第3話 生徒会長と、初めての買い物
朝。
目覚まし時計が鳴るより先に、私は目を覚ました。
……眠い。
ものすごく眠い。
昨日も結局、夜遅くまで小説を書いてしまった。
好きな同級生が義理の妹になった。
しかも、両親が新婚旅行に出かけているので、今は二人きり。
そんな毎日をこっそりラノベにしているわけだけど。
問題がひとつある。
書きたいことが多すぎるのだ。
昨日だけでも、一緒に登校して、屋上でお昼を食べて、夕飯を作って、お風呂の冗談を言われて、ソファで寝ているユウナを見つめて……。
……。
…………。
「ううう……」
私は布団を頭までかぶった。
最後のは思い出したくない。
あんなことを考えてしまった自分が恥ずかしい。
……キスしたい、なんて。
私は布団の中で足をばたばたさせた。
「ミサトー? 起きてる?」
「ひゃいっ!」
ドアの向こうからユウナの声がした。
「朝ご飯、できたよ」
「い、今行く!」
私は勢いよくベッドから飛び起きた。
……。
…………。
朝ご飯?
ユウナが?
慌てて着替え、リビングへ向かう。
テーブルにはトーストとスクランブルエッグ、それからサラダが並んでいた。
「おはよう」
ユウナが微笑む。
もう制服に着替えていた。
髪もきれいに整えられている。
いつもの完璧な生徒会長。
「お、おはよう……これ、ユウナが作ったの?」
「うん。簡単なのだけどね」
「すごい……」
「昨日はミサトが夕飯作ってくれたから」
ユウナは椅子を引いた。
「今日は私の番」
……。
…………。
(しっかりしてるなあ……)
昨日、料理はあまり得意じゃないと言っていたのに。
ちゃんと朝ご飯を用意してくれた。
しかも私より早起きして。
やっぱりユウナはすごい。
私は椅子に座り、スクランブルエッグをひと口食べた。
「……おいしい」
「ほんと?」
「うん!」
「よかった。ちょっと牛乳入れすぎたかなって思ったんだけど」
ユウナがほっとしたように笑った。
……。
なんだろう。
この生活。
好きな人が朝ご飯を作ってくれて。
向かい合って食べている。
しかも、二人きり。
これってもう……。
(……新婚生活みたい)
……。
…………。
(違う違う違う!!)
私は慌ててトーストをかじった。
家族!
家族なんだから!
……でも。
ちょっとだけ幸せだなあ。
◇
学校では、昨日ほど騒がれることはなかった。
とはいえ、休み時間になると何人かの女子がやってきて、ユウナとの生活について質問してくる。
「ねえ、榊さん。ユウナって家でもあんな感じ?」
「えっ?」
「ほら、家でもしっかりしてるのかなって」
「う、うん。朝ご飯も作ってくれたし……」
「えーっ! いいなあ!」
「私もユウナの作った朝ご飯食べたい!」
……。
…………。
分かる。
その気持ちは、とてもよく分かる。
でも。
(毎朝食べられるのは、私なんだよね……)
……なんて。
ちょっとだけ優越感に浸ってしまった。
ごめんなさい。
心が狭くて。
「ミサト、顔がにやけてる」
七海に小声で指摘された。
「に、にやけてない!」
「はいはい」
七海は楽しそうに笑った。
……本当に、油断できない。
◇
放課後。
今日はユウナの生徒会の仕事が早く終わるらしい。
珍しく一緒に帰れることになった。
「ねえ、ミサト」
「ん?」
「帰りにスーパー寄らない?」
「スーパー?」
「うん。冷蔵庫、少し寂しくなってきたから」
「あ、そうだね」
両親はまだ新婚旅行中。
帰ってくるまで、あと数日ある。
食材はそれなりに残っているけれど、牛乳やパン、野菜などは買い足した方がよさそうだった。
「じゃあ、買い物して帰ろっか」
「うん!」
ユウナが嬉しそうに頷いた。
……。
…………。
あれ?
なんだろう。
今の笑顔。
学校で見せる、落ち着いた微笑みとはちょっと違ったような。
まあ、気のせいかな。
◇
スーパーまでは、学校から歩いて十分ほど。
私たちは並んで歩いた。
途中でユウナが、ふと口を開いた。
「ミサトって、普段から買い物するの?」
「うん。お父さんが仕事で遅いときとか」
「そっか。じゃあ、色々教えてね」
「えっ、私が?」
「うん。頼りにしてる」
……。
…………。
(頼りにしてる!?)
