【4】『最高の一日』
「誓いの口づけって、『封印』って意味があるんですって」
留は笑うしかできなかった。
一番誓いたかったことを、直後に封じてくれたから。
庾月の声は、鈴の音のよう。聞いていて、心地がいい。
色々話してくれたけど、心地よさに酔ってしまったみたいに、会話の内容が時間と一緒に溶けていった。
アットホームな挙式のあと、夕飯は祖父の機転でブッフェスタイルとなった。
留を幼少期から見てきた常連客からの祝福は絶えず。大勢の親戚が集まったかのような雰囲気の中、みんな盛り上がっていた。
夜が更けていき、徐々に食堂から客人がいなくなる。ひとり、またひとりと留と庾月は見送り、最後は祖父に礼を伝える。
すると祖父は、
「俺もたまにはゆっくりしたかっただけだぁ」
と言って豪快に笑い、
「んじゃ、おやすみ」
と、先に部屋へ行ってしまった。
──じぃちゃんらしい。
留はひとり笑って、
「俺たちも行こっか」
と庾月の手を取る。
ぴったりと庾月は腕にくっついてきて、『ふふふ』とちいさく笑った。
「これから留の部屋で過ごしていいのね」
トクンと、庾月の言葉が胸に刻まれた気がした。
留の部屋は、ふたり用の部屋ではない。
でも、ふたりが一緒にいられるなら、部屋の広さも、そこに置いてあるものも、何も関係ない。──庾月の言い方は、そんな感情を含んでいた。
その感情は、留が庾月の部屋で抱いたもの。
──同じ体感をしてくれた。
心に、ジンと喜びが広がる。
「うん」
言葉にならない思いを、庾月の髪を交じえる仕草で伝えて──互いに照れ笑いを交しながら、部屋へと向かう。
部屋に入り扉を閉めれば、『ようやく『庾月』と呼んでいい』と、少し気がゆるんだ。
「今日は……うれしかったね」
ふと、庾月が留の胸元にスルリと入ってきて、手と頬を鼓動を聞くようにあてた。
「私たち、今日から夫婦になったのよね?」
「うん……もう二回もしちゃったけど」
庾月の背に手を回しながら答える。
ふと、庾月が上目遣いでチラリと見てきた。
「あら、きちんと婚約してからだもの。それに、結婚する十日前よ? 早く授かれたら大歓迎だし、誤差で済むわ」
「でもね……」
「そんなに留には大事なことだった?」
プッと庾月の頬が膨らむ。
「うん、大事だよ。俺にとったら、こうやってこういうのも話すことが」
庾月の目が丸くなる。
「庾月のことが大事だ。だから、これからも俺は庾月を大事にできる方法を選ぶからね」
見つめる庾月の瞳は動かず、留を見つめ返してくる。
「じゃあ……今日は?」
いつ見ても、庾月は本当にかわいい。
耳元で揺れる黒いイヤリングに目がいき、どうしようもなくうれしくなる。
「夫婦になって初めて迎える夜だね。……何しようか?」
ほんわりと頬を染めた庾月を、ふんわりと抱き締める。
「あたたかいお茶を入れてくるから、久しぶりにゆっくり話そうか」
『ん?』と庾月をのぞく。
庾月にしては理解するのが遅れたのか。間を置いて笑い、こう言った。
「留って、本当にすてきね!」
後日、世間に庾月の婚姻が公表された。
留はカウンター業のときに目にし、手が勝手に紙へと伸びていた。
『こうなるとわかっていた』と思うのに、現実を受け止めるのが辛くなる。
相手の名や素性が伏せられている。
理屈はわかる。言えるわけがない。
最高位の姫が、他の大陸で貴族ではない男と一緒になったなど。しかも、しがない宿屋で夫と働いているなど、世に出せる情報ではない。
理屈はわかる。納得もして、それでも互いに結婚すると決めた。──なのに、ズンと胸が重くなる。
見ていた紙に、スッと影が入った。
庾月だ。
留の手元にある紙を、覗いている。
「あら」
写真と、紙に大きく踊る文字を見た柚子は、
「このお姫様、きっと大好きな人と結婚できたのね」
と他人事で言った。
そんな庾月の、笑顔を見たら──。
「結婚してくれて、ありがとう」
留は思わず小声で言っていた。
柚子がふにゃっと表情を更に崩した。
「女の子の幸せって知ってる? 大好きな人と結ばれることよ」
『私もそんな幸せな女の子のひとりね』と自慢げに言って、留の闇を吹き飛ばす。
「男だって同じだよ」
留は手の中の読み物を『客用』に戻した。
──やっぱり、庾月の言葉ってふしぎだ……。
心の重みが消えている。
