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愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす ~思い出すは、君の名~  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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★【25】つかんだ幸せ

 海の風は、まだまだ真冬並に冷たい。


 花月カヅキ令舞生ヨブキは今月末で五歳になる。

 毎年写真は送っていたが、リュウの中の夷吹イブキのように、庾月ユツキの中の双子も、離れたときの状態のままかもしれない。


「俺の息子だと公表した方が、安全保証される」


庾月ユツキの結婚相手』だからと言った父は、リュウたちが船を降りるころ公表になると続けた。


「俺に喧嘩売ろうなんてヤツはいねぇからな」


 父は鼻で笑っていたが──鴻嫗トキウ城で生活するとなれば、本名も開示される。

 それに、『庾月ユツキと釣り合うか』と見られる。


 父は先手を打ってくれるわけだ。


「貴族籍になって……改名するか?」

 父に聞かれ、もしかしたら父が付けたかった名に付け直してもらえるかもと思ったが、首を横に振った。


「ううん。俺、『リュウ』って名前が……好きなんだ」


 ちょっと恥ずかしかったけど、違う名だったらまったく違う人生になっていた気がして──愛称として『リュウ』という名は残るかもしれないのに、それでも嫌だなと断った。




「踊り楽しかったね」

「またステージで踊りた~い」


 無邪気に笑う娘たちの会話が、幸せに響く──のに。


 ──いつかふたりが……『アヤで踊っていたかった』って、思う日がくるのかな……。


 船の上で遠のいた大陸を見ながら、これでよかったのかと、迷う。




庾月ユツキ鴻嫗トキウ城の裏門で待っているはずだ。行ってこい」


『行ってくる』と決意を伝え、激励を受ける。ポンポンと背を叩かれた直後、父との距離がスッと離れた。


 別れを惜しむな──とでも言っているかのような態度は、『またいつでも会える』と言われているかのようで。


 もう、リュウはそれが本当だと知っているから。

『そうだね』と微笑めた。


 父と祖父に感謝を伝え、

「またね」

 と、未来の約束もした。




 冷たい風が強くリュウの頬を叩いた。


 娘たちが心配になってすぐに目を向けたが──どうやら身長差で影響はなかったらしい。


 少し、目が覚めた。


 ──そうだ。そのときがきたらまた……考えればいい。


 胸元にかけた、庾月ユツキと昔交換しあった──庾月ユツキの髪の毛の入った小瓶を握る。


『今すべきこと』は、時間とともに変化する。まさに、この数日がそうだった。


 結婚するときの約束と、真逆の行動をとっている。でも、この決断は──間違っていなかったと、『未来』に言えていると信じる。


『過去』の約束も、全部必要なことだったと、信じられているから。




 早朝の船に乗って丸一日。

 夜が明けて、自身と娘たちの身支度を済ませていく。


 娘たちには貴族籍があるのだから、ドレスを着せた方がいいのかと迷いつつ、リュウはふたりが気に入っている服装を選んだ。


 お気に入りの髪型にして、最高の状態で庾月ユツキ夷吹イブキに再会してもらおうと、ふたりの好きを前面に出す。


「花も舞も……ふわふわした髪の毛が、お母ちゃん似だね」


 しみじみ庾月ユツキの髪の毛を思い出していたら、

「お父ちゃんとも一緒だよ~」

「そうだよ~」

 双子に笑われ、どうしてかジンワリと視界が滲んだ。




 船が港に着き、リュウは娘たちをひとりずつ抱き上げて降ろす。


「大きなお船に長く乗って、疲れたでしょう?」


 少し休むかなと声をかければ、

「楽しかった~!」

「もっと乗りたい!」

 と弾む声が返ってきて、

「ふたりとも、お船好きなんだね」

 と、『帰りの船』がないことに少しの切なさを覚えた。


 はしゃぐ双子と、片手ずつを握り歩き始める。




絢朱シンジュの街を出るとき、整備された道じゃなくて、林の方に進め』


 父に助言された道を選び、土と砂利の感触と音を聞きながら歩く。

 木漏れ日が春めいていて、船に乗っていたときとは一転し、あたたかくも感じられた。


 娘たちの足下に気を配りながらしばらく歩いて、視界が開く。


 十年前に、逆から歩いた道だと鮮明に蘇ってくる。


 ──婚約で来たときに、通っただけなのに……。


『覚えようとしてくれてるのね』

 庾月ユツキの声を久しぶりに聞いた気がして、感慨深い。




 ザリザリとした音を耳にしながら歩いていけば──。


「あ~!」


 双子が声を揃えて──。




 リュウは咄嗟にふたりを抱えて、走っていた。




 すっかり女の子になった夷吹イブキが抱きついてきて。


 美しくなった庾月ユツキも両手を広げて抱き付いてきた。


「元気だった?」


「すっごく~!」

「元気~!」


 リュウが答えるより先に、花月カヅキ令舞生ヨブキが答えて。リュウ庾月ユツキと、眉を下げて笑う。


 花月カヅキ令舞生ヨブキを降ろすと、夷吹イブキが『おと~ちゃん』と言った。


 ハッとしたリュウは、夷吹イブキをキュウっと抱き寄せる。


 ──昔の言葉遣いに……戻ってる……。


「すっかり大きくなったね。……イブも、元気だった?」

