ゾンネ奪還作戦
ゾンネは暗闇に包まれていた。悪魔たちが支配したその時から、闇の霧が覆っていた。軍師を務めるアインの計画はこうだ。真正面から兵をぶつけ、手薄になった裏からリーヴァたち少数精鋭を中枢に向かわせ、下調べでここを統治しているはずのムルムルを手早く討つ。そういう計画だ。下調べに行った魔術師たちの話では、ムルムルがゾンネの女王の亡骸を操っているらしい。
「厄介ですね。」
アインは言った。
「火の魔術師でもあるゾンネの女王様が敵となる。懐に入っていくのは難しいでしょう。」
ムルムルにはほかにも人形がある。分厚い壁を乗り越えて、喉元に手を伸ばすのは至難の業だ。しかし、今は勇者がいる。
「キーシャ様の力に期待しましょう。」
裏からは秘密の地下道を通っていくことになった。十代以上も前のゾンネの王が作らせた地下道。中は入り組んでいる。魂の魔術師であるステラが案内することになった。
決戦前夜。ゴットの一室でリーヴァは武器の手入れをしていた。二度目ともなれば渦潮は効かないだろう。リーヴァは有効な一手を考えていた。ムルムルの人形躁術は速い。足の速さがいる。風のナイフは前振るったときに効いていた。ナイフで素早く潜る方が有効かもしれない。
「険しい顔をしてますね。」
シンが来た。
「人形の顔で険しいのがわかるものか?」
「わかりますとも。リーヴァ様の事なら。」
ちょっぴり寒気がした。
「有効な戦術を考えていた。」
「手早く突っ込むしかないでしょう。」
「だよな。」
サーガが両手に料理を抱えながら来る。
「何の話ー?」
「前々から思っていたんだが、サーガは食べるのが好きだよな。」
「そりゃね。食べることは生きることだし。」
「戦術を考えてた。」
「なるほどね。有効そうな手はあった?」
「一応は。」
「期待してるし。」
キーシャが来る。
「リーヴァ。」
「これでいつものメンツがそろったな。」
「皆もいたんですね。リーヴァ、明日のゾンネの女王のことは任せてくれませんか。」
「どうして?」
「そうすればほかの三人でムルムルに集中できるでしょう。」
「なるほどな。一人で対処できるか?」
「やってみます。」
「あーしが土壁を立てて隙を作るよ。」
「お願いします。」
「緊張してる?」
キーシャが笑う。
「そうですね。でも、皆さんの顔を見たらほぐれてきました。」
「俺もだ。」
「明日は絶対に勝ちましょう。」
「おう。」
決戦当日。ステラが地下道を通りながら話しかけてくる。
「気を付けてくださいね。私を見失ったら、外に出る事すら危うくなりますから。」
「わかった。」
「リーヴァさん。魂の調子はいかがですか?」
「相変わらずだ。これを今回の戦いで使えそうにない。」
「そうですか。あれから考えていたのですが、糸を制御するものがあってもいいのかもしれません。」
「例えば?」
「操り糸を固定する添え木のようなものがあれば、必要以上に傷つけずにすむかもしれません。」
「そうか。」
ステラの声に緊張が走る。
「出口が近いです。ご武運を。」
出口から這い出る。中枢は目の前だ。目の前に一体悪魔がいた。
「げっ、お前たち何処から出てきて・・・。」
黒い閃光に悪魔が真っ二つにされる。
「ムルムルはこの先でしょうか?」
「だろうな。」
「私が先陣を切ります。」
キーシャが剣を抜く。そのまま中枢まで突っ込んでいく。
「やはり来ましたか。」
「愚かな奴ら。愚かな奴ら。」
「さあ、ゾンネの女王よ。その手で奴らを焼き尽くしなさい。女王に敗北を味わわせた奴らに復讐するのです。」
女王が糸で吊り下げられているように、腕をだらんと上げる。炎が飛んでくる。そう思った刹那。サーガが壁を張る。
「そのままお二人は突っ込んで!」
キーシャの声に頷き、シンと共にムルムルの元へ。炎で壁が崩される。
「くっ。」
サーガが壁を補強する。そこにキーシャが飛びあがり、突っ込んでいく。炎を剣で弾き飛ばす。剣に当たると炎の勢いは弱まった。やはり聖剣は有効だ。キーシャは思った。
一方シンと共にリーヴァはそのままの勢いで突っ込んでいく。雄たけびを上げる。足を鳥の足に変え、素早く切り込む。ムルムルの腕は前に切られた時から、人形の腕に変わっていた。そこを切り裂く。綿が舞い散る。シンが突進する。ムルムルが人形で防ごうとして、脇に隙ができる。風のナイフで切り裂く。無事な方の腕が千切れる。
「小癪な!」
サーガが土杭を飛ばす。グリフォンが翼を使って小さな竜巻を起こし、それを撃墜する。状況はこちら側に有利だった。ムルムルは明らかに押されている。
「女王よ!」
ムルムルが叫ぶ。
「させません!」
同じくキーシャが叫ぶ。キーシャの刃は女王の両腕に届いた。両腕が飛んでいく。女王は魔法が打てなくなる。
