表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空に逃げた英雄  作者: こーか
Chapter1.英雄と無くした青春
10/13

Another1.黒き墓標

「総統!」

「何か、あったかの?」

「前総統を発見しました!」

「どこじゃ!?」


老人がデスクから立ち上がる。所在を誰にも、それこそ手ずから育て上げた子供たちにも知らせることなく何処かへ消えた彼の発見の朗報に総統の座につく老人は喜びを湛えた顔で部下を見る。しかし肝心の部下の顔は喜び、とは真逆の感情を持っていた。

すなわち、悲しみ。


「北部、リフの花畑の中で・・・死体にて発見されました」

「なん・・・」


その報告に言葉を失う老人。老人の座るデスクの上にはリフの花を生けた植木鉢が置いてある。その白く、清らかに咲くリフの花がかなしげに揺れた。

前総統が消えて、8ヵ月後のことである。




報告を受けて駆けつけたその花畑には何一つとして侵入を遮断するものはなかった。それについて問いただそうとするとその場の責任者は黙って首を横に振った。するべきではない、と判断したのだろうか。少し花畑に入ればすぐにわかると言われ、言われるがまま1人で足を踏み入れる。


「あ・・・」


這いずった跡、近くの暗い森から伸びる血の跡。花を無残に押しつぶし、引きちぎるそれは生前の彼の性格からは考えられない。したくなくても、そうせざるを得なかったのだろう。その理由は血の跡を最後までたどれば直ぐにわかった。

花畑の中でも丘になっているところ。一際真昼の太陽の光が降り注ぐ場所に黒き墓標が佇んでいた。


「お・・・おぉ・・・」


花舞う丘、降り注ぐ眩しいほどの日光、光を反射し輝く黒い剣、その色とは似つかわしくないほどに荘厳で神秘的な光景だった。完成された至上の絵画のようでもあった。誰も参列しない侘しい葬式のようでもあった。明るい光を浴びて横たわるのは男。端正な顔立ちには傷一つなく、眠っているようだが起きないことは誰にでも明白だった。黒い剣がその心の臓を指し貫いている。風が吹き、リフの花びらを巻き込んで彼の髪を揺らしても、彼は起きない。二度と、起きないのだ。

なるほど、こんな完成された死の美しさには誰も触れない。彼のために誂えたかのような自然の葬式には手出しできない。しかし、老人ただ1人は誘われるようにそこへ近づき、その冷たくなった手を取った。


「何故、何故このような仕打ちを神はなさるのか・・・」


熱を与えるように握っても手は冷たいままだ。老人はしとしとと涙を流す。まるで愛する息子を喪ったように。いや、本当にそのとおりだろう。初めは自らの利益と打算のために引き取った子だったが、ある日を境に本当の息子のように思うようになったのだから。


「あの森の中で息絶えるのは、嫌だったんじゃな・・・」


男の顔は安らかだ。安堵とも取れるようなその表情に老人は奥歯を噛み締める。何が悪かったのだろうと自問する。ただ1人の幸せを願うのは間違っていたのだろうか。人民の幸せのため、何かをすり減らす彼を救いたいと思うことは間違っていたのだろうか。自問の答えは得られない。なぜなら問いかける相手は自分自身で、それに対する解を自分は持ち合わせていないからだ。

老人はこの光景に慟哭した。何故、何故、問いかけても答えは返らない。


「総統・・・」


遠くから若い部下が遠慮がちに呼びかけた。この光景に立ち入り、穢す真似を出来ないのだろう。老人は立ち上がり部下の元へ戻った。彼は、もう少しここに居させよう。彼が選んだ死に場所から早く離れたかったのもあるし、できるだけ長くその場に居させたかったのもある。


「森の中に何かの死骸がありました。頭と胴体が切り離されており、そこから前総統のものと思われる血の跡が続いていました。この何かにつきましては最近、頻発していた原因不明の電波障害と関係があるかと・・・」

