【23】自由にしていい
春になってしばらくして、三度目の家族写真を撮って送る。
夜の電話では庾月の誕生日をみんなで祝い、子どもたちが寝てから八年目の結婚記念日だとふたりで祝う。
後日、『柚子』から封筒が届いて。開封すれば、離れて暮らすふたりの写真が入っている。
仕事後に双子の娘たちと、届いた写真と手元にある写真を並べて飾る。
今年はみんなで白一色の服装に揃えた。二枚の写真を並べれば、思った以上の出来映え。
結婚式での衣装を思い出しつつも、娘たちもいる現状に胸がじんわりと熱い。
──こうして一年ずつ増えていくのも、何だかいいな……。
家族写真が一組増え、子どもの成長度合いが明確になる。
──夷吹は最近遣う言葉が……すっかりきれいになった。
先日は、『おとー様』と呼ばれたときにはびっくりした。
「夷吹は お姉さんになったね」
と返すと、もっと『お姉さん』な言葉が返ってきた。
「そーなのよ、私には花と舞っていう、かわいい妹がいるのよ! おかー様がね、かわいい妹も、大好きなおとー様も、私には守れるのよって、教えてくれるの! あのね、他のところで暮らすみんなにも、私がおとー様たちを思う気持ちと同じように、大事な人がいるんだって! だから、おとー様と妹たちを守れるように頑張れば、そーゆー人たちのことも、私が守れるんだって。だから、頑張りたいなって!」
まだまだ幼い娘の言葉に、留は感動してしまった。
すっかり夷吹は姫になった。
やっぱり庾月はすごい姫だったと感嘆した。さすがは世界に君臨する城の姫だとも思った。
大陸が違うからか、夷吹は言葉のイントネーションも随分変わってきている。
でも、その成長が留にはうれしかった。
きっと、鴻嫗城の姫になるというのは、こういうこと。
話し始めたくらいで鴻嫗城に行けたのは、夷吹のためにはよかったのかもしれない。
留が名に思いを込めたように、夷吹ならきっと、安寧の世を築いてくれるだろう。
新年が明け、忙しい日が続き、あっという間に家族写真を撮る日が近づいてきた。
春の足音が聞こえ、庾月の誕生日をみんなで祝い、一年に一度の楽しみが届く。
双子と封筒を開ける瞬間も楽しんで、四歳になったふたりに写真を並べてもらう。
同じ色の椅子に娘たちが座っている。留と庾月はその後ろ。だが、椅子が同じ色というだけでも、統一感がきちんと出ている。
──来年は、みんなでリボンを付けるんだよな……。
しみじみ結婚十年目に向かっていると、心が弾む。
花月と令舞生の踊りがだんだんきちんとした振り付けになってきた。
その変化を楽しんでいたら、季節が駆け足で過ぎていって。
夏も月見も、クリスマスも正月も大盛況だった。気付けばもう春はすぐそこで。そろそろリボンを用意しようと留が思っていたころ──店の電話が鳴った。
「よぉ」
留の目が大きく見開かれる。声を出せないほど驚いていると、更に驚愕の内容が聞こえてきた。
「え……」
「俺も、オヤジ孝行したいんだよね。だから、交代」
どういうことがと聞こうとしたら、
「じゃ、明後日な」
と電話は切れてしまった。
留は衝撃的な言葉を処理できず、祖父に言った方がいいと思いながらも口に出せなかった。
庾月に対しても同じで。ただ、心のどこかで──庾月が言わないなら、留が想像したようなことはないんだろうと、流してしまった。
しかし、留が受け取った通り、電話の主は数日後に現れた。
「よぉ」
十年ぶりくらいに会ったのに、月日を感じさせない若々しさで。
己の目を疑いつつ、前回は会ったときを思い浮かべ──庾月と婚約をしに鴻嫗城に行ったときだと着地する。
その前は、それより十五年くらい前で──今日は、その初めて会った日と同じような格好をしていると違和感に辿り着いた。
「父……ちゃん……」
「この間電話で言ったけど、今日から俺ここで働くから」
確かに聞いた。
聞いたのに、理解がまったく追いつかなかった。それは、今も同じで。
それなのに、父は淡々と話を進めようとしてくる。
「だから、留は鴻嫗城に行けって」
「え? 父ちゃん、ちょっと……え? どういう……」
「まぁまぁ、俺にもオヤジ孝行させてくれってこと」
これも、電話で聞いた内容と重複している。
ただ、留が聞きたい答えではない。
「で、でも……そうしたら今度は父ちゃんが……」
父の家族が今度はバラバラになると言おうとしたが、
「なぁに、妻も三女もこっちの大陸にきたんだぜ? それに、長女も息子もこっからの方が近い。まぁ、城を継ぐ次女とは離れるけど……みんな離れようが、家族は家族だから」
実にあっさりと。
『何も問題ない』と返ってきた。
それは──留ともずっと家族だったと言われた気がしてうれしいが、少し恥ずかしい。
「うちは親離れも子離れもしたから……留もそろそろ叔さん離れしてもいいんじゃねぇ?」
キュッと軌道が一瞬閉まった気がした。
──あれ? 俺が綺を継ごうと思っていたのって……。
「そういうわけだから。叔さん、またよろしく」
「『またよろしく』ってお前……俺ぁまぁたお前に色々教えるのか?」
「一から……とは、ならないはず。まぁ……二から三からになるかもだけど」
いつの間にか留のとなりにいる祖父は、ハァとため息をつく。
「仕方ねぇ……」
祖父の返答に、留は慌てる。
「待ってよ、じぃちゃん! 俺ようやく……」
「心配すんなって留。俺だって一応、綺には十一年いたんだから」
「それ以上のブランクだけどな」
「でも案外、留くらい使えるかもよ?」
「バカ言え。ソイツはもうひとり立ちしたぞ」
留が『入る余地がない』と口を閉ざした間に、なぜか父と祖父の視線が集まった。
「マジ?」
「ソイツはお前の十一年どころか、生まれてからずっと綺にいるんだぞ。しかもたった五歳で、数時間くらいならひとりで店番もしてたサラブレッドだ」
──それは褒めすぎでは……。
留は余計に言葉を発せなくなる。
顔が熱い。
でも、このまま引き下がるわけにもいかない。
「が、頑張ったんだよ……庾月も、もう城を継いだし……俺だってやれることはやんなきゃって……」
「へぇ……かっこい~じゃん」
父にまで褒められ、留は余計に恥ずかしくなって、つい視線を逸らした。
「じゃあさ、息子に負けてられないから。ビシバシしごいてもらわないとね」
「アッハッハ! なら、やってやるか! 瑠にソイツほどの根性があるか、試してやろう!」
「じゃ、そういうわけだから!」
──親子?
父と祖父の声が揃ったと思ったら、仕草まで同じ──敬礼のようなポーズをとっていて。
あまりも息がピッタリで、留は思わず疑いをかけてしまった。
けれど言われた内容は、決して微笑ましくないことで。
要は『綺を継がずに』、『鴻嫗城に行け』ということだ。
これまで留は、祖父の跡を継ぐつもりで生きてきた。
庾月と付き合ってからも、結婚してからも変わらなかったこと。
『綺から出ない』とずっと決めていたから──庾月とも、夷吹とも離れて暮らすことになった。
そう約束して結婚した。
だから。
それなのに──父にも、ましてや祖父にも『鴻嫗城に行け』と言われてしまった。
理由はわかる。
ふたりとも、言葉にしないけれど。
『庾月と一緒に暮らせ』ということだ。
もう、縛られるなということだ。
そんな留を見てか、花月と令舞生がキュッと留の服を握ってきた。
人見知りかのように留に隠れ、父に近づこうとしない。
「花、舞。お父ちゃんのお父ちゃん……えと、ふたりのじぃちゃんだよ」
一生懸命『怖くない』と伝えていたら、父が笑った。
「孫に俺の人見知りがうつったか」
すると、パッと双子の表情が変わって、
「寂しくない?」
「大丈夫、みんないるよ?」
と父を励まし始める。
スルリと握られていた手が離れ、双子が父へと歩いていった。
父は両手を広げて双子を迎え、ワッとハグする。
「ありがと」
ちょっとした違和感があった。
なぜか留は一瞬で心にモヤがかかったかのようになり──気付くと少し記憶が飛んでいた。
父がいつの間にかまた祖父と話していて、
「叔さんは、俺の『おとーさん』でいいんだよな?」
と抱き付いている。
祖父は『そーいうのはやめだぁ』と叫びながらも──留にはうれしそうに見えて。
父が、
「うれしいんだよ」
としんみり言ったあと、
「俺、甘えん坊だから」
と笑って離れる。
──また、これで……父ちゃんと、しばらく会えなくなるのかな……。
できることなら、花月と令舞生に一目でもいいから庾月に会わせてあげたいと思っていた。
一刻も早く、庾月にふたりを会わせてあげたいとも、夷吹にも双子を会わせたいとも、双子を夷吹にも会わせてあげたいとも。
感情がバラバラだ。
いや、感情がゴチャゴチャうるさくて、どうしたらいいのか──いや、そもそも何にそんなにモヤモヤしているのかが、わからない。
「ほら、どーした?」
「自由にしていいんだぞ」
父に続いた祖父の声。
「父ちゃんも……じぃちゃんも……ひどいよ」
留は走り出す。そうして、ポフッと父の背に抱き付いた。
「一日くらい、一緒に過ごさせてくれたって……いいじゃないか」
留は必死になって言ったのに──父にも祖父にも、なぜか大いに笑われてしまった。




