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愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす ~思い出すは、君の名~  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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【16】誰かを守ることなら

「柚子が『リュウ』って呼ぶからじゃない?」


 すると祖父が、クルリと庾月ユツキの方を向く。


「柚子は何て言われんだ?」


 きょとんとした庾月ユツキは、首を傾げる。


「『う~』?」


 庾月ユツキの返答に、リュウは思わず声を出して笑う。


「え、でも……私を呼んでいるか、リュウを呼んでいるかはわかります!」

『ね? リュウ?』と庾月ユツキが言った──そのとき。


「う~!」

 

 夷吹イブキの声が高々に上がった。


 クスクス笑いながら、リュウ庾月ユツキに返す。


「あ、今のは俺を呼んだね」


「本当かぁ?」


 祖父がからかうように疑いをかけてきたが、

「ええ、私も今のはリュウを呼んだと思います」

 庾月ユツキがすぐに同意してくれた。


 呼ばれたと公言したリュウは、夷吹イブキをあやし始める。


 キャッキャッとはしゃぐ夷吹イブキは、リュウの指をつかんだ。

 些細な仕草にリュウの心は大きく波打つ。


 思わず抱き上げたとき、庾月ユツキの声が聞こえた。


「あの……また裏の部屋を使わせてもらっても……いいですか?」

「どうかした?」


 祖父に了承を得ようとしていた庾月ユツキに、リュウが聞く。すると、想定外な言葉が返ってきた。


「歩かせないと」


 そう言われてリュウ夷吹イブキを見つめ──たが、名残惜しそうに庾月ユツキ夷吹イブキを預けようとする。


庾月ユツキと同じく十ヶ月くらいは、体感したかったのにな」


 ポソリと本音がもれた。


「重さがまったく違うわ」


 庾月ユツキが笑う。


 夷吹イブキ庾月ユツキがしっかり抱っこしたところで、リュウは手を離した。


「何かあったら呼んでね」


 そうして庾月ユツキの背が見えなくなったころで、リュウはハッとした。


「そうだ!」

 何かを手取り、後を追いかける。




 食堂裏の簡易的な部屋に顔を出せば、庾月ユツキが座っていて。夷吹イブキをハイハイさせようとしていた。


 リュウは『すぐ来ちゃった』と笑いながら部屋に入り、庾月ユツキに持ってきた物を渡す。


「懐かしい」


 庾月ユツキが喜んだのも束の間。

 チンチンチンと、庾月ユツキが受け取った呼び出しベルを夷吹イブキが何度も叩き──庾月ユツキリュウも、思わず大笑いした。




 午後になると、リュウは合間を見て食堂裏の部屋に顔を出す。


 夷吹イブキは自発的な行動が増えていて、そのせいもあってか顔立ちもハッキリして見えた。

 瞳の色だけではなく、髪の毛もしっかりとクロッカスと認識できるようになったと改めて意識する。


「あら、リュウ!」


 庾月ユツキの声にハッとし、となりに座る。


「こうやって俺たちも見守られて育ったんだね……。じぃちゃんに感謝しなきゃ……」

「私も、よくお父様がいてくれたらしいの」

「そうなの?」


 リュウの問いに庾月ユツキは首肯し、続ける。


「だからリュウがこうしてそばにいてくれるのを見ると、すごくうれしくなるのよね」


 気恥ずかしくなり、思わずリュウは視線を逸らす。

 ふと、夷吹イブキがじぃっと見ていた。──と同時、呼び鈴を何度も鳴らす。


 リュウの頬はゆるんでしまって、『おいで』と呼びかける。


 すぐに夷吹イブキの手は呼び鈴から離れ、その手はリュウの膝に乗った。


「イブってね、抱っこしてると俺のことジ~ッとよく見てるんだよ」


 リュウはついつい夷吹イブキを抱き上げる。


「柚子に似てるなってうれしくなるし、頑張れる」


 ギュウッとリュウをつかむちいさな手からは、赤ん坊独特の体温が伝わってきた。

 庾月ユツキと付き合う前には想像できなかったあたたかさを胸に感じ、意図せずしんみりとした言葉が出る。


「ありがとね」


 ──いつか、この手を……迷わずに離さないといけないんだ。


 同時に浮かんだ想いに気を取られる。


 ()()()()を生々しく想像できてしまった。リュウは慌てて夷吹イブキ庾月ユツキに預ける。