「ごめんなさい。」
ゾンネの女王の胸を貫く。女王は二度死んだ。しかし、表情は不思議と安らかなものだった。土杭がグリフォンに物量で押し勝つ。
「後はあいつだけじゃん!」
ムルムルはピンチを迎えていた。ムルムルは魔王に祈る。
「どうか力をお与えください。」
しかし答えない。
「なぜです?魔王様!」
ムルムルが叫ぶ。シンの剣がムルムルの喉元に迫る。ムルムルが喚く。
「この程度の雑魚に!」
キーシャが逃げ道をふさぐ。ムルムルはその顔面でシンの剣を受け止めざるをえなくなった。血が噴き出す。左の顔とその目が切り裂かれる。
(甘かった・・・。)
シンはもう一度踏み込む。今度は正確に喉を狙う。ムルムルの人形の手が何かをしようともがく。
「させるか!」
リーヴァが完全に人形の手をナイフで八つ裂きにする。喉に剣が突き刺さる。ごぼっと血が流れる。両腕を刈られたムルムルはもはや抵抗できなかった。
「ムルムル様が・・・やられたぞー!」
「逃げろ!逃げろ!」
頭を失った悪魔どもが散り散りに逃げていく。今度こそ仕留め損なわないように。頭を切り飛ばすシン。首が転がっていく。誰かの足元で止まった。それを拾いあげる。
「セーレ!」
リーヴァが叫ぶ。
「これは始まりに過ぎないのでしょうね。」
セーレがぽつりとつぶやく。中枢である宮殿内に声が響く。
「お前、本当は戦いたくないんじゃないか。」
「戦わないという選択肢はないのです。」
セーレがきっぱり言う。
「あの日、故郷を追われた時から、魔王様も私も。次の戦場でお会いしましょう。」
翼の生えた馬にまたがり去っていく。
「覚悟をしておきましょう。お互い。」
「首、持ってかれちゃいましたね。」
「リーヴァ体の調子はどうだし?」
「何ともない。倒したからって元の体に戻れるみたいな、都合のいいことは起きないな。」
「ともかく勝ちました。勝ったんですよ、我々!」
キーシャが聖剣を掲げながら外に出る。
「我、悪魔を撃ち滅ぼしたものなり。」
歓声が沸く。
「キーシャはうまいな。」
「レジスタンスのリーダーは伊達じゃないし。」
「これでゾンネは取り戻した。次は・・・シュテルン!」
「リーヴァの故郷!」
(スターシャ姫、エウロス、フォービ・・・待っていてくれ!すぐにでも故郷を取り戻して見せる!)
ゴットに凱旋するとお祭り騒ぎだった。
「勇者様!勇者様!」
キーシャはもてはやされた。
「私だけの力ではありません。リーヴァ、サーガ、シン。そして共に戦場を駆けた兵士たちのおかげです!」
「百点満点の回答だな。」
「茶化さないでください、リーヴァ!本当の事なのですから。」
「よくぞやってくれました。」
「!セイオウ様。」
「よくぞゾンネを取り戻してくださいましたね。」
「セイオウ様のお力添いのおかげです。」
「私は何も。ゾンネは若き王が納めるでしょう。」
「王がいるのですか?」
「先王の幼い王子が。ゴットは彼が成長するまで力添えすることでしょう。」
「次はシュテルンですね。」
「全力で勇者たちを支援しましょうぞ。今宵はよくお休みください。」
「ありがとうございます。」
「なんだかんだで擦り傷程度で済んだな。」
ほつれたところをミヤギリに直してもらいながらリーヴァは言う。
「全員揃ってる。いいことだ。」
サーガが食べ物を口に含みながら、
「れも、ゆらんれきらいふぃ。」
「なんだって?」
ごくん。
「でも、油断できないし。何があるかわかんないじゃん。」
「シュテルンは未知の領域ですしね。」
シンが言う。
「陥落して以降、状況はわかっておりません。」
「戦士のサガなのでしょうね。めでたい席でも次の戦のことを考えている。」
ミヤギリの言葉に手を振るリーヴァ。
「今はやめよう。ミヤギリの言う通り、今は喜ぶ時だ。」
「もっと食べ物取って来るし。」
サーガが料理の山に引き寄せられていく。シンが俺のほつれたところを優しくなでる。
「今度は無事でよかった。」
「・・・ああ。」
キーシャの声が遠くで聞こえる。演説しているのだろう。皆の士気がより高まるだろうな。完璧に修復してもらって外に出る。
今宵は半月。上弦の月。次の満月へと向かって行っている。シュテルンに着くころには月はまた欠けているだろうな。満月と新月は悪魔の時間だ。満月は月の力が悪魔を強力にし、新月は暗闇が悪魔を強力にする。それを避けられるだけでもありがたい。魔女にも会いに行かないとな。ヘカーテ。この旅を始めるにあたって助言してくれた者。ヘカーテがいなければ、俺はバアルで魔王の膝の上で、寝かされていただろう。
(屈辱的だ。)
今考えても。お祭りのお囃子が聞こえてくる。今夜は皆眠らないだろうな。それがちょっぴりうれしくある。