「あやつはそう簡単にくたばらん。そういうことなんじゃろう。」


その何かの存在を知った全員が何も言わずとも察した。前総統は強く、気高く、慈悲深かった。彼を下せる者など誰1人居ないのではないのかと思うほどには彼の戦闘能力は圧倒的だったのだ。人々の求めてやまない不滅をその身で体現し、輝かしい栄光を臆することなく掲げたものだ。負けることなど無いと、彼が歩けばそこに光が射すのだと思うほど心酔している人間もいた。晩年・・・いや老いてはいなかったが英雄として存在していた最後の方になると戦争時代に見せた鬼神のごとき迫力は身を潜めていた。誰もが戦争時の彼の意思に突き動かされていたあの時、我々は彼が神であると信じて疑わなかった。そんな彼は一人、戦争が終わった後にゆっくりとその意思を弱め、表舞台に出る回数も少なくなり、組織の経営を部下の手に回した。それはあの時の彼を知る人物からは衰えとして捉えられた。それほどに彼は苛烈だったのだ。最後には既に過去の英雄となった彼を暗殺しようとする動きもあった。


「そうか、お前は魔王と戦ったんじゃな・・・」


1000年前、滅されたままこの時まで片鱗さえ見せなかった魔王。何の前触れもなく現れ、全てを破壊しようとする化け物と、前総統が居なくなったときから始まった電波障害。つい最近まで続いていた大戦により大昔の資料はほぼ紛失、もしくは焼失しているがかつて魔王が存在していた1000年前にも電波障害が発生していたとされる。この奇妙な符号に心配を覚えなかったかといえば嘘になる。しかし、まさかこのような最悪の形で現れることになるとは。

そして今、目の前。暗い森の中で倒れているそれは誰が見ても怖気立つようなものだった。死してなお発される瘴気が周りの植物を破滅させようとしている。背中から生えている触手は未だに断面から体液を零している。まだ生きていて再生でもするのではないかと思うほどの不気味さ。これが生きて、動くなど、想像したくもない。


「電波障害はピタリと止まりました。・・・魔王、かと」

「サンプルとして持ち帰るぞ。これが本当に魔王か調べるのじゃ」

「はっ」

「総統!」


部下が走ってくる。報告を聞けば前総統が生前暮らしていた場所がわかったとのことだ。その場へ向けて歩き出す。部下の案内で連れられたのは近くの小さな村だ。この村の外れに彼は暮らしていたのだという。村人たちはその家に暮らす彼のことを気に入っているようだった。基本的には自給自足だがしょっちゅう村までやって来て子供たちの相手や力仕事を率先して行ってくれたのだそうだ。育て上げる花や野菜を分けてくれたこともあったのだという。

彼の死で雰囲気が少し暗い村を通り過ぎて外れのこじんまりした家の前までくる。1階が全て花屋で、2階が居住スペースのようだった。1階では育ててくれる主を無くした花達が揺れていた。それを横目に見ながら階段を登って悪いとは思いながらも居住スペースの扉を開ける。

棚には野草などの標本や薬草に関する本、クローゼットの中には繰り返し着すぎてよれよれになった普段着、しわくちゃのままのベッド、ノートが乱雑に置いてある机。簡素ではあったが総統だった頃には考えられないほど生活感溢れる部屋だった。机のノートをぺらりと捲る。日付とその日に世話した草花のことがびっしりとかかれている。横に置きっぱなしのペンは持ち手がすり減ったままだ。長く愛用していたのだろう。ノートを読み進めて、最後に書かれたページを開く。そこには改めて、扱っているすべての草花の名前が書かれていた。その隣には誰に種をもらったか、どのような種と交配させたかまで書いてある。その中には自分があげた種までかかれており事細かに記されたそれに涙が出た。彼は誰かの好意を忘れたくなかったのだ。組織を離れた今も過去として忘れることなく、大事に抱えていたのだ。

リストの最後には一言、こう書かれていた。


『愛した人々に幸福を』



その他諸々の手続きが終わる頃には日が暮れていた。最後に前総統の死体を回収しようと動く人々の動きは重い。それを咎める気は起きなかった。誰も彼が死ぬところなど考えられなかっただろう。彼は不死で、我らの希望だったのだから。

