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ラノベを書いてる私、好きな同級生が義理の妹になってドキドキの毎日を作品にし始めました。  作者: ネコロビン


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2/5

第2話 二人きりの一週間が始まりました。

眠れなかった。

 いや、正確には眠った。

 眠ったはずなのだけれど、何度も目が覚めた。

 だって。

 隣の部屋に、神崎ユウナが寝ているのだ。

 ……いや、もう神崎じゃない。

 榊ユウナ。

 私と同じ名字になった、義理の妹。

 そして、私の片思いの相手。

 何度考えても信じられない。

 これがラノベだったら、読者から「そんな都合のいい展開あるか!」って突っ込まれるところだ。

 でも現実に起きている。

 そのせいで、昨夜は新作を書き始めたあとも、なかなか寝つけなかった。

 時計を見れば、午前二時。

 三時。

 最後に確認したのは、たしか四時近くだったと思う。

 そして現在。

「……ねむい」

 洗面所の鏡に映っているのは、見事な寝不足顔の女子高生だった。

 目の下に、うっすらとクマまでできている。

 ひどい。

 これから好きな人と一緒に登校するというのに。

「ミサト、おはよう」

「ひゃっ!」

 背後から声をかけられ、肩が跳ねた。

 振り返ると、ユウナが立っていた。

 きちんと整えられた黒髪。

 まだ制服ではなく、シンプルな部屋着姿。

 朝からすでに美人である。

「……おはよう」

「どうしたの? すごく眠そう」

「あ、ちょっと寝不足で……」

「夜更かし?」

「う、うん。小説書いてて……」

「へえ。頑張ってるんだね」

 ユウナはそう言って、隣で歯ブラシを手に取った。

 鏡の中に、二人が並ぶ。

 ……。

 …………。

 好きな人と、朝の洗面所で並んでいる。

 しかも寝起き。

 同じ家。

 これから一緒に学校。

(……夢じゃないんだ)

 私は鏡を見つめたまま、ぼんやりしてしまった。

「ミサト?」

「は、はい!」

「顔、洗わないの?」

「あっ、洗う!」

 危ない。

 初日から変な人だと思われるところだった。

     ◇

 朝食は四人揃って食べた。

 お父さんが焼いたトーストに、目玉焼きとサラダ。

 それから温かいスープ。

 いつもの朝食と変わらないはずなのに、食卓には今までなかった賑やかさがある。

「ミサトちゃん、パンのおかわりは?」

「あ、ありがとうございます。でも大丈夫です」

「遠慮しなくていいのよ」

 ユウナのお母さん……じゃなかった。

 今は私のお母さんでもある。

 まだ呼び方に慣れない。

「ミサト、ジャム取ってもらっていい?」

「あ、うん!」

 ユウナに頼まれ、いちごジャムを渡す。

「ありがと」

 にこっ。

 ……。

(朝からその笑顔は反則です!)

 私は慌ててスープを飲んだ。

 熱かった。

「あちっ!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

 ユウナが心配そうに覗き込んでくる。

 近い。

 顔が近い。

 お父さんとお母さんが、そんな私たちを微笑ましそうに見ていた。

 ……いや、違うんです。

 仲良し姉妹の朝食とか、そういう状況じゃないんです。

 私の心の中では、とんでもない大事件が起きているんです。

「そうそう、二人にもう一度確認しておきたいんだけど」

 お父さんがコーヒーカップを置いた。

「今日から一週間、俺たちは新婚旅行に行ってくるから」

「うん。聞いてるよ」

 ユウナが落ち着いた様子で答えた。

 ……。

 …………。

 そうだった。

 すっかり忘れていた。

 いや、忘れていたというより、昨日はそれどころじゃなかった。

 お父さんとお母さんは、今日から一週間、新婚旅行に出かけるのだ。

 つまり。

 この家には。

 私とユウナだけ。

 二人きり。

 一週間。

「食材は冷蔵庫に入れてあるからね。足りないものがあったら、買ってちょうだい」

「うん。大丈夫だよ、お母さん」

「ミサトも、困ったことがあったら連絡してくれ」

「……う、うん」

「家のことは私がやるから、心配しないで」

 ユウナが頼もしく微笑んだ。

 さすが生徒会長。

 さすが、しっかり者。

 でも。

(お願いだから、そんなに余裕そうにしないで!)

