★【24】愛された存在
「俺も父ちゃんになって……父ちゃんの気持ち、少しはわかったよ」
留は今晩、父と初めてふたりきりで過ごす。
布団一式を留の部屋に持ってきて、父が布団で寝ることになり──留は布団の上に座った父のとなりにちょこんと座っている。
あれから祖父が、今日は花月と令舞生を預かると言ってくれた。
それと、『綺に残るのか』、『庾月と一緒に暮らすのか』ゆっくり考えろとも──。
父は、留の部屋に入るなり、母の使っていた部屋だと言った。
「ねぇ、母ちゃんって……どんな人だったの?」
一瞬だけ父は目を丸くして、留から視線を外した。
そうしてグルッと何かを確認するかのように、部屋を見渡す。
「そうだな……色々自由奔放だったけど、それだけ心の底から笑ったり……怒ったりするような人、だったかな」
「母ちゃんが父ちゃんに一目惚れした?」
留は真剣に聞いたのに、父は吹き出すように笑った。
「それはない。ぜーったいない。俺の初見なんて逆に最悪だったんじゃねぇかな」
留は聞き間違いかと言葉を返す。
「そうかな? 父ちゃんかっこいいよ」
「お、それは惚気か?」
「え? 何で?」
「庾月がよく『留と俺が似てる』って言ってた」
──それは、言い方も正しくないような……。
そうだとしても、内容は妙に照れてしまう。
「じゃあ……どうして母ちゃんと付き合うことになったの?」
「そーだなぁ……好きって言われて、単純にうれしかったんだろぉな」
意外な言葉で、留はまばたきが早くなった。
「父ちゃんって、いっぱい告白されてきたと……思ってた」
父が祖父のように豪快に笑った。
「あー……、惜しいことしたな。そのままの印象にしときゃよかった」
父はグッと体を伸ばし、そのまま体を倒した。
「倭穏のお陰だな」
天井を見つめる瞳が、やけに遠くを見ているようで。しんみりと言った気が──その一言に、ギュッと想いが詰められている気がした。
「俺さ、倭穏に救われたんだよ」
クロッカスの父の瞳が、留に定まる。
──この瞳に……この人に、俺、ずっと憧れて……。
「留の存在にも、だ。だから、心身ともに投げ出すようなことはするなよ? 何があっても」
「はい」
どこかドキドキして留が答えたら、父は満足そうに笑って──起き上がったと思ったら、右手でワシャワシャと頭をなでられた。
すごくいい加減な、でもあたたかさがすごく伝わる、そんなやさしさだった。
留は思わずキュッとくっつく。
「おい、お前……もう三十一だろ?」
父の声が降ってきたから、
「そう。三十一年、我慢してたんだ」
『だからもっとなでて』と催促をした。
「しょうがねぇな」
父に笑われたけれど、子どものころに溜めていた寂しさがスッと消えていくような、ある種の浄化のようだった。
翌朝、留はカウンターで記帳のチェックを行っていた。ゆっくり考えていいという祖父の言葉に、甘える──つもりだった。
「留様」
視線を上げて心臓が止まりかける。
父の正妻だ。
十年くらい月日が流れてもわかる。いや、むしろ『様』付けで呼ばれると考えられる人は、留にはこの人しかいない。
「あとで……読んでください」
留はあいさつもできないでいたが、言わなきゃと感じたことをどうにか口に出そうと努める。
「あの、お願いがあるんですけど……」
父の正妻の差し出した手が下がり──もう一段下がって、留の言葉を待っているように見えた。
身構えている様子に、留は途端に申し訳なくなる。でも、どうしても──誰にも聞かれたくないと思ってしまった。
「様付けとかじゃなくて、その……『留』って、呼んでくれませんか?」
びっくりしたような顔された──が、瞬時微笑みに変わった。
「では、私からもひとつ……いいですか?」
ドキリとする。
でも、お願いをした。
だから受け入れてもらうには、受け入れなくてはいけない。
「はい」
留はそれなりの覚悟を持って返答をしたのに、予想外すぎる『お願い』がふんわりときた。
「『お母さん』って、呼んでほしいです」
「えっ……」
一気に父の娘たちと息子の顔が浮かび上がる。
庾月と婚約したとき、父の娘たちは『兄がほしかったから、願いが叶ってうれしい』と受け入れてくれて、歓迎をしてくれた。
父の息子は譲歩をしてはくれたが──やはり、『そこまで踏み込んではいけない』と急ブレーキがかかる。
「あの、でも……みんなみたいに俺、『お母様』って呼ぶ柄でも……」
「だったら、『母ちゃん』でいいじゃねぇか」
ふと父の声が聞こえて、留の視線はバッと変わる。
「いいですよ」
父の正妻の了承が聞こえ、留の視線は戻り、慌てる。
「いや、それは……ちょっと……」
言いながら父を見ると、どうしてか不満そうな表情を浮かべていて──。留は、真逆の意見を言うしかできなくなった。
「ん~……はい。じゃあ……『お母さん』で……」
いいのかなと思いながらも、父も、父の正妻も、とってもうれしそうに──なぜかふたりではしゃぎ始めた。
「瑠既様! 私、願いが叶いました!」
──願……い?
