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吟遊詩人と商人  作者: ゆず


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第四話 レムナント王国物語 後編

「じゃあ、クロノはつかまっちゃったんだね?」

「えぇ、捕えられて地下牢に幽閉されました。牢のなかでも、ロゼッタ姫は王の娘ではないと主張していましたが、誰も信じませんでした。ロゼッタ姫を失う悲しみのあまり、おかしくなったと思われていたのでしょうね」

 興奮しているのか、クルトは手を握りしめている。わなわなと怒りに震えている様子を見るに、物語に入り込んでいるようだ。そんなクルトを一瞥したレンはカップに口をつけると、つまらなそうに天を仰いだ。

「で、そこから脱出した騎士様が姫を救うってか?愛の勝利ってやつだな、つまらねぇ」

「そう上手くいくでしょうか?この話、どちらかと言うとレンさん好みの話だと思うのですが……」

「なんだ、ここから悲劇になんのか?それじゃ、意外性もなにもないだろ」

「……物語の全てに意外性があるわけじゃないんです。それにこれは実話を元に脚色された話ですから。でも、そのままじゃ終わらないから、語り継がれているんです」

 ロイドは苦笑しながら楽器に手をかけ、物語の続きを語り始めた。


 クロノは地下牢を守る兵士に必死に話をしましたが、誰も信じてくれません。兵士たちはクロノに憐れむような視線を投げかけるばかりです。クロノはなんとか脱出できないか牢の中をくまなく調べましたが、とても抜け出せるような感じではありません。クロノは項垂れて座り込むと、ロゼッタ姫を思って涙を流しました。


「……ねえ、……ねえ。聞こえてる?私、ルシルっていうの。いつもロゼッタがお世話になっているわね」

 普段は遠くからしか聞いたことがない声が身近で聞こえ、クロノは顔を上げました。なぜかはわかりませんが、目の前にはルシル姫がいます。クロノは慌てて姿勢を正しました。

「ルシル様!なぜこのようなところへ?」

「あら、畏まらなくていいの。あなたがおかしなことを言っているって聞いて。ロゼッタについて、何か聞いたんでしょ?教えてくれる?」

 そうルシル姫に言われたクロノは悩みました。ロゼッタ姫の秘密については、兵士たちに散々伝えています。それでも、誰も信じてくれませんでした。どうせ信じてもらえないなら、何も話さない方がいいのでは、とクロノは思いました。ただでさえ心労を抱えるルシル姫に、さらなる負担をかけたくなかったのです。

「……わたしのことなら心配いらないわ。薄々勘づいていたの。……ロゼッタはわたしの妹ではないんでしょ」

「……姫様、ご存知だったのですか?」

「いいえ、はっきりした確証はなかったの。でも、お父様のロゼッタに対する態度が変だから、もしかしたらって。それに、急に子供が生まれるなんて変。子供のころはわからなかったけれど、今ならおかしいってわかるわ。それで、誰がそのことを喋っていたの?」

 クロノは捕まった晩のことをルシル姫に話しました。ライネスという騎士が王様からその話を聞いたことを話すと、ルシル姫はぽろぽろと涙を流しました。

「みんなして、わたしたちを騙していたんだわ。かわいそうなロゼッタ。本当なら、友達を沢山つくっていたはずなのに……」

 涙を拭いたルシル姫はなにかを決意したような表情で、クロノの牢屋を開けました。クロノは困惑し、逃げ出すことができません。ルシル姫はクロノの話を信じただけでなく、逃がそうとしています。これが国王の耳にはいればただではすみません。

「さぁ、行って。そして、ロゼッタを助けてあげて!わたしもカムイも、ロゼッタが大好きなの。国民のためなら仕方がないって思っていたけど、やっぱり嫌だわ!」

「しかし、国王の耳にはいればルシル様が……」

「大丈夫。あなたに脅されて、怖くて言うことを聞いたっていうわ。ちょっと涙を流せば、みんな信じてくれるもの。お父様はわたしに甘いのよ。……儀式は12時に広場で行われるわ。ロゼッタはもう城を出て行ったの。時間がない、急いで!」

 さぁ、とルシル姫に促されたクロノは、頷いて牢屋を出て行きました。ルシル姫が人払いをしたのか、牢屋の出口にも兵士は立っていません。クロノは見つからないように慎重に城を後にしました。


 クロノが城を出てすぐに、辺りは騒がしくなりました。街中にもたくさんの兵士が出てきました。クロノが脱走したことがバレたようです。クロノは広場を目指しましたが、隠れながらなのでなかなか広場に近づけません。クロノの焦りとは裏腹に時間はどんどん流れていきます。クロノの視界に広場が入ってきた頃には、お日様は真上まで昇っていました。


 広場の周りには沢山の市民が集まっていました。クロノは人混みをかき分けて進みましたが、なかなか前に出られません。クロノの耳には王様が儀式の祝詞を唱える声が聞こえてきました。もう時間がありません。

