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愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす ~思い出すは、君の名~  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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【10】付添人

 顔を見合わせ祖父のあとをついていくと──調理場の裏が簡易的な部屋になっている。


「じぃちゃん、これ……」

「おう。しばらく柚子は仕事休むだろ? だから、ここにいればいい」


 リュウが息を呑むと、

「入って……いいですか?」

 と庾月ユツキが聞く。


『入れ入れ』と祖父が楽しそうに言うから、リュウも一緒に入っていく。


 中には布団やクッション、椅子も置いてあって、狭いながらも庾月ユツキが過ごしやすいようにと考えてくれたのが伝わってくる。


「ありがとう」

「ありがとうございます!」


 ふたりが礼を言うと、祖父はうれしそうに笑った。




 庾月ユツキをひとりにするのは心配だったが、

「これがあるから大丈夫!」

 と呼び出しベルを見せられた。


リュウはこの音、聞き逃さないもんね」


 自慢げに庾月ユツキが笑ったから、

「そうだね」

 リュウも笑って返す。


「よし、じぃちゃん戻ろ!」


 庾月ユツキの言葉なら、リュウは信じられる。『またね』と庾月ユツキに言って、部屋を出る。


 すると、背後から祖父の声が聞こえた。


「まー、柚子も限界まで我慢せずに呼ぶこった。その方がリュウが一番安心する」

「わかりました」


 戻りながらリュウは、ふふっと笑ってしまった。祖父があまりにも的確に庾月ユツキへ言っていたから。




 食堂へ戻った直後は多少忙しかったが、ピークは過ぎていたため落ち着きを早くに取り戻せた。


 お陰でリュウは、庾月ユツキのいる方の音を意識しながら仕事ができた。


 祖父には心を見透かされていたのだろう。


「手が空いたら、柚子の様子見てきていいんだぞ」


 ぶっきらぼうな言い方でも、リュウは顔がゆるんでしまって、

「行ってきます」

 と、言葉に甘えた。




 仕事が終わり、庾月ユツキを迎えに行く。部屋に向かう途中、祖父に声をかけられた。


克主ナリス研究所から医者が来てくれることになった。しかも交代でずっと診てくれるそうだ」


 他の大陸では城が国を治めているが、城がない楓珠フウジュ大陸だけは、克主ナリス研究所が治めている。


「南西の森の……近くの?」


 ボソボソと話すのは、誰かに聞こえていい内容ではないから──と、リュウは察した。


 ──唯一の研究所で……確か、すごいお医者さんがたくさんいたような……。


 教育と研究と医療の最高峰。研究者の憧れの場所と聞く。入るのは、難関だとも。


「すごいところだよね? いや……」


 『そんなところから?』とも妙な緊張感が湧いてきた。ただ、同時に。


 ──そうか、庾月ユツキは……。

『最高位の城の姫だもんな』と、頭を過る。


 だからこそリュウも町医者ではなく、きちんとした機関に任せた方がいいのではないかと浮かんだわけで。


「う……ん。それはとっても安心する」


 結婚して一年ほど経った。

 忘れていないようで、日頃から頭にあるわけでもない。

 それほどまでに、リュウといる庾月ユツキは、『柚子』で。『普通の女の子』として生活している。


 ふたりだけのときに、『柚子』と、呼んだことはないけれど。


「明日の朝、早くから来てくれるってよ」

「そ、そうなんだ」


 やはり、改めて庾月ユツキの立場を意識すると、遠い存在のように感じてしまう。


リュウ、心配してくれてありがとう」


 リュウの服の袖をつかみ、庾月ユツキはえへへとうれしそうに笑う。その笑顔は、十七歳の年なりの女の子の笑顔で──気高さも、威厳もない、ひとりの少女だ。


 ──何考えてたんだろう、俺。……庾月ユツキ庾月ユツキだ。


「当たり前だよ。庾月ユツキのこと、大事だもん」


『よかった』と庾月ユツキの手を取り、

「じぃちゃん……ありがとう」

 おやすみと夫婦であいさつをして、祖父と別れる。




 翌朝、いつもよりも早く支度をし、祖父の用意してくれた簡易部屋へ向かった。


 庾月ユツキに『どう配置すると使いやすそう?』と聞きながら物を移動していると、

「待たせたか?」

 と、祖父が顔を出す。


 待ってないと伝え、互いに朝のあいさつを交したところで、

「頼もしい方々がいらしたぞ」

 と言う祖父の横に、人影が見えた。


 祖父が紹介をしてくれたのは、ふたりの女性。

 リュウが会釈をしている間に、庾月ユツキが一歩前に出た。


馨民カミンさん、悠穂ユオさん。まさか、おふたりが来てくださるなんて……」


「こんな大事なときに付き添えるなんて光栄です。なるほど、結婚のお相手が公表されなかったのは……こういうことだったのですね」


 庾月ユツキよりも濃い色の髪の毛を持つ、小柄な女性が言った。


