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愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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【15】誰が一番かなんて 

 庾月《ユツキ》が妊娠中に医師から聞いた言葉だ。

 言葉の意味が、追いかけてくる。多少息苦しい。体が強ばっていきている。


 言うべきときがきてしまった。

 留《リュウ》は大きく息を吸う。


「出産って、大きな事故に遭ったのと同じくらいダメージが体にあるって言うんだから。まだ絶対に安静」


 産後、まだ三ヶ月半弱。しかも船の長旅から戻ったところ。


「いくら庾月《ユツキ》が甘えてきたって、医師が許可を出したって。半年間はチューとハグ以上はしません」


 断固として宣言し、留《リュウ》は頬を膨らませる。


 それに対し、庾月《ユツキ》は明らかにションボリとした。


「でも……」

「また焦ってるの?」

「だって……もし……」


『もし、このまま離れることになったら』


 留《リュウ》がこの十日間で何度も浮かべてしまった未来。庾月《ユツキ》が言わなくても、同じように思い浮かべていると想像できる。

 だから留《リュウ》は、きちんと言うと腹を括った。


「この際だからハッキリ言うけど。俺、子どもを『自分の寂しさを埋める道具』にするつもりはないから」


 いつにない強い口調に、庾月《ユツキ》は驚いただろう。大好きなクロッカスの瞳が見開かれても、留《リュウ》は言うのをやめない。


「夷吹《イブキ》は大事。庾月《ユツキ》も大事。これから先、また授かったなら、その子も大事。誰が一番かなんて、俺には選べないよ。……それでもね、大前提は庾月《ユツキ》を失いたくないってこと」


 強い言葉を含めても、庾月《ユツキ》はジッと聞いてくれている。

 その視線がうれしくて、でも見ていられなくなって、留《リュウ》は視線を外した。

『これまで言うつもりなかったけど……』と続ける。


「俺の母ちゃんは、だいぶ無理して俺を産んだんだよね。母ちゃんの母ちゃんもそう。だから、庾月《ユツキ》のお腹に新しい命が宿ったって聞いたとき、すごくうれしかったけど……すごくすごく、怖かった」


 じんわりと涙が浮かんできて、留《リュウ》はグッと右手で左手をつかんだ。


「庾月《ユツキ》に万が一があったら、なんて思ったら……庾月《ユツキ》を失うかもって思ったら、俺……正直『子どもなんていらない』って何度も何度も思った。でも! そういうわけにもいかないじゃん。だから俺、何とか耐えたんだよ」


「留《リュウ》……」


 ボロボロと涙が落ちる。

 庾月《ユツキ》の妊娠を知って、うれしさと怖さの間で何度もさまよった。何でも庾月《ユツキ》に言えていたのに。出産に挑む庾月《ユツキ》本人に、口が裂けても言ってはいけないと口を閉じた。


 留《リュウ》の恐怖は拭えない。だがその恐怖を、これから立ち向かう本人に共有してはいけないと抗った。


 もしかしたら庾月《ユツキ》は、また子を宿してくれるかもしれない。そんな幸せを想像して尚更、留《リュウ》はひとりもがいた。


 それなのに──いっそのこと、結婚しなければよかったのではないか。そんな風に、プロポーズをされたときと同じような感情まで抱いて。尚且つ、離れた十日間でもう『元には戻れない』と真逆の感情を思い知ってしまった。


 涙を拭っていると、ふわりと頭にやわらかい感覚が伝わってきた。

 庾月《ユツキ》の手だ。


「俺を、ひとりにさせたくないんでしょ?」


 やさしさが痛くて、責めるような言葉が口をついた。


「庾月《ユツキ》のやさしい気持ちは、わかってる。夷吹《イブキ》も無事に生まれてきてくれて、庾月《ユツキ》も無事で、よかったって思うし……感謝しかないよ。でも、まずは体の回復に努めてほしいし、自然に任せてほしい」


 ふわりふわり触れられていた感覚が、ピタリと止まった。


「そうね……」


 頭上のあたたかさが、ズシリと重い。


「私たち……子どもたちをバラバラにしないといけないかもしれないって……子どもたちへの犠牲を、覚悟して……結婚したんですもんね」

「ごめん……強く言いすぎた」


 庾月《ユツキ》の方が想像力も、理解力も、いつも上だ。留《リュウ》は先日、夷吹《イブキ》と離れて初めて『子どもたちを離す未来』を想定した。


 庾月《ユツキ》が首を振る。


「留《リュウ》が私の体のこと、そんなに考えてくれているんだって……とってもうれしい」


 にこりと微笑んだ──と矢先、

「甘えていっぱい抱きついちゃお!」

 と、庾月《ユツキ》が抱きついてきた。


「大好き」


 庾月《ユツキ》が頬に軽いキスをしてきた。

 これは──『恋人の証』と付き合った日に庾月《ユツキ》が言った愛情表現。まざまざと再現されては、留《リュウ》は過剰なまでにドキドキとする。


「俺も」


 留《リュウ》も同じように庾月《ユツキ》に返す。


 まるで最初の日に戻ったようだったのに、

「『愛してる』だったら?」

 と、庾月《ユツキ》が鴻嫗《トキウ》城の仕来りに基づいて──キスを要求してきた。


 その上目遣いが、初(・)め(・)て(・)を促されたときを思い出させて、留《リュウ》は胸が苦しくなる。


 ──ヤバい……。かわいい……。


 思わずあ(・)の(・)と(・)き(・)と同じように、勢いに感情を乗せてしまいそうになる。


 ジッと留《リュウ》を見ていた庾月《ユツキ》がスッと瞳を閉じて、唇が吸い込まれそうになって──留《リュウ》は意識的にずらした。


 庾月《ユツキ》の口元に触れた、自身の唇を秒が刻むかどうかくらいで素早く離す。


 抱き締める距離から、個の距離になって。寂しげに開いた庾月《ユツキ》の瞳は、すぐに留《リュウ》を捉えた。


「チューはいいんじゃないの?」


 不満そうに言う庾月《ユツキ》はかわいすぎて、留《リュウ》は見ていられずに視線を逸らす。


「夷吹《イブキ》が見てる」


『もう!』と庾月《ユツキ》が胸に飛び込んできた。

 留《リュウ》はしっかり受け止め、照れて笑う。


「両親が仲良しなのは、いいことだわ」

「そうなの?」


 留《リュウ》は本当に知らないから聞いたのに、

「そうなの!」

 庾月《ユツキ》が照れながら全肯定してきたら、留《リュウ》はまた同じように笑った。




 翌朝から留《リュウ》は、これまでのように夷吹《イブキ》を背負って仕事を始める。


 ただ、二週間ぶりだからか意外に疲れ、

 ──夷吹《イブキ》って、少し離れただけでずい分大きくなってる……。

 と、子どもの成長の早さを実感する。


 うれしい一方、知らない間の成長に、疲れを感じていても離す気にはならず。むしろ──そんな矢先、

「う~、う~!」

 夷吹《イブキ》が留《リュウ》の服の首回りをつかんだ。


 くりくりとした大きなクロッカスの瞳が、じぃっと留《リュウ》を見つめている。


 庾月《ユツキ》と同じ色彩につい頬がゆるんで、留《リュウ》は首元にある夷吹《イブキ》の手を握る。


「ん~?」

 トントンと上下にちいさく振れば、夷吹《イブキ》はキャッキャッと笑い声を上げた。


 すると祖父が横から覗き込んできて、ボソリと言う。


「イブは留《リュウ》のこと、『とーちゃん』って言わねぇなぁ?」

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