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吟遊詩人と商人  作者: ゆず


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第二話 アーランド王国物語 後編

「なんだ、めでたしめでたしじゃないか!」

 ロイドが言葉を切ったとたん、レンが天を見上げて声をあげた。クルトも同意するように頷く。こんなに順風満帆に話が進むなんて、とても悲しい物語には思えない。

「やっぱり、アーランド王国は滅びていないんだよ。きっと、今もあそこには人が住んでいるんだ!」

 建造物が未だに宙に浮いているので、クルトは最初からあの国が滅びているとは信じていなかった。誰も住まない建物は朽ちていくものである。何百年もたったのに未だ浮遊を続けているのなら、人が住んでいないはずがないのだ。

「しっかし、今の話じゃ物語としては二流だな。あっさり魔石を手に入れたら、話が盛り上がらねぇ。この前聞いた、なんとか王女となんとか兵士の恋物語の方が好みだ」

 レンは紅茶を飲みながら、ロイドにそう告げる。物語にケチをつけられたロイドだったが、機嫌を損ねることもなくニコニコと楽しそうだ。楽器を手放さないところを見ると、まだ話の続きがあるのかもしれない。

「魔石というとすごい宝な気がしますが、実態は過去の遺物という面が強かったようです。魔石が作られた当時はありふれたものだったので、とりわけ大切にしていたわけではない。でも、時間が経った後ではなかなか見つからない。ちょうど、遺跡を探そうとすると見つからないけど、発掘作業自体は難しくない、そんな感じだったそうですよ」

「へぇ。そんなもんなんだ。じゃあ、案外まだその辺に埋まってるかもしれないな」

 レンは焚き火を指差した。ロイドは否定しないまま笑っている。クルトは、後で火の跡を掘ってみようかな、と思った。


「物語の本題はここからです。栄えた国がなぜ滅びたのか、その後二人がどうなったのか、お話いたしましょう」

「えー。せっかく幸せな話なのに……」

「バカいえ、クルト。他人の不幸話が一番面白いんだ。しかも、過去の人物じゃ胸を痛める必要もない。極上の娯楽じゃねぇか!」

 不満そうなクルトの頭を叩いたレンは、ロイドに続きを話すように促した。ロイドは楽器を奏でながら、再び話し始めた。


 国全体が宙に浮いた結果、兵士や騎士団は不要になりました。野生の獣は入ってこないし、敵の攻撃は魔石によるバリアが弾き飛ばします。もはや、国を守る必要はなかったのです。国に仕えるのはわずかな文官だけになり、残りの人々は街へと散っていきました。

 国民の生活もかなり楽になりました。魔石が水を生み出すので、生活にも仕事にも憂いなく大量の水を使うことができます。また、国が三層の階層構造になったことで、農業や畜産業に使える土地が大幅に広がりました。それだけではなく、農地と市街地が分離したことで農地から風で流れる砂や家畜の匂いに悩まされることもなくなったのです。国民は過去より圧倒的に豊かに暮らせるようになりました。


 しかし、国の繁栄は長くは続きませんでした。徐々に人口が増えていったのです。アーランド王国では、渇いて死ぬ人も飢えて死ぬ人もいなくなりました。亡くなる人数が減り、増える人数が変わらないなら、人口が増えるのは当然です。ルナの父、国王が亡くなり、アーサーが王位を継ぐ頃には、国内の人口は以前の倍近くになっていました。


 それでも、アーサーが国王になってすぐは国は普通に成り立っていました。その後も、人口の増加は止まりません。市街地にはびっしりと住宅が立ち並び、道はどんどん狭くなりました。それだけではありません。人口の増加に伴い、物資が少しずつ、しかし確実に足りなくなっていったのです。国民の生活の質は徐々に低下し、それに伴い国民の不満は高まっていきました。アーサーとルナは、国民が豊かに暮らせるようにあらゆる手段を講じましたが、国民の怒りは収まりません。国の事情も知らず不満ばかりいう国民に、アーサーは徐々に不信感を抱いていきました。


「あぁ、なんで奴らは不満ばかりいうのだろう!この前なんて、農地を広げないのは僕の怠慢だ、なんていうんだ。魔石では、3層構造を維持するだけで精一杯なことも知らないで!」

「仕方ないわ。彼らは教育を受けていないんだもの。魔石のことを、なんでも解決できる魔法の物質、とでも思っているんだわ」

 悲しいような、怒っているような曖昧な声色で叫ぶアーサーを、ルナが宥めます。アーサーの表情には悲壮感が漂っていました。ルナの顔にも、疲れが浮かんでいます。

「生活が苦しいっていったって、以前に比べたらずっと豊かじゃないか、なぜあんなに怒るんだ?僕にはわからないよ」

 肩を落とすアーサーを慰めるように、ルナはアーサーに寄り添いました。国民がなぜ不満を抱くのか、アーサーはわからないようですが、ルナは原因に心当たりがありました。

 豊かになりすぎたのです。一度満腹に食べることを知ってしまうと、ちょっとの空腹にも耐えられなくなってしまいます。一度上がった生活水準は下げることができないのです。昔より豊かであると主張しても、現在より快適だった時代を知る国民は納得しないのでしょう?過去の大国も、同じような事情で衰退していました。この国もこれから衰退していくの?ルナは暗い未来が脳裏によぎりました。


