ゾンネでの一月
赤色に太陽のマークが描かれている国旗。太陽の国ゾンネ。俺は子供たちに手足を引っ張られていた。
「お人形さんあっちに行こう!」
「僕はこっちがいい!」
メテオアでの戦いが終わり、ゾンネで目覚めた時、記憶のほとんどなかった俺は戸惑っていた。エリゴスのランスに貫かれ、死んだと思ったところまでは覚えている。その後、なんと悪魔に姿を変えて敵を屠り、味方までをも攻撃しようとしたと聞いた。実感がなかった。俺に残っているのはすっぽりと抜け落ちた記憶だけ。
セーレが止めてくれなかったら今頃・・・。
考えるだけでも恐ろしい。セーレはいったいどうして止めてくれたんだろう?あの夜のことも含めて不可解だ。思考をいったん止める。引っ張られすぎて痛い。
「わかったから、引っ張るのをやめてくれ。」
「ヤダ。」
子供の一人が言った。その拍子に肩がめりめりと言った。
「いってぇ!」
キーシャに肩を縫ってもらってる間、サーガに聞いた。
「一月後に悪魔どもが攻めてくるんだよな。」
「そう言ってたっしょ。」
シンが頷く。
「ゾンネの女王は準備できてるって言ってたし。リーヴァの力は必要ないって。」
「そうは言ってもな・・・。」
「まずはあの悪魔が何だったのか調べないとじゃん。そのうえで制御しないと。」
「骨が折れるな。無いけども。」
「ゾンネの地下には魔道図書館があるし。そこに籠って調べてみようじゃん。」
「頼んだ。・・・制御の事なんだが。」
「人形遣いに埋め込まれた傀儡の石が役に立つかも。」
傀儡の石を受け取る。
「まあ、いろいろやってみるさ。」
サーガが去っていく。
「アインは?」
「女王様とお話になられているはず。」
「キーシャはアインのそばに行ってやってくれ。」
「お役に立てるでしょうか。」
「いるだけでも心強いはずさ。」
シンと二人部屋に残る。
「リーヴァ・・・。」
「迷惑かけたな。」
「そんな。」
シンが寄ってきて壁に手を突く。
「リーヴァ、ずっと考えていました。」
「うん。」
「やはり僕はリーヴァのことを。」
「うん。」
「好きなのです。愛しています。」
「うん?」
「確信しました。リーヴァが悪魔になったとき、何もできずただ茫然としていました。キーシャが真っ先に突っ込んでいって僕の代わりを果たしてしまったとき、がっかりとしました。僕はこの程度の男なのかと。ですが、あなたが目覚めてこうやって話して確信するのです。あなたのことを誰よりも愛していると。」
「ま、まて、慕ってくれていたよな。」
「最初から愛していました。」
「どうして?」
「ずっと憧れていました。憧れはいつしか愛に変わりました。」
「いろいろすっ飛んでいる気が。」
「どうか答えてくださいませんかリーヴァ!」
「いきなりすぎる。」
「あなたに愛してると言わせたい。」
「少なくとも今は厳しいな。」
「いつか言わせて見せます!」
逃げるように部屋を出た。町を歩く。ゾンネの町並みは美しい。区ごとに整理されていて、見た目にもきれいだ。俺は中央の宮殿を見上げた。赤い宮殿。ゾンネの色。声をかけられる。
「あなたがリーヴァさん?」
振り向く。
「そうだが。」
「本当に人形なのね。」
「君は?」
「私はステラ。魂の研究をしてる。」
魂。
「今、いろいろと悩んでるんだ。」
「力になれるかも。」
地下。ステラの研究室。様々な器具が置かれている。
「悪魔の力を操れないか悩んでるんだ。」
「うーん、魂を使って、コントロールするのがいいかも。」
「どうやって?」
「まずは魂を、自分の好きな形に動かせるようにするの。操り人形のように魂に糸を張って、糸で形をコントロールするの。」