「うん!」


 二歳で離れた夷吹イブキも七歳。成長を見届けられなかった歳月の大きさを思い知る。


 大きく返事をした夷吹イブキは、リュウの顔を見るなり首を傾げた。


「あれぇ? お父ちゃんはどっか痛いのぉ?」


 ──あ。


 ポツンポツンと服に雫が落ちている。

 リュウは『あはは』と笑って、夷吹イブキの頭をなでる。


「ううん。父ちゃんも元気。イブが大好きで、会いたかったから……会えてうれしいんだよ」


『へぇ~』と夷吹イブキはちょっと照れて、ふふふと笑った。


「『イブ』、も好き。あのねぇ……」

『アダムとイブだから、アダムを早く見つけたい』なんて夷吹イブキが言い出して、リュウの涙はピタリと止まる。


 父としては複雑。

 けれど、庾月ユツキと出会えて、結ばれて──知ったものはとてつもなく大きい。


 だから『そうだね』と、願う。


「うん、イブなら絶対、『アダム』と出会えるよ」


 ふと、泣き声が聞こえた。

 花月カヅキ令舞生ヨブキが、庾月ユツキに抱かれて泣いている。


 双子をなで、双子と夷吹イブキとの再会も見守る。


 ふと、視線を感じて動かせば──少女からすっかり大人になった庾月ユツキの姿。

 抑えめなドレスなのに、それがまた庾月ユツキの品格を底上げしている。それでも、リュウが結婚の当日に誕生日プレゼントで渡した黒いイヤリングも、約一ヶ月後にふたりで選んだ指輪も、今日も身に付けてくれていて──。


「きれいだね」

 思ったままを口にしただけなのに、庾月ユツキは赤面してうつむく。


リュウは……ますます格好よくなったのね」


 立ち上がって頬をなでれば、庾月ユツキの熱い視線がしっとりと見つめてきて──リュウは子どもたちの様子を横目で見て、スッと頬に口付けした。




 家族で大臣に顔を出し、『これからよろしくお願いします』と頭を下げる。


 庾月ユツキまで頭を下げたからか、大臣はすぐさま頭を上げるように言って、何だか恐縮してしまった。


瑠既リュウキ様からお聞きになっているかもしれませんが……すでにリュウ様のことは公表いたしました」

『これから数日続くかと思いますが、気を強く持ってくださいますよう……』と続いたが、リュウには実感が湧かなかった。




「一先ず、みんなで一度落ち着きましょう」


 庾月ユツキの提案にのり、

「こっちよ~」

 と張り切る夷吹イブキに付いていく。


 花月カヅキ令舞生ヨブキはすっかりソワソワしていて、周りを見渡し、

「すご~い」

「お姫様になったみた~い」

 とかわいいことを言い、リュウはつい頬がゆるむ。




 着いた先は、庾月ユツキの部屋だった。


 駆け足で入っていく娘たちに、

「気を付けるんだよ~!」

 と注意を投げ、庾月ユツキと目が合って幸せと笑い合う。


「久しぶりだね、庾月ユツキの部屋」

「二回目だから、少しは慣れたかしら?」

「この広さは、何年経っても慣れる気がしないよ」

「あら、夷吹イブキはもう慣れてるみたいだけど?」


 チラリと見上げてくる、仕草の破壊力が半端ない。


「ちいさい子の方が、適応能力が高いんだね」


 つい視線を逸らして言えば、

「まぁ……私も急激にかっこよさの増した旦那様に慣れる日がくるなんて、すぐには想像できないわ」


 鈴の音のような可憐な声がびっくりすることを言うから、リュウの視線は吸い込まれるように戻ってしまった。


 ふふふっと照れ笑いした庾月ユツキが、小走りで部屋の奥へと消えていく。


「あ、ちょっと……庾月ユツキ!」


 からかわれた感じが妙に恥ずかしくて、でもうれしくて。リュウ庾月ユツキを追いかける。




 奥のソファーでは、子どもたちが行儀良く座っていて。

 庾月ユツキが『リュウも座って待ってて』と言った。


 どこかへ歩き始めた庾月ユツキを追いかけ、そっと並ぶ。

 すると、庾月ユツキが『あれ?』と見上げてきたから、リュウは微笑む。


「お茶、久しぶりに俺が入れるよ」




 手触りのいい食器に触れ、リュウはお湯を注いで温め、湯切りする。


 茶葉を煎れてお湯を注ぎ蒸らす。そのとき、見られている気がして顔を動かす──と、庾月ユツキと目が合った。


「あ、ごめんね。つい、いい食器だなって……庾月ユツキも座ってていいよ」

「え、あ、うん……よ、よかったわ! リュウが気に入ってくれて!」


 ──あれ?


 やけに表情をやわらかくした庾月ユツキは、パタパタと子どもたちのもとへと戻っていった。


 ──こんなことが……前にもあったような……。


 記憶を遡ると、いくつも似たようなシーンが思い浮かんできて。


 ──じぃちゃんに言われて食器を見たときも……。でも、あのときは食器を見たかったんだよなぁ?


 思い出しては、自問自答する。


 しかし、今回は庾月ユツキの部屋の食器。思い出したどれにも、内容が当てはまらない。


『柚子は、リュウを見ていたいんだよなぁ』


 ふと、祖父が昔言った言葉が浮かんできて──。


 ──え?


 リュウは途端に顔が熱くなる。


 ──あれ……これって、そういう?


 これまでだったら気のせいと流せていたはずなのに、流せず。




 リュウは慣れているはずのお茶入れに、やたら時間がかかってしまった。

■キャライメージイラスト(暫定)


夷吹イブキ

挿絵(By みてみん)


花月カヅキ令舞生ヨブキ

挿絵(By みてみん)

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