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愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす ~思い出すは、君の名~  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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【14】大仕事

 少しでも分け合えたらと思ってみても、不可能で。リュウのできることといえば、こうして手をあたためたり、辛そうなら背をさったり、そういうフォロー程度だ。


 ふと、頭をポンポンとなでられた。

 そのままなでられて、心が落ち着いてくる。


 ──甘えているなぁ……。


 不甲斐ないと、申し訳なくなる。

 一方で庾月ユツキが赤ん坊に向けた視線を思い出した。


 ──俺って『母親』を……初めて知るんだ。


 でも、『父の理想像』は知っている。

 リュウは背を伸ばし、庾月ユツキに向き合う。


「俺も一緒に、『父親』になっていくからね」




 リュウは娘を夷吹イブキと名付けた。


『長女』は、遠い地で『姫』になると生まれながらに決まっている。それも、世界で最高位の姫で、後継者だとも決まっている。


 だから──おだやかな風が吹くように。

 争いのない世でありつづけるように。


 いつかは離れるときがくると決まっている我が子の名に、リュウはそんな願いを込めた。




 翌日からリュウは専用の紐を使い、夷吹イブキを抱っこしながら働き始める。


 客に名を聞かれれば、

「『イブ』っていうの。『息吹く』から付けたんだよ」

『いい名前でしょ?』と自慢をして。


 常連客がくれば、

「かわいいでしょ」

 とも自慢した。




 庾月ユツキは体調回復をするまで休んでいたが、

「大変でしょう?」

 と、営業中に夷吹イブキの世話を交代すると申し出てくれていた。


 けれど、リュウは、

「柚子だけ十ヶ月近くも……イブがお腹にいたなんてずるい」

 と言って、夷吹イブキが寝るまで離さなかった。




 そんなリュウ夷吹イブキと離れたのは、夷吹イブキが生後三ヶ月になったころ。

 庾月ユツキが一度、『跡取りの姫』を鴻嫗トキウ城へ連れて帰ることになった。


 リュウはようやくおんぶもできるようになった夷吹イブキをいつものように抱っこひもで抱え、庾月ユツキと船着き場まで見送りに行く。


 庾月ユツキが船に乗り込む前に、背中の結び目をといてもらい──抱える夷吹イブキの重みが、次第に腕に伝わってきた。


 その瞬間に真逆の感情が立ち上がってきて、グッとリュウは涙を堪える。


 スルリと肩から紐が離れて、リュウは半回転する。


「気を付けて」

「ありがとう」


 リュウを見ていた大きなクロッカスの瞳が庾月ユツキに動いて、でも、ちいさな手が服から離れず。


「あ」

 リュウは引っ張られるように一歩動いた。


「あ~……」

 無理に離したくないと、服から指を握らせ──ると、ちいさな手がふわりと庾月ユツキへと動く。


「やっぱり、イブは庾月ユツキが大好きだね」

「あら。今はお腹が空いているだけで、夜になったら大泣きするかもしれないわ」


 ふふっと笑う庾月ユツキのやさしさに、

「泣かなくてよかった」

 と少しだけ独占してきた反省をする。


『それじゃあ、十日後』


 どちらともなく、しばしの別れを告げ──リュウは出航の汽笛が聞こえなくなるまで見送った。




 リュウは貴族で育ちたかったと思ったことがない。

 庾月ユツキは、『姫』であることを受け入れて育ってきた。


 本来は、生きていく世界が違うのだと痛感する。


 なのに──それでも、ふたりで生きていきたいという想いが、どちらも揺るがない。




 リュウ夷吹イブキを連れていない日が数日続き、また常連客にからかわれた。

 だが、

「孫を見せに帰省している」

 と言えば、誰もが納得をして、そのうち言わなくなった。


 ただ、何日も妻子に会えない寂しさは募るもので。


 ──いつかはこんな日が……くるのかもしれないな……。


 未来を一足先に見たような気になって。ため息を長く吐いた──と気付いたのは、祖父がやたら試食を出すとリュウが思ったときだった。




「おう、何が一番うまかった?」


 そう聞かれて出された試食を思い返してみれば──祖父が出してくれたのは、どれもリュウが選んだ皿が使われていた。


「じぃちゃんの料理はいつも何でもおいしいよ」

「あ~、そんなお世辞にゃのらねぇ」

「お世辞じゃ……」

「ほ~ら。よ~く考えとけ」


 フフンと満足げな表情は、内心うれしいんだろうなと察すると同時、

 ──『考えること』を、わざわざくれた……んだよなぁ?