あの生徒会長が!
私を!?
私は思わず背筋を伸ばした。
「ま、任せて!」
「ふふっ。頼もしいね」
……ああ。
その笑顔。
やっぱり反則だ。
私はすぐに顔をそらした。
◇
スーパーに入ると、ユウナが買い物かごを取った。
「何から買う?」
「えっと、まず牛乳かな。それから卵と、明日のパンと……」
「野菜もいるよね」
「うん。夕飯どうしようか」
「何がいいかなあ」
ユウナが考え込む。
私は野菜売り場を見渡した。
「今日は野菜炒めとかどう?」
「いいね!」
「お肉も買って……あ、豆腐もあるといいかな」
「じゃあ、お味噌汁?」
「うん」
そんな会話をしながら、二人で売り場を歩いていく。
……。
なんだろう。
普通だ。
ものすごく普通の買い物。
でも。
私にとっては、全然普通じゃない。
だって、隣にいるのはユウナなんだから。
今までは教室の遠くから眺めていただけの女の子。
それが今、私の隣で買い物かごを持っている。
「ミサト、こっちのキャベツの方が安いよ」
「あ、ほんとだ」
「こっちにしよっか」
「うん」
……。
(……夫婦みたい)
また変なことを考えてしまった。
駄目だ。
私の頭、最近おかしい。
いや、最近というか。
ユウナと暮らし始めてから、ずっとおかしい。
◇
ひととおり食材を買い物かごに入れたところで、ユウナが足を止めた。
「……あ」
「ん?」
視線の先には、お菓子売り場。
ユウナは、じっと棚を見つめていた。
「……どうしたの?」
「ううん。何でもない」
そう言って歩き出そうとする。
けれど。
もう一度、ちらり。
……。
…………。
私はユウナと棚を交互に見た。
「……お菓子、欲しいの?」
「えっ?」
「さっきから見てるから」
ユウナは少しだけ目を丸くした。
そして。
「……ばれた?」
小さく笑った。
……。
(か、かわいい……!)
何それ!
その言い方!
学校の生徒会長がそんなこと言う!?
「べ、別に買えばいいんじゃない?」
「でも、昨日アイス食べたし」
「……うん」
「今日も買ったら、ちょっと食べすぎかなって」
……。
…………。
私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「えっ、何?」
「ご、ごめん。なんか……」
「なんか?」
「ユウナでも、そういうことで悩むんだなって」
ユウナは一瞬きょとんとした。
そして、くすくす笑い始めた。
「何それ。私だって普通に悩むよ」
「そ、そうだよね」
「お菓子とか大好きだし」
「……そうなんだ」
「うん。特に甘いもの」
……へえ。
知らなかった。
ユウナって、甘いものが好きなんだ。
私はなんだか嬉しくなった。
好きな人の知らなかったことを、ひとつ知る。
たったそれだけなのに。
「……じゃあ、買おうか」
「え?」
「お菓子。私も食べたいし」
もちろん嘘ではない。
私だってお菓子は好きだ。
でも、今はそれ以上に。
ユウナが嬉しそうにしてくれるなら、それでいい。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、これ!」
ユウナが迷わず手に取ったのは、大袋のチョコレート菓子だった。
……。
…………。
決めるの早っ!
さっきまで悩んでたのに!
「これ、好きなの?」
「うん。昔から好きなんだ」
ユウナは嬉しそうに買い物かごへ入れた。
そして、少し考える。
「……あと」
「ん?」
「アイスも買っていい?」
……。
…………。
「昨日も食べたよね?」
「うん」
「さっき食べすぎって言ってなかった?」
「……言った」
ユウナが少しだけ困ったように笑った。
「でも、今日は違う味にするから」
「そういう問題!?」
思わず突っ込んでしまった。
するとユウナは、声を出して笑った。
「あははっ! そうだよね!」
……。
…………。
私は、その笑顔を見つめた。
学校では見たことのない、無邪気な笑い方。
こんなふうにも笑うんだ。
……かわいい。
本当に、かわいい。
「じゃあ、アイスは明日にしよっか」
「……うん」
少し残念そうな返事。
……。
…………。
何なの。
その顔。
そんな顔されたら……。
「……一個だけなら」
「えっ?」
「一個だけなら、いいんじゃないかな」
ユウナの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと!? やった!」
……。
(しまったぁぁぁ!!)
