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空に逃げた英雄  作者: こーか
Chapter1.英雄と無くした青春
11/13

10.魔王よりも怖いもの

少しおかしい主人公の話

にこやかな笑顔を浮かべて、落ち着く低めの声でありがとうございましたと言われた少女が顔を赤らめながら立ち去る。青年は同じような顔を浮かべて次の人を呼ぶ。


「この後、お時間があるならお茶でもしない?」


1人の女性がクロワッサンを青年に渡しながら青年にほほ笑みかける。目は肉食獣のそれだが青年は困ったように眉を下げて会計を済ませる。袋に入れたパンを女性に手渡す際に手を取って至極残念そうな顔をして言った。


「申し訳ありません。そのような申し出はお断りさせていただいておりまして・・・。お誘いありがとうございます」


手を取られ真摯に対応された女性もこれはキツかったのか夢見がちに返答してふらふらとパン屋から出ていった。ここはコーネの経営する路地裏のパン屋さんでヘイズのバイト先だ。ホストクラブもかくやといった有様にコーネは苦笑いをしている。


「いやぁ・・・凄まじいな」

「皆さん俺に良いところを見せようと騒ぎもゴミを置いていったりもしませんからね。なんというか楽です」

「気づかないふりして黙っとくのがいい男だ」

「それで全部終わった後に褒めれば高感度上昇ですね」

「女性関係の手練だな?」

「失礼ですね。女性の扱いに慣れた紳士と言ってください」


小声で交わされるゲスい会話を聞いている女性は幸か不幸かいなかった。ヘイズは気を取り直して普段動かさない表情筋を動かして愛想笑いを繰り返す。パン屋の営業は順調だ。



「・・・ん?」


パン屋のバイト帰りに地面に落ちた卵を見つけた。上を見上げると巣があり、雛が泣いている。そこにせっせと餌を運ぶ親鳥は地面に落ちたまま孵化しない卵に見向きもしない。


「お前、居場所がないのか」


同情か憐憫か、あるいはそのどちらもだったのかもしれない。とにかくヘイズはその卵を持ち帰って温めることにした。


「湯たんぽでいいか」

『また何か拾ったんですか』


耳元のヘッドセットのコアが赤く光る。解析を終えたようでフレナはまた喋り出した。簡易的に毛布をしいて湯たんぽを入れてやった巣に横たえられた卵に興味を示している。


「ああ、これがどの種の卵かわかるか?」

『少々お待ちを・・・』


コアから出た細い光が卵に当たり赤い筋をつくる。ヘイズは咎めるでもなくただじっと待っていた。そう程なくしてフレナがまた喋り始める。


『これはハルホークの魔物変種ですね。ハルホーク自体はただの動物ですが何らかの影響で魔物化しているのかと。どこでこれを拾ったのですか?』

「木の根元。親も兄弟も元気そうだった」

『あら、魔物は総じて魔力を与えられないと孵りません。随分衰弱しているようですし温めても孵らなかったので親鳥はこの子を捨てたのでしょうね』

「魔力を与えれば孵るか?」

『ええ』


ヘイズは人差し指で卵に触れて、細くゆっくりと魔力を流し始める。初めは拒絶するように魔力を殻の外側に纏わらせていたが1度殻の内部へ入るともっともっとと強請るように魔力を吸い上げていく。注いだ魔力量に応じて卵も薄く光り輝き始めた。内部からこつこつと音がする。


「弱ってたはずだよな?」

『瀕死の病人にエリクサー与えたらそりゃ治るでしょう?』

「成長まで促進するのか?エリクサーすごいな」

『いえ、生まれるために必要な時間は既に終えて、後は魔力のみの状態でした』


殻を突き破って嘴が現れる。木で見た個体のものよりも大きく戦闘に特化したものだ。生まれたばかりにしては大きく、育ったらかなりの体長になることが予想される。殻を破って現れた鳥は爪は鋭く、嘴は攻撃的だが意外と目が愛くるしかった。それはヘイズを一目見てぴぃと鳴いて足元の殻を食べ始める。


