↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

【14】大仕事

 少しでも分け合えたらと思ってみても、不可能で。留《リュウ》のできることといえば、こうして手をあたためたり、辛そうなら背をさったり、そういうフォロー程度だ。


 ふと、頭をポンポンとなでられた。

 そのままなでられて、心が落ち着いてくる。


 ──甘えているなぁ……。


 不甲斐ないと、申し訳なくなる。

 一方で庾月《ユツキ》が赤ん坊に向けた視線を思い出した。


 ──俺って『母親』を……初めて知るんだ。


 でも、『父の理想像』は知っている。

 留《リュウ》は背を伸ばし、庾月《ユツキ》に向き合う。


「俺も一緒に、『父親』になっていくからね」




 留《リュウ》は娘を夷吹《イブキ》と名付けた。


『長女』は、遠い地で『姫』になると生まれながらに決まっている。それも、世界で最高位の姫で、後継者だとも決まっている。


 だから──おだやかな風が吹くように。

 争いのない世でありつづけるように。


 いつかは離れるときがくると決まっている我が子の名に、留《リュウ》はそんな願いを込めた。




 翌日から留《リュウ》は専用の紐を使い、夷吹《イブキ》を抱っこしながら働き始める。


 客に名を聞かれれば、

「『イブ』っていうの。『息吹く』から付けたんだよ」

『いい名前でしょ?』と自慢をして。


 常連客がくれば、

「かわいいでしょ」

 とも自慢した。




 庾月《ユツキ》は体調回復をするまで休んでいたが、

「大変でしょう?」

 と、営業中に夷吹《イブキ》の世話を交代すると申し出てくれていた。


 けれど、留《リュウ》は、

「柚子だけ十ヶ月近くも……イブがお腹にいたなんてずるい」

 と言って、夷吹《イブキ》が寝るまで離さなかった。




 そんな留《リュウ》が夷吹《イブキ》と離れたのは、夷吹《イブキ》が生後三ヶ月になったころ。

 庾月《ユツキ》が一度、『跡取りの姫』を鴻嫗《トキウ》城へ連れて帰ることになった。


 留《リュウ》はようやくおんぶもできるようになった夷吹《イブキ》をいつものように抱っこひもで抱え、庾月《ユツキ》と船着き場まで見送りに行く。


 庾月《ユツキ》が船に乗り込む前に、背中の結び目をといてもらい──抱える夷吹《イブキ》の重みが、次第に腕に伝わってきた。


 その瞬間に真逆の感情が立ち上がってきて、グッと留《リュウ》は涙を堪える。


 スルリと肩から紐が離れて、留《リュウ》は半回転する。


「気を付けて」

「ありがとう」


 留《リュウ》を見ていた大きなクロッカスの瞳が庾月《ユツキ》に動いて、でも、ちいさな手が服から離れず。


「あ」

 留《リュウ》は引っ張られるように一歩動いた。


「あ~……」

 無理に離したくないと、服から指を握らせ──ると、ちいさな手がふわりと庾月《ユツキ》へと動く。


「やっぱり、イブは柚子が大好きだね」

「あら。今はお腹が空いているだけで、夜になったら大泣きするかもしれないわ」


 ふふっと笑う庾月《ユツキ》のやさしさに、

「泣かなくてよかった」

 と少しだけ独占してきた反省をする。


『それじゃあ、十日後』


 どちらともなく、しばしの別れを告げ──留《リュウ》は出航の汽笛が聞こえなくなるまで見送った。




 留《リュウ》は貴族で育ちたかったと思ったことがない。

 庾月《ユツキ》は、『姫』であることを受け入れて育ってきた。


 本来は、生きていく世界が違うのだと痛感する。


 なのに──それでも、ふたりで生きていきたいという想いが、どちらも揺るがない。




 留《リュウ》が夷吹《イブキ》を連れていない日が数日続き、また常連客にからかわれた。

 だが、

「孫を見せに帰省している」

 と言えば、誰もが納得をして、そのうち言わなくなった。


 ただ、何日も妻子に会えない寂しさは募るもので。


 ──いつかはこんな日が……くるのかもしれないな……。


 未来を一足先に見たような気になって。ため息を長く吐いた──と気付いたのは、祖父がやたら試食を出すと留《リュウ》が思ったときだった。




「おう、何が一番うまかった?」


 そう聞かれて出された試食を思い返してみれば──祖父が出してくれたのは、どれも留《リュウ》が選んだ皿が使われていた。


「じぃちゃんの料理はいつも何でもおいしいよ」

「あ~、そんなお世辞にゃのらねぇ」

「お世辞じゃ……」

「ほ~ら。よ~く考えとけ」


 フフンと満足げな表情は、内心うれしいんだろうなと察すると同時、

 ──『考えること』を、わざわざくれた……んだよなぁ?