 私だけが変なことを意識しているみたいじゃないか。

 いや、実際そうなんだけど。

「それじゃ、二人とも仲良くね」

 お母さんが嬉しそうに笑った。

「はい!」

 ユウナが返事をした。

「は、はい……」

 私もどうにか答えた。

 こうして朝食が終わると、お父さんたちは旅行鞄を持って出かけていった。

 玄関で二人を見送り、扉が閉まる。

 しん、と静かになった家。

 ユウナがこちらを向いた。

「じゃあ、私たちも準備しよっか」

「う、うん」

 ……。

 これから一週間。

 この家にいるのは、私たちだけ。

(……身が持つかな、私)

     ◇

 登校は、もちろん一緒だった。

 昨日ユウナから誘われたときは嬉しかった。

 とんでもなく嬉しかった。

 でも、実際に並んで歩いてみると、別の問題が発生した。

 何を話せばいいのか分からない。

「今日、一時間目って何だっけ?」

「えっと、現代文」

「ああ、そうだった。ありがとう」

「う、うん」

 ……。

 会話終了。

 どうしよう。

 まだ学校まで十五分くらいある。

「ミサトって、いつもこの道?」

「あ、うん。近道だから」

「そっか。私、前の家からは反対側だったから、こっちはあまり通ったことなくて」

「そ、そうなんだ」

「うん。これから教えてね」

「……うん!」

 ……。

 …………。

 これから。

 教えてね。

 なんて素晴らしい日本語なんだろう。

 私は心の中で、その言葉を何度も繰り返した。

 そして学校の正門が見えてきた頃。

「あれっ!? ユウナ!?」

 女子生徒の声が響いた。

 振り返ると、同じクラスの女の子たちが三人ほど歩いてきていた。

「あ、おはよう」

「おはよう! っていうか、榊さんと一緒!?」

「うん。今、一緒に住んでるから」

 ……。

 言った。

 さらっと言った。

「ええええっ!?」

 三人の声が重なった。

「一緒に住んでるってどういうこと!?」

「親同士が再婚したんだ。だから今は家族」

「えっ!? 姉妹になったってこと!?」

「そういうこと」

 ユウナはいつもどおり落ち着いている。

 一方、私はというと。

(あああああ! 言っちゃった! もう学校中に広まる!)