「戻るね」

 いてもたってもいられなくなってしまった。


 涙がじんわりとにじんできてしまって。なぜか庾月ユツキに気付かれてはいけないと、咄嗟に背を向けた。




 食堂に戻るとすぐ、

「大丈夫か?」

 祖父が声をかけてくれて、『うん』と返す。


「イブが何度も呼び出しベル鳴らしちゃって、驚いたでしょ? ごめんね」


 リュウ自身はいつも通りに話せたと思ったのに、祖父は横目で奥の部屋に視線を送る。


「一緒にいたかったら、もっと行っててもいいんだぞ?」


 ドキリとして、数秒視線が泳いでしまった。


「そんな顔……してた、かな?」

「お前は俺の孫だから、嘘つくのがヘタなんだよ」


 あっはっはと祖父が豪快に笑う。


「じぃちゃんも嘘をつくときがあるの?」

「あ~? 生きてりゃそりゃ、『つかないといけない嘘』もあるってもんだ」


 あんまりにもサラリと祖父が言うものだから、リュウの知らない過去の祖父に、そういうときが『あった』と思わざるを得なかった。


「そっか。……そう、だよね。ついていい嘘もある、よね……」


 ──きっと、誰かを……何かを、守ることなら。


「あ~……あれと似てるな。何だ……護身術、だっけか? いつだったかリュウは覚えただろ?」

「うん」


 宿屋という職業柄、リュウは生まれたときから色んな客を見てきた。中には『客』とは言えないような人物もいて──でも、祖父は人柄なのか、体格がいいのもあるのか──細目の祖父が目を見開けば、大抵の者は大人しくなる。


 ただ、そうでない者も少なからずいて──リュウは対策として、護身術を独学で身に付けた。


「肝は同じだ」


 なるほど──と腑に落ちる。変に罪悪感を抱くものではないと。


 リュウは、ふふっと笑う。


「じぃちゃんの言葉って、やっぱりわかりやすいや」




 何でも子どもはおもちゃにしてしまうと知り、更に数ヶ月が過ぎた。


 何だかんだ、リュウは仕事中でも夷吹イブキをすっぱりと手放していない。

 昼前までは夷吹イブキを抱えながら仕事している。


 その間は庾月ユツキも一緒に働いていて、夷吹イブキを忙しさのピークを迎える前に、リュウから引き受ける。

 そうして食堂の裏の部屋に行き、夷吹イブキを自由に動けるよう見守っている。


 変わらず庾月ユツキ宛てに克主ナリス研究所から郵便物は届くのに、庾月ユツキは以前のようには行かなくなった。


 夷吹イブキが生まれてからも、数週間に一度は馨民カミン悠穂ユオが検診にやってくる。

 庾月ユツキ夷吹イブキの検診だが──庾月ユツキが妊娠してから、これまで届けに行っていた書類の回収は、どちらかが来たときに渡しているらしい。


 以前ふしぎに思ったリュウが聞き、教えてくれた。


「もう行く必要がなくなったのよ」


 当初、庾月ユツキはそう言ったから、リュウは目を丸くした。すると、

「実は、私の勉強の機会だったの。そうね……平たく言えば『社会勉強だった』ってところかしら」

 と、わかりやすく教えてくれた。


「もったいないね」


 ポロリと出た本音に、庾月ユツキが『え?』と言ったから、リュウは言い改める。


「もう、きれーなかっこの庾月ユツキが見られないんだなって思っただけ」


 リュウは本当にちょっと残念だったのに、庾月ユツキは『もう!』と照れていて。

 でも、近くにいてくれるのはうれしくて。


 何ともリュウには自身の感情がつかめなかった。




 結婚四年目が過ぎて数ヶ月後。


 少し早めだが、夷吹イブキの一歳半の検診に馨民カミンが久しぶりに来てくれると聞いた。


 ちょうど十二日。

 リュウ馨民カミン悠穂ユオと、その家族へ日頃の感謝を込めてケーキを作った。


 ──夷吹イブキも少しなら食べられる時期だし、そろそろあげてみようかな。


 庾月ユツキとの約束で始まった毎月のケーキ作りなのに。我が子に食べてもらえると思うと、リュウはあっという間にいくつものケーキを作ってしまった。


 リュウが仕事をしているうちに馨民カミンが来て、昼過ぎには検診が母子ともに終わり。

 馨民カミンに礼とともに『家族と悠穂ユオさんにも』とケーキを渡す。


 そうして、ケーキを家族三人で食べようとしたとき──。


リュウくん、ちょっとお話ししてもいい?」


 ふいに、馨民カミンに呼ばれた。

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