【19】心の隅に残るもの
異変だった。
仕事が終わって、自室に戻って──花月と令舞生が珍しく泣きわめいた。
赤ちゃんは泣くのが普通で、当たり前で、これまでもずっとそうで──だから留はすぐさま笑顔を向けあやし始めた──のに。
一向にどちらも泣き止まなくて。
泣き声がどんどん脳に貼り付いてきて。
庾月を、求めているように感じてきてしまって──。
「俺が……おと~ちゃんが、いるでしょ?」
ポツリと、漏れてしまった。
「おか~ちゃんに、会いたいの? 俺だけじゃ、駄目なの?」
弱音がボロボロとこぼれてくる。
泣き止まないふたりに、ついには涙まで落ちてしまって──。
「俺だって……俺だって、庾月に、会い、たい……」
ボロボロと落ちた涙が、止まらなくなって。ワンワンと一緒になって泣いていて。
子どもに戻ったかのように、声を上げて泣いていた。
息がしにくくなって。
頬を拭った手は、涙でぐしゃぐしゃになっていて。
しゃくりあげている。
こんな風に泣いたのは、いつ振りか。
いつまでも止まらない涙と泣き声に、留はプチンと何かが切れた。
ただ、次の瞬間には双子に意識がいって──花月と令舞生を抱き上げ、走り出す。
「じ~ぃちゃぁ~ん!」
時間も何もお構いなしに叫ぶ。
祖父の部屋がガチャリと開いて、糸目の祖父の目がバッチリと見開かれた。
「おう、入れ!」
祖父は留を見るなり招き入れてくれた。
それでも涙は止まらず、双子を抱え込んでうぐうぐと泣き声を堪え座っていると、コトリと何かが聞こえて留は視線を上げる。
湯飲みだ。
あたたかそうに、ほんわりとお茶が湯気をあげている。
「おう、留。ちょっとの間、花と舞を抱かせてくれや」
少しぼんやりしたからか、祖父から手を差し伸べられた。
「うん……」
双子を預けようとすると、代わりに留の側にはティッシュが置かれる。そして、双子を手放した留は、今更気付いたように鼻をかむ。
双子の泣き声が収まってきて、徐々に留の涙が止まり、呼吸がしやすくなってきた。
──しっかりしなきゃ……。
庾月が残していってくれたのだから。
大事な娘たちを、託されているのだから。
──しっかりしろ!
父なのだから。
──親が不安定になったら、子どもたちが不安がるのは……当たり前だ。
またポツンポツリと落ちる涙をギュッと拭う。顔を上げれば、祖父が花月と令舞生と笑い合っていて。
──じぃちゃんは、さすがだな……。
尊敬の眼差しを送る。
「じぃちゃん、ありがとう。もう、大丈夫だよ」
声をかけると祖父は、『ん?』と顔を向け、
「とりあえず、茶を飲め」
と気遣ってくれた。
一口飲むと、すっかり冷めていて。
──結構泣いてたんだな……。
胸にぽっかり空いた大きな空洞をしっかり自覚したとき、
「そりゃ、ふたり面倒みるんじゃ、大変だろうよ」
祖父がポツリと言った。
「こうやって、いつだって頼ってきて……構わねぇんだからな」
翌朝、留は目を覚まして驚く。
あのまま祖父の部屋で寝てしまったらしい。
かかっていた布団を懐かしいと触れて、すっかり子どものころに戻った気になる。
祖父がいる。
その事実に、安心をした。
けれど、次の瞬間にはきちんと『今』に戻って、双子に意識が向く。
「おう、起きたか」
「じぃちゃん」
祖父はすっかり身支度を済ませていて、少しの気まずさから横目で時計を見る。
「ごめん。いつもより寝た……ねぇ……」
「構わねぇよ。ほら、支度しな」
「うん」
パタパタと顔を洗い、髪を整え戻ってくれば──双子の身支度もほとんど終わっている。
手助けに感謝して、双子とちょっとじゃれて、『仕上げ』と言わんばかりに前と後ろでふたりを抱える。
留が記帳に向かおうとすると、
「悪いが、ちょっとやんなきゃなんねぇことがあるから……しばらく任せるわ」
唐突に祖父が言ってきて。
パチクリとしたまま、
「わかった……」
と返し記帳に向かう。
カウンター作業を終えても祖父は来ず。だからと言って待っているわけにもいかないと、留はパタパタと食堂へ向かった。
一直線にステージに向かい、
「今日は早くからでごめんね。ふたりで仲良く遊んでるんだよ」
双子をなでて、駆け足で掃除をし、仕込みを行う。
──キッチンからだと、花月と令舞生が見えにくいんだよな……。
意識が散乱しそうになるのをグッと堪えて、なるべく集中──と切り替えようとしても、生後7ヶ月弱では気が気でもなく。
ただ、わかってはいる。
ふたりを囲っている範囲に段差はない。何か凶器になるような小物もない。クッション性のある物が敷かれていて、他は布団があるくらいだ。
何度も身を屈めて見て、様子の見える範囲に行って──としていたら、
「おうおう、悪かったな!」
と、祖父がやってきた。
スッと滑らかに空気が体に入ってきて、留は身が軽くなる。
思うほど準備ができていない旨を謝ると、祖父は『お互い様だ』と言ってくれた。
こうしているうちに常連客が顔を出し、留は接客に入る。
「できるだけ見てるから、頑張んなよ」
激励をもらい、留は感謝を返す。
そんなやりとりが何回か繰り返され、留は心の隅に残っていた昨日の痛みを『何だったのか』と流せた。
夕食の忙しさが過ぎ、明日の用意を留がしようとしたとき、
「今日はもう上がっていいぞ」
祖父は『朝の代わりだ』と付け加えてきた。
そう言われてしまうと留は、気遣いを受け取るしかなくなり、
「じゃあ……言葉に甘える」
と双子に駆け寄ろうとしたところで──。
「ああ! これを持ってけ!」
祖父の声に振り向くと、紙袋を渡された。
「え?」
「ああ、部屋に戻ってから開けてみな」
そそくさと祖父がキッチンへ戻っていき──留は従うことにした。
双子を抱っこ紐で固定し、自室へ戻る。そのままふたりを寝かしつけ──祖父から受け取った紙袋に視線を投げた。
おもむろに覗くと──利便性を第一にと、店内に導入していた物が入っていた。
留には疑問符が浮かぶ。
子機付属の電話──を留は紙袋から出し、見つめて考え込む。
──考えても仕方ない、か……。
ふぅと息を吐き、『まさか部屋に設置するとは』と配線を位置を見ながら設置場所を検討し始める。
ベッドの側に配線がある。手を伸ばして刺し、庾月がいなくなって広く感じていた枕元に、子機も電話本体も置いた。
入っていた説明書を見れば、
『留守のときは必ず留守番機能のボタンを押すこと。戻ったら必ず留守番機能を解除すること』
と、書かれている。
留は首を傾げる。
けれど、基本操作なら覚えなくてはと、何度かボタンを押し色を確認──していると、控えめなコールが鳴った。