 

「お父様、やっぱりやめましょう?なにか、別の方法があるはずよ」

 剣を構える王様を制止するように、ルシル姫が声を上げました。王様は困ったような表情で剣を下ろし、ルシル姫を諭すようにいいました。

「ルシルよ。気持ちはわかるが、他に方法がないのだ。打てる手はすべて尽くした。王族として、国にかかった呪いを放置するわけにもいかないのだ。わかっておくれ。それに、ロゼッタだって覚悟はできているはずだ。そうだな、ロゼッタ?」

「はい。お父様。お姉様、私のために泣かないでください。私、お姉様とお兄様の妹に生まれて、本当に幸せでした。それに、国のために死ねるなら本望ですわ」

 涙を流すルシル姫にカムイ王子が寄り添いました。カムイ王子も、涙を堪えるように唇を噛み締め、固く拳を握っています。悲しんでいるのが自分だけでないとわかったルシル姫は、それ以上わがままを言うわけにもいかず、首を振って項垂れました。王様は危ないからとルシル姫とカムイ王子にロゼッタ姫から離れるようにいいました。しかし、二人は首を振ってロゼッタ姫から離れようとしません。せめて、最後までそばにいてあげたいと思っているのでしょう。王様は諦めたように、そのまま剣を振り上げました。


「お待ちください。みなさま、ロゼッタ姫は生贄にはなりません。国王と血が繋がっていないのです」

 まさに王様が剣を振り下ろそうとしたとき、クロノが大声で叫びました。群衆がザワザワと騒がしくなります。そのまま広場の前に立ち、群衆に訴えました。

「ロゼッタ姫を殺しても、呪いは解けないのです」

「こいつ、こんなところまで逃げてきたのか。やめろ、やめろ」

 広場に控えていた騎士たちがクロノを取り押さえました。クロノは抵抗しましたが、本物の騎士にはとてもかないません。そのままうつ伏せに倒されてしまいました。

「……こいつはロゼッタ姫のお友達でして、悲しみでおかしくなってしまったのです。隔離していたのですが、逃げ出しましてね。きっと最後に姫様に会いたかったのでしょう」

 クロノは違うと叫びたかったのですが、口を騎士に押さえられ、くぐもった声しかでませんでした。


「クロノ、ありがとう。最後に会えてよかったわ。立派な騎士になってね。きっとよ」

 ロゼッタ姫はクロノに微笑みかけると、優しい声でいいました。そして、王様の前に立ち、目を閉じました。王様は頷くと剣を振り翳し、ロゼッタ姫にむけて振り下ろしました。


 ロゼッタ姫が斬られる瞬間、クロノは思わず目を瞑りました。少しして、沢山の悲鳴が聞こえました。クロノの胸は絶望感でいっぱいになりました。しかし、なにかがおかしいのです。悲鳴のなかに王様のものも混じっています。クロノが目を開けると、切り裂かれていたのはロゼッタ姫ではなくルシル姫だったのです。


「……あぁ、なんてことだ。ルシル、ルシル、しっかりしておくれ。……なんで、こんなことに」

「ルシル姉様!なぜこんな無茶を!ロゼッタを思う気持ちは一緒ですが、これでは、何の解決にもなりません」

「姉様!なんで、私を庇って……。こんなの嘘よ」

 クロノを押さえつけていた騎士も、慌ててルシル姫に駆け寄っていきました。起き上がったクロノもルシル姫に近づきます。クロノを視界にとらえたルシル姫は周りが止めるのも聞かずに体を起こすと、クロノに訴えかけました。

「お願い。あの子、ロゼッタを連れて行って!わたし、最後まであの子の姉でいたいのよ」

「姉様?何をいっているんだ?」

 発言の意味がわからず、カムイ王子は困惑していましたが、クロノにはルシル姫の真意がわかりました。ルシル姫はロゼッタ姫の秘密をカムイ王子に伝えるつもりなのです。それをロゼッタ姫に聞かれたくないにちがいありません。クロノはロゼッタ姫をそっとルシル姫から引き剥がしました。


「クロノ!離して!姉様が、姉様が……」

「落ち着いてください、ロゼッタ様。あまり近くにいては、ルシル様の手当もできません」

「姉様、姉様。なんでなの。なんで姉様が……」

 フラフラとしているロゼッタ姫を座らせながら、クロノはルシル姫の方を見ました。声は聞こえませんが、カムイ王子が驚いたような顔をしています。そして、しばらくルシル姫と話をすると、クロノの方を向いて手招きしました。クロノはロゼッタ姫をルシル姫のところに誘導しました。


「姉様!なんで、なんで私なんかをかばったの!」

「……私なんか、なんて言わないで。ロゼッタ、あなたはわたしの宝物なの」

「でも、なんで、姉様?姉様がいなくなったら、みんな悲しむわ」

「それは、ロゼッタだって一緒でしょ?」

「でも、私、姉様と違って何もできないし……。誰が死ななきゃいけないなら、私の方がいいのよ!」

「ロゼッタ、よく聞いて。わたしもカムイも、あなたを愛しているの。あなたが生まれた時、本当に嬉しかったのよ。それなのに、生贄にされるために育てられるなんてあんまりじゃない。そんなのは、先に生まれたわたしの役目。あなたは気にしなくていいのよ」