「かわいい」

『お話してもいいですか?』

「ああ」

『まずは謝罪から。ここは異世界ではありませんでした。申し訳ありません』

「わかった、続けてくれ」

『現在のデータと元の場所とのデータを比較するに・・・ここはヘイズ様の生きている時代から1000年前の時代です』

「1000年前、魔王が最後に討たれた時期か」

『はい。』

「それは時間を移動したということだな?」

『・・・その通りです』


ヘイズはベッドに倒れふして手を掲げた。手におかしなところはなく、ただそこにある。ヘイズは目をつむり、また目を開けた。


「仮説は間違っていたか」

『良かったんじゃないですか?』

「ああ、よかった」


そこにあることを確かめるようにぎゅっと手を握りしめてヘイズはふわりと笑った。それは安堵だ。生まれたばかりの雛が拙いながらも歩いてヘイズによじ登り腹の上で温もりを得るように丸くなる。


「だが、もう一度時間を移動する勇気はないな」

『同感です。予測が外れた以上何がトリガーになるか分かりませんから』


雛を抱いて、また巣へと戻す。優しく頭をなでてやると気持ちよさそうにしているが離すとまたけたたましく鳴き始める。


『お腹が空いてるんでしょうね。肉食のようですけど・・・』

「俺の指でも食べさせるか」

『待ちなさい。自分の身を大事にするようにと言ったでしょう。というか人肉の味を覚えてしまったらどうするんです』

「それもそうだな」

『虫とか市販の餌でも充分でしょう。とりあえず今日は魔術棟に行きなさい』


雛の口元に近づけていた指を引っ込めたのを確認してフレナはひっそりと安堵した。この人は本気で自分の指を食べさせるつもりだった。もう少しで「腹は膨れたな」とでも言って雛を撫でてやる指を一本無くした主人を見るところだったのだ。


『本当に心臓に悪い・・・』

「お前に心臓はないだろう」

『無くてもあるんです!心の中には!』

「お前は時たま俺より人間みがあるな」

『むしろ私の方が人間みがなくてどうするんです』

「違いない、それじゃあ行こうか」

『はい』


ヘイズは指で窓を指す。すると窓が開け放たれて何かが飛んできた。それは外にいたのだろう小さな虫だ。それを雛の前へ持ってくると喜んで食べ始める。それを見届け、また窓が閉められた。連動するように扉が開く。それを当然のようにくぐってヘイズは部屋から姿を消した。



魔術棟の階段を登り、最上階の部屋をノックする。ゆっくりと扉がひらいて現れたのはミーシェルだ。待っていたとでも言うように部屋を見せないように塞いでいた体を退けてヘイズを内部へ招き入れる。

勝手に中の椅子が引かれてポットがテーブルに置かれたコップにお茶を注いだ。


「座ってくれ」

「どうも」


引かれた椅子が元に戻るのに合わせて座った様子を観察していたミーシェルが向かい側に座る。部屋は至るところに本が乱雑に置かれて開けた場所には魔法陣が描かれている。まさに魔術師の部屋と言った具合だ。


「・・・随分と他人に椅子を引かれるのになれているんだな」

「見ていると思ったらそういうことか。まあ、慣れてはいるな」


特に気にした様子もなくヘイズはカップに注がれたお茶に躊躇いなく口をつけた。喉仏が鳴ったのを見て、またミーシェルが話し始める。


「もし俺がそのカップに薬品を混ぜたと言ったら?」

「ありえないな」

「どうして?」

「正体不明とはいえ、殺害という手段をもって事態の解決を図るような愚か者ではないだろう?ついでに今殺しては知りたいことも知れなくなるだろうな」

「俺達の知りたいことの検討が付いているのか」

「どうやってここに突然現れたかだな?もっと言うなら『出現方法が魔王と酷似している』というべきか。あるいは『魔王の再出現の阻止方法』。一切、何の前触れもなく学園を覆う結界の内部に現れて倒れている、なんておかしく思う要素しかないだろ」

「じゃあ担当直入に聞こう『お前は魔王か?』」


魔術の力を増幅させる杖を額に当てられてもヘイズは気にすることなくお茶をすすった。何もしないと両手を上げるでもなくただくつろぐだけだ。


「魔王じゃないぞ・・・もっと恐ろしいものだ」

「それはなんなんだ」


ヘイズが前触れなく杖をつかむ。だがその先端を頭から引かせることはせずそのままだ。ここでミーシェルが魔法を使えば、頭が跡形もなく消し飛ぶだろう。固まるミーシェルを他所にヘイズは自嘲にも似た笑みを浮かべる。


「人の姿をしているのに人よりずっと強く、全てを壊せるなんて何より恐ろしいとは思わないか?」


抽象的なその言葉を理解することはできなかったが、それがヘイズ本人のことを言っていることはミーシェルでもわかった。わかってなお、魔法を打たなかった。ヘイズは感心したように目を細めた。