夜、満月を背後に抱く丘の前。魔力を蓄えたリフの花が仄かな光を発する。例え小さな光でも重ねれば大きな光になる。花畑全てが白く輝いていた。昼とはまた違った様相を呈するその花畑に足を踏み入れる。


「誰じゃ?」


すすり泣く声が聞こえる。よく見れば小さな子供が彼のそばで泣いていた。足音に気づいたのかこっちを見て、驚いたように涙をぬぐってお辞儀した。


「彼に祈ってくれてありがとう」

「うん・・・お兄ちゃん、僕を庇ってくれたから」


横から部下に耳打ちされる。たまたまこの男の子が魔王と戦っているところを見ていたのだと。彼は何も知らずにやってきた男の子を身を呈して守り、魔王を討ち取ったのだそうだ。


「お兄ちゃんごめんね」

「謝ることはない。見てみなさい、彼の顔。とても安らかじゃろう?君のことを救えたことをきっと誇りに思っておるんじゃ。だからの、いうべき言葉は「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」なんじゃぞ」

「うん、ありがとう!お兄ちゃん!」


男の子がその場から走り去っていく。自分は少し嘘をついた。安らかな顔の意味は多分、やっと訪れた終わりだからだろう。そうでなければ・・・世界に住まう全員を救えたことへの安堵だ。

抱えあげられた彼はとても軽そうだった。そのまま担架に乗せられ、布を被せられて否応もなく死者であることを認識される。ここにいる組織の誰もが涙を流していた。相手が罪人であることを忘れ、ひたすら泣く。担架がその場を後にしたとき、その場に残るのは花畑のみ。




程なくして前総統、大戦を終わりへ導いた夜明けの英雄であり、戦後最初の事件である『黄昏事変インシデント・オブ・トワイライト』を起こした大罪人の葬式が行われた。その死を悼む者もいれば喜ぶ者もいる。それは彼が生前、最後に犯した罪のせいだ。彼が総統を辞めるきっかけにもなった出来事インシデント・オブ・トワイライトである。そのせいで長い大戦を終結させた世界は再び揺らぎ始めていた。しかし、その罪こそ彼が望んだことだ。目を伏せ、祈る。願わくば、彼の魂に平穏のあらんことを。

棺が運び込まれ、黒い服を着た参列者の間を掻い潜るように大きなホールの前へ置かれた。その前では神父が神の教えより魂の祝福を願う。そして代表者が並び、彼の棺の蓋を開けて死体に花を添える・・・はずだった。


「・・・なっ」


棺の中に居るはずの死体が、いない。参列者は皆、花だけで居るはずの者がいない棺に動揺していた。それが伝染し、ホール全体がにわかにざわめく。そのとき、ホールの扉が開いた。通信端末を切っているせいで通信機器は使えないからこうしてやってきたのだろう。


「総統!魔王の死骸が消えました!」

「なんじゃと!?」


思わず背後の棺を振り向く。消えた英雄と魔王。波乱はまだ始まりに過ぎなかった。

???

何らかの大戦を集結させた英雄でありながらも戦後初にして最大と言わしめる事件、黄昏事変インシデント・オブ・トワイライトを引き起こしたその人。大戦時はその苛烈さで見る者を畏怖させるようなまさに先導者たる人物であるとされていたが大戦が終わると同時にその苛烈さは形を潜め、組織の頂点に居ながら何もしないという事態に陥っていた。それを心に安寧が訪れたと解釈する者もいれば、戦いが終わり生きる目的を失ってヤケになっていると解釈する者もいる。こと、彼の苛烈さに引かれて彼に付いた者達は彼のその生き方に非難を浴びせていた。生きる目的を取り戻すために黄昏事変を引き起こして大戦を再開させようとしたという説もあるが、当の英雄本人は黄昏事変後に辞職し、何処かで余りある余生を過ごしていると言われており、その線は薄いという見方もある。またその体たらくを見かねた弟子が彼を暗殺しようとしているという噂もあったため人知れず暗殺されたがその事実は隠蔽され、綺麗な英雄のままにされたのではという説もまた存在する。

本当のことは英雄本人にしか分からない

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