【3】誓いの言葉
留は受け取った背広のような物を見、庾月の手元を見る。
──白い、ドレスみたいな……。
もう一度、自身の手にある物を見、瞬間的に理解する。
──これって……結婚式の衣装だ!
留が息を吸った瞬間、
「今日はお前たちが主役だ」
祖父が背を叩く。
衝撃を受け、留の視線は祖父に移る。
胸がいっぱいで言葉が出ない。
祖父は力なく笑い、
「近くの部屋で着替えて来い」
と、やさしく送り出してくれた。
食堂を出た留は咄嗟に衣装を両手で抱え、隠す。
横目で庾月を見ると、レースの付いた真っ白な衣装を茫然と見ていた。
「柚子」
呼びかければ庾月は、我に返ったかのように留を見上げる。
「急いで着替えよう」
『持とうか?』と聞くと、肩をすくめて小刻みに首を横に振った。
ドレスを見慣れているはずの庾月が、見とれていた。それが、じんわりと心に響いてくる。
──鴻嫗城で用意されるドレスには及ばないだろうけど……やっぱり、ウエディングドレスが着たかったんだな。
キュッとドレスと抱き締める庾月に、つい頬がゆるむ。
「こっちだよ」
留はすぐ近くの部屋を開ける。
ハッと庾月は反応して、サササッと入っていく。
──うれしすぎて声が出ない……みたいな……。
話しのうまい庾月にしては珍しい。
でも、とても愛らしい。
留の開けた部屋は、祖父や留が急な体調不良や怪我の手当などの際に使う、緊急用。ベッドがひとつと、薬が置いてあるくらいでシンプルな休憩所だ。
庾月はベッドの上に、ドレスを置いている。
その背を見て、留は『そうだ』と閃いた。
ポケットから小箱を取り出す。
「庾月」
名はふしぎだ。
庾月は、一瞬で『庾月』の表情に戻った。
留にしかわからない差だが、留には大きな差で──じんわりと手に汗がにじむ感覚を覚える。
「いつ渡そうか、迷っていたんだけど……」
小箱を見せ、庾月へと近づく。
庾月の視線は小箱に動き、大きく開いた。手が口元へ動いて、次の瞬間には留を見上げる。
留は庾月の手を取り、小箱をていねいに渡した。
「何がいいのか、色々考えたんだけど……この間の、きれいな庾月が忘れられなくて」
「開けていいの?」
「うん。できれば今、付けてほしいな」
口元にある手を、庾月がおそるおそる小箱に動かして。留にも緊張が伝わるくらい震えそうな手で、小箱をあけた。
中を見た庾月は、大好きな物を見たときのように一瞬で満面の笑みを浮かべ、うっとりと見惚れる。
「きれいな色だわ」
「庾月って、黒も似合うと思って」
「留の色ね」
「うん」
「それで選んでくれたの?」
ドキリと一拍、鼓動が跳ねた。
伝わったらうれしいと思っていたが、まさか直球で聞かれるとは。
「うん」
恥ずかしさのあまり顔を覆いたくなる。
つい視線が泳ぐと、庾月の笑い声が『ふふふ』とちいさく聞こえた。
「とってもうれしい……ありがとう。ねぇ、着替えたら付けてくれる?」
留の口元は、表情を整えようとしても言うことをきかない。
「うん……ああ、急いで着替えなきゃね」
照れをごまかすように、上着を脱いでシャツを着ようとすれば──すぐとなりで、庾月も上着を脱ぐ仕草が──視界の端に見えた。
着替えると言ったから当たり前なのに、留は妙な気持ちになる。
昨夜の光景と、知らず知らずのうちに重なっていき、緊張感に包まれそうになっていく。
突発的に留は九十度回転して、庾月に背を向けた。
とても心臓に悪い。
留は急いで着替える。
幸い、庾月は留の様子に気付かなかったのか。
着替え終わり襟元を整えていると、背にピッタリと──庾月がくっついてきた。
留の背がシュッと伸びる。
「アクセサリーを付けてもらう前に、背中のファスナー閉めて?」
「うん」
──もう少しくらい、うまく話せたと思ったんだけど……。
頭が働いていないわけではないのに、なぜか言葉が出てこない。
もどかしい気持ちを抱えながら半回転する。すると、庾月も合わせて半回転していたようで。
