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吟遊詩人と商人  作者: ゆず


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第三話 レムナント王国物語 前編

 馬車が行き交う大通りに面した広場で、レンとクルトは商品の整理をしていた。この国に滞在してはや1ヶ月。売りたい品は大体売り尽くした。明日には新たな国、レムナント王国に向けて旅立つことになっている。

「……櫛に髪飾り、化粧箱もちゃんとあるよ」

「この箱は香水だ。壊れ物だから、なるたけ下に詰むんだぞ」

 商品の入った箱の中身を確かめながら、レンとクルトは馬車に箱を積み込んでいく。その様子を、馬車の荷台の端に腰掛けたロイドが興味深そうに眺めていた。

「いつ見ても壮観ですね。こんなに沢山の商品全てを把握しているなんて、レンさんもクルトさんもすごいなぁ」

「何十も物語を暗記してる奴が何をいっているんだか」

「私のは、趣味といいますか……。物語に触れるのが好きなので、自然と覚えてしまうだけですよ」

「俺らだって同じだよ。物心ついた頃から仕事を手伝ってんだ、勝手に身につくさ」


 新たに仕入れた商品を積み終わると、今度は在庫品の整理をはじめた。一つ一つ商品を確かめながら、空の箱に詰めていく。旅の途中でダメになりそうなものは分けておき、安値で今日中に売り切ってしまうのだ。

「あっ、これもダメなやつだ!ほら、薔薇の彫り物がしてある」

 食器類を分類していたクルトが声をあげた。レンとロイドが覗き込むと、クルトの手には一枚の木製のボウルが握られていた。側面に薔薇の模様が彫り込まれており、他の皿より豪華にみえる。レンはそれを受け取ると、眉を寄せて売り切る商品の箱に放り投げた。

「それなりに高値で仕入れたんだが、仕方ねぇ。レムナント王国じゃ薔薇は御法度だからな」

「あの国では、薔薇の花は嫌われていますから。どこかの商人が薔薇の香水を売っていたという理由で追い出された、なんて話も聞きますし」

「他の花なら問題ないみたいだから、花が嫌いってわけじゃないのに。なんで薔薇だけダメなんだろう?」

 不思議そうなクルトをみて、ロイドは笑みを深めた。

 

「その様子だと、詩人さんは理由を知ってるようだな」

「えぇ。ちょっとした噂話を聞いたことがあります。60年ほど前、レムナント王国の王様が投獄されたことはご存知ですか?」

「たしか、突然乱心して娘を斬り殺した、って話だったよね」

 クルトは以前聞いた話を思い出した。乱心した王様が長女を切り殺した挙句次女も手にかけようとして投獄された、という話だったはずだ。当時はかなりの騒ぎになったようで、離れた国にまで噂は広がっていた。それを聞いたロイドは口元に一本指を立てると、イタズラっぽく微笑んだ。

「ここだけの話なんですが、その背景には涙なしには語れない、愛の物語があったようなのです」

「そりゃいい。明日の夜はその話をしてくれ」

 レンは楽しげに声をあげると、荷造りにもどっていった。


 次の日の夜、3人は森の中の開けた場所で焚き火を囲んでいた。周りを木々に囲まれて、空は少ししか見えない。ザワザワと、風に合わせて木々が音を立てている。だいぶ暑くなってきたとはいえ、夜はまだ涼しかった。ロイドは木々の音に負けないよういつもより強く楽器を弾くと、物語を語り始めた。


 今から60年ほど前の話です。レムナント王国に一人の女の子が生まれました。王様の3人目の子供です。7つ上の長女、ルシル姫と5つ上の長男、カムイ王子は大変喜びましたが、王様と王妃様は悲しい顔をしておりました。それもそのはず、今日生まれたお姫様、ロゼッタ姫は15歳を迎える年に生贄にされることになっていたのです。


 ロゼッタ姫が生まれるよりも前、レムナント王国には魔女が住んでいました。魔女は人々に薬を作り、国に馴染んでいました。しかし、ある日魔女の娘が重い病気にかかります。薬を作るには、王室が管理する貴重な植物の実が必要でした。魔女は王様に植物を分けてくれるよう頼みましたが、なにせ貴重な品です、惜しんだ王様は魔女の頼みを断りました。魔女の娘はどんどん弱り、やがて亡くなってしまいました。怒った魔女は国に呪いをかけました。