 と、祖父の度重なる気遣いに感謝する。


 元々は祖父と暮らしていたし。庾月ユツキといつか離れて暮らすようになっても、元に戻るだけと安易に思っていた節があった。


 ──知らなかった幸せをたくさん庾月ユツキからもらったから……『元に』なんて、もう無理なんだな……。


 まだ庾月ユツキの継承の時ではない。庾月ユツキは生まれた『姫』をお披露目に行っているだけで──帰ってくる。


 はずだ。


 ──このまま継承の時を迎えてしまったら……。


 はた、と立ち止まる。


『どうしよう』と考えたところで──答えは出ないと、()()()()()()わかる。


 短く息を吐く。


 やってしまった。

 祖父がわざわざ『余計なことを考えないように』としてくれたのに。


 ──ジタバタしても、仕方ない……んだね。


 アヤで生きると決めたのは、リュウ自身だ。だから、リュウは祖父が出してくれた試食の数々を頭の中で再現する。


 ──どれも美味しい……なら、コストとパフォーマンスかな。……それとも、今のメニューとの入れ替えか、相性か……。


 そこまで想定してみて、リュウは別角度の視点に気付いた。


 ──じぃちゃんが、俺が何を選ぶか……みてる?


 祖父からの要求が上がったと仮定して、汗がじんわり滲んだ。これまでの要求とは違う。


 結婚して父になったリュウ()として扱ってきた。


 緊張でピリピリと手が痺れる。


 ──これは、ひとつひとつに理由を見付けないといけないな……。


『元に戻れない』のは、時間も同じだと胸に刻む。過去に戻る必要は、ない。


 ──いつでも進むしか……ないんだよねぇ……。


 こんな風に教えてくれるから、祖父は永遠の憧れだ。




 翌日、リュウはまかないを食べながら『やっぱり、じぃちゃんの料理は全部よかった』と言った。


「初日のチャーハンは今のと並べても、限定品でもいけるだろうし。二日目のケーキは一年前の新作と対になるだろうから、互いに伸ばせる可能性もある。三日目の魚料理は今のより手間がないからパフォーマンスがいい。四日目の……」

 と、どれもいい点を上げていったら、

「おお! すげぇなぁ!」

 祖父は目を輝かせて、

「すげぇほめられた!」

 と、大いに喜んでくれた。


 祖父の反応を見て、リュウは合格点をもらえたと内心喜ぶ。


「ふふ、これもおいしいよ」




 数日後、約束通り庾月ユツキは十日で帰ってきた。

 船の往復時間を除けば、鴻嫗トキウ城にいたのは一週間弱か。


 またいつかはこの大切なふたりが遠くに行くのを、見送らなくてはいけない日がくる。


 辛い。

 けれど、そういう恋を、選んだ。


 庾月ユツキが後継者でいるのは、リュウアヤを、祖父を──大切に思うのと、似た気持ちなのだろう。


 リュウはそういう庾月ユツキだから好きだし、庾月ユツキもきっと同じ。


「ただいま!」

「おかえり」


 互いに互いのそういう奥底が、きっと同じだから──庾月ユツキの日常がこの一言だけで戻ってくる。




 リュウはまた仕事中に夷吹イブキをおんぶしたものの、

「やっぱり顔が見たい」

 と抱っこに切り替えてもらった。


 柚子に戻った庾月ユツキは、常連客に帰宅のあいさつをするように料理を多少運び、『おかえり』と歓迎の嵐をもらっていた。




「今日は早く上がっていいぞ」


 まだ食堂に客が残っているのに、祖父が言ってきて、

「え、でも……」

 とリュウは思わず返したが、

「土産話を聞くのが、今日の最大の仕事だぁ」

 と言われれば、返す言葉はなく。


「では、大仕事に行ってきます」


 リュウは冗談交じりに一礼して、夷吹イブキの手を祖父に振る。




 庾月ユツキと手を繋いで部屋に戻り、庾月ユツキの弟や父の様子を聞いた。そして、夷吹イブキを寝かしつけてから、

夷吹イブキは泣かなかった?」

 と、気がかりを聞く。


 すると庾月ユツキは、あっけらかんと答えた。


「たくさん泣いたわよ」


 あまりにも自然に言われ、

「あ……そっか。赤ちゃんだもんね」

 何を当たり前のことを聞いたのかと恥ずかしくなる。


リュウは?」


 唐突に言われ、リュウは離れたときの感情がまざまざと湧き上がった。


「泣きたいほど、会いたかったよ」


 スルリと言葉が出てしまって、慌てて一度口を閉じる。そうして、仕切り直すように、

庾月ユツキは?」

 と聞いたが、

「秘密よ」

 ふふふと庾月ユツキが笑った。


 庾月ユツキにからかわれた気がしないでもない。


 ──でも、『寂しかった』なんて言われたら……。

 きっと、気持ちがまた波打った。


 庾月ユツキのやさしさと解釈していたら、ふと庾月ユツキが言う。


「ねぇ、リュウ? あのね……もう、大丈夫」

 

 唐突な違和感。

 それに、話しが飛んだ気がする。


『もう』『大丈夫』


 リュウは繰り返し、違和感を探る。


 ──あれ? この意味って、もしかして……。


 ザラザラした心の砂。

 リュウは目を見開いた。

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