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愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
第一章:出会いと再会(全11話)

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★【11】思い出すは『君の名』

 彼(・)はピクリと一度大きく目を見開いた。そうして、キュッと唇を締め直す。


 ──こんな風に想いを寄せている人が、庾月《ユツキ》のそばに……いたんだ。


 じんわりと胸が痛い。でも、自然なことだと安易に共感してしまう。


 彼(・)が庾月《ユツキ》と一番近い存在だったはずだ。年も近く、庾月《ユツキ》が生まれたころから、彼(・)はそばにいたんだろう。


 ふたりで、長い時間過ごしてきたに違いない。

 鐙鷃《トウアン》城で庾月《ユツキ》が暮らしていた時期があったなら、尚更。


 ──庾月《ユツキ》みたいな魅力的な子が、ずっと近くにいたら……好きにならない方がおかしいよね。


 逆に彼(・)を見ていれば、疑問に思うほどだ。これだけ近しい異性が昔からいたのに、と。庾月《ユツキ》はどうして留《リュウ》を選んだのか。


 彼(・)は誠実な人だろう。剣ではなく、それを支えるベルトを握る人なのだから。


 身につけている剣は誰のためか。それまで伝わってきてしまって、留《リュウ》は思わず視線を逸らす。

 そのとき、彼(・)がおもむろに口を開いた。


「俺は、幼いころから『鴻嫗《トキウ》城』に関して、深い知識を与えられて育ちました。……叶わないと知っていました。願ってはいけないと思っていました。俺の身分では、庾月《ユツキ》は届かないと……想ってはいけない存在だったのです。俺からは言ってはいけない……そんな、遠い存在の人です。庾月《ユツキ》は」


 声が沈んでいる。

 とても好きだとヒシヒシと伝わってくる。


 他人事に思えず、再び留《リュウ》の視線は彼(・)に戻ってしまう。


 庾月《ユツキ》を想う気持ちは、『わかる』と安易に同調してしまう。


 尚且つ、もし逆の立場だったら──とまで、考えてしまう。


 ──俺は……貴族として育たなかったから……。


 庾月《ユツキ》と、付き合ってみるだけでもいい。そう思えたのかもしれない──と自らを振り返る。


「幸せにしてください」


 彼(・)が留《リュウ》を見上げたから、留《リュウ》の時空が少し歪んだ。




 結婚すると気持ちを固めるとき、互いの気持ちを庾月《ユツキ》と洗いざらい話した。


 綺《アヤ》に残ると言った留《リュウ》に対し、結婚の『妥協案』を庾月《ユツキ》がいくつか出した。


 そのひとつ目が、『鴻嫗《トキウ》城を継ぐまで』庾月《ユツキ》は綺《アヤ》で暮らすこと。


 しかし、『城を継承するときが来たら、帰らなくてはいけない』。


 庾月《ユツキ》が更に言った。

 ふたつ目は──『娘が生まれたら、長女は後継者として連れていかなくてはならない』こと。


 庾月《ユツキ》がいつ城を継承をするのか──いつまで一緒に過ごせるのか。期限は庾月《ユツキ》にもわからない。


 子宝に恵まれても、一人娘なら──留《リュウ》は、愛する妻子と離ればなれになる。


 それでも、ふたりは約束をした。


 たくさんの幸せを作っていこうと。

 離ればなれになっても、『夫婦』で、『家族』でい続けようと。


 そして──必ずいつか、また一緒に暮らそうと。




「約束します」


 彼(・)が頭を深く下げた。


「お願いします」


 留《リュウ》は驚く。


 ──いや、これは……庾月《ユツキ》への想いだ。


 留《リュウ》はしっかりと受け止める。


「頭を上げてください」


 彼(・)がゆるやかに元の体勢に戻っていく。


「夢みたい……なんです」

 留《リュウ》は思わず笑みがこぼれる。


「こんなに多くの家族ができるなんて、想像したことがなくて。……胸がいっぱいです」


 彼(・)が『家族』と認めてくれたのかはわからない。けれど、留《リュウ》は彼(・)がいてくれたことにも、感謝の気持ちでいっぱいになった。


「戻りましょうか」

 留《リュウ》が言うと、彼(・)は初めて微笑んだ。

「そうですね」


 悲しげな笑みだったけれど、今の彼(・)の精一杯の笑顔だろう。


 ──すごくやさしい人なんだろうな。


 振り返らず留《リュウ》は来た道を戻る。


 贅沢な眺めを『二度と見ない風景』として刻む。留《リュウ》の横に彼(・)は並ばないだろうと、速度を落とさないよう気を付ける。


 彼(・)とふたりきりにした、父の意図がわかった気がした。

 父は、どちらの息子にも分け隔てない。


 これは、留《リュウ》にしかできなかったことだ。

 留《リュウ》をきちんと受け止めてくれていた父だからこそ、もうひとりの息子の恋をきちんと終わらせようとした。


 父の信頼がじんわりと伝わる。

 勝手な想像以上の父を感じて、留《リュウ》は少し笑ってしまった。


 彼(・)がどう思おうと──留《リュウ》はもう、彼が『弟』として愛おしい。


 彼がどう思うかわからないから、決して口にはしないけれど。




 室内に戻ると、庾月《ユツキ》が駆け寄ってきた。

「ふたりで何を話してきたの?」

 クイクイと留《リュウ》の腕を引っ張る──が、口を滑らせるわけにはいかない。


 すると、

「『庾月《ユツキ》は身長がコンプレックスだから、背の高い人でよかった』って話してたんだよ」

 と、彼が後方から留《リュウ》を追い越していった。


「え、やだ! 礫《レキ》ったら! ……そんなことを言ったの?」

 驚き叫んだ庾月《ユツキ》は、彼を追いかけていく。


 スルリと離れた庾月《ユツキ》を目で追っていけば──ふたりは同じくらいの身長で。仲のいい様子を、つい眺めてしまった。


 ──身長のコンプレックスは……礫《レキ》くんの方なのかな……。


 好きな子をからかうなんて、バレバレな言動をとっているつもりはないんだろう。


 庾月《ユツキ》も庾月《ユツキ》で、気付いていそうにない。

 かえって庾月《ユツキ》の反応は、礫《レキ》への信頼だ。


 ──でも、あの庾月《ユツキ》の態度は……『兄妹みたい』な感覚なんだろうな。

 仲睦まじい光景は、留《リュウ》には『双子』のようにも見える。


 きっと彼は、庾月《ユツキ》の気持ちをわかっていたんだろう。立場が足らないとか何とか色々言っていたけれど。


 ふと気付けば、庾月《ユツキ》がまた留《リュウ》の方へとやってきていて──。

「ねぇ……留《リュウ》もやっぱり背の低い子の方が好き?」

 いつになく弱々しい瞳で見上げてくる。


 まったく聞こえなかったが、礫《レキ》は更に庾月《ユツキ》をからかっていたのだろうか。


「身長は関係ないけど……庾月《ユツキ》は充分『俺より背の低い子』でしょう?」


 答えるや否や、庾月《ユツキ》が抱き付いてきて。『わぁ!』と思わず留《リュウ》は声を上げてしまった。


 父の家で、しかも家族の目の前で。それに、礫《レキ》のいるところで。この状況をどうすればと、半ばパニックになったが──。


 ──あれ? こんな状況、どこかで……。


 支える手の置き場に迷う。だが、この場にいる皆に認めてもらった婚約者だと、迷いを払拭する。