「ずるい!!」

「えっ?」

 思わず顔を上げる。

「榊さん、ユウナと一緒に暮らしてるの!?」

「ま、まあ……」

「いいなあ! 私もユウナと暮らしたい!」

「私も!」

「毎朝一緒に登校できるじゃん!」

 ……。

 確かに。

 それはそう。

 だけど。

「ミサトが困ってるでしょ」

 ユウナが苦笑した。

「ほら、もうすぐ予鈴鳴るよ」

「あっ、ほんとだ!」

「また教室でね!」

 女の子たちが先に走っていく。

 私はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。

「ごめんね、騒がしくなっちゃって」

「う、ううん。大丈夫」

「たぶん、しばらく色々聞かれると思うけど」

「……そうだね」

「嫌だったら、無理に答えなくていいからね」

 ユウナが微笑んだ。

 ……優しい。

 こういうところが好きなんだよなあ。

 私は少しだけ、歩く速度を落とした。

 するとユウナも、自然に速度を合わせてくれた。

 それだけで、また嬉しくなってしまう。

     ◇

 予想どおり。

 教室に入ると、ちょっとした騒ぎになった。

「榊さん! 本当にユウナと姉妹になったの!?」

「家でも会長って呼んでる?」

「同じ部屋なの!?」

「いや、それは違うよ!」

 最後の質問には、思わず全力で否定してしまった。

 すると周囲から笑い声が上がる。

「ミサト、大人気じゃん」

 七海が面白そうにやってきた。

「……助けて」

「いやー、まさかミサトが生徒会長の家族になるとはねえ」

「私だってびっくりしてるんだから……」

「いいなあ」

「七海まで……」

「だって、神崎さんってかっこいいじゃん。あ、もう榊さんか」

 ……。

 そう。

 そうなんです。

 かっこいいんです。

 私の好きな人なんです。

 でも、それだけは絶対に言えない。

「まあ、色々大変そうだけどさ」

 七海が小さな声で続けた。

「困ったら言ってね」

「……うん。ありがとう」

 やっぱり友達っていいな。

 私は少しだけ安心した。

 ちなみに、ユウナはというと。

 クラスの女子たちに囲まれながら、いつもどおり笑顔で質問に答えていた。

 相変わらず余裕がある。

 ……すごいなあ。

     ◇

 三時間目は体育だった。

 今日はバスケットボール。

 私は運動が苦手というほどではないけれど、得意というわけでもない。

 ボールを持てば、とりあえず誰かにパスする。

 そのくらいだ。

 一方。

「ユウナ! こっち!」

「オッケー!」

 ユウナは違った。

 パスを受け取る。

 軽くドリブル。

 相手が近づくと、すっと方向を変える。

 そして、そのままゴールへ。

 タンッ。

 床を蹴る音。

 ふわりと浮いた体。

 伸びる腕。

 ボールがバックボードに当たり、リングを通過した。

「ナイスシュート!」

「さすが会長!」

 女子たちから歓声が上がった。

 ……。

 …………。

(かっこいい……)

 私は完全に見惚れていた。

 体育館の窓から差し込む午前の陽射し。

 跳ねる黒髪。

 額に浮かんだ汗。

 楽しそうに笑うユウナ。

 その姿が、まるで少女漫画の一場面みたいにキラキラして見えた。

 いや、少女漫画というか。

 王子様?

 違う。

 ヒロイン?

