✧門が開き、旅路につき。
時給千三百円、だいたい一日四時間。勤務外に居座ってもよし、賄いあり。そんなバイト先に入り浸りないわけがなかった。
「ふ〜、窓の掃除終わったよ」
「うむ!ご苦労である!茶菓子を買ってきたぞ。食え」
「ありがたく〜」
勤務と言ってもお菓子を食べることもできるし、掃除とか、時々お客さんが来たときに対応したりとかお茶出したりとか。そんなかんじで、緩い職場だった。でも、喫茶店やりたいとか言ってなかったかな。
「そういえば、喫茶店……茶店、開かないの?それにほかの従業員って……」
綾姫ちゃんは目をぱちくりさせたあと、バツが悪そうに苦笑いする。
「その件じゃが、今迷ってての。人を増やしたいんじゃが……なかなかに人も集まらんし、ぼくなりに選んでおる故見つからないのじゃ。……つまり、あー、雇用しておるのはお主のみじゃ」
初めて知った。つまり創設メンバーって事か。でもそれで経営はなりたってるのかな。ま、聞かないほうが良い……かなぁ。
「一人だけ顔見知りがいるやもしれぬが、お主が居る手前勝手に増やすのもいかなものかと思ってな」
「いやいや!むしろ顔見知り……え、顔見知りいるんですか?ま、まあ、綾姫ちゃんの知り合いなら、私平気だよ!」
顔見知りが居るのか?室町の陰陽師に?ろくな知り合いじゃなさそうだけど……。
「もしかして、あの、こないだ会った泰嗣?さん……
「ああ!あやつは違うぞ!あやつをここに入れるわけがなかろう!」
心底面白そうに笑う。よっぽど泰嗣さんのことは気に食わないらしい。じゃあ……誰なんだろう。いい人だといいな。
「あやつは……今は封じられておるかのう?まあ、よい。封じられてるなら開けるのみじゃ」
ん?さらっととんでもないこと言わなかったか?この人。
「封じられてる人を出すんですか?というか封じられる人って……?」
「大丈夫じゃ、このぼくが直々に誘うような奴じゃぞ?」
謎の自信があるらしい。まあ、店主の言うことは聞こう。そうしよう。何が出るかはまあ……楽しみだ。
「ま、というわけでちょっと旅に出るぞよ。家族に話をつけておけ」
「え!?旅!?」
突然すぎる。なんでまた旅なんだ?封印を解くため……とか?まあもうすぐゴールデンウィークだからいいけれど……いや、親になんて言おうかな……友達との旅行?んー、まあそれで良いか。
「わ、わかりました……じゃあ五月でいいですか?」
「む、構わぬ。物分かりのよい子じゃ!」
――
何処に行くかも知らされないまま旅行……旅の準備をするというこれまた奇っ怪な事になったわけだが、家族の説得は存外簡単にできた。バイトを始めてしばらく経ったのと、ゴールデンウィークで学校が休みだからというのもあるだろう。
「……で、旅と言ってもどう行くの?」
すると
「やっほー!今回の旅の助手でーす」
また突然現れた男、泰嗣が元気そうに手を振っている。いつもいつも突然現れるな、この人。
「今回は那須野が原へと向かう。行き方は分からぬから此奴に頼んだ。悔しいがな」
「まあまあ、そんな事言わないでよ綾姫。ああ、那須野が原は栃木県だよ。」
栃木県!?いや、もうツッコんでたらキリがないかな。うーん。電車賃もらっておいてよかった……。
「安心してね、ぼくがいるから安全な旅になるよ〜」
いまいち信憑性が少ない顔をして信憑性の少ないセリフを言っているけれど、陰陽師って聞いたし、そっち方面は安心だろうな。たぶん。
「でもなんで栃木県なんですか?栃木……那須野が原?に知り合いさんがいるとか……?」
「うむ、知り合いも何も、ぼくの家系が封じた妖じゃからな」
妖。あやかし。…………フィクションの読みすぎかな。いやでも、まあ……陰陽師とか言ってたしな……。
ん?……妖、陰陽師……那須野が原……?もしかして
「その予感、当たってると思うよ〜」
心を読むな。
「玉藻の前……?」
「そうじゃ。九尾のに話をしに行く」
――
そうして三人で新幹線に揺られる。まあ、揺られるというのは比喩で、新幹線なのだから揺られることは少ないが。それでも本当に綾姫ちゃんは昔の人らしくて、新幹線の窓から流れる景色を物珍しそうに眺めていた。でも途中でぼくのほうが早い!となぜかドヤ顔をしてたが、たぶん本当だろうし、本当だろうに泰嗣さんは笑っていた。
「あ、旅といえば、お菓子かなって思ってお菓子買ってきたけど、いる?泰嗣さんもいりますか?」
「あ、じゃあ遠慮なく〜」
「うむ、気遣い感謝しよう。」
……
そんなことを話したりしながら三時間くらい、すっかり腰も痛くなってしまった頃には、ようやく新幹線から降りられた。というのは、泰嗣さんとの距離が掴めなくて、少しだけ緊張してしまったってのもある。当の本人はのんびりと席で背中下げてくつろいでたけど。