「そうだな・・・魔王の出現方法だったか。これは憶測だが、教えようか」

「!」

「まず魔王は一切の前触れなく顕現する。そこに時代背景や魔力密度、儀式の有無などの一定の関係性は存在しない。合っているか?」

「ああ、これまでの記録を洗っても関係性はなかった。」

「関係性がないことが最大の特徴だ。つまり魔王は世界の事象によって生み出される存在ではないということ。元より別の場所で存在していて、それでこちらにやってくるということではないのか?」

「しかし、それでは説明がつかない。魔力の揺らぎも魔術の発動も感じられないんだ。転移にしろ何にしろ当然そこに現れたということは何らかの反応がある。しかし魔王は違う。魔王はまるで『初めからそこに存在していた』ようにそこにいるんだ。」

「んー・・・これ以上は証拠のない想像になってしまうからな。すまない」

「何かその想像を裏付ける何かを知っているのか。そしてそれは常識ではなく、お前自身だけが知るもの」

「ああ、だが知らない方がいい・・・精神崩壊するぞ。間違いなく」


ヘイズは手を退けてにこりと微笑む。杖を向けられ、今にも死ねるような状況でなお微笑む度胸は馬鹿かそれとも助かる自信があるのか。ミーシェルには区別がついている。助かる自信があるのだ。


「嘘かどうかは知らないが、魔術と世界に貢献をどうもありがとうヘイズ。これでまた世界は平和にひとつ近づいた」

「ああ」


杖を下げて恭しく礼をしたミーシェルにヘイズも座ったまま深々と頭を下げた。そしてまたお茶を飲み、ミーシェルの言葉を待つ。


「・・・あまり秘密が多いのは感心しないがな」

「何分、あまり人に知られたくない情報ばかりなものでね」


吐き捨てるようなミーシェルの言葉にヘイズは肩を竦める。何を言われてもこれ以上は話さなさそうだ。ミーシェルはそう思い話を転換させた。彼の持つもう一つの疑問だ。


「それから、お前の魔力はどうなってるんだ?なんだか・・・色んなものが混ざりまくって元の色が判別出来ないんだが」

「混ざってるというならつまり、そういうことなんだろう」

「・・・魔力の色は体ではなく魂で決まるというのが定説だが」

「私は人の姿をしているが、当の昔に人間なんて辞めたよ」


頭が痛い。どれだけのことを知っていてどれだけの秘密があるのか全くわからない。でも、これだけはわかる。この男、ここの誰も信用していない。気を取り直したように魔術の素晴らしさについて語り始める。ヘイズは突然の話の転換とテンションの違いに少しぎょっとしたが何も言わずにその話を聞いていた。


「ところで」

「なんだ?」

「魔王の再出現を恐れているのは何か理由があるのか?」

「知らないのか?」

「ああ、鎌をかけただけだからな」

「なっ」

「で?何かあったのか?」

「・・・このごろ、魔物が増加している。魔王が現れると例外なく魔物が増加する統計が取れているからな。出現は確認されていないが、魔王と対峙した者は存在を恐れている」

「ああ、それで俺が魔王かと疑われたのか」


あっけらかんと口にして茶を飲み干し、おかわりを催促してくる余裕さにミーシェルは青筋を立てたがここで敵対するのは得策ではないとあえて黙った。


「おかわり・・・」

「さっさと帰れ」

「えー」

「か え れ」

「わかった」


渋々と言った体でドアを開けて出ていくヘイズ。その後ろ姿を見てミーシェルは深く深く息を吐いた。思っていたよりもとんでもないものなのかもしれない。


一方、ヘイズはと言うと


『ねえマスター?』

「どうしたフレナ」

『何も知らない人達を弄って楽しいですか?』

「すごく楽しい」

『・・・ちょっと小一時間ほど説教してもいいですね?だいたいあなたはいつもそうやって意味深なこと言う割には適当なこといってますよね?そのうち訴えられますよ?あとあなたの体のことなんだからわかって欲しかったですけどあなた結局昼ごはん食べてないですよね!?』

「あー・・・ゴメンナサイ」

『心が篭ってない!』

「心はお前にあげただろう」

『あげられるもんじゃないでしょうが!』


ヘイズはヘイズでそれなりに学園生活を楽しんでいた

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