 ——やがては国中が荊に覆われるだろう。呪いを解きたいなら、年頃になった王の娘を生贄に捧げよ。そうすれば、愚かな王でも私の痛みを理解できるだろう。

 そういい残し、魔女は国を去りました。王様は国民に国中の薔薇を刈り取るように命じました。しかし、いくら刈り取ってもあとからあとから薔薇は生えてきます。困り果てた王様は泣く泣く次に生まれてくる女の子を生贄にすることを決めたのでした。


 そうして生まれたのがロゼッタ姫です。ロゼッタ姫はそれはそれは大切に育てられました。危険な目に遭わないように、部屋から出ることすら禁じられていました。ルシル姫とカムイ王子はロゼッタ姫を大層可愛がり、ロゼッタ姫が寂しくないように頻繁に部屋を訪れました。しかし、王族である二人にも仕事があります、ロゼッタ姫に構っているばかりではいられません。そこで、ルシル姫はロゼッタ姫の友達を作るよう王様に頼みました。


「お父様、ロゼッタが心配なのはわかるけれど、部屋に閉じ込めるのはかわいそうだわ」

「そうはいってもな、ルシル。ロゼッタには大事な使命があるんだ。外に出して誘拐でもされたら一大事ではないか」

「そうだけど……。あの子、いつもひとりぼっちなのよ。せめて、同じくらいの年のお友達でもいれば、気も晴れるとおもうの」

「その「友達」が魔女の手下だったらどうする?ロゼッタには来たる日まで健やかでいてもらわなくてはならない。そのためには万が一もあってはならないのだ」

 ルシル姫を宥めるように王様がいいました。ルシル姫は王様に対して疑念がありました。本当はロゼッタ姫のことなどどうでもいいのではないか、と疑っているのです。今だってロゼッタ姫の安全を心配しているようですが、実は生贄の儀式の方を心配しているのです。ルシル姫は王様のことが大好きでしたが、王様がロゼッタ姫を無碍に扱うことは不満でした。かわいい妹を守れるのは自分だけ、そう思ったルシル姫は引き下がりません。

「でも、あんな環境で暮らしていては、ロゼッタがおかしくなってしまうわ。もしかしたら、儀式の日の前に病気になってしまうかもしれない。そうでしょ、お父様?」

「うーむ。お前の言うことにも一理あるが……」

「そうだわ。たしか、騎士見習いにロゼッタくらいの子がいたわね。たしか、クロノっていったかしら。あの子なら、貴族だから身元も割れているし、安心なんじゃない?腕も立つみたいだし、侵入者からも守ってくれるわ。いいでしょ?お願い、お父様!」

 王様が自分には甘いことを知っているルシル姫はそう畳みかけました。愛娘のおねだりを断れなかった王様は、ルシル姫の希望通り、ロゼッタ姫に騎士見習いの少年をつけることを認めました。


 こうして、騎士見習いのクロノはロゼッタ姫の付き人に任命されました。クロノ少年は大変誠実で、ロゼッタ姫とすぐに打ち解けました。二人の仲の良さはカムイ王子が嫉妬するほどです。ロゼッタ姫はクロノから城外の話を聞くのが大好きでした。クロノも、自身の話を無邪気に聞いてくれるロゼッタ姫に惹かれていきました。


「ねぇ、クロノ。クロノは大きくなったら何になりたいの?」

「そうですね。僕はお父様のような、立派な騎士になりたいです」

「きっとなれるわ!この前の試合でも、一番だったっていってたじゃない。きっと、この国一番の騎士になるんだわ。私はね、私は……」

 ロゼッタ姫は興奮したようにクロノに近寄りました。ロゼッタ姫にも将来なりたいものがあるようです。クロノは胸が痛くなりましたが、それを表情には出さず話の続きを促しました。

