ようこそ、勇者学院へ
春来たる――。
「あの日よりさすがに人は少ないな」
白い生地に黄と青のラインが入った正に"清"を感じさせる制服。
ネクタイをきっちりと締め、列に並ぶ勇者候補生達。
同じ制服を着ている人がこうも大量に並ぶのは壮観な眺めだな。
魔界では皆それぞれの個性が強すぎてバラバラだったが、これも悪くない。
一個の団体としての強さというものを感じる。
俺はチラと辺りを見回す。
総勢六十名――。
今年の合格者の人数だ。
一年は最前列に並び、俺は後方を眺める。後方の上段の席には上級生たちが座り、こちらを見下ろす。
一番下からのスタートか……。
「くっくっくっ……」
思わず笑いが漏れる。
よもや魔王ともあろう俺が、人間の世界で、しかも勇者学院で一からスタートするとは誰も想像だにしないだろう。
「――それでは、最後に、ジークレイン学長からの挨拶です」
司会の言葉で、ステージの袖から一人の男が現れる。
金髪に、青いイヤリングをした精悍な顔立ちの男。
歳は若いと言う程ではないはずだが、その立ち居振る舞いは二十代のそれだ。
白い戦闘服に身を包み、腰には一本の剣を携えている。
勇者然とした男……だが、その表情はどこか険しい。
「まず初めに。入学おめでとう、諸君」
決して声を張っている訳ではないが、不思議と響く声だ。
「魔王が死に、その後魔界からの侵攻があってから二百年あまり……人間にとっての脅威は今や殆どないが、いずれ魔王が転生するという言い伝えだけは残っている。それが我が学院が創設された理由の一つでもある。……真偽はおいといてな」
転生……そこまで知られていたか。
ということは、俺の転生ありきの学院か。転生し、再び人間の前に現われる魔王を打ち倒すべく、効率的に勇者を育成するために造られた学院という訳か。今それを大真面目に考えている学生がどれほどいるかは甚だ疑問だがな。
「我が校は勇者を育成する世界で唯一の学院だ。ここには毎年、世界各地のエリートたちが集結する。その中で実力を認められたのが、君たち六十名の新入生だ」
そこで言葉を切り、学長は俺たちを見回す。
「――だが、ここからがスタートだ。これまでの経歴、経験、実力……そんなものは価値がないに等しい。この学院で六年間学び、培ったものだけが己のすべてだ。……そして、真に実力を示したものが勇者となる。いいか、周りは全て敵だと思え」
その言葉に、新入生たちがピリつくのを感じる。
勇者……やはりあの頃とは殆ど違うものとなっているな。
ただ力を追い求める者……それが今の勇者か。
やはり俺にとっては好都合。
この分なら勇者になることも難しくなさそうだ。
あとはユーティミスが魔界の調査を進めてくれるのを待つだけか。
「そして……これは例年恒例の開示なのだが……」
学長は台に両腕を突き、身を乗り出す。
「我が校では、毎年少なくない数の学生が死ぬ」
突然、唐突に、無機質に投げかけられたその言葉に、一気に新入生たちの空気が変わる。
無言で音もなく、ただ動揺が広がる。
「その原因は様々だ。授業での事故、試験での実力不足……そして、生徒間での小競り合い。この学院にくる者は皆、数の限られた席を奪い合っている。自分の実力を伸ばし、己が望む場所へ行きたいと願うのなら強くなれ。それだけだ」
シーンと静まり返った会場を、もう一度学長は見回す。
「学生間での小競り合いには、私達学院側は関与することは殆どない。裏を返せば、私達が観測していないところで起こっているとも言える。すべて自己責任だ。この学院は治外法権――その覚悟をゆめゆめ忘れないことだ。生きたいなら、勇者となりたいなら、強くなれ。以上だ。あらためて、入学おめでとう」
学長の言葉は、衝撃と共に新入生たちの身体を貫いた。
だが、半分以上の学生は既にその校風を受け入れているようだった。
あらかじめ覚悟してきていたか、今この場で覚悟を決めたか、はたまた元から死など恐れない自惚れ屋か。
何にせよ、いよいよ勇者を目指す生活が始まる。
俺の目標はこの学院の卒業などという低いものではない。
勇者と魔王。
表裏一体の存在を、この身に収めること。
今、俺の覇道が始まったのだ。
◇ ◇ ◇
寮へと案内されるため、俺達は大広間を出る。
「ゼノア君!」
と、後ろから肩を叩かれ、振り返る。
そこには、金髪の少女が笑顔で立っていた。
「シリカか。合格していたか」
やはり合格していたか。
エルフ族程の魔術適性を持っていればたやすいことだっただろう。
「うん! ちょっと心配だったけど無事合格できたよ。ゼノア君も凄いね、魔力測定があんな結果になっちゃったのに」
シリカは曇りない眼で俺を見る。
シリカ……放っておいたら何かに巻き込まれて死にそうだな……。
お人好しというか、純心というか。
だが、エルフ族の末裔は亡くすには惜しい人材だ。
やはり恩を売っておいて正解だったな。上手く使えばこの学院での立ち回りもスムーズにいくだろう。
「なに、実技試験で実力を見せれば問題ないことはわかっていたからな。これから同じ学院だ、よろしくたのむ」
「よろしくね。よかったー私知り合いとかいないからちょっと不安で……」
「別に知り合いなどいらないだろ?」
俺の言葉に、シリカが眉を八の字にして笑う。
「あはは……ほら、私友達とか作るの得意じゃないから。ゼノア君が居てくれてよかったよ」
友達か……。
あの学長の話を聞いてまだそんな能天気な事を言っていられるとは、やはり想像通りだな。
俺が居なければすぐにでも死んでしまいそうだ。
だが、仲間が多いに越したことは無い。
ここは仲良くさせてもらうとしよう。
「じゃあ俺が学院で初めての友達だな。よろしくな」
俺は右手を差し出しながらそう言う。
「!」
すると、シリカが驚いた顔で俺を見る。
「ど、どうした……?」
「いや、ゼノア君がそういうこと言うのって意外だと思って」
「悪いか?」
シリカはブンブンと頭を振る。
「全然!! これからよろしくね、ゼノア君!」
こうして、勇者学院での生活が幕を開けた。