留が疑問に思っていると、父と目が合う。
視線を泳がせた父は、言いにくそうに理由を教えてくれた。
「俺に似た息子がほしいって、言われてた」
──すごい惚気を聞いてしまった。
しかし、ハタと止まる。
──あれ? 今……父ちゃんの奥さんに『似てる』って、お墨付きをもらった……ってこと、だよねぇ?
『え? え?』と照れとうれしさが半端なく。
髪の色も瞳の色も、父と違うことなど心底どうでもよくなってしまった。
父の正妻が渡そうとしていたのは、手紙だった。
留が受け取ったあと、双子に会ってくれて『孫』と言ってかわいがってくれた。
綺から片道一時間ほどのところにある克主研究所に、今は三女と父の正妻はいるらしい。
あの一番幼く見えた妹が──と思えば意外だが、立派だとも思った。
克主研究所といえば、庾月の妊娠と出産、子どもたちの定期検診など、たくさんお世話になった馨民と悠穂がいる。
結婚してからも庾月がしばらく『社会勉強』とたまに行っていたことも、懐かしい。
昼のピークが過ぎ、留は祖父に断りを入れて一度自室へ戻る。
受け取った手紙を広げ、多少の呼吸のしにくさを感じながら目を通し始めた。
留様へ
瑠既様が話されないと思うので、こっそりお伝えしようと思い手紙を書きます。
私は、留様が瑠既様を救ってくれたと思っています。
だから、とても感謝しています。
昔、瑠既様は行方不明になりました。そうして、あるとき留様のお母様の倭穏さんと一緒に、鴻嫗城に戻ってきました。
私は瑠既様が倭穏さんと結婚しようと思われたから、鴻嫗城に戻ってきたんだと思っています。
あのとき、倭穏さんは騒動に巻き込まれ、大けがをされて。『亡くなった』と聞きました。
けれどもし、そう聞かされていなかったら、私たちは絶対に結ばれなかったでしょう。
瑠既様の中ではずっと倭穏さんは生きていて、でも、現実は違って。ずっと苦しまれていたと思うんです。
瑠既様は留様を知ったとき、大変喜ばれていました。一緒に暮らしたいと願っていました。
そうできなかったのは、『お爺様から孫まで奪えない』と思われたからです。苦渋の判断をされたのだと、私は思っています。
留様に倭穏さんの面影を見られて、『そっくりだった。愛しかったし、うれしかった』とおっしゃっていたんです。
瑠既様を救ってくださって、ありがとうございます。
もし、克主研究所にお越しの際には、お呼びください。
鐙鷃城にも、いつでも遊びにいらしてください。城を継いだ彩綺を始め、留様をいつでも歓迎しております。
所々、留は何度も止まり、戻り、驚きながら繰り返し読んだ。
読み終わり、ギュウッと手紙を胸に押し当てる。
──ああ、だから初対面でもあんなに……みんな歓迎してくれたんだ。
これまで何も言わずに普通に接してくれた父を、改めてかっこいいと思う。
そして、さすがは父の正妻だと感嘆する。今にも涙があふれそうだ。
「庾月といい、父ちゃんといい……みんなすごい人たちばっかりだけど……俺、父ちゃんと母ちゃんの子に生まれて、よかった……」
留は引き出しの一番上の段を開け、両手を合わせる。
数秒後、写真立てに入った写真を見つめる。
「母ちゃん、産んでくれて……ありがとう。俺、もう……『愛人の子』なんて見られても、『違う』って胸を張っていられるからね」
手紙をきれいにたたみ、写真の上に手紙をおく。
「行ってきます」




