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愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
第二章:選んだ恋(全26話)

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【9】急加速な状況

 近づいて見てみれば、顔色が悪い。


「何だか……急に気持ち悪くなっちゃって……」

「ここはいいから。とりあえず、裏で休もう」


『でも』と言いそうな庾月《ユツキ》の手を取り、クイクイと引く。


「ありがとう」

「ううん……もっと早く気づけたらよかった。……歩ける?」


 コクンと庾月《ユツキ》は首肯し、歩き始める。


 留《リュウ》は付き添って歩き、調理場の前についたところで、

「じぃちゃん、裏で柚子を休ませてくるね」

 と報告をした。


『任せておけ』と心強い祖父の言葉が返ってきて、感謝する。




 一先ず従業員通路へと下がると、

「ここで……大丈夫」

 弱々しい庾月《ユツキ》の声が聞こえた。


 立ち止まるが、留《リュウ》の心配は埋まらない。


「確かに、ここは人目に付かないけど……部屋に行ってちゃんと休んだ方が……」

「留《リュウ》が見えるところがいい」


 キュッと袖を握られ、留《リュウ》は心をつかまれたような感覚がした。


「ん……じゃあ、何かあったら、すぐに俺でもじぃちゃんでも呼ぶんだよ?」


『わかった』と言うように庾月《ユツキ》がうなずいたから、留《リュウ》は渋々納得する。


 周囲を見渡し、備品を左右に寄せる。また周囲を見て、予備の椅子を持ってきた。


「あんまり座り心地が良くないかもしれないけど……」


 話しつつ上から保管したての毛布を取り出し、庾月《ユツキ》に渡す。


 庾月《ユツキ》はちょこんと座り、受け取った毛布を足にかけた。


「忙しくなったら時間が空いちゃうかもしれないけど……顔を出すようにするからね」


 離れるのが名残惜しくなって、ついフワフワと髪に触れるようになでる。


 すると、庾月《ユツキ》が留《リュウ》のその手を取り、大事そうに包んだ。


「うん……」


 こうなっては、ますます留《リュウ》は離れにくい。しかし、これから忙しさのピークだ。

 胸が引き裂かれる思いをしても、戻らなくてはいけない。


 留《リュウ》はもう片方の手で、庾月《ユツキ》の頭をポンポンとなでる。


「俺も離れたくない。でも、戻らなきゃ」


 庾月《ユツキ》が留《リュウ》の手を頬に滑らせ、そのままスルリと離した。


「どんなに忙しそうでも、辛かったら呼ぶんだよ」

「ありがとう」


 念を押して、留《リュウ》は離れる。




 明るい賑やかな場所に出れば留《リュウ》は一度深呼吸をして、すぐさま祖父に声をかけに向かった。


「じぃちゃん、遅くなってごめんね」

「柚子、大丈夫か?」

「ん~……どうかな。辛くなったら俺かじぃちゃんを呼んでって言ってきた」

「おう、そうか。……ああ、さっそくで悪いが……」

「うん、これね」


 チラリと皿に乗ったチャーハンを見る。


「そうだ、それ一番さんな」

「は~い」


 サッと手に取り、客席へ届ける。


 庾月《ユツキ》の片付けかけていたテーブルは、すでに片付けられていた。


 ──さすが、じぃちゃんだな……。


 年齢を感じさせない祖父に負けられないと気合いを入れ直し、留《リュウ》はテキパキと仕事を回していった。




 あっという間に時間は過ぎて、気付けば二時間以上が経過していた。留《リュウ》は『あっ』と声にならない声を上げる。

 祖父に断りを入れ、バタバタと庾月《ユツキ》の元へと向かった。


「庾《ユ》つ……!」

 慌てて自身の口を手で塞ぐ。大きな声で『つ』まで言ってしまったと、冷や汗が出そうになる。


 だが、庾月《ユツキ》には『柚子』と聞こえたのかもしれない。庾月《ユツキ》は留《リュウ》を見て、表情がやわらかくなっただけだ。


 深呼吸をして、庾月《ユツキ》へと歩く。

 片膝をつき、そっと庾月《ユツキ》の膝に手を置いた。


「どう?」


 庾月《ユツキ》が悔しそうに首を左右に振る。すると、

「留《リュウ》も一緒に病院に行っていいぞ!」

 祖父の声が背から聞こえた。


 振り返ると、祖父が大きな体をのっしのっしと揺らして来た。その姿は、留《リュウ》にはとても頼もしい。


 ──じぃちゃん……。

「ありがとう!」


 庾月《ユツキ》の胸元から毛布で包んで、サッと持ち上げる。

『キャッ』と庾月《ユツキ》の声が聞こえた気がしたが、留《リュウ》はニコリと笑みを向けた。


「行ってきます!」

「お~! 気を付けてなぁ!」


 祖父の声を聞きながら、留《リュウ》は走り出す足を止められなかった。




 留《リュウ》はこの町で生まれ育っただけあって、病院の場所もきちんと頭にある。足は一直線だ。


 駆け込んで『妻の体調が悪い』とすぐさま告げて、庾月《ユツキ》に確認しながら経過を伝える。


 間違えてはいけないと意識をして、患者名には『柚子』としっかり書いた。


 ありがたいことに急患扱いにしてくれ、あまり待たずに庾月《ユツキ》は呼ばれる。




 けれど、待つ時間は長いもので。留《リュウ》は落ち着かずにいた。


 ──数分って、こんなに長かったっけ……。


 特に昼時は嵐のように時間が経っていくから、落差が激しい。雑誌に目を向けても、目を通す気にはなれない。


