話を聞く限り、序列を上げるには一番大きな派閥に入るのが無難そうではあるが……さてどう動くか。
片っ端から剥奪戦を申し込み、序列一位を目指しても良いのだが、それだと魔王であることがバレる可能性もゼロではない……。転生の件が伝わってるとなると下手に動くのは得策じゃない。
学生は意識してないにしても、《《組織としての》》学院では目を光らせている可能性もある。
六年間もあるのだ、下手に焦る必要もあるまい。出来るなら勇者になるまでは穏便に済ませたいのが正直なところだ。
暴力だけで勇者学院を制圧しても人間はついてこないのは、魔王の時代に理解している。
それは勇者とて同じことだろう。
――なら、ここは六年までは爪を隠し、低い序列で身を隠す……それが最適解か。
「だったら、しばらくは様子見だな。少なくとも三人で小さい集団は作れたんだ、しばらくはこのまま静観といくか」
巨大な派閥に入れば、勇者への道は簡単かもしれない。
だが、目立つというリスクが付きまとう。
序列という制度がある以上、焦る必要はないのは理解している。
目先のメリットを追うよりも、将来的に見たデメリットを潰す方がはるかに得策だ。
影に忍び、シリカのように強力な、勇者になった後も力に出来そうな人間を周りに集めておく。それがこそがもっとも統一への近道!
今はあくまで利害が一致しているだけの関係だが、最終的に俺に心酔させられれば問題ない。
「そうね。私としても下手にどこかの派閥に入って身動き取れなくなりたくなかったから、シリカに誘ってもらえてよかったわ」
シリカは照れた様子で頭を掻く。
「えへへ、良かった喜んでもらえて。よろしくね!」
とりあえずはこれで良い。
「さて、授業行きましょうか。一限はなんだっけ?」
「確かオリエンテーションだよ」
「なんだ、いきなり退屈そうね」
そう言って俺たちはプレートを持ち上げ、回収用の棚に還す。
「さて、大講義室に向かう――」
と、その時、十人ほどの集団が、正面から近づいてくる。
クロエが小声で言う。
「噂をすれば……ね」
黒髪の男を中心とした集団。
その集団の前に居る学生たちは、少し頭を低くしてそそくさと道を開ける。
「今年の一年はどうだ?」
そう、黒髪の男は左に並ぶ赤い髪の男に話しかける。
「どうっすかねえ。ロイドさんのお眼鏡にかなう奴がいるかどうか……まだ見てねえんでなんとも」
「そうか。俺はともかく、ロイドさんは下級生にあまり興味はない。お前に任せるぞ、ディード」
「了解っす。手荒くなるかもしれねえっすけど」
「それをわかってるからお前に任せるのさ。……ただ、へまだけはするなよ。俺たちの沽券に関わる。ロイドさんはそこには厳しいからな。――それと、冥府のババアと腹黒賢者には先を越されるな。下手に向こうの戦力が拡大すれば面倒なことになる」
「面倒くせえっすねえ。さっさと戦争吹っ掛ければよくないっすか?」
「そう単純じゃないんだよ、あほ」
「レストさん……!!」
と、彼らが歩く前に、一人の男が全速力で駆けこみ、地面に膝を着き、両手を地面につける。
今にも土下座をしそうな姿勢で、声を張り上げる男。
黒髪の男――レストは冷徹な眼差しをその地面の男に向ける。
「……誰だ貴様」
「に、二年のアヴァロです……!」
「アヴァロ……?」
すると、隣に立つディードが言う。
「この間ロイドさんに盾突いた奴の……」
「ああ、なるほど」
レストはニヤニヤとした笑みを浮かべ、地に伏せるアヴァロに顔を近づける。
「何のつもりか知らんが、俺達の話を遮る程のことなんだろうな?」
「は、はい……! お、お願いです、あいつらに会わせてください……!!」
アヴァロは頭を地面につけ、懇願する。
その様に、レストの後ろからクスクスと笑い声が上がる。
「みっともない真似をするな。力で仲間を奪い返そうという発想はないのか?」
「身の程は……弁えてます……」
アヴァロはそれでもなお、必死に頭を下げる。
レストはアヴァロを見つめ続け、しばらくしてふぅっと息を吐く。
「わかった……」
「! じ、じゃあ――」
「ディード、後は任せた。お前らいくぞ」
そう言って、レストたちは這いつくばる男の横を平然と横切っていく。
「ちょ、ちょっと待っ――」
と、アヴァロがレストに縋ろうと顔を上げた瞬間。