時計を見れば、目にとられていた時間だけロスしている。そろそろまた食堂が忙しくなる時間だ。
手短に周囲をきれいにして、ふたりで食堂へ向かう。
その途中で、留はハタとあることが頭に浮かんだ。
「今度、買い物のときにでも……ふたりで指輪を選ぼう」
鴻嫗城では、正式な物は用意されている。
庾月はいつか身に付けるときがくるかもしれない。
だが、留には予定のないことだ。
そこまで高価な代物でないにせよ、どうにも指元が寂しくなってしまった。
いくら庾月との結婚は公に言えないとしても、柚子とならどれだけ公言してもいい。
「留って、思い出を作る天才よね」
意外なことを言われ、目を見開く。
「楽しみにしてるわ」
そう言う彼女は、正しく『庾月』で。
──従業員専用の通路が、暗い道でよかった。
庾月を、隠しておけたから。
昨日、庾月の誕生日を『最高の一日にしよう』と留は言ったけれど、結婚二日目で記録が更新されてしまった。
そうして、胸がいっぱいのまま数日間が過ぎて──指輪購入の機会は、意外な形で訪れた。
結婚して早々、祖父が留たちに頼み事を度々してくるようになった。
「買い物で頼みてぇもんがある」
一回目はデザート。
「やっぱり、定期的に新しいメニューを入れた方がいいなぁと思ってよ。柚子とふたりで何か色々見て、食ってきて……いいのあったらヒントに教えてくれよ」
二回目は飾り。
「入り口の飾りがいい加減古くなっちまった。見栄えのいい物を柚子と探してきてくれ」
そうして、三回目。
「新しい皿がほしいんだよ。柚子もいいもん知ってんだろ? ちょっとふたりで見てきてくれよ」
週に一度の間隔で頼まれ事をされたら、さすがの留も察する。
──じぃちゃんが気を遣って……庾月とデートをさせてくれてる……。
しかも何気に留の好きなことばかりを頼んでくるから、気の遣い方がわかりやすい。
この際、庾月と約束した指輪も買ってこようかと、チラリと庾月を見る。
庾月は祖父の気遣いと気付いていないのか。『どんなお皿がいいのか』と、大きさや形などを真剣に聞いている。
──どんな皿を俺が選んでも、何枚買ってきても……じぃちゃんはうまく使うんだろうな……。
気遣いに気付かないふりをするのも、いいのか悪いのか。
とは言え、庾月も祖父も、楽しそうな様子。そんな光景を見たら『まぁ、いいか』という気にもなってきた。
「おう、じゃあな。柚子、しっかり頼んだぞ!」
「はい」
庾月が返事をし、留も続く。
「行ってきます」
「おう! 行ってこ~い!」
うれしそうな祖父の声に、なぜか留は照れてしまった。
「この間の私たちの話しで、新しくデザートができたそうなの。それに合うお皿がほしいんですって!」
庾月がうれしそうに言うから、
「そっか。じゃあ、色々見て決めようか」
と答えるけれど。
実際はどんなデザートなのかを先に教えてくれなければ、選ぶに選べない。
──まぁ、じぃちゃんなら、どんな皿でもうまく使うだろうなぁ……。
店を出る前に思ったことと同じことが浮かんで、ハッとする。
──勘が当たっちゃった……。
ばつが悪い。『新婚』と祖父に特別扱いされているのが、とても。
「そういえば、庾……子の家の、食器、すごくきれいだったよね」
危ない。
あやうく町中で『庾月』と本名で呼んでしまうところだった。
「覚えてくれているの?」
キラキラと目を輝かせるのは、生家が誇らしいからか。
「うん、覚えてるよ。俺、食器って好きなんだよね」
『へぇ』と柚子が感嘆を上げる。
「柚子は?」
「ん~……おじい様にはああ言われたけれど……あんまり、意識したことがなくて……」
──やっぱり、育ちの良さが出るんだな。
サラリと『様』付けを流す。
いくら柚子と呼んで、町になじませようとしても、庾月の使う言葉まで強制はしたくない。
「きっと、『使い心地の良さ』を選べば……柚子ならいい食器を選ぶよ」
「そう?」
「うん」
手触りは感覚で体に刻まれる。無意識のうちに。
庾月の生家には、留の知らないような上級品ばかりだった。生まれながらに、それらがしみ込んでいるばず。
話しながら町を歩く。飾られた皿を目にしながら、ふと、ガラスケースにあるアクセサリーに目を取られた。
──指輪が、色々あるかもしれない。
「ねぇ、柚子……」