「これが使えないか?」
傀儡の石を差し出す。
「それは?」
「人形遣いに操られていた時に、体に入っていたものなんだ。」
「なるほど。その石で糸を作り出せばいいかも。」
「石で糸を?」
「強力な魔力が込められているから使えると思う。」
器具の中に石を入れるステラ。石がみるみるうちに糸へと変わっていく。
「これで魂をまずは縛ってみましょう。」
「どうするんだ?」
「じっとしててね。」
ステラが体に触れる。布を貫通する。変な感じだ。
「待ってね。・・・よしできた。魂に糸を縛ったよ。」
「ここからどうすればいい?」
「魔力を使って糸を好きな形に操るんだ。例えば、形がこれ以上変わらないように、がんじがらめにするとか。」
「それで悪魔化は防げるのか?」
「悪魔になるってことは魂の本質を変えているはず。糸で縛り付けたら悪魔にならずに済むかも。」
「悪魔であることをコントロールするには?」
「糸を使って、手足を縛って思ったように動かせばいいと思うよ。」
「難しそうだな。」
「練習するしかないね。」
「ありがとう。突破口が見えた気がする。」
「どういたしまして。」
ステラの研究室を出る。最初にいた建物、魔術師ギルドへ。アインとキーシャが会話している。邪魔しないように隅に行くとキーシャに声をかけられる。
「何処へ行っていたんですか?」
「魂の魔法使いにあってな。悪魔にならないための方法を聞いていた。」
「どうにかなりそうですか?」
「ひとまずは勝手になることはないと思う。」
キーシャが安堵の表情をする。
「私たちはゾンネの女王とこれからのことを話していました。ゴットの兵たちの力も借りて、首都を守るそうです。レジスタンスも協力することになりました。」
「兵力は十分なのか?」
「はい。戦に耐えられるほどの人手と武器はあります。ただ、相手は魔王。それでも不安は残ります。」
「悪魔の力を使いこなせたらな。」
「無理はいけません。ゾンネには多くの魔術師もいます。戦いは少なくとも不利ではありません。今、研究されている新型魔法もあるみたいです。」
「戦に投入できるのか?」
「何が何でも使えるようにするそうです。リーヴァは悪魔の力を封じ込めることに集中してください。後ろから撃たれてはどうしようもありませんから。」
「わかった。」
キーシャの顔は真剣だった。前回のようなことが起こっては、それこそ失敗しかねない。他の悪魔を退けられるとしてもそれでは済まないのだ。
「キーシャ様、そろそろ食事にしましょう。」
「そうですね。」
「俺は散歩にでも行ってくるよ。」
席を立つ。月明りの元、一人の女性が立っているのが目につく。
「今宵は三日月ですね。」
「そうじゃな。」
「ゾンネの町並みは夜でも美しい。」
「そうじゃろうな。」
女性が振り向く。
「お前さん、これからこの都市はどうなると思う?」
「戦火に包まれるでしょうが、たくましく生き残るはずです。」
女性が満足そうに微笑む。
「そうじゃろう。ゾンネに生きてきて戦は三度経験した。一度目は魔物との、二度目はゴットとの、三度目は内紛。そのどれもゾンネはたくましくやり抜いた。じゃから今回のも・・・ゾンネは乗り越えて見せるだろう。そなた顔をよく見せよ。」
「たいした顔はしていない。」
「いいから見せよ。」
フードを外す。
「おや、そなた・・・。」
「リーヴァだ。リーヴァ・シュトローム。」
「そなたがあの三英雄か。何ともかわいらしい姿になったものじゃ。」
「はは、そういうあなたは?」
「ゾンネが二十一代目女王。」
「あなたがあの?」
目を見開く。
「無礼をお許しください。」
