【22】未来の約束
きっと、『庾月』が母だと、気付いている。それなら早くにきちんと話した方が、きっといい。
「家族の前以外では、話しちゃダメだよ? ふたりを守るためだからね」
留がやさしくもしっかり言うと、ふたりは静かにうなずいた。
「おかーちゃんを『柚子』って呼んでいたけど……あれも、守るため。おかーちゃんも、綺も……おとーちゃんのことも」
「花と舞と……」
「おんなじ?」
花月と令舞生が、不安そうな瞳で留に問いかけてくる。
──ああ、『花』も『舞』も、『呼び名』だって……この子たちはわかっていたんだ……。
留はキュッとふたりを抱き寄せる。
「そうだよ。花月を『花』、令舞生を『舞』って呼んでるのと、同じだよ」
今度はふたりの頭をなで、顔が見える距離に離れる。
「蝶よ花よと、育てようと思ったのは本当。でもね……」
留は少し恥ずかしくなってしまって、双子の手をそれぞれ握る。
「花月は……花と月は、世界のどこにいても見ることができる。どこにいても存在を確認できる、そんな美しい存在って意味。令舞生は、美しい音色を響かせるように生きてほしいっていう願い。……名前は別々だけど、ふたりのその由来は合わせてひとつ……って、感じかな」
ふたりの顔を見れば、ちょっと考えているような表情になっていて。留は子ども相手に難しいことを言ってしまったと少し反省する。
「要はね、お母ちゃんみたいになってほしいって感じだよ」
パッと花月と令舞生の表情が変わり、ふたりがとも互いを見て、ニコニコとうれしそうに笑った。
「あのねー、『花月』はねー、きれいって感じで好きだけどぉ……『花』はねぇ、かわいいって感じで好きなのぉ」
「舞もねー、『令舞生』ぃって、きれーな感じなの好きぃでねぇ~、『舞』ってのもねぇ、踊りぃって感じなの好きなのぉ」
ふたりはちょっと左右に揺れながら、恥ずかしそうに留から手を離した。
かわいいと留が見ていると、ふたりはおずおずと手を繋いで、頬をほんのり染めて幸せそうに口を揃える。
「おとーちゃん、すてきなお名前、ありがとぉ~!」
目元がじんわりと熱くなる。──そのとき、電話が鳴った。
留はふたりの頬をちょっとなでて、急いで受話器を取る。
「お仕事、お疲れ様」
庾月を労えば、同じ言葉が返ってきた。礼を言って『ふたりに変わる』と言い受話器を渡せば──。
「おかーちゃんは、『庾月様』、なのぉ?」
開口一番の、花月の言葉にドキリとする。
留がまだ庾月に事情を話す前だったのに──受話器からは、庾月の『そうよ』とアッサリとした声がもれて聞こえた。
「そーなんだぁ!」
花月が令舞生をパッと見て、受話器を変わる。
「舞はねぇ、『令舞生』だよぉ!」
留がドキドキしていると、『お父さんに聞いたのね』と庾月の朗らかな声が聞こえてくる。
「そ~なのぉ~!」
「他の人には秘密なのぉ~!」
何だか楽しそうに話し始めて──留は『ああ、大丈夫だ』と己の判断に胸をなで下ろした。
たまに報道で見る庾月の姿も夷吹の姿も、
「きれ~ねぇ~」
と、花月と令舞生は『憧れ』として客人の前で話すようになった。
「そうだねぇ」
同意を留は返しながら、
「でも俺の中では花も舞も、きれいだからねぇ」
踊りが好きになったふたりを着飾りながら伝える。
いつの間にか、ちいさなステージが始まるようになっていた。
子どもならではの元気な踊りは、客人にも好評で、ちょっとしたアイドルのよう。
キチンへ戻った留は、ふたりが踊り始めたのを眺め、祖父にポツリと言う。
「母ちゃんって……踊り子だったんでしょ?」
「あ~、そうだ。ははっ、倭穏もあんな年くらいから、あ~やって踊ってたなぁ」
幸せそうな祖父の表情に、留はほっこりする。