「……あのね、わらわないでね?」

「笑いませんよ。なんです?気になります」

「私、ルシル姉様みたいになりたいの」

「ルシル様ですか?」

 意外な夢に、クロノは驚きました。ロゼッタ姫も姫であることに変わりありません。それなのに、ルシル姫に憧れる理由が、クロノにはわかりませんでした。ロゼッタ姫は照れたように笑いながら、クロノに説明します。

「私、なんの仕事もしてないの。毎日、遊んでいるだけ。ルシル姉様はすごいのよ。まだ17歳なのに、沢山お仕事をしているの。専属の騎士団だってもっているのよ。かっこいいなぁ」

「では、僕がロゼッタ様の騎士になりましょう。未熟ではありますが、ロゼッタ様の手足として、国のために働きます」

「本当に?うれしいわ。じゃあ、厨房のネズミを捕まえてきて。コックさんが困ってるって、兄様がいっていたの」

 クロノは膝をついて頭を下げました。それをみてロゼッタ姫は命令を出しました。初めての命令です。二人は顔を見合わせて笑いました。


 それから月日は流れ、ロゼッタ姫が15歳を迎える月がやってきました。国中に悲しい雰囲気が漂っています。中でも、ルシル姫の落ち込みようは凄まじいものでした。王様やカムイ王子の前でも笑顔は見せません。それでも、ロゼッタ姫の前でだけは以前と変わらない優しい笑みを浮かべるのです。クロノも気分が落ち込むのを抑えることができませんでした。ずっと一緒に過ごした友人が犠牲になるのです、無理もありません。しかも、友情だけでなく、恋心とでも呼ぶべき感情が自身に宿っていることを、クロノは自覚しつつありました。クロノは胸が張り裂けそうでしたが、必死にそれを隠しロゼッタ姫との日々を過ごしていました。


 儀式まで数日と迫ったある日の夜、クロノは城の中を歩いていました。儀式が迫っているとはいえ、鍛錬は休めません。この日は帰りがいつもより遅くなってしまいました。

「……もうすぐ儀式だな。ロゼッタ様もかわいそうに」

 クロノが足早に歩いていると、前方から声が聞こえてきました。部屋の扉がわずかに空いています。室内からは葡萄酒の匂いが漂っています。どうやら、酔っ払いがロゼッタ姫について話しているようです。なんとなく内容が気になったクロノは歩を緩めました。

「しかし、あの話は本当なのかい?ロゼッタ様が王様の子供じゃないって話さ」

 とんでもない話なようです。クロノは驚きましたが、静かに扉のそばに近寄ると、そっと会話に耳を澄ませました。酔っ払いたちは、クロノが聞き耳を立てていることに気がついていないようで、そのまま話を続けました。

「あぁ。本当だよ。ライネスが直接王様から聞いたってさ。ルシル様を生贄にするのを惜しんだ王様が平民から買い取ったのがロゼッタ様なのさ。似ていないのがバレないようにずっと閉じ込めていたんだよ。身代わりで殺されるなんざ、かわいそうになぁ」

 クロノは目の前が真っ黒になりました。ロゼッタ姫は王様の子供ではないのです。そうなると、生贄にされる謂れはありません。おそらく、ロゼッタ姫を生贄にしても呪いは解けないでしょう。それなのに、パフォーマンスのためにロゼッタ姫は殺されてしまうのです。

 ——姫に伝えなければ。

 ロゼッタ姫の部屋に急ごうとしたクロノの腕を何者かが掴みました。クロノが振り返ると、王様直属の騎士が立っています。思わず大声を出そうとしたクロノの口を騎士が抑えました。

 

「おい。余計なことを話すな!……ったく、また飲んでいたのかよ。聞かれていたぞ」

「あぁ。すまない。……おや、こいつはロゼッタ様んところのお友達じゃないか。姫様ともども、ついてないねぇ」

「こいつはどうする?さっきの話を聞かれたんじゃ、放ってはおけないぞ」

「牢屋にでも入れておけ。どうせ数日後には儀式だ。儀式が終わっちまえば何を言われてもいいさ。どうせ誰も信じねぇよ」

 クロノは必死に抵抗しましたが、大人と子供では、かなうはずがありません。そのままクロノは地下牢に幽閉されてしまいました。

お読みいただきありがとうございました。

後編も是非お楽しみくださいませ

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