ディードの右足が全力で振りぬかれ、顔面にクリティカルヒットする。
アヴァロは思い切り吹き飛び、テーブルに激突する。
「下らねえなあ!! 頭を下げりゃあなんでも何とかなると思ってんのかよぉ!!」
ディードは、蹴り飛ばされ項垂れるアヴァロの髪を掴むと、顔を強引に自分に向ける。
アヴァロたちは、もはや見向きもせず食堂を後にする。
「いいかぁ? 取り返したかったら力づくでこい。ここは、そういう場所なんだよぉ!! 二年になってもまだ理解出来てねえのかこのバカはッ!」
「ち、力のない俺たちは……こうするしか……ないんだ……っ!」
「口だけは一丁前だなあおい!!」
そう言ってディードはアヴァロの腹を殴りつけると、もう一度テーブルの方へ放り投げる。
ガシャン! っと音を立て、アヴァロは項垂れる。
「うっ…………」
ディードは制服の襟を直すと、アヴァロへ視線を投げる。
「――とは言うけどよお、他の奴みたいに力で抵抗しないだけお前は賢いぜ。……今回はこれで勘弁してやるから、大人しく学院の隅っこで生きていくんだな」
力が全てか……まったく、まるで魔界を見ているみたいだ。
これが勇者候補とは聞いて呆れる。
「酷い……! 抵抗してないのに……!」
と、隣でシリカが男に食って掛かろうと身体を乗り出す。
すると、クロエがガッとシリカの腕を掴む。
「……クロエ、離して!」
「駄目……下手に手を出すべきじゃないわ」
クロエの顔は真剣だった。
ここで手をだせば、彼らとの決別は確定的。
今後の生活に支障が出ることは避けられない。
俺はまだしも、こいつらがどうなるかわかったもんじゃない。
「気持ちはわかるが……今は落ち着け。奴も気が済んだみたいだ」
「でも……」
俺の言葉に、シリカは唇を噛む。
あの男……ディードか。
すると、ディードと視線が合う。
「……おい、てめえ何睨んでんだ?」
ディードがギロリと俺を睨み、そう口にする。
「…………別に、何も」
「はっ、そうかよ。腰抜けが」
そう言い残し、彼は何事もなかったかのようにそのまま食堂を出ていく。
シーンとしていた食堂が、徐々にざわざわと音を取り戻す。
「大丈夫!?」
シリカが倒れるアヴァロに駆け寄る。
だが、アヴァロはその手を力なく振りほどく。「いい……ありがとう」と言葉を返し、よろよろよろめきながら、出口へと歩いていく。
「…………」
シリカはその背中をしばらく見つめていた。
「噂通りね。"暴虐"、か」
だから言ったでしょ? と言った顔で、クロエは俺を見る。
「かなり偉そうな男だったな。あれが……序列三位の……」
「彼らは周りを固めてる幹部の一部ね。彼らの集団の力の大きさがわかったでしょ? 誰も動けず、彼らのやりたい放題……対抗勢力がこの場に居れば違ったでしょうけど、今ここにいるのは大半が下級生みたいだし……。みんな恐れてるのよ。あるいは、関わろうとしない」
そう言って、クロエは肩を竦める。
「私達も含めて、ね」
「そうだね……食堂の空気が一変してたよ」
「この学院は自分達のものだと言わんばかりの我が物顔だったな。派閥の大きさを鼻にかけて大暴れか……気に食わんな。ロイドという奴の思想か?」
「どうかしら。幹部や下の方のメンバーが暴れてるだけって話もあるけど、真偽はわからないわ」
あれだけ派手にやって、何のお咎めも無しか。
さっきだけに限った話ではないだろうに。
この学院は思った以上に腐っているようだ。
すると、クロエはニヤーっと笑みを浮かべる。
「へえ、気に食わないねえ。案外ゼノアって好戦的なのかしら? それとも、あのアヴァロって男を見て同情しちゃったお人好し?」
「……好戦的なのは否定はしない。だが、勇者になるのが先決だ。無駄な争いで対立する気はない」
そう、今はまだ。
いずれ相手をするときが来るだろうが、それはまだ先の話だ。
「理性もちゃんとあるのね。私がシリカを止めないで、彼らの前に立ち塞がってたら終わってたわ。もしかしたら、私結構いい人と繋がり持てたかも」
クロエの顔に打算的な表情が見て取れる。
こいつも、なかなか野心家か。
「好きに思っておけ」
クロエはニコっと微笑む。
「ささ! ちょっと後味が悪いけど、シリカもゼノアも大講義室いきましょ! オリエンテーション始まっちゃうわよ」