 リュウは何度もまばたきを繰り返す。


 ──そういえば、『な』に丸って……。


 庾月ユツキが度々行っているところを思い出す。


 庾月ユツキが抜ける時間は、毎回二時間くらい。

 克主ナリス研究所まで片道一時間弱と聞いたことがある。


 ──往復の時間と一致する。


 それに、庾月ユツキは城の重要書類を渡しに行っていたとしたら。それは、庾月ユツキしかできないことだ。

 これだけで、何もかも辻褄が合っていく。


「こんなにいい旦那様なのに、もったいない」


 ふと、リュウは我に返る。


「え?」


 いつの間にか医師たちと距離が縮まっていた。

 さっきの声よりも高い声だったから、もうひとりの──浅黄色の薄い色ような、珍しい色の髪の毛を持つ女性の声だったのだろう。


 リュウの横では、庾月ユツキが照れ笑いをしている。


「すみません。うれしくてつい話し込んでしまって……」


 話しかけられ、視線を動いた。


「私は四十七代目君主の助手、馨民カミンと申します。このような大役をありがとうございます」

 最初に庾月ユツキと話していた女性が言った。


 もうひとりの小柄な、珍しい髪色の女性が会釈をしてから話し始める。


「同じく、四十七代目君主の助手で、悠穂ユオと申します。よろしくお願いします」


 ──何か……想像した以上にとってもすごい人たちがきた。


 リュウは動揺つつも、心強いと安心する。

 少しの冷静さを取戻し、ハッとした。言っておかなくてはいけないことがある。


「こちらこそよろしくお願いします。それで……別のお願いがあるんですが。あの、ここでは庾月ユツキを『柚子』って呼んで、普通の女の子として接してください」


『お願いします』とリュウが頭を下げると、

「え、いいんですか?」

 意外にも嬉々とした返答が返ってきた。


 リュウは頭を上げる。すると、庾月ユツキもニコニコとして『ええ』とと答えている。


「私も悠穂ユオちゃんも娘がいるから、何でも相談してね」


 馨民カミンが言えば、

「娘みたいにかわいいって、ずっと思ってたの。孫はまだいないから、初孫って感覚になちゃって……今回のこと、すっごくうれしい」

 と悠穂ユオも言い──女子三人で手を取り合い始めた。


「私も、お母様が増えたみたいで……すごくうれしいです……」


 庾月ユツキの言葉をきっかけに、

「じゃあ、お母さんって呼んでくれる?」

「私はママで!」

 馨民カミンのあとに悠穂ユオも続き、三人は盛り上がり始めた。


 リュウは一歩引いて見聞きしていたが、勢いに圧倒される。


 ──すごく大らかで、やさしい人たちだ……。


 この人たちなら、安心して庾月ユツキは何でも話せそうだと安堵する。張り詰めていた緊張感がリュウの中で溶けていった。




「一先ず、今日はふたりで庾月ユツキさ……えと、柚子ちゃんの、話しを色々聞かせてもらいます。明日からはひとりずつ……まずは私からで、一週間交替で常駐させていただきます」


 馨民カミンが言い、悠穂ユオが続く。


「基本的に旦那様がご一緒ではないときは、私たちのどちらかが柚子ちゃんのそばにいます。旦那様がご一緒のときは、近くの部屋で待機します。その際も時間をお気になさらず、いつでも呼んでください。私は明日の朝に、一度失礼します」


『よろしくお願いいたします』とふたりが改めて頭を下げてくれた。


 リュウが同じように上げると、庾月ユツキも同様にしている。


 じんわりと胸が熱くなる。


 ──こうして一緒に頭を下げるのは、何回目だろう……。庾月ユツキの、こういう飾らないところが好きだな。


 リュウは体勢を戻すと、『あの』と口を開く。


「すごく心強いです。仕事中でも俺、なるべく近くにいると思うんで……いつでも呼んでください」

『飲み物がほしいとかでもいいんで』と言えば、馨民カミン悠穂ユオは一瞬きょとんとして、

「はい!」

 と満面の笑みで返してくれた。




 庾月ユツキの体調不良が始まってから、ずっとどこか緊張状態だった。だから久しぶりに、リュウは羽が伸びた気がした。


 昼が終わり、夜に向けた仕込みを祖父としている途中で、大事なことを突然気付く。


「そういえば……じぃちゃん。すごくうれしいけど、費用って……」

「心配すんな。何も言わずともあそこの大臣が手筈を整えてくれただけだ」


 ピクリと一瞬、手が止まった。


『何も言わずとも』と祖父は言ったが、正しくは『妊娠したと報告したら、それ以上のことは言わずとも』なのだろう。


「でも、俺たち……」

「向こうにしたら、いくら出しても惜しくない。こういうときは『両家』ってことで、上手に甘えた方がいい」


 ──確かに……そうなんだろう。けど……。

 一度呑もうとし止まったが、リュウは再び言葉を呑もうとする。


 確かに、向こうからすれば庾月ユツキの命と、庾月ユツキの子の命に対すること。『いくら出しても惜しくない』のだろう。

 けれど『そうだとしても』と、リュウにはモヤモヤした気持ちも残る。


 言葉にせずとも、表情に出ていたのか──祖父が『あのな』と話し出した。

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