「無礼などなかったよ。リーヴァ。そうか。そなたが・・・。」
女王は考え込む。
「そなたなら良い風吹かせるかもな。」
そういうと、女王は宮殿へと去っていった。まさかお供も付けずにいるとは。ゾンネの女王自体が強力な魔術師というのも本当なんだろうな。踵を返して寝れもしないのに部屋に戻る。
(良い風、なれるだろうか。)
一週間はあっという間だった。キーシャはアインと共に女王の元へ赴き会議を開き、サーガは図書館に籠りっぱなし。シンは・・・なぜだか姿を見せなかった。俺は、魂の糸をいじくるのに必死だった。変化の術を使ってみたりしたのだが、糸でがんじがらめにするのは簡単でも、好きに動かすとなると別だった。無情にも時間だけが過ぎていく。そんな時、サーガが久しぶりに顔を見せたのだった。
「ちーっす。」
「サーガ!なにかわかったのか?」
「いろいろね。話してあげるからみんなを集めて。」
会議の終わったキーシャとアインに声をかけ、魔術師ギルドに集まる。サーガがシンを連れてきてくれていた。それぞれが席に着くとサーガが話し始める。
「原初の悪って知ってる?」
「七つの大罪か。」
「そう、怠惰とか、強欲とか。リーヴァの中にいる悪魔はその嫉妬の悪魔みたいじゃん。」
「嫉妬かー。」
「レヴィアタン。それが悪魔の名前。」
「どんな悪魔なんだ?」
「水をつかさどる悪魔みたいだし。とても力の強い悪魔。ゾンネの記録によると、シュテルンに大昔に出現したっぽい。それでね、当時の英雄がレヴィアタンを倒し、自らの中に封印したっぽい。その血筋なのかな?シュテルンの記録を調べればわかるかもね。調べたのはそこまでだし。」
「ありがとうサーガ。」
「ところで悪魔の制御はどうなった?」
「ステラって魔法使いが傀儡の石を糸に変えてくれて、それで魂を縛ってる。うまくやればコントロールできるかも。」
「なるほどー。ま、練習してもらうしかないね。」
「変化の術も使ってみたんだが難しいな。」
「工夫はしたのね。ま、何とかなるっしょ。」
「しかし、嫉妬の悪魔がこの時代になって出てくるとは。」
「そうですね。何か糸を感じざるを得ません。」
「いつかシュテルンにもいかなくては。」
「シュテルン。・・・リーヴァの故郷。」
シンがつぶやく。ろくなことを考えていなさそうだと首を振る。
「とにかく修行するし。シンも一人でやってると効率悪いんだからさ。ゾンネの魔術師たちと合流するし。それで特訓しよ。」
「そうだな。」
「我々は次の会議に向けて話し合いをしますね。」
アインとキーシャが去っていく。
「あの二人いい感じなのかなー?」
「なにそれ?」
「アインはキーシャのことが好きなんだ。」
「ああ、だから目でいちいち追ってるのか。あーしの見立てでは、キーシャは気づいてなさそうだけどね。」
「やっぱりか。キーシャは若すぎるもんな。」
「経験が足りなさそうだもんね。」
「二人とも、魔術師たちのところに行くのでしょう。行きますよ。」
シンに肩をたたかれ、歩き出す。
魔術訓練場。
魔術師たちが修練していた。その中に混ぜてもらう。魔術師が訓練用の人形を念で動かす。シンと俺がそこに切り込んでいく。シンは速い。うまいこと人形を打ち落とす。一方俺は、人形の足では人形に掠るのがやっとだ。サーガは動く的に向けて土杭を飛ばしていた。サーガの元に寄っていく。
「うーん、惜しい。あとちょっとで全的ど真ん中なんだけどな。」
「サーガ?」
「どった?」
「人形に当てられない。」
「足を変えてみたらどう?」
「例えば何に?」
「鳥の足とかは?素早くてバランス感覚もいいし。」
「なるほど。」
意識を集中する。瞬く間に足が鳥の足に。
