【13】互いの温度
戸惑う庾月をよそに、留は起き上がって上着を脱ぐ。一枚、二枚と次々に。
全部脱ぎ終わって庾月を見れば、顔を赤くしながらも留を一直線に見ていて。
留はにっこりと笑って、庾月の上着を今度はつかむ。
ポイポイとあちこちにモヤモヤと一緒に服を投げ、庾月も同じ状態にした。
留は気持ちがどこかスッキリとして──再び庾月をキュッと抱き締める。
「ほら、こうしていればお互いの体温を感じられる。俺が熱いから寒くはないだろうけど……寒くなったら、また考えよう」
涙が止まった庾月の目元を、やさしくなぞる。
「庾月が安心するように、俺ができることはしていくから」
ホウッとしていた庾月が息を呑んだ。そして、『じゃあ……』と一度視線を目を伏せて、留をまたジッと見つめる。
「留の、髪の毛がほしい」
庾月が唐突なことを言って、留は思考が一次停止した。
「今、このまま……永遠に会えなくなっても、大丈夫なように」
少し震える庾月の声は、留の思考を動かす。
──そういえば、色に意味を込めたのは……俺だった。
結婚する日に、庾月の誕生日だからとプレゼントしたイヤリング。
いつか離れるときが来ても、忘れないでほしいと──留は自身の色のイヤリングを選んだ。
その黒いイヤリングを見て、『留の色だわ』と庾月が気付いてくれて。その上で身に付けてくれたことが、とてもうれしかった。
「うん。……いいよ」
留はスルリとベッドから降りてハサミを取り、庾月に渡す。
庾月に背を向けて座り、
「どこを切ってもいいよ」
と任せる。
根元から切られる感覚が、何度かした。
留の髪は庾月のように長くはないから、ある程度の長さにするには根元から切るしかない。
庾月は手間を惜しまず、不自然にならないよう数本ずつ一ヶ所から切っているようだった。
「瓶に入れて大切にするわ」
うれしそうな声が聞こえて、留は振り返る。
「俺も」
ハサミをちょうだいと手で催促する。
「俺も、庾月の髪がほしい」
庾月が恥ずかしそうに笑い、ハサミを渡してくれた。
「うれしい」
今度は庾月が背を向ける。
どう切ろうかと迷う。
サラサラと大好きな髪に触れる。
庾月が父と同じクロッカスの色を持っていたから、出会ったときは父を鮮明に思い出した。
ずっと、憧れの色だった。
でも、今は違う。
愛おしい人の色になった。
──俺も、切ったところが目立たないように切りたいな……。
ていねいに髪をわけて、奥の方から数本を切る。
庾月の髪の毛は長いから、それだけで庾月が切った留の髪の毛と同じくらいの量になった。
大事に髪の毛を持ちながらハサミを置きにいくと、
「もういいの?」
と庾月が言う。
「うん」
ソロソロとベッドに戻り、庾月に切った髪の毛を見せる。
庾月も同様に手を並べてきた。
互いに切った髪を見て、なぜだか妙に照れてしまった。
「俺も瓶に入れる。それで、もし……もう会えなくなっても……今度は俺が、庾月を見付けるよ」
「私もきっと貴男だって、わかるわ」
「そうだね、きっと」
「また、必ず貴男に巡り会えるわね」
抱き締め合って、ウトウトして──さっきは妙な会話をしたと思えてきた。
ずっとずっと昔に、同じような約束をした気がする。でも、違うような気もするし、そもそも庾月とは初めての約束だった気もする。
──あれは……何だったっけ?
思い出せない。
ただ、ずっとずっと昔にした約束は、叶っている気がした。
翌朝起きると、裸だと驚く。一気に目が覚めたからか、昨夜の一連のことを嵐のように留は思い出した。
──そういえば、切った髪の毛は……見せ合ったあと机の上に置いたはず……。
遠目で髪の毛を置いた場所を見ていたら、庾月がうっすら目を覚ました。
頬をなでて、『おはよう』と耳元で言う。
パッと庾月の目が開いた。
「ねぇ、見てよ」
留は笑いながら部屋をグルッと指をさす。
見渡した庾月は『わぁ』と息を吸って、楽しそうに声を出し笑い始めた。
室内は留が昨夜、無造作に投げた服で散乱していた。
数ヶ月が更に経ち、無事に娘が産まれる。
留は庾月の無事も確認して、ようやく心から安堵し、
「よかった……」
と、その場に座り込むほど脱力した。
馨民と悠穂は、庾月の出産予定日が近づいてから、ずっとふたりともいてくれた。
留はふたりの指導を感謝しながらよく聞いて、
「ありがとうございます」
と何度も頭を垂れて、ふたりを見送る。
庾月が抱く赤ん坊は、よく泣いたあとぐっすりと寝ていて。枕元に簡易ベッドを作って、そっと寝かせた。
──初めてガラスを持ったときの感覚に……似てる……。
かわいいというより、まだ触れていけないような、そんな怖さを感じた。ちいさくて、すぐに壊れてしまいそうで。
庾月を見ると、愛おしそうに赤ん坊を眺めていて──庾月にとっては体の一部のような感覚なんだろう。
「女性は出産すると体も変わるのに……どうして男は変われないんだろうね」
庾月の手を取り、両手を温める。
庾月の体は、しばらく産後のケアが必要だと医師から指導を受けた。マッサージをして血流をよくすると産後のダメージが回復しやすくなるらしい。
「俺の子が生まれたんだから、俺も変われたらいいのに」
少し冷えた庾月の手を、留はやさしくもみほぐしていく。
約十ヶ月間、庾月の体は変わってばかりで、負担も大きかったはず。ポツリと呟いたら、思いがけなくまたポツリと口から出た。
「ちょっと……悔しいよ」