私は心の中で叫んだ。
絶対に甘やかしてしまう!
この人にお願いされたら、私、何でも買っちゃうんじゃない!?
駄目だ。
気をつけないと。
……まあ。
今日はいいか。
◇
スーパーを出る頃には、買い物袋が二つになっていた。
「一つ持つよ」
「あ、ありがとう」
ユウナが自然に重い方を持ってくれる。
さっきまでアイスをねだっていたのに、こういうところはやっぱりしっかりしている。
「……ユウナって、優しいね」
「え?」
「重い方、持ってくれたから」
「ああ、これくらい普通だよ」
ユウナは笑った。
「ミサトが夕飯作ってくれるんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、私は荷物持ち」
……。
…………。
なんだろう。
すごく嬉しい。
私、今まで一人で買い物して、一人で夕飯を作ることも多かったから。
誰かと一緒に買い物して、何を食べようか相談するだけで、こんなに楽しいなんて。
「……ありがと」
「どういたしまして」
ユウナが微笑む。
私も、少しだけ笑った。
◇
帰宅後。
私はキッチンで夕飯の準備を始めた。
ユウナは、買ってきた食材を冷蔵庫へしまってくれている。
「ミサト、これどこ?」
「あ、それは野菜室」
「はーい」
「お肉は冷蔵庫の下の段ね」
「了解」
……。
…………。
何だろう。
ものすごく自然に会話できている。
学校では、話しかけることすら難しかったのに。
ここでは、普通に話せる。
いや、もちろんドキドキはしている。
しているけれど。
以前ほど、言葉に詰まらなくなってきた気がする。
……家族になったからかな。
「ミサト〜」
「ん?」
「これ、開けてもいい?」
振り返ると、ユウナがさっき買ったチョコレート菓子を持っていた。
「えっ、今?」
「うん」
「もうすぐ夕飯だよ?」
「一個だけ」
……。
…………。
私はしばらくユウナを見つめた。
ユウナもこちらを見ている。
……。
…………。
「……一個だけね」
「やった!」
ユウナは嬉しそうに袋を開けた。
……。
(何なの、このかわいい生き物……)
私は思わず口元を押さえた。
学校中の女子が憧れている生徒会長。
みんながかっこいいと言っている女の子。
その本人が今、チョコレートを一個食べられることに喜んでいる。
……。
…………。
(……これ、誰かに話したい)
でも。
絶対に話せない。
なんだか、私だけが知っている秘密みたいだから。
◇
夕食後。
食器を洗い終えた私は、リビングへ戻った。
ユウナはソファでテレビを見ていた。
「ミサト、こっち」
「え?」
「一緒に見ようよ」
「あ、うん」
私は少しだけ距離を空けて座った。
ユウナは特に気にした様子もなく、テレビへ視線を戻す。
画面では、人気のバラエティ番組が流れていた。
「今日の買い物、楽しかったね」
ユウナが言った。
「……うん」
「また一緒に行こうね」
「……うん!」
私は嬉しくなって、大きく頷いた。
するとユウナが、ふっと息を吐いた。
「……なんか、いいなあ」
「え?」
「こういうの」
「こういうの?」
「うん。二人で買い物して、ご飯作って、テレビ見て」
ユウナはソファの背もたれに体を預けた。
「お母さんと二人のときも楽しかったけど、ミサトがいるとまた違うね」
……。
…………。
胸が、少しだけ温かくなった。
「……私も、楽しいよ」
「ほんと?」
「うん」
ユウナが嬉しそうに笑った。
「よかった」
そのまま、少しずつ姿勢を崩していく。
背もたれにもたれて、足を伸ばして。
最後には、クッションを抱え込んでしまった。
……。
…………。
あれ?
昨日も、こんな光景を見たような。
「……ユウナ?」
「ん〜?」
「眠いの?」
「ちょっと」
「またソファで寝ちゃうよ?」
「今日は寝ないよ〜」
……。
…………。
今。
語尾、伸びた?
ユウナが?
あの生徒会長が?
「……ミサト」
「ん?」
「このクッション、気持ちいいね」
「う、うん」
「ふふっ。買ってよかった」
ユウナはクッションに頬を埋めた。
……。
(…………かわいい)
駄目だ。
もう、かわいいしか出てこない。
私の語彙力、どこ行ったの?
