【18】約束通り
「ねぇ?」
庾月のかわいさに、口元をゆるめたままで言えば、
「そうよ……」
と庾月が視線を逸らしたから、
「大好きだよ」
囁いて、唇を頬に落とす。
離れると吸い寄ってきた庾月の瞳に捉えられて、頬に触れ──やわらかい髪が留の手に絡まり、愛しさが降り重なってきた。
愛おしいクロッカスの髪に口づけをして、スッと頬を寄せる。庾月の熱を感じ首元の脈打つリズムに安堵する。
ゆったり、ゆったりと愛に浸っていく──。
愛情表現で、庾月とは少しのズレを感じてはいる。
育ってきた環境のせいかもしれないし、男女の差かもしれないし、単純に個人の差かもしれない。
でも、それを妥協ではなくて、埋め合うのが夫婦なんだろうなと──何となく留は思うようになった。
片方だけが満たされるとか、満たされないとか、そうではなくて。
互いに満たし合う方法を探って、幸せになっていく努力をしていくものなんだろうなと。
──俺って、変わってるのかもしれない……。
互いの瞳に互いしか映っていないと断言できる、五感のすべてを使って感情を交し合っている最中で度々、妙に冷静になってしまう。
庾月が大好きだし、愛しているし、とてもかわいいと思うのに。
愛情の確認は互いにできたと、満足して終わりにしてしまいそうになる。
心地よい安らぎも、止められないほどの高鳴りも、どちらも感じているのに。
「留?」
そんなときに限って庾月が不安そうに呼ぶから、『大事だよ』と伝え続ける。
留自身も、庾月に触れなければ埋められないほどの想いを抱えたことがあるから。
義務──とはずい分違う。
確認作業──と言えば愛がない気がする。
特別だって、理屈じゃなくわかりたい──そんな感覚に近い。
目が覚めた留は、庾月の寝顔を見て妙にドキドキとして──思わずチュッと口づけすれば、パチリと庾月は目を開けた。
「おはよ」
まるで起きていたかのような庾月に、留は照れる。
「おはよう」
すると庾月はクスリと笑って、手招きをした。
──何だろう?
留が耳を近づけると、今度は庾月からしてきて。留は全身で照れてしまった。
「ふふふ、私が起きてたと思ったんでしょ? 違うわよ。留は私の王子様だから目が覚めたのよ?」
──絶対かわいい顔してるなぁ……。
想いとは裏腹に庾月の顔は見られず、降参ですと言うようにくっつく。
「前から庾月は俺のこと、そう言うよね」
「だって、そうなんですもの」
「俺は王子様じゃないよ?」
「私にとっては唯一無二の王子様よ?」
とっておきの特別枠はうれしい。でも恥ずかしさは重なりすぎて、どうしようもできなくなってしまった。
「私の大事な、特別な人」
「それは、俺も同じだよ……」
瞬時、頬にキスをされた。
反射的に体を離してしまったら、庾月がふふふと笑い、
「残念だけど、もう朝ね」
と胸元を隠す。
「うん」
留はお陰で少し切り替えができて、身支度を済ませる。
子どもたちが起きればそれぞれに構い、双子を前後におぶった。
夷吹と手を繋ぐ庾月と手を繋いで、今日もまた、一日が始まる──そう、思っていたのに。
「柚子!」
慌てた様子の祖父の言葉で、一日が変わってしまった。
「母ちゃんが危篤になったって、さっき連絡があってよ!」
ドクンドクンと嘘みたいに体が揺れそうで。
「一時間後に専用の船が……」
途中から祖父の声が聞こえなくなって──。
──こんな日が、いつか来ると……わかっていたのに……。
庾月の顔を見て、グッと意識を入れ直す。
「戻ろう。俺も一緒に、用意するから」
力の抜けた庾月の手をギュッと握り、来た道を戻る。
長い別れの始まりだ。
終わりは──どうしたらやってくるのか、わからない。
