帰還
雨が降っている。雨が多くの血を洗い流してくれるだろう。ゴットの神官ミヤギリはそう思った。神官は部屋の中央を見た。そこには綿と布切れがあった。
「結果は自ずと見えてくるはず。」
そうつぶやいた。
シンは気が気じゃなかった。愛する人が悪魔の手でその身を引き裂かれた時から。それでも冷静さは失っていなかった。
(魂は人形に固着しているはず。であれば・・・。)
綿と布を素早く集め、素早く撤退した彼は、ほかの兵たちに交じりゴットに流れ着いた。そして一人の神官に出会う。
「リーヴァが引き裂かれてしまいました。」
「どうしろと?」
「縫い合わせてほしいのです。元の形に。」
ミヤギリは悩んだ。しかし頷いた。
「やってみせましょう。」
シンはほかの兵士の手当てを手伝いながら祈った。
(この程度で死ぬようなあなたじゃないでしょう。)
キーシャは無力感に苛まれていた。ゾンネでの戦いが敗北で終わり、ほかの兵の逃走を手伝っているとき、奇跡的にアインと合流した。アインはキーシャの手を引っ張ってキーシャをゴットまで導いた。彼がいなければここまで逃げてはこれ無かった。
(サーガ・・・。)
アインは悪魔たちから兵を逃がすために奮闘していたサーガを回収していた。サーガは酷い怪我だった。
「このぐらいなんてことないっしょ。」
軽口をたたくが、片目は閉じたままで、片腕はだらんとしていた。
(サーガはあんなに頑張っていたのに。私は・・・。)
戦いでろくな活躍もできず、逃げる時まで足を引っ張ってしまった。
「力が・・・力が欲しい・・・。」
そうつぶやく。
「キーシャ様。」
「アイン・・・。」
「体調の方は?」
「私は大丈夫です。それよりサーガは?」
「とりあえず命に別状はないそうです。シンは逃げおおせたようで向こうで怪我人の手当てを手伝っています。リーヴァ様は必ず復活なさると言っておりました。」
「リーヴァ・・・リーヴァはいつでも勇敢でした。・・・私、また何もできませんでした。」
両目いっぱいに涙をためる。
「キーシャ様、あまり自分を責めないで上げてください。」
「アイン・・・。」
アインに抱き着く。
「今だけ・・・このままでいさせてください。」
アインは戸惑いつつも、小さな少女の背中を優しくなでる。
ミヤギリはまず手始めに、布を縫い合わせていた。裁縫は小さいころから得意だった。周りの男の子たちに良く馬鹿にされていたが、女の子たちにはミヤギリの作る人形は可愛いとして人気だった。まさかここにきて人形を作ることになるとは。足りない布は、特別な魔法の布で代用した。魔術師が三日三晩かけて布に魔力を宿して作るこの布は、大変な高級品だった。神官という高い位にいるミヤギリだからこそ簡単に手に入る。
(リーヴァ様。リーヴァ・シュトローム様。)
この方はこの戦いにおいて、重要な役目を果たしてくれるはず。ミヤギリはそう信じて疑わなかった。というのも、ゴットの主でもある教皇が未来視したのだ。
「リーヴァとその仲間が魔王をあるべき場所に返す。」
ミヤギリはその言葉を信じた。とはいえ、骨の折れる作業だ。人形を作ったことはあれど、人間サイズのしかも壊れた人形を縫い直すのは初めてだった。綿は足りるだろうか?そもそも正確に直せるのだろうか?疑問がミヤギリの頭をもたげる。
「考えても仕方ないか。」
頭の修理が完了したころ、ミヤギリは一息ついていた。体の方は三倍はかかりそうか?ミヤギリはそう見立てた。神官の仕事はしばらくお預けだな。まあ、教皇様も理解は示してくれているからな。その時だった。
「い・た・い。」
声がした。どこからだと疑問に思っていると。
「い・た・い。」
直した人形の頭だった。
「リーヴァ様!意識が戻られましたか!」
「い・た・い。」
「ああ、なんということだ。どうかそのまま辛抱ください。」
人形が静かになる。意識を失われたのだろうか?わからないが希望が見えてきた。
(リーヴァ様は元に戻せる。)
休憩を切り上げて、修復作業に戻る。
サーガは目を覚ます。片目が開かないことをすんなり受け入れて腕を見る。
(こっちは困るなー。)
魔法を使う際、割と腕は使う。腕は直接つながった杖のようなものだ。
「どうしたもんかなー。」
片腕を使って起き上がり、あたりを見回す。ここは病院らしい。ベッドの上だ。先の戦いを思いだす。苦々しい敗走。サーガの人生の中でも初めてだった。
(負けちゃった。でも生きてるし、やり直しはまだ効くじゃん!)