 いやいや。

 もう何でもいい。

 とにかく、かっこいい。

「ミサト!」

「……はぇ?」

「ボール!」

「え?」

 気づいたときには、ボールがこちらに飛んできていた。

「あわわっ!」

 慌てて両手を伸ばす。

 ぽすっ。

 どうにか受け止めた。

「ナイスキャッチ!」

 ユウナが笑った。

 ……。

 …………。

 えへへ。

 褒められた。

「ミサト! 前!」

「え?」

 次の瞬間。

 相手チームの女子に、あっさりボールを奪われた。

「あっ!」

 そのまま速攻。

 シュート。

 得点。

「ご、ごめんなさい!」

 私は慌てて頭を下げた。

「大丈夫、大丈夫!」

 ユウナが笑いながら駆け寄ってきた。

「次、取り返そう!」

「う、うん!」

 ……。

 ……好き。

 本当に好き。

 どうしてこんなにかっこいいんだろう。

 そのあとも私は、何度もユウナに見惚れてしまった。

 試合が終わった頃には、バスケをした疲れより、心臓の疲れの方が大きかった気がする。

     ◇

 昼休み。

 七海は別の友達と食堂へ行く約束をしていた。

 私は購買でサンドイッチを買い、いつものように教室で食べようとしていた。

 すると。

「ミサト」

「ひゃっ!」

 また変な声が出た。

 ユウナだった。

「お昼、もう買った?」

「う、うん」

「よかった。私も買ったんだ」

 そう言って、手に持った袋を見せてくる。

「一緒に食べない?」

 ……。

 …………。

「え?」

「屋上、行ってみない?」

 ……屋上。

 屋上ですか。

 あの、ラブコメでよく登場する屋上ですか。

「いいの?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあ……」

 私は頷いた。

 うちの学校では、天気のいい日の昼休みだけ、屋上の一部が開放されている。

 でも、わざわざ階段を上がるのが面倒なのか、利用する生徒はあまり多くない。

 今日は誰もいなかった。

 秋の風が、少しだけ冷たい。

「ここ、気持ちいいね」

 ユウナがフェンスのそばにあるベンチへ腰を下ろした。

 私は隣に座る。

 ……隣。

 好きな人の隣。

 しかも二人きり。

 また心臓が忙しくなってきた。

「ミサトって、いつも誰とお昼食べてるの?」

「七海と一緒のことが多いかな。今日は食堂に行っちゃったけど」

「そっか」

「ユウナは?」

「私は教室だったり、生徒会室だったりかな」

「忙しいんだね」

「まあ、ちょっとね」

 ユウナはサンドイッチの袋を開けた。

 私も自分のパンを取り出す。

 しばらく、静かな時間が流れた。

 不思議だった。

 教室ではあんなに遠い存在だった人が、今はすぐ隣でお昼ご飯を食べている。

「……ねえ、ミサト」

「うん?」

「名字、同じになったね」

「……うん」

「まだ変な感じ」

「私も……」

「学校だと、しばらく神崎って呼ばれそうだけど」

「そうだね」

 ユウナがくすっと笑った。

「でも、家族になれて嬉しいよ」

 ……。

 …………。

 心臓が止まるかと思った。

「お母さん、ずっと頑張ってくれてたから」

 ユウナは空を見上げた。

「最近、本当に楽しそうなんだ。だから私も嬉しくて」

「……そっか」

「ミサトのお父さん、優しい人だね」

「うん。ちょっと心配性だけど」

「ふふっ。そうなんだ」

 その笑い方が、いつもの生徒会長とは少し違って見えた。

 柔らかくて、穏やかで。

 ……ああ。

 この人は、本当にお母さんの幸せを喜んでいるんだ。

 そう思った。

「ねえ」

「うん?」

「これから、お昼はここで食べない?」

「……え?」

「毎日じゃなくてもいいけど。教室だと色々聞かれるし、ここなら静かだから」

 ……。

 …………。

 ………………。

「い、いいの!?」

 思った以上に大きな声が出た。

 ユウナが少し驚いた顔をする。

「あ、うん。ミサトが嫌じゃなければ」

「嫌じゃない! 全然!」

「そっか。よかった」

 ユウナが微笑んだ。

 ……決まった。

 これからお昼休み。

 好きな人と。

 屋上で。

 二人きり。

(…………私、幸せすぎない?)

 ちなみに。

 そのあと食べたサンドイッチの味は、ほとんど覚えていない。

     ◇

 放課後。

「ミサト、先に帰ってていいからね」

 帰り支度をしていると、ユウナが声をかけてきた。

「あ、うん」

「今日は生徒会の会議があるんだ。ちょっと遅くなると思う」

「大変だね……」

「まあ、仕事だから」

 ユウナはいつものように、きちんと笑った。

「それじゃ、また家で」

「……うん。また家で」

 ……。

 また家で。

 なんて素敵な言葉なんだろう。

 今までは、学校で別れたら翌日まで会えなかったのに。

 今は帰れば、また会える。

 しかも同じ家。

 私は一人で下校しながら、何度もその言葉を思い返していた。

     ◇

 帰宅して、制服を着替える。

 家の中は静かだった。

 お父さんもお母さんも新婚旅行中。

 ユウナは生徒会。

 今いるのは私だけ。

「……静かだなあ」

 昨日までは、お父さんと二人暮らしだった。

 だから静かな家には慣れている。

 なのに今日は、なんだか少し寂しい。

 私はリビングのソファに座り、スマホを取り出した。

 今日撮った写真……は、ない。

 当然だ。

 好きな人の写真なんて、勝手に撮れない。

 でも。

 体育の時間のユウナの姿が、頭から離れなかった。

 ボールを持って走る姿。

 跳び上がってシュートする姿。

 仲間に笑いかける姿。

 あのキラキラした光景。

「……かっこよかったなあ」

 思わず声に出してしまった。

 そして、はっとする。

 誰もいない。

 よかった。

 ……。

 いや。

 誰もいないんだから、もう一回くらい言ってもいいよね。

「……ほんっと、かっこよかった」

 私はクッションを抱きしめた。

 しばらく、そのままごろごろしてしまった。

     ◇

 夕方になり、私は夕飯の準備を始めた。

 お母さんが用意してくれた食材を使って、簡単なカレーを作る。

 料理は得意というほどじゃない。

 でも、お父さんと二人暮らしだったから、最低限のことはできる。

 ユウナ、喜んでくれるかな。

 そう考えた瞬間、また顔が熱くなった。

 ……新婚さんみたい。

 いやいやいや!

 違う違う!

 家族!

 私たちは家族!