ラノベを書いているんだから、もう少し表現力があってもいいでしょう!?
でも。
これは仕方ない。
目の前にいるのが、あまりにもかわいいんだから。
「……ミサト?」
「は、はい!」
「どうしたの? ぼーっとして」
「な、何でもない!」
「そっか」
ユウナは不思議そうに首を傾げた。
そして。
「ミサトといると、気が楽だなあ」
……。
…………。
………………。
え?
「学校だと、どうしても色々考えちゃうんだよね」
「……そうなの?」
「うん。生徒会長だから、ちゃんとしてなきゃって」
ユウナはテレビから視線を外し、天井を見上げた。
「別に嫌じゃないんだけど。頼ってもらえるのは嬉しいし」
「……うん」
「でも、家ではちょっとくらいだらだらしたくなる」
……。
私はクッションを抱えたユウナを見つめた。
今まで、そんなことを考えたことがなかった。
ユウナは、何でもできる人だと思っていた。
いつも笑顔で、誰にでも優しくて。
頼られても嫌な顔をしない。
それが当たり前なんだと思っていた。
でも。
そうじゃないんだ。
「……いいと思う」
「え?」
「家では、だらだらしても」
私は少しだけ勇気を出して言った。
「学校で頑張ってるんだから、家では休んでもいいんじゃないかな……」
ユウナがこちらを向いた。
少し驚いたような顔。
……。
…………。
変なこと言ったかな。
私は慌てて付け加えた。
「あっ、もちろん、ずっとだらだらしてたら困るけど!」
すると。
「……ふふっ」
ユウナが笑った。
「何それ」
「ご、ごめん」
「ううん。ありがとう」
そして、クッションをぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ、家ではちょっと甘えちゃおうかな」
……。
…………。
………………。
(…………え?)
今。
何て?
「……あ、甘える?」
「うん」
ユウナがにっこり笑った。
「ミサトにも、ちょっとだけ」
……。
…………。
(ちょっとって、どのくらい!?)
私は頭の中で大混乱していた。
するとユウナは、そんな私の様子など気にもせず、テレビを見ながら言った。
「ミサト〜」
「は、はい!」
「お茶取って〜」
……。
…………。
「……自分で取れるよね?」
「うん」
「じゃあ……」
「お願い〜」
……。
…………。
私は立ち上がった。
「……もう」
そう言いながら、冷蔵庫へ向かう。
……。
(…………かわいすぎるんですけど!!)
心の中では、大絶叫していた。
◇
夜。
ユウナがお風呂に入ったあと、私は自分の部屋へ戻った。
パソコンを開く。
小説投稿サイトにログイン。
昨日更新したばかりの新作には、少しだけ反応がついていた。
『妹ちゃん、かわいすぎる!』
『主人公の片思いが切ないですね』
『この二人、早くくっついてほしい!』
……。
…………。
「……えへへ」
思わず笑ってしまった。
読んでくれる人がいる。
しかも、私の書いた女の子をかわいいと言ってくれている。
……まあ。
モデルはユウナなんだけど。
私は新しいファイルを開いた。
今日の出来事を書こう。
スーパーでの買い物。
お菓子売り場で足を止めたユウナ。
チョコレートを買って喜んでいたユウナ。
そして、ソファでだらだらしていたユウナ。
……。
…………。
書きたいことが多すぎる。
私はしばらく考え、新しい話のタイトルを入力した。
『第3話 完璧な妹は、甘いものに弱い』
……うん。
これだ。
私はキーボードを叩き始めた。
小説の中では、主人公の名前はナツ。
妹の名前はアオイ。
学校も架空の高校にしている。
でも、今日の出来事はほとんどそのまま使える。
『「これ、買っていい?」』
『アオイはお菓子を手に、上目遣いで私を見つめていた。』
『学校では完璧な生徒会長が、今は私にお菓子をねだっている。』
……。
…………。
「……上目遣いはしてなかったかな」
私は少し考えた。
でも、小説なんだから、ちょっとくらい盛ってもいいよね。
続きを書く。
『「一個だけなら、いいよ」』
『「ほんと? ナツ、大好き!」』
……。
…………。
「…………」
私は手を止めた。
……大好き。
……。
…………。
「……言われてない」
私は小さく呟いた。
現実のユウナは、そんなこと言わなかった。
でも。