 そんな風にあちらこちらを見て過ごし、ようやく待合室に呼ばれた。


 診察室に入るなり、留《リュウ》はたずねる。


「柚子、どうですか?」

 医師は留《リュウ》を見上げ、

「おめでとうございます」

 と微笑んだ。


「え?」

 思わず留《リュウ》は聞き返す。


「おめでたですね」


 医師にサラリと言われ、また『え?』と言葉がもれた。


 急加速な状況変化に、頭の整理がつかない。


 庾月《ユツキ》を見れば大事そうにお腹に手をあてている。ふいに目が合って、ふにゃんと表情が和らいだ。


 その変化に留《リュウ》の思考回路が整い、医師からの言葉がスッと体にしみこんできた。

 ただ、劇的な内容で、適切な言葉を探せない。


「え……あ、はい。あ……ありがとうございます」


「病気ではないので大丈夫ですよ。吐き気はつわりですね。まぁ、じきに治まりますので」


 戸惑う留《リュウ》の返答を、医師は慣れているかのように対応してくれた。


 留《リュウ》が視線を上げると、出口近くの看護師に『どうぞ』と退室を促される。


 庾月《ユツキ》に『行こう』と言い、体を支えて退室する。そのまま椅子に座らせると、すぐにまた看護師に呼ばれた。


「今日は簡易的な検査しかしていませんから、また改めて来てください。もし、いつも受診しているところが別にあったら、そこで診てもらっても構いませんよ」


 ──確かに、庾月《ユツキ》なら専属医がいるかもしれない。


 ただし、この場で本人に確認するわけにもいかない。


 留《リュウ》は了承の返事をする。

 礼を言って病院を出ようと庾月《ユツキ》に声をかければ、『歩く』と言った。


「じゃあ、毛布を持つね」


 簡易的に畳み、片手で抱える。

 もう片方の手で庾月《ユツキ》と手を繋ごうとした矢先、腕と毛布の間に庾月《ユツキ》が手を入れてきた。片手だけかと思いきや、もう片方も。


 もたれかかってくるような庾月《ユツキ》は、体調が悪いというより甘えているようで。留《リュウ》の心配が和らぐ。


「無理しないでね。来たときみたいに、いつでも抱えるからね」

「ありがとう」


 キュッと腕を握る姿を見、

 ──抱えられたのは、恥ずかしかったかな? でも、最善だったと思うんだけど……。

 と、庾月《ユツキ》の照れている理由に見当をつけられない。


 ただ、体調不良の原因がわかって、何だか庾月《ユツキ》は安心したように見えた。




 病院を出てからジワジワと喜びが広がり、ついこぼれる。


「まだ実感はないけど……うれしいね」

「うん」


 病院に向かうときはまったく気付かなかったけれど、町にはいくつもの花が咲いていた。


 ──両家の顔合わせに行った、鴻嫗《トキウ》城の中庭を思い出す……。今の風景とは、比べものにならないくらい見事だったけど。


 花の甘い香りが、鼻をくすぐってくる。

 心が躍りそうになる。


『今』が、とても愛おしくなる。




 ゆっくりと花を見るように歩き、ふたりは帰宅する。

 祖父に結果を伝え、庾月《ユツキ》を座らせる。相変わらず庾月《ユツキ》は体調が悪そうで、留《リュウ》は庾月《ユツキ》の背をさする。


「じぃちゃん……柚子は実家で診てもらった方が……」

 庾月《ユツキ》のためなんじゃないかと、悩みながら留《リュウ》は言ったが、

「留《リュウ》と離れたくない」

 と、庾月《ユツキ》が言葉を被せてきた。尚且つ、腕を強く握られている。


 強い眼差しに心が揺れる。


 ──あ……このままだと、プロポーズされたときと同じになる……。


 留《リュウ》はどう話すかを考えながら、庾月《ユツキ》に伝える。


「もちろん俺だって離れたくない……けど、もし何かあったら……」

 ハッと閃き、咄嗟に一番近くの客席にある物を取る。


 すぐに戻り、庾月《ユツキ》に渡して握らせた。

 「これで俺をいつでも呼んで」


 チリンと傾いた呼び出しベルが、わずかに音を立てた。


「いいの?」


 庾月《ユツキ》に確認をされ、留《リュウ》は祖父に問う。


「ひとつくらい……いいよね?」

「構わねぇが……」


 ──聞こえるかな……。


「ありがとう」


 留《リュウ》の不安とは裏腹に、庾月《ユツキ》は満面の笑みを返してくれた。


 ──もし助けを呼ばれても気づけなかったら。


 たとえば混雑の昼時。賑やかさと忙しさ、それに加えて集中していると仕事と無関係のことは聞こえなくなってしまう。


「まだ顔色が悪い気がする……。このまま今日はこのまま休んでて」


 庾月《ユツキ》の背をさすりながら言う。

 反応するように、庾月《ユツキ》が留《リュウ》を見上げた。


「ここにいていい?」

「匂いが平気ならいいぞ。ただし、もう少し壁側に寄ってくれ」


 即答した祖父を、ふと留《リュウ》は見る。


「じぃちゃん……」

「ほら、夜の準備するぞ」


 さも当然かのような祖父の言動に、留《リュウ》に笑顔が戻った。


「はい!」




 夕飯時バタバタしながらも、留《リュウ》は落ち着かず。度々、庾月《ユツキ》の様子をうかがい声をかける。


 それに祖父が見かねたのか、慌ただしさが引いた隙に、

「ちょっと頼んだぞ」

 と、一時姿を消した。


『え』と声にならず、留《リュウ》は慌てて仕事に戻る。そうして、ワタワタと切り盛りしていたら、祖父が戻ってきた。


「留《リュウ》、柚子、ちょっと来てみろ」

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