 私は慌てて鍋をかき混ぜた。

 そして午後六時半過ぎ。

 ガチャ。

「ただいまー」

 玄関から声がした。

 私は反射的に顔を上げた。

「あ、おかえり!」

「……ただいま」

 ユウナがリビングに入ってきた。

 いつものきちんとした制服姿。

 でも、なんだろう。

 少し疲れているように見えた。

「……疲れたぁ」

 ユウナが小さく呟く。

 そして、椅子に腰を下ろした。

「大丈夫?」

「うん。今日はちょっと色々あって」

「生徒会?」

「そう。会議が長引いちゃって」

 ユウナは苦笑した。

 学校では、あんなに元気そうだったのに。

 私にはまだ分からないけれど、生徒会長って大変なんだろうな。

「あ、カレー作ったんだけど……食べる?」

「えっ、本当?」

 ユウナの顔がぱっと明るくなった。

「嬉しい! お腹ぺこぺこ!」

「よ、よかった」

「ミサト、料理できるんだね」

「か、簡単なのだけだけど……」

「すごいよ。私、あんまり得意じゃないから」

 ……。

 …………。

 え?

 今、何て?

「ユウナ、料理苦手なの?」

「うん。やろうと思えばできるけど、手際が悪くて」

「そ、そうなんだ……」

「意外?」

「ちょっと……」

 ユウナは照れたように笑った。

「何でもできると思われがちなんだけどね」

 ……へえ。

 そうなんだ。

 初めて知った。

 学校では完璧に見えるユウナにも、苦手なことがあるんだ。

 なんだか、少し嬉しかった。

     ◇

 夕食を終え、食器を片づけたあと。

「先にお風呂入っていいよ」

 私がそう言うと、ユウナは少し考えてから笑った。

「ミサトも入る?」

「……え?」

「一緒に入れば早く済むかなって。なんてね」

 ……。

 …………。

 ………………。

「いっ!?」

 変な声が出た。

「い、い、一緒!?」

「ふふっ。冗談だよ」

「じょ、冗談!?」

「そんなに驚かなくても」

 ユウナが楽しそうに笑っている。

 ……。

 いやいやいや。

 笑い事じゃないんですけど!

 私は今、何を想像しかけた!?

 駄目!

 絶対駄目!

「じゃあ、先に入ってくるね」

「う、うん!」

 ユウナは着替えを取りに、二階へ上がっていった。

 私はその場に立ち尽くした。

 ……。

 …………。

「……冗談、心臓に悪すぎる」

 思わず胸を押さえた。

 この家に住み始めて、まだ二日目。

 それなのに。

 もう何回、心臓が止まりそうになっただろう。

     ◇

 お風呂を済ませたあと、私たちはリビングでアイスを食べることにした。

 冷凍庫にあったバニラとチョコのアイスバー。

 私はチョコ。

 ユウナはバニラ。

 テレビでは、バラエティ番組が流れている。

「この芸人さん、面白いね」

「うん。私も好き」

 他愛のない会話。

 学校では考えられなかった時間。

 ユウナは部屋着に着替えていて、髪も少しだけしっとりしていた。

 いつもより、ずっと柔らかい雰囲気だ。

「んー、おいしい」

 ユウナがアイスをぺろりと舐めた。

 ……。

 私は、ぼんやりとその横顔を眺めてしまった。

 長いまつ毛。

 形のいい鼻。

 少しだけ緩んだ口元。

 アイスを食べながらテレビを見ているだけなのに。

 どうしてこんなに絵になるんだろう。

(……かわいい)

 学校では、かっこいい。

 でも、家では。

 ……かわいい。

 そんなことを考えていると。

 ごくり。

 思わず唾を飲み込んでしまった。

「……ミサト?」

「っ!?」

 ユウナがこちらを向いた。

「アイス、溶けてるよ」

「えっ!?」

 慌てて手元を見る。

 チョコアイスの端が、少しずつ溶け始めていた。

「あ、ほんとだ!」

「ふふっ。ぼーっとしてた?」

「う、うん!」

「眠いの?」

「そ、そうかも!」

 嘘です。

 眠いのも本当だけど、今は違います。

 あなたを見ていました。

 ……なんて、絶対に言えない。

 私は慌ててアイスを食べ進めた。

 冷たい。

 おいしい。

 でも、味がよく分からない。

 だって目の前にいる女の子の方が、何倍も気になるんだから。

     ◇

 アイスを食べ終えると、ユウナはソファに背中を預けた。

「……はぁ」

 小さなため息。

「疲れた?」

「うん。ちょっとね」

「生徒会長って、大変なんだね」

「まあ、みんな頼ってくれるから」

 ユウナは笑った。

「それは嬉しいんだけどね」

 そう言いながら、少しずつ体を横に倒していく。

 最後には、ソファに寝転がってしまった。

 ……。

 …………。

 え?