もし言われたら。
……。
…………。
「……絶対、倒れる」
私は机に突っ伏した。
やっぱり、小説って便利だ。
現実では絶対に起きないことも、自由に書ける。
好きな人に好きって言ってもらうことだってできる。
……。
でも。
ちょっとだけ、寂しい気もした。
小説の中のナツは、いつかアオイと両思いになれるかもしれない。
けれど現実の私は。
……。
…………。
「……無理だよねえ」
私は椅子の背もたれに寄りかかった。
ユウナにとって、私は新しくできた家族。
ただの同級生だった頃より、ずっと近い存在にはなれた。
でも、それは恋愛とは違う。
分かっている。
ちゃんと分かっている。
……だから。
この気持ちは、小説の中だけ。
私は再びキーボードに指を置いた。
◇
一時間ほど書いて、ようやく一話分が完成した。
読み返して、誤字を直す。
そして、投稿。
「……よし!」
小さくガッツポーズ。
今日はなかなかいい話が書けた気がする。
現実の出来事をモデルにしているから、会話も自然だし。
ユウナのかわいさも、ちゃんと表現できた……と思う。
私は少し満足して、投稿済みの画面を眺めた。
……。
…………。
そこで、ふと気づいた。
「……あれ?」
これ。
もしユウナが読んだら。
……。
…………。
学校では生徒会長。
親の再婚で同級生が義理の姉妹になる。
一緒にスーパーへ買い物。
お菓子売り場でチョコレートをねだる。
……。
…………。
「…………」
私は画面を見つめた。
そして。
「……バレるじゃん!!」
思わず声を上げてしまった。
駄目だ!
これ、本人が読んだら絶対に分かる!
名前を変えたくらいじゃ意味がない!
しかも、主人公は妹に片思いしている設定だ。
つまり。
読まれた瞬間、私の気持ちまで……。
「……あああああ!!」
私は両手で顔を覆った。
何やってるの、私!
こんなの投稿して!
でも、もう読んでくれた人もいるし。
消すのもなんだかもったいない。
それに、これからも書きたい。
……。
…………。
私はしばらく考えた。
そして、ひとつの結論に達した。
「……絶対、ユウナには見せない」
それしかない。
ユウナは私が小説を書いていることを知っている。
でも、今までは異世界ファンタジーを書いていると話していた。
だから。
この恋愛小説だけは、秘密にする。
投稿サイトの作者名も、ファンタジーの作品とは別にしてある。
きっと大丈夫。
……たぶん。
私はパソコンを閉じた。
そのときだった。
コンコン。
「ミサト〜?」
「ひゃあっ!?」
心臓が跳ね上がった。
「ど、どうしたの!?」
「お風呂、空いたよ」
「あ、うん! ありがとう!」
「それと」
「……な、なに?」
「さっきのチョコ、まだ残ってる?」
……。
…………。
私は思わず笑ってしまった。
「……残ってるよ」
「よかった。あとで一緒に食べよう?」
「……うん」
「じゃあ、待ってるね〜」
足音が遠ざかっていく。
……。
…………。
私は閉じたパソコンを見つめた。
そして、小さく呟く。
「……また書くこと増えちゃった」
こんな調子で、毎日何かが起こる。
好きな人が、笑う。
甘える。
私の名前を呼ぶ。
それだけで、一話分の物語になってしまう。
……。
…………。
でも。
ひとつだけ、困ったことがある。
現実のユウナが、日に日にかわいくなっているのだ。
いや、正確には。
私の知らなかったユウナを、毎日少しずつ知っている。
学校では完璧な生徒会長。
でも家では、甘いものが大好きで、ちょっと甘えん坊。
そんなユウナを知れば知るほど。
私は、ますます好きになってしまう。
「……どうしよう」
私は両手で頬を押さえた。
両親が帰ってくるまで、あと数日。
それまでに、あと何回こんな思いをするんだろう。
……。
…………。
「……私の心臓、本当に大丈夫かなあ」
そう呟いて、私は部屋を出た。
リビングからは、テレビの音が聞こえてくる。
そして。
「ミサト〜! 早くおいで〜!」
ユウナの声。
……。
…………。
私は思わず笑ってしまった。
「……はーい!」
返事をして、階段を下りる。
今日もまた、私の大好きな女の子が待っている。
そして明日もきっと。
私はこのドキドキを、こっそり小説にするんだと思う。
……もちろん。
本人には、絶対に内緒で。
第3話 完