ドレスの開いた庾月の背があった。
──背中に、触れてしまいそう……。
ちいさなファスナーの金具をつまむ。
肌に触れないようにと思えば、また緊張してきた。
「こうして誕生日プレゼントをもらえたのが……本当にうれしいわ」
庾月の言葉はふしぎだ。
留の緊張を、一瞬で解く力がある。
キュッとファスナーを上げきり、抱き締める代わりに囁く。
「庾月、こっち向いて」
クルリと振り向いた庾月のドレス姿は、いつまでも眺めていたいほどきれいで──『姫』だなと、しみじみ感じる。
ドレスひとつで『姫』に仕上がっている庾月を、飾れるのがまたうれしい。
留は庾月の持つ小箱から、ゴールドの金具をつまみ取る。
──ネジをゆるめて……耳たぶに、やさしく……。
付け方は店員に聞いてきた。教えてもらった通りに二回再現する。
──想像した以上だ。
庾月のクロッカスに、ゴールドの金具と黒色のアクセントは実に見事。一気にいつもよりも大人の女性になる。
「うん、よく似合う」
少し屈んで、愛おしいと刹那唇を重ねる。
姿勢を戻し庾月を見れば、驚き、頬を染めていた。
「きれいだよ、庾月」
抱き締めるのが恥ずかしくなってしまって、右手でふんわりとした庾月の髪に触れていたら──庾月が胸に飛び込んできた。
「留のかっこよさに……しびれちゃったわ」
少しゆっくりしてしまった。ふたりは急いで戻る。
駆け足で食堂に入ると、多くの人が集まっていた。手を繋いだまま、ふたりは立ち止まる。
すると、何かが弾ける音がいくつも聞こえてきた。
あちこちからテープ状の紙や、小さい紙が舞っている。
「おめでとう!」
「おめでと~!」
祝福の声を聞いて、我に返ったかのように──弾ける音は、クラッカーの音だったと気付く。
たくさんの拍手も聞こえてきた。
大勢の人からの拍手に、息を呑む。
恐らく、祖父が宿泊客を呼んだんだろう。即席のような状況だが、祖父が用意してくれた立派な結婚式だ。
となりを見れば、庾月が留を見ていて──自然と互いに笑みが浮かぶ。
「俺たち……今日結婚したんだね」
必要な書類の記載は、鴻嫗城でしてきた。けれど──。
「すごくうれしいわ」
鴻嫗城で留と庾月は暮らすわけではなかったから。
庾月が大々的な挙式をする機会は、失われたわけだ。
「ありがとう」
それに、目立つわけにもいかなかったから──そもそも『挙式』をしてはいけないと思っていた。
だから留には、幾重にも申し訳なさがあったのだが──。
「私こそ……ありがとう」
庾月は感謝を返してきてくれた。
グッと胸が熱くなる。
目元まで熱くなってきたけれど、留は笑顔に変換する。
庾月の手を引き、母が踊っていたと聞くステージへと歩き始める。
祖父が留たちの動きに気付いたのか、壇上した。
周囲からは、また一段と大きな拍手が湧き上がっている。
『ありがとう』と周囲に礼を言いながらステージに辿り着く。
庾月に付き添って、ステージへの階段を上がる。
祖父の前で立ち止まり、
「じぃちゃん、ありがとう」
と礼を言えば、庾月が一礼していて。留は一息呑み、庾月と同じように一礼をした。
「え~、いかなるときも……留、柚子、ふたりは互いを愛すると誓うか?」
ぎこちない祖父の問いかけが聞こえ、留はすぐさま頭を上げる。
「はい、誓います」
「私も、誓います」
庾月は同じように頭を上げていて。
留が庾月を見たときにはもう、留をしっかりと見ていて。
少し息が苦しくなったが、そんな緊張感に留は笑ってしまった。
庾月と体を向き合わせ、短いヴェールを上げ、やや前傾になる。
「いつか、離れて暮らすときがきても……変わらず庾月を想い続けると誓うよ」
こっそり言った流れで誓いのキスをしようとしていたのに、想定していたよりも早く鼻も唇も触れたから──留は驚いて目を開ける。
すると、庾月がいたずらをしたような笑みを浮かべて、こう言った。