「早くなったね。」
「ああ、訓練の賜物だ。」
人形に再び突っ込んでいく。今度はうまく撃ち落とす。
「お見事です。」
シンが言った。
「君ほどじゃない。」
「何、すぐに追い越されますよ。」
鍛錬は毎日続いた。水龍の剣にも慣れてきたせいか、人形を同時に三体も撃ち落とせるようになっていた。
「お見事です。簡単に追い抜かれてしまいました。」
「シンは速さが武器だろう。俺とは戦い方が違う。俺が水しぶきを飛ばしてる間にシンだって、何体にも切り込んでいくだろう。」
「もっと深く刺せるようにならなくては。」
「課題は山済みだな!」
「休憩休憩休ー憩!」
「サーガの方はどうだ?」
「的当ては完璧。後は新呪文の特訓がつらいしー。」
「どんな呪文なんだ?」
「本番のお楽しみじゃん!リーヴァはなんか無いの?」
「んー。まあな。」
キーシャが来る。
「皆さんお疲れ様です。」
「キーシャもお疲れ様。」
「私なんかは座ってるだけですから。タオルを持ってきました。」
「おーありがとうじゃん。」
「助かります。」
「リーヴァは?」
「俺汗かかないから。」
「そうですよね。」
「残念です。」
シンが言った。ちょっと震えた。
「計画は順調か?」
「はい。」
「兵の配備についてはまとまりました。後は新魔法の問題が大きいです。」
「新魔法と言えば、サーガが新しい呪文教えてくれないんだよ。」
「だーかーらー、本番のお楽しみっていったじゃん。」
「それはそれは、楽しみですね。」
「アインとはどうなんだ?」
「彼はよく働いてくれていますよ。」
(そうじゃないんだがな・・・。)
「そうか。」
「近々英雄祭を執り行う様ですよ。」
英雄祭。選ばれた一人の兵士を英雄に見立て、どんちゃん騒ぎするお祭りだ。
「選ばれた兵士は短剣を授かるそうです。ゾンネの王家の紋章入りですよ。」
「まあ、戦前の士気上げってところだな。」
「我々もいろいろ見て回りましょう!」
「そうだな。」
「さーさ、訓練の続きしようじゃん!」
皆が持ち場に戻る。キーシャも槍を持ち訓練に加わる。
そんな話をした三日後。ゾンネでは英雄祭が執り行われていた。町の中心に祭壇が用意される。そこに女王と英雄役の兵が短剣のやり取りをする。金色に輝く短剣は、見るものを熱くさせた。会場が盛り上がる。
「ゾンネの未来に乾杯!」
の声が飛び交う。アインはキーシャといた。それをこっそり目で追う俺。
「キーシャ様。」
「はい、なんでしょう?」
「この戦が全て終わったら、私と一緒になってくれませんか?」
「え?」
「気づいたのです。この何日かキーシャ様と行動を共にして、私を支えてくださるのはあなたしかいないと。」
キーシャが複雑な顔をする。
「考えさせてください。」
頭を下げ、走って逃げる。アインは一人ぽつんと残される。
「リーヴァ。」
シンだった。
「一緒にお祭りを見て回りませんか?」
こくんと頷く。シンと共にお祭りを見て回る。いろいろな屋台が出ていた。射的の前で立ち止まる。
「得意なのですか?」
「まあな。」
右端にあった猫のぬいぐるみを狙う。・・・当たった。ぬいぐるみが見事に落ちる。
「お見事です。」
「はい。」
「え?」
「やるよ。」
「ありがとうございます!」
シンの満面の笑み、初めて見たかも。屋台料理をシンが食べるのを眺めたりしながらゆったりと過ごす。
(平和っていいな。)
心の底から思った。だからこそあの日のことを思い出す。死体の中から這い上がった、自害したあの夜。頬を叩く。しっかりしないと。自害なんてしない。
(次は勝つ!)
約束の一月後はすぐそばに迫っていた。