 と、祖父の度重なる気遣いに感謝する。


 元々は祖父と暮らしていたし。庾月《ユツキ》といつか離れて暮らすようになっても、元に戻るだけと安易に思っていた節があった。


 ──知らなかった幸せをたくさん庾月《ユツキ》からもらったから……『元に』なんて、もう無理なんだな……。


 まだ庾月《ユツキ》の継承の時ではない。庾月《ユツキ》は生まれた『姫』をお披露目に行っているだけで──帰ってくる。


 はずだ。


 ──このまま継承の時を迎えてしまったら……。


 はた、と立ち止まる。


『どうしよう』と考えたところで──答えは出ないと、考(・)え(・)な(・)く(・)て(・)も(・)わかる。


 短く息を吐く。


 やってしまった。

 祖父がわざわざ『余計なことを考えないように』としてくれたのに。


 ──ジタバタしても、仕方ない……んだね。


 綺《アヤ》で生きると決めたのは、留《リュウ》自身だ。だから、留《リュウ》は祖父が出してくれた試食の数々を頭の中で再現する。


 ──どれも美味しい……なら、コストとパフォーマンスかな。……それとも、今のメニューとの入れ替えか、相性か……。


 そこまで想定してみて、留《リュウ》は別角度の視点に気付いた。


 ──じぃちゃんが、俺が何を選ぶか……みてる?


 祖父からの要求が上がったと仮定して、汗がじんわり滲んだ。これまでの要求とは違う。


 結婚して父になった留《リュウ》を男(・)として扱ってきた。


 緊張でピリピリと手が痺れる。


 ──これは、ひとつひとつに理由を見付けないといけないな……。


『元に戻れない』のは、時間も同じだと胸に刻む。過去に戻る必要は、ない。


 ──いつでも進むしか……ないんだよねぇ……。


 こんな風に教えてくれるから、祖父は永遠の憧れだ。




 翌日、留《リュウ》はまかないを食べながら『やっぱり、じぃちゃんの料理は全部よかった』と言った。


「初日のチャーハンは今のと並べても、限定品でもいけるだろうし。二日目のケーキは一年前の新作と対になるだろうから、互いに伸ばせる可能性もある。三日目の魚料理は今のより手間がないからパフォーマンスがいい。四日目の……」

 と、どれもいい点を上げていったら、

「おお! すげぇなぁ!」

 祖父は目を輝かせて、

「すげぇほめられた!」

 と、大いに喜んでくれた。


 祖父の反応を見て、留《リュウ》は合格点をもらえたと内心喜ぶ。


「ふふ、これもおいしいよ」




 数日後、約束通り庾月《ユツキ》は十日で帰ってきた。

 船の往復時間を除けば、鴻嫗《トキウ》城にいたのは一週間弱か。


 またいつかはこの大切なふたりが遠くに行くのを、見送らなくてはいけない日がくる。


 辛い。

 けれど、そういう恋を、選んだ。


 庾月《ユツキ》が後継者でいるのは、留《リュウ》が綺《アヤ》を、祖父を──大切に思うのと、似た気持ちなのだろう。


 留《リュウ》はそういう庾月《ユツキ》だから好きだし、庾月《ユツキ》もきっと同じ。


「ただいま!」

「おかえり」


 互いに互いのそういう奥底が、きっと同じだから──庾月《ユツキ》の日常がこの一言だけで戻ってくる。




 留《リュウ》はまた仕事中に夷吹《イブキ》をおんぶしたものの、

「やっぱり顔が見たい」

 と抱っこに切り替えてもらった。


 柚子に戻った庾月《ユツキ》は、常連客に帰宅のあいさつをするように料理を多少運び、『おかえり』と歓迎の嵐をもらっていた。




「今日は早く上がっていいぞ」


 まだ食堂に客が残っているのに、祖父が言ってきて、

「え、でも……」

 と留《リュウ》は思わず返したが、

「土産話を聞くのが、今日の最大の仕事だぁ」

 と言われれば、返す言葉はなく。


「では、大仕事に行ってきます」


 留《リュウ》は冗談交じりに一礼して、夷吹《イブキ》の手を祖父に振る。




 庾月《ユツキ》と手を繋いで部屋に戻り、庾月《ユツキ》の弟や父の様子を聞いた。そして、夷吹《イブキ》を寝かしつけてから、

「夷吹《イブキ》は泣かなかった?」

 と、気がかりを聞く。


 すると庾月《ユツキ》は、あっけらかんと答えた。


「たくさん泣いたわよ」


 あまりにも自然に言われ、

「あ……そっか。赤ちゃんだもんね」

 何を当たり前のことを聞いたのかと恥ずかしくなる。


「留《リュウ》は?」


 唐突に言われ、留《リュウ》は離れたときの感情がまざまざと湧き上がった。


「泣きたいほど、会いたかったよ」


 スルリと言葉が出てしまって、慌てて一度口を閉じる。そうして、仕切り直すように、

「庾月《ユツキ》は?」

 と聞いたが、

「秘密よ」

 ふふふと庾月《ユツキ》が笑った。


 庾月《ユツキ》にからかわれた気がしないでもない。


 ──でも、『寂しかった』なんて言われたら……。

 きっと、気持ちがまた波打った。


 庾月《ユツキ》のやさしさと解釈していたら、ふと庾月《ユツキ》が言う。


「ねぇ、留《リュウ》? あのね……もう、大丈夫」

 

 唐突な違和感。

 それに、話しが飛んだ気がする。


『もう』『大丈夫』


 留《リュウ》は繰り返し、違和感を探る。


 ──あれ? この意味って、もしかして……。


 ザラザラした心の砂。

 留《リュウ》は目を見開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。