 その後も、アーサーとルナは国民のために奮闘しました。それにも関わらず、国民の不満はどんどん高まっていきます。アーサーは口数が減り、独り言だけが増えていきました。元々王族として育ったルナと違い、民間人だったアーサーは、憎悪を向けられることに慣れていなかったのでしょう。アーサーの心は、少しずつ少しずつすり減っていきました。


 ある日、アーサーは畜産家に視察に出向きました。畜産家の親父は、二人をぞんざいに迎えました。この国に、もはや国王に敬意を払う人間はいなかったのです。

 

「あれはなにをしているんだ?生まれたばかりの子豚を殺すなんて、もったいないじゃないか」

 生まれたばかりの子豚を絞めている様子をみて、アーサーはたずねました。そんなアーサーを小馬鹿にしたような口調で親父が説明します。

「もう飼育するスペースがないんだよ。餌も足りないしな。……あぁ、国王様が土地を広げてくれさえすれば、こんなことしなくていいんだがな」

 やれやれと首をする親父を無視して、アーサーは屠殺の様子を見つめていました。親父が不気味に感じるほど、じっと様子を見ていたアーサーはやがて、何かを思いついたように笑顔になりました。そして、親父にお礼を言うと城へと帰っていったのです。


 城に帰ってきたアーサーは、大変嬉しそうでした。最近、こんなに明るいアーサーの表情は見たことがありません。不思議に思ったルナが理由を尋ねると、アーサーは「名案が浮かんだ」とルナに告げました。ルナがどれほど内容を尋ねても、アーサーは答えてくれません。疑問は残りますが、アーサーが元気になってルナは安心しました。


 数日後、ルナが目を覚ますと、アーサーはすでにベッドを出た後でした。アーサーがルナより先に目を覚ますなんて珍しいことです。ルナはガウンを羽織ると、アーサーを探しに部屋を出ました。

「アーサー、どこにいるの?」

 執務室に図書室、以前鍛錬場があった広場にも、アーサーの姿はありません。ルナが事務室へと向かおうとした時、廊下にポツポツと赤黒い雫が落ちていることに気がつきました。

「アーサー!……アーサーどこなの!」

 なんだか嫌な予感がします。アーサーを探して、ルナは城中を走り回りました。そして、事務室で3人の文官が倒れているのを見つけました。大量の血を流し、死んでいるのは一目瞭然です。ルナは血の気が引くのを感じました。おそらく、革命が起こったのでしょう。アーサーの身が危険です。その時、城門を叩く音が聞こえました。すぐそこまで、市民がせまっています。ルナは身構えました。


「王妃様、王妃様!ここを開けてください!お願い!助けて!」

 助けを求める声がします。よく耳を澄ますと、城門を叩く音に混じって悲鳴が聞こえてくるではありませんか。市街地で何かがおきているようです。ルナは少し迷ってから、城門の鍵を開きました。

 門が開くと、大勢の市民が城内に雪崩れ込んできました。皆怪我をしていたり、服が血に染まっていたりしています。

「一体何があったの!」

「我々にもよくわかりません。国王陛下が突然街を歩いていたら市民を斬りつけました。その後、次々と人を襲っています。なぜそんなことになったのか、私にはさっぱり……」

 なんとかここまで逃げてきたのです。と市民は息も絶え絶えに言いました。アーサーがなぜそんなことをしたのか、ルナにもわかりません。ひとまず、国民を保護するのが先決でしょう。ルナは逃げてきた市民たちを、城の地下通路へと案内しました。そこから、国外へ出られるのです。皆にひとまず近隣の国に避難するように伝えたルナは、アーサーを探すために城を出ました。


「アーサー、どこなの!」

 市街地は地獄と化していました。あちこちに血まみれの死体が転がり、逃げ惑う人々で辺りは大混乱です。ルナが人の波をかき分けながら進むと、剣を振り回す人影が見えました。アーサーです。

「アーサー!何をしているの、やめなさい!」

 ルナが大きな声で叫ぶと、男性に剣を突き刺していたアーサーが振り返りました。虐殺に手を染めているというのに、アーサーは笑顔です。あまりの不気味さに、ルナはたじろぎました。

「あぁ、ルナ、おはよう。ちょっと待っていて。もうすぐ終わるから」

「何いっているの?なんでこんなこと……」

 ルナに咎められた理由がわからないのか、困ったような表情で、アーサーは剣を下げました。そのままこちらに歩いてくると、血まみれの手でルナの手を握ります。


「僕、すごいことに気がついたんだ。もうすぐ、以前のようにみんな楽しく暮らせる」

「一体どういうことなの!市民を殺すなんて、なにがしたいのよ」

「みんなが不満を貯め始めたのは、人口が増えたからだろう?だったら解決方法は簡単だよ。減らせばいいんだ」

——減らせばいい。

 アーサーはそういったのです。ルナはアーサーの手を振り払うと、後退りして距離をとりました。アーサーがいったことを理解できなかったのです。

「何をいっているのかわからないわ。人を減らすなんて……。間違っている」

「どうしてさ。資源が足りないって、みんな困っていたじゃない。人口が減れば、みんなお腹いっぱい食べられる。どこが間違っているんだ?みんなが望んだことじゃないか」

 そういうと、アーサーは再び剣を振り上げ、逃げ惑う市民たちに向けて振り下ろして回りました。

 アーサーはおかしくなってしまったのでしょう。ルナは確信しました。どんなに言葉を尽くしても、ルナの言葉はアーサーには届かないのでしょう。ならば、ルナにできることは限られています。ルナは国中を走り回り、生き残った国民を国外へと誘導しました。


 生き残り全員を逃がし終えたことを確認したルナは、国中の出入り口に鍵をかけ、その鍵を壊しました。これで、もう誰もこの国には入れません。この国はルナがアーサーと発展させました。ルナはいかなる人物にもこの国を渡したくなかったのです。

 

「アーサー。遅くなってごめんなさい」

 鍵を壊したルナはアーサーの元に赴きました。アーサーは死体に剣を突き刺しています。もう、生きているのか死んでいるのかの区別もついていないのです。

「……あぁ、ルナ。もう少しだからね。もう少しで、全部解決するんだ」

 アーサーはルナを振り返らないままそういうと、剣を振るい続けました。ルナはその手をそっと押さえます。そのまま自身が血で汚れることも厭わず、アーサーを抱きしめると忍ばせた短剣をアーサーの胸に突き立てました。

「……ルナ?」

 何が起こったかわからないのか、アーサーはキョトンとルナを見つめました。その手から剣が滑り落ち、大きな音を立てました。

「アーサー、あなた、頑張ったのね。偉いわ。でもね、もういいのよ。もう頑張らなくていいの」

 ルナはアーサーを強く抱きしめました。アーサーが壊れてしまったのは、国を思うが故のことです。悪意があったわけではありません。ルナにはアーサーを責めることはできませんでした。しかし、ケジメはつけなくてはいけません。それならば、せめて私の手で……。ルナはそう思いました。

「そうか。もうやめてもいいんだね」

 アーサーは安心したようにそう呟くと、力を抜いて崩れ落ちました。ルナはアーサーを横たえると、その頬にキスをしました。この事件の原因は、心を壊したアーサーだけではありません。アーサーが壊れつつあることに気が付かなかったルナにも責任はあるでしょう。それに、愛するアーサーをひとりぼっちにすることは、ルナにはできませんでした。ルナは血に濡れた短剣を握りしめると、自身の胸に突き立てました。


「そうしてアーランド王国は滅びました。しかし、何人とも国内に入ることはできません。誰もいなくなってもなお魔石は作動し続け、今も宙に浮いているのです」

 ロイドが楽器を止めた瞬間、クルトが鼻を擤む音が響いた。クルトは涙で顔をぐちゃぐちゃにしている。余韻をかき消されたのか、先程まで楽しそうだったレンが眉を寄せた。

「クルト、大きな音をだすんじゃねぇ。……それにしてもまあ、なかなか壮絶な話だな」

「なんて悲しい話なんだ!せっかくみんな幸せになったのに、そんな最後を迎えるなんて!」

 クルトがシクシクと泣きながらそう叫ぶ。そんなクルトを、ただのお話ですから、とロイドが慰めた。

「過ぎたるは及ばざるがごとしってやつだな」

「なに?それ?」

「多すぎると、足りないのと変わらないって意味ですよ。確か、東の国の格言でしたっけ?レンさんも博識ですね」

「そりゃ、移動するたびに国中の酒場に出入りしてるからな。色んな話を聞くんだよ」

 レンは照れたように頭をかいた。夜は深まり、辺りはシーンとしている。お開きにするにはちょうどいい時間だ。

「あの国では、今もアーサーとルナが眠っているのかな?」

「さぁ。この話が本当かどうかは誰にもわかりません。案外、あの国から追放された人が悪評を広めただけで、今でも人々が幸せに暮らしているのかもしれません」

「僕は、僕は嘘だったらいいなって思うよ」

 真剣な面持ちでそういうクルトに、ロイドは優しく微笑んだ。

「二人とも、いい加減寝ないと明日に響くぜ。明日にはルミナス王国に着くんだからな」

 未だ馬車に戻らない2人に、レンが声をかける。クルトたちは寝床へと移動した。

 誰もいなくなった草原に、国の残骸だけが浮かんでいた。

 

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