結婚をふたりで決めたときの約束通り、庾月は長女を連れて最高位の姫に戻っていった。
「必ず会おう」
「ずっと『家族』でいよう」
「愛している」
何度も何度も、言い合った気がする。
風が吹いている。
町中よりも時折強い風は、港風だ。
抱っこ紐から花月を外し、庾月に抱かせる。
その間に留は令舞生を抱っこひもから外して──花月を受取り、令舞生を渡す。
花月をまた抱っこ紐で支え終わったころ、庾月から令舞生を受取り、同じ動作を繰り返す。
夷吹の頭をなでると、クロッカス髪の毛はしっかりとした髪の毛が多くなっていて──そんな折、夷吹がキュッと留の服を握った。
ジッと見てくるクロッカスの大きな瞳に、気が取られる。
「柚子似だね」
「あら、目の形は留にそっくりよ?」
庾月の視点に、思わず笑みがこぼれた。
「そうかなぁ?」
「そうよ」
面影があると言われたのが妙にうれしくて、夷吹のちいさな手を頬に寄せる。
「俺が父ちゃんだからね」
キュッと服をつかむ手を握った瞬間──。
──忘れないでいてほしい。
浮かんできた想いに目元がじんわりとして、留は咄嗟に思考を止める。
思わず庾月を抱き寄せていた。
「愛してる」
こうなると知っていたんだから、夷吹をもっと庾月に任せていればよかった。
「花と舞を、よく見てあげて」
こうなると知っていたのに、結婚する前はこんな場面を想像できなかった。
「ずっと『家族』でいよう」
こうなると知っていたのに、姉妹を一緒にいさせられるよう、話し合えなかった。
「必ず会おう」
大きく息を吸って、留は目を覚ました。
ボロボロを涙が落ちて、見送ったときの感情があのときよりも強く残っている。
体を起こしてみても感情は去らず、一週間経ってなぜこんな再現をされたのかもわからない。
双子用のベッドでは、ふたりがまだスヤスヤと眠っていて──留は顔を洗いにいく。
バシャバシャと流せば感情も一緒に流れていってくれて、ふと、昨日の報道が頭を過った。
双子の名が公表されたあと、庾月のコメントが流れた。
『双子の娘たちも、夫と同じように一般の方ですから……ふたりのことも、そっとしておいてください』
庾月の発言は花月のことも、令舞生のことも──留のことも守るためだ。
それなのに──明確な一線を引かれてしまったように感じてしまった。
サッと着替えて、髪を寝癖がないよう整える。
ふたりの着替えを準備して、どっちから起きるかなと声をかける。
「おはよう」
すると、花月も令舞生も同じように手足を動かして──同時に目を覚ました。
留はハハッと笑う。
両手で同じようにふたりに触れて──でも、着替えの順番も、抱っこをする順番も決まっている。
「さて、花月から準備しようね」
留は花月をおんぶして、令舞生を抱っこする。
あれから祖父が食堂のステージを子どもの遊び場に変えてくれて、
「ここならたくさんの目があるからな」
『常連の目はた~くさん使え』と豪快に笑い飛ばしてくれたから、留は忙しさのピークには手を離すようになった。
──じぃちゃんは俺のときも、母ちゃんを育てたときも、きっとこうしてたんだろうな……。
これまで見守ってくれていたのは、やっぱり愛情だったんだろう。
食堂に双子がいれば、留はいつでも目が届く。声も聞こえるし、寂しいとは感じない。
「柚子ちゃんとイブはど~した?」
声をかけてくれる客人は、心配してくれているとわかるから、
「柚子のお母さんが体調悪くて……イブも連れて、元気出してもらえればって行っているんですよ」
と、嘘ではない範囲の言葉を返す。
「早く帰ってくるといいなぁ!」
「ええ、本当に」
みんながやさしい。けれど、少し、そのやさしさが痛い。




