第一話 アーランド王国物語 前編
ある晴れた日の夕方、草原を馬車が走っている。彼らは商人。国から国へと渡り歩きながら、物のやりとりをして生計をたてている。空は茜色から紫色へと変わりつつあった。まもなく夜がやってくるのだ。馬車の後から一人の青年が顔をだした。空を見上げると、オレンジの空に謎の建造物が浮かんでいる。どれくらいの大きさがあるのだろうか?まだかなりの距離があるはずなのに、すでに城くらいの大きさに見えた。
「なぁ、父さん。あれなんなんだ?」
「なんだクルト、知らないのか?ありゃ、ある国の残骸だよ。国名までは覚えちゃいないが、はるか昔に滅びたって話だ」
馬車から顔を出していた青年、クルトに父親のレンがいった。クルトは馬車から身を乗り出し、建造物をまじまじと眺めた。小山のような形をした建造物の周りは輪っかで囲まれ、高く浮かんでいる。空が茜色なこともあり、輪っかがほのかに淡い青色の光を放っていることまでわかった。
「あんな立派な建物なのに、もったいない。有効活用すればいいのに」
「入り口が閉ざされていて、誰も入れないらしい。近隣の国の兵士たちがこじ開けようと頑張ったんだが、無駄足だったって話を聞いたことがある」
「じゃあ、滅びたかどうかわからないじゃないか!鎖国してるだけかも」
中に入れないんじゃどうなっているか知りようもないはずだ。案外、国は栄えているのかもしれない。
「俺も詳しいことは知らないんだ。かなり前に酒場で耳にしただけだからな。……そうだ、ロイドさん。吟遊詩人のあんたなら、何か知ってるんじゃないか?」
馬車の手綱を握るレンは後を振り返り、同乗の吟遊詩人のロイドに声をかける。ロイドはシャランと楽器の弦を撫でると、透き通った声で答えた。
「あの国は確かに滅びているはずです。逃げ延びた国民がそう告げたそうです。なぜ滅びたかについて話すと長くなるのですが……」
「ちょうどいい。今日の物語はそれにしてくれ。いい時間だし、今日はこの辺りでキャンプにしよう」
レンは馬車を止めた。クルトとロイドは馬車を降りると火を起こし、夕食の準備を始める。その間に、レンは馬の世話をした。
あたりはすっかり暗くなり、空は雲ひとつなく星々が煌めいている。今日は新月なのか、月は見当たらない。星あかりだけではあたりは暗く、焚き火から離れると10メートル先も見えない。浮かんでいた建造物も闇に紛れてもはやどこにあるのかわからなかった。
3人は焚き火を囲うように腰掛けていた。レンとクルトはわくわくした面持ちでロイドを見つめている。娯楽がない国外の移動では、吟遊詩人であるロイドの語る物語が唯一の楽しみだった。ロイドは咳払いすると、楽器を奏でながら話し始めた。
「……あの国が滅びた理由を語る前に、いかにしてあの国が生まれたのかについてお話しましょう」
——それはいまから300年ほど前の話です。
今よりはるか昔、魔法が忘れられつつあったが、まだ痕跡は残っていた頃のことでした。アーランドという小さな国にアーサーという騎士見習いの男の子と、国王の一人娘のルナという女の子がいました。アーサーとルナは同い年だったので、騎士見習いの中で一番強かったアーサーはルナの遊び相手の役目も任命されていました。
王女のルナは大変頭の良い少女で、いつも城内の図書室にこもって本を読んでいました。彼女は14歳にして古代文字まで解読できたので、城内に読めない本はありません。ルナは図書室にある本を片っ端から読んで回っていました。
さて、遊び相手のアーサーですが、活発で運動神経が良い少年でした。剣の腕もかなりなもので、時には指導にあたった騎士をも上回りました。将来を有望視され、いずれは王女の護衛に正式に指名されるのだろうと噂されるほどでした。
アーサーとルナは、得意なことは真逆でしたが、その関係は大変良好なものでした。アーサーはルナが本の内容について話すのを聞くことが大好きだったのです。アーサーは文字が読めません。好奇心の強い彼は、自分では読むことのできない本に興味津々でした。一方、ルナもアーサーとの時間を楽しみにしていました。父親である国王は忙しく、彼女に構っている時間はありません。周りの騎士たちも、ルナの話は難しいのであまり関わりたがらないのでした。そんなルナにとって、アーサーは大切な存在だったのです。
さて、二人の住むアーランド王国ですが、決して豊かな国ではありませんでした。特に、水が足りません。国内に湖はありませんし、国内を流れる川も数週間雨が降らないだけで干上がってしまうのです。地下水で最低限の飲料水は確保できましたが、農業や畜産に使う水は常に不足していました。
「ねぇ、アーサー。どうしてこの国は栄えないんだろう?」
「うーん。僕には分かりかねます。騎士長が、干魃がどうのっていっていたのは聞いたことがありますが……」
「やっぱり、水かしら?でも、水があったところで農地がないと意味がないわ」
「こんなに空が高いのだから、空中でも作物が作れたらよかったのですが。神様はなんで、世界をこんな作りにしたのでしょうね」
図書室の歴史書を読んでいたルナは本を置くとばたりと机に突っ伏しました。ここ最近、雨が降らない日が続き国民が不満を溜めています。国王も対応に追われて忙しそうだし、騎士団のみんなもピリピリしているようです。父の役に立ちたいと思うルナでしたが、全くアイデアは浮かびません。
「昔は魔法でなんでもできたらしいですね。先日、ルナ様が読んで下さった話にでてきました」
「そうだったわね。今では、魔法を使える人間はいないのだけど」
「魔法を宿した、遺物ってやつは残っているのでしょ?たしか、なんとか王国がそれで栄えているって」