 ルシル姫は泣きじゃくるロゼッタ姫の涙を拭いながらいいました。ロゼッタ姫はルシル姫の手を握りしめながら必死に名前を呼びます。しかし、ルシル姫の目からは次第に力が失われていきました。


「ロゼッタ、カムイ。あなたたちを悲しませてしまうなんて、わたしは悪いお姉ちゃんだわ。ごめんなさい」

「そんなことない!ルシル姉様は誰よりも素晴らしい姉様だわ!」

「……姉様。私はあなたを誇りに思います。ロゼッタのことはお任せください」

「お父様、どうか、ロゼッタをよろしくね。わたしの宝物なの。大事にしてあげて……」

 ルシル姫はそういって微笑むと瞳を閉じました。クロノの瞳にも涙が浮かびます。そんななか、力無く項垂れていた王様がフラフラと立ち上がりました。手には剣を握りしめたままです。

 

「……ロゼッタ。お前さえいなければ。……あぁ、ルシル。どうして死んでしまったのだ!」

 王様はブツブツと呟きながら、ロゼッタ姫に向かって剣を振り下ろしました。クロノは間一髪ロゼッタ姫を抱き寄せて攻撃を防ぎました。しかし、王様はまだ攻撃をやめません。フラフラとこちらに向かってきます。クロノはロゼッタ姫を後ろに庇いましたが、武器を持っていないので攻撃を防げません。振り下ろされる剣に思わず手をかざすと、何者かが割り込み剣を弾きました。カムイ王子です。

「姫を失ったあまり、王はご乱心だ。至急とらえ、医者に診せよ」

 カムイ王子は大きな声で騎士たちに命じました。騎士たちは戸惑いながらも、王様を拘束し連れて行きます。それを見届けると、カムイ王子はクロノに礼を述べました。

「妹を助けてくれて感謝する。お礼はまたいずれ。すまないが、今は家族を失った悲しみにひたらせてはくれないか?」

 クロノはカムイ王子に頭を下げるとその場を後にしました。


「そうして、レムナント王国の呪いは解けました。その後、乱心した国王は幽閉され、カムイ王子が王座につきました。ロゼッタ姫も姉のように国のために一生を捧げました。クロノは恋心を封印し、生涯ロゼッタ姫に仕えたそうです。この事件以来、原因となった魔女の呪いを彷彿とさせる薔薇の花は、国中で嫌われるようになったのです」

 ロイドが話し終えると、クルトが鼻を鳴らした。涙を流して目が赤くなっている。こんなに物語に感情移入する観客は珍しく、ロイドにとってクルトは素晴らしい相手だった。レンは一口カップに口をつけると、満足げに頷いた。

「……恋愛じゃなくて、家族愛の話だったのか。たしかに、これは俺好みの物語だな」

「父さんは悲しい話ばっかりが好きなんだから、嫌になっちゃう」

「何いってやがる。この話はまごうことなきハッピーエンドだろ。姫様は助かって、国の呪いは解けたんだ。めでたしめでたしじゃねーか」

「そんなことないよ。お姉さんは死んじゃったんだよ?悲しい、悲劇じゃないか」

 クルトがレンに抗議すると、レンは呆れたようにこう言った。

「あのな、何も失わずに手に入るものなんて、ほんのわずかなんだ。ルシル姫は命こそ落としたものの、守りたいものは全部守り切った。その上、他の犠牲は出してない。ルシル姫の一人勝ちだよ」

「それは、そうかもだけど……」

「全てが丸く収まることもありますが、そうなるとも限らない。ルシル姫は自分の命より妹を選んだ。それを悲劇ととるか否かは受け手次第なんです」

 不満そうなクルトを宥めるようにロイドが言った。クルトはしばらく考え込むように唸っていたが、やがて違うことに興味が移ったようだ。


「そもそも、呪いなんて、本当にあったの?」

「そんなの、あるわけないだろ。植物なんて、あちこちに種子を飛ばすんだ、数回刈り取ったくらいじゃ根絶はできねぇ。それを呪いだと勘違いしたんだろうよ」

「そうとも言い切れませんよ。太古の時代には魔法使いが沢山いたそうですから、案外その血筋が残っているのかも。それに、呪いが実在した方が、物語として美しいでしょう」

 ロイドはいたずらっぽくウインクをした。レンは眉を寄せると馬車へと戻っていく。クルトはロイドの意見に賛成だった。王様の乱心で殺されるよりも、妹を守って死んだのだと語り継がれる方が幾分ましだろう。クルトはレムナント王国の方を向くと、もう一度物語に思いを馳せた。

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