 ユウナが?

 学校ではいつも姿勢を正して、きちんとしている生徒会長が?

 ソファに寝転がってる?

「……ごめん。ちょっとだけ、このままでいい?」

「あ、うん。もちろん」

「ありがと……」

 ユウナはクッションを抱き寄せた。

 そして、テレビを見ながらぼんやりしている。

 なんだか新鮮だった。

 学校では見たことのない姿。

 力が抜けていて。

 少しだらしなくて。

 ……でも。

(……かわいい)

 また、そればかり考えてしまう。

 しばらくすると、ユウナの返事がなくなった。

「……ユウナ?」

 返事がない。

 顔を覗き込む。

 目を閉じている。

 すう、すう、と静かな寝息が聞こえた。

 ……寝ちゃった。

 私はテレビの音量を少し下げた。

 そして、ソファのそばにしゃがみ込んだ。

 ユウナが寝ている。

 私の目の前で。

 無防備に。

 静かに。

 ……。

 …………。

(……寝顔までかわいい)

 学校では見せない顔。

 誰にも見せていないかもしれない顔。

 今、それを見ているのは私だけ。

 なんだか、胸の奥がぎゅっとなった。

 ユウナの髪が、頬に少しかかっている。

 私はそっと手を伸ばしかけた。

 ……。

(……触ってみたい)

 そう思って、すぐに手を引っ込めた。

 駄目駄目。

 寝てるんだから。

 でも。

 目の前にある寝顔を見ていると、どうしても別のことまで考えてしまう。

(……キス、したいな)

 ……。

 …………。

 ………………。

 えっ!?

 私、今、何考えた!?

 私は自分の頬を両手で押さえた。

 熱い。

 ものすごく熱い。

 でも、視線はユウナから離れない。

 ほんの少しだけ、顔を近づけてしまう。

 ……。

 …………。

(だ、駄目!!)

 私は慌てて体を引いた。

 何やってるの、私!

 寝ている相手に、そんなことしちゃ駄目に決まってる!

 しかも相手は、私のことを家族だと思ってくれている。

 信頼してくれているから、こんなふうに安心して寝ているのに。

 ……危なかった。

 私は大きく息を吐いた。

「……ほんと、駄目だなあ、私」

 小さく呟く。

 好きな気持ちがあるのは、仕方ない。

 でも、だからって何をしてもいいわけじゃない。

 私は立ち上がり、棚から薄手の毛布を取り出した。

 そして、ユウナの体にそっとかける。

「……おやすみ」

 小さな声で言った。

 寝顔は、やっぱりかわいい。

 もう少しだけ。

 もう少しだけ、見ていたい。

 そう思って、ソファの近くに腰を下ろした。

     ◇

「……ん……」

 ユウナが小さく声を漏らした。

 私はびくっと肩を揺らした。

「……あれ?」

 ゆっくりと目が開く。

 そして、私と目が合った。

「……ミサト?」

「お、おはよう……じゃなくて、起きた?」

「……うん」

 まだ眠そうな声。

 ユウナは毛布に気づいた。

「……これ、かけてくれたの?」

「う、うん。寒いかなと思って」

「……ありがと」

 ユウナがふにゃっと笑った。

 ……。

 …………。

(何その笑顔!?)

 学校の生徒会長は、そんな笑い方しない!

 しないよね!?

 少なくとも、私は見たことない!

「……今、何時?」

「もう十時過ぎだよ」

「えっ、そんな時間?」

 ユウナは体を起こした。

 そして、小さく伸びをする。

「……寝ちゃった」

「うん。疲れてたんだね」

「ごめんね。テレビ見てたのに」

「ううん。全然」

 私は毛布を畳みながら言った。

「ちゃんと部屋で寝ないと、風邪ひくよ」

「……そうだね」

 ユウナは少し照れたように笑った。

「なんか、安心しちゃって」

「……え?」

「ここ、落ち着くね」

 ……。

 …………。

 それは。

 どういう意味でしょうか。

 家が?