「ルアーナ王国ね。井戸を掘ったら魔石が出てきて、それで国を守っているの。猛獣も入れないし、砲弾をも跳ね返す力があるから、住民は夜でも安心して出歩けるのよ」
ルナがそういうと、アーサーは感心したように感嘆の声をだしました。この国でも見つかればいいんですがね、とアーサーは呟きます。ルナだって同じ気持ちでした。魔石の種類により効果は異なりますが、どの魔石も現代では考えられない力を秘めています。希望する魔石でなかったとしても、きっと高値で売れるでしょう。そうすれば、国民にお腹いっぱい食べさせることができるのです。
「まぁ、夢物語よね。そう簡単に見つかるわけないもの」
現実的な解決方法を考えなくてはいけないな、とルナは新たな書物に手を伸ばしました。
「へー、王女様ってもっとやな奴なイメージがあったけど、ルナって子はいい子なんだね」
「王族には王族の苦労があるんだろう。生きるってのは大変だ。今も昔も変わらねぇ」
「で、続きはどうなるの?早く続きを聞かせて」
待ちきれないと、クルトがソワソワしながらロイドに続きを促した。ロイドは微笑んで続きを語り出した。
「アーサー、アーサー。どこにいるの!」
珍しく鍛錬場に顔を出したルナに、騎士見習いのみんなが目を見開きます。同期生に肩を叩かれてアーサーが前に歩み出ました。
「アーサー!あのね、すごいものを見つけたの!……あぁ、ごめんなさい。ちょっと、アーサーを借りていってもいいかしら?」
「構いませんよ、ルナ様」
教官がそういうやいなや、ルナはアーサーを自室へと引っ張っていきました。何やら、かなり興奮しているようです。アーサーは抵抗せずされるがままになっていました。
「ルナ様、どうしたんですか?急ぎの要件なようですが」
「すごい発見をしたのよ。これを見て!」
ルナはアーサーの前に古い紙を広げました。どうやら、この国の古い地図のようです。上半分に文字が書いてありますが、アーサーには読むことができませんでした。そして、地図の森の部分に印が付いています。
「これ、魔石のありかを示す地図よ!古代文字で、力を込めた石を隠しておく、有事の際に使え、って書いてあるもの!」
すごいでしょ、とルナが胸を張りました。確かにすごい発見だなぁとアーサーは思いました。しかし、同時に本物かどうか怪しむ気持ちも生まれます。偽物だったら、ルナはさぞがっかりするでしょう。
「こんなすごいもの、どこで見つけたんですか?」
「図書室よ。過去の資料を納めている棚に入っていたの。昔、干魃をどう乗り越えたのか気になって、資料を漁っていたの。その時、たまたま見つけたのよ」
図書室に入れるのは城に出入りする人間だけです。しかも、普段はルナと記録係くらいしか使っていません。その上、記録係も触らないような棚から出てきたのです。偽物の可能性はかなり低いでしょう。アーサーは自分も興奮し始めるのがわかりました。しかし、すぐに冷静さを取り戻します。地図は国の端っこ、猛獣の住む森の中を示しています。まさか、ルナは自分で取りに行くつもりでは?とアーサーは危ぶみました。
「ルナ様、自分で取りに行くつもりではないですよね?」
「もちろんそのつもりよ」
「いけません!とりあえず、国王陛下に報告をしましょう」
「いやよ。私が見つけたんだもの。いつも子供扱いするお父様をあっといわせてやるの。私だって役に立つんだって」
アーサーがいくら説得しても、ルナは首を縦に振りません。王女相手なので強く出られないアーサーは妥協案を出すことにしました。
「わかりました。では、僕がとってきましょう。それで、ルナ様からってことで国王陛下にお渡しになればよろしいかと」
森で野営をする訓練を受けている自分なら、猛獣が住む森でも問題なく探索することができるとアーサーは判断しました。本当に見つかるかはわからないけれど、調べてみないことには始まりません。そもそも、放置するなんてルナが許さないでしょう。ルナは自分もついていくと言い張りましたが、最後にはアーサーの提案を渋々受け入れました。
結論からいうと、魔石は案外簡単に見つかりました。しかも3つも。アーサーは森の中では毒蛇に襲われたり、クマに遭遇したりしましたが、よくあることなので問題なく対処できました。アーサーにとって一番難関だったのは、祠を壊すことでした。地図は祠の中に魔石があることを示していましたが、さすがに組み上がった大きな石を崩すのは大変だったようです。
「すごいわ、アーサー!あの地図は本物だったのね!……怪我してない?」
「大丈夫ですよ、ルナ様。さあ、こちらが魔石です」
魔石を渡すと、ルナはそれを空にかざしてみました。手のひらに収まるくらいの魔石は光を受けてキラキラ輝いています。石というよりガラスのようでした。
「本当にありがとう。一緒にお父様に渡しに行きましょう」
「私は遠慮します。国王陛下に謁見できる身分ではないので……」
「何を言っているの?魔石を見つけたのはアーサーじゃない。英雄なんだから、堂々としていればいいのよ」
抵抗するアーサーをルナは無理やり引っ張っていきました。
その後、魔石は城の研究者へとわたりました。研究の結果、他国から攻められないようにアーランド王国は空中へと浮かびました。国内は階層式になっているため、国土も増え、魔石の一つが生み出す水で、干魃に悩むこともなくなりました。
魔石を見つけたアーサーは英雄として讃えられ、国王は褒美に、アーサーを王女であるルナの婿に迎えることを決めました。互いに好意を持っていた二人は、断る理由もありません。国は栄え、二人は幸せに暮らしましたとさ。
読んでくださりありがとうございました。
よろしければ後編もお楽しみください。