──ちょっとは……じぃちゃん孝行ができた気がする……。
よかったと思う反面、庾月にも見せたくなって──そんな日が、くるといいなと願う。
庾月の誕生日がきて。年に一度の家族写真を今年は二枚撮る。
娘たちと、届いた写真を並べて『みんな集合だ』と笑い合う。
電話が鳴り反射的に出れば、
「すごくいいんだけど!」
と歓喜する庾月の声が聞こえてきた。
「そうだよね、すごくいい」
キャッキャッとはしゃぐ花月と令舞生に受話器を渡せば、両手で大切そうに持つ。
庾月と夷吹を、ふたりは『自慢の母と姉』と接していて。
留はついつい、終始笑顔で双子を見守る。
数十分が過ぎ、双子は徐々にまぶたが落ちてきて──布団に運んで、留はまだ繋がっている受話器をそっと持つ。
「俺たち、離れていても……ちゃんと家族をしているね」
「留のお陰よ」
「庾月が協力してくれるからだよ」
「だって、留の言うことがすてきなんですもの」
ほめてもらったと内心喜んでいたら、ふと、留の中に眠る思いを庾月が言った。
「会いたいわ」
庾月が言葉にしてくれたから、
「俺も。会いたい」
留も言えた。
「留は絶対かっこよくなってると思うのよね」
「そんなことないよ。今年三十だから、もうオジサンだよ」
「あら、留は伯父様の子だもの。伯父様に似てくると思えば、かっこよさが増してるだけよ」
父を思い浮かべれてみれば、滲み出るかっこよさしか浮かばない。
「父ちゃんを引き合いに出されると、ハードルが高いなぁ……」
『シャンとしてなきゃね』と留は笑う。
「庾月はますますきれいになったよね」
「あら、見ててくれてるのね?」
「もちろんだよ」
「でも、あれは撮ってくれる人の腕がいいだけよ? いいところを選ばれているから……本物を見られたら幻滅されちゃうかも」
庾月の謙遜に、留は思わず笑ってしまった。
「そうかな? あ~……まぁ、俺ならもっときれいにもかわいくも撮られるのに……とは、いつも思ってるよ」
そうは言ったものの、違う感情も湧いてきて。つい口走る。
「あー、でも……きれいな庾月も、かわいい庾月も、誰にも見せたくないなぁ」
独り言のように言ったのに、庾月はしっかり聞いていたようで──クスクスと笑い声が聞こえた。
「うれしいこと言ってくれるのね」
「会えない分、今必死に口説いてるからね」
「そうなの?」
「そうだよ」
真正面から留は気持ちをぶつけたのに、
「遠距離なのも悪くないって思っちゃったわ」
なんて庾月は言い、しかも楽しそうに笑っている。
「庾月」
からかわれた気になって、留が『やめて』と言うように名を呼んだのに、
「ふふふ、まだしばらく遠距離恋愛を楽しみたくなってきたわ」
やっぱり庾月は楽しそうで。
「今、絶対すごくかわいい顔してる……」
表情がまざまざと想像できる分、会いたい気持ちも強くなる。
すると、庾月がまたからかってきた。
「それも口説てるの?」
「これは感想だよ」
いくら頑張ってみても、庾月はただただ楽しいと笑うだろう──と想像して、留は早々に白旗を揚げた。
「そうだ。結婚十年目にはみんなでリボンでも付けようよ」
わかっている。
結婚十年目は、まだ先の三年後。
「すごくいいわ! ねぇ、何色がいいかしら……黒いリボンにする?」
「お祝いなのに?」
「あら、すてきな色なんですもの」
留は照れる。
どれだけ離れても、庾月は変わらないでいてくれる。
「じゃあ……俺は、クロッカスの蝶ネクタイを探しておこ」
庾月がクスクスと笑った。
「すてきな色だから、いいでしょう?」
「もちろんよ」
双子の娘も、庾月と同じクロッカスの瞳と髪の毛の色──だけど、やっぱり庾月の瞳も髪も見たい。
来年の話しをすると鬼が笑うというけれど、三年も後の話しだから、鬼は笑わないだろう。