 ソファが?

 それとも。

 ……私と一緒にいることが?

 いやいやいや!

 勝手に都合よく考えるな!

「じゃあ、部屋戻るね」

「う、うん」

 ユウナが立ち上がる。

 少し眠そうに目をこすりながら、階段へ向かった。

 私はその後ろ姿を見送る。

 二階の廊下。

 自分の部屋の前で、ユウナが振り返った。

「ミサト」

「ん?」

「おやすみ」

 にこっ。

 ……。

「……お、おやすみ!」

 ユウナは部屋に入っていった。

 扉が閉まる。

 私はしばらく、その場に立っていた。

 そして。

「…………はぁぁぁぁ」

 大きな息が漏れた。

 ……駄目だ。

 本当に駄目だ。

 何なの、今日一日。

 朝から一緒に登校して。

 体育ではキラキラしてて。

 お昼は屋上で二人きり。

 帰宅したら一緒に夕飯。

 お風呂の冗談。

 アイス。

 寝顔。

 そして、あの笑顔。

 ……。

 …………。

「……好きすぎる」

 私は誰もいないリビングで、小さく呟いた。

     ◇

 自分の部屋に戻ると、すぐにノートパソコンを開いた。

 昨夜書き始めたばかりの新作。

 まだタイトルは仮のままだ。

 でも、書きたいことが山ほどある。

 今日だけで、一体何話分になるんだろう。

 私は興奮気味にキーボードを叩き始めた。

『第2話 完璧な妹の、知らなかった寝顔』

 ……。

 ちょっと待って。

 これ、さすがにそのまますぎる?

 まあ、いいか。

 実名は使っていないし。

 設定も少し変えているし。

 私は続きを書き始めた。

 主人公の女の子が、憧れの義妹と初めて二人きりの夜を過ごす話。

 学校では誰もが憧れる完璧な女の子。

 でも家では、疲れてソファで眠ってしまう。

 そんな彼女に毛布をかけてあげる。

 そして――。

 ……。

 …………。

 私はキーボードを打つ手を止めた。

 小説なら、ここでキスさせてもいいのかな。

 主人公はずっと片思いしている。

 目の前には、好きな人の寝顔。

 ……いや。

 やっぱり、やめよう。

 私は文章を書き直した。

『彼女の寝顔を見つめながら、私はそっと毛布をかけた。』

『今はまだ、これだけで十分。』

 ……うん。

 こっちの方がいい。

 私は少しだけ笑った。

 小説の主人公も、現実の私も。

 きっと、まだ勇気が足りない。

 でも。

 それでいいのかもしれない。

 私は文章を整え、投稿サイトの更新ボタンを押した。

 投稿完了。

 ……。

 …………。

 よし。

 今日も書けた。

 時計を見ると、もう午前零時近かった。

「……また寝不足になるじゃん」

 私は苦笑した。

 明日も学校。

 明日もユウナと一緒に登校する。

 明日のお昼も、もしかしたら屋上で二人きり。

 そして帰宅したら、また同じ家で過ごす。

 ……。

 …………。

 しかも。

 お父さんとお母さんが帰ってくるまで、あと一週間近くある。

 私は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。

 好きな同級生が義理の妹になった。

 それだけでも大事件なのに。

 これからしばらく、家では二人きり。

 ……。

 …………。

 私は両手で顔を覆った。

「……絶対、身が持たないよぉ……!」

 誰もいない部屋に、私の情けない声が響いた。

 こうして、榊ミサトの波乱だらけの一日が終わった。

 ちなみに。

 この時点で私は、まだひとつ大きな勘違いをしていた。

 学校で完璧な生徒会長を務めるユウナは、家でもきちんとした女の子なのだろう、と。

 今日ソファで眠ってしまったのは、たまたま疲れていたから。

 そう思っていた。

 でも。

 それが、彼女の本当の姿を知る最初のきっかけだったなんて。

 このときの私は、まだ知らなかったのである。

第2話 完

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