サーガは恐ろしいプラス思考だった。めったなことでは落ち込まない。
(落ち込んだのは好きな旅芸人に振られた時だったな。)
サーガは苦い思い出を思い出す。そして少し笑って。
「さ、みんなを探しに行こ。」
キーシャはサーガを見て驚く。
「サーガ、もう大丈夫なのですか!」
「言ったっしょ。なんてことないって。状況はわかる?」
アインが答える。
「ゾンネは完全に陥落しました。ゴットにはゴット自体の兵を含め、ゾンネの兵と合わせて五万人ほど兵力があります。」
「レジスタンスは?」
「こちらも一万人ほどおります。」
「ゴットは守れそう?」
「結界があるのでしばらくは問題ないそうです。」
「なるほどなー。」
「サーガ?」
「古代の森は?」
「今だ、勇者の剣が眠っております。神聖な土地故、悪魔どもも踏み込めないようです。」
「勇者がいる。」
「勇者ですか・・・。しかしここ数百年、表れておりません。」
「だからこそだよ。勇者は生きててまだ眠ってるだけ。ゴットの力を使って、勇者を探して。」
「教皇殿に相談してみます。」
「ああ、それと腕。腕のいい技師は居る?」
「シュミートになら居るはずです。」
「あーしの腕を作ってほしいんだ。」
「しかし・・・。」
「治療すれば動かせるようになるかも。」
「それじゃあ間に合わない。腕の一本や二本、魔王を倒すためなら捨てられる!」
「サーガ・・・。」
「わかりました。手配します。」
「リーヴァはどう?」
「神官のミヤギリ様が見てくださっています。」
「シンのおかげだね。あの時の判断はさすが!」
「リーヴァは戻って来るでしょうか。」
「因縁に決着はまだついてないかんね。」
一週間ほどたった。サーガは注文していた腕を動かしてみる。
「うん、いい感じ。」
腕を切り離すのには若干の抵抗があった。それでも切り離した。今のままでは、魔王に勝てないと思ったからだ。
「セイオウ様。」
教皇セイオウが姿を現した。
「古代の森に行く人員は集め終わりました。」
「ありがとうございます。」
「賢者サーガ。あなたの覚悟は本物なのですね。」
「はい。」
「ならば私も死力を尽くしましょう。皆を集めてください。」
「はい。」
いつもの面々が集まる。キーシャ、アイン、シン、サーガ。そこにセイオウとミヤギリが表れる。
「準備は整いました。さあ、入ってきてください。」
皆が入口に注目する。一体の人形が入って来る。
「リーヴァ!」
口々にみんなが彼の名前を呼ぶ。
「迷惑かけたな。」
リーヴァが口を開く。誰かが何か言おうとしたのをミヤギリが抑える。セイオウが言う。
「これから古代の森に遠征に向かう。覚悟のあるものはついて来るがよい。」
集まった勇者候補たちが腕をあげる。かくして、古代の森への遠征は始まった。
ゴットから古代の森は近い。古代の森は聖域とされ、ゴットの人々からも特別視されていた。中には、聖剣バルムンクが老齢の大樹の根元に刺さっており、勇者が訪れるのを静かに待っている。聖剣。それは百年以上も昔、恐ろしすぎて名前すら伝わっていない悪しき龍を屠った剣。サーガは語る。
「この百年以上もの間、抜いたものは居ないし。」
「俺が抜きに来た時もびくともしなかった。」
「勇者でないものには抜くことすらできないらしいじゃん。」
「抜ける者は現れるのでしょうか?」
「現れますよきっと。」
アインが励ますように言う。大樹の根元に着いた。セイオウが剣の前に立つ。
「我こそはというものは進み出よ。」
サーガに背を押され、リーヴァが前に進み出る。剣の前に立つ。威圧感のようなものを感じた。剣の柄に手をかける。腰に力を入れて引き抜こうとする。
やはりびくともしない。
シンが剣の前に進み出る。同じように柄を握る。シンが首を振る。その後も勇者候補たちが次々と剣に手をかけては首を振る。怒り出す者までいる始末だった。
「そういうものなのだ。」
教皇がなだめる。最後の男が剣を抜けなかったとき、皆落胆した。勇者はついぞ現れなかった。キーシャがじっと剣を見つめる。
「記念に触っていったらどうだし。」
サーガの軽はずみな提案。キーシャが剣に手をかける。皆と同じように腰に力を入れ剣を抜く姿勢。すると、根本がきしんだ。注目はなかった。皆勇者は現れないものとして帰りの方向を向いていた。リーヴァでさえ興味を失っていた。そういうものだと思っていたから。異変に気付いたのはアインだった。彼は愛するキーシャをよく見ていた。
「剣が・・・。」
そうつぶやいた。リーヴァが振り向く。剣がサーっと一気に抜かれる。バルムンクは木の間から注がれる日の光の下、その剣身を光らせた。キーシャが切っ先を天へと向ける。皆唖然としていた。レジスタンスのリーダーとは言え、年端も行かぬ少女が剣に選ばれたのだ。
「キーシャ・・・。」
リーヴァの口から声が漏れる。
「やったな!選ばれた。キーシャが選ばれたんだ!」
少女が剣を静かに下げる。
「声が聞こえました。剣の声が。」
皆が注目する。
「’我バルムンク、勇者に力を貸そう’と・・・。」
サーガが大口を開けて剣とキーシャを交互に見やる。
「言ってみるもんじゃん!」
教皇が服装を正す。
「今、ここに勇者が生まれた。勇者よ・・・。」
つかつか歩いて行ってキーシャに向き直る。
「魔王討伐の任、受けてくれるかな?」
「承りました。必ずや、魔王を撃ち滅ぼして、この世界に安寧を取り戻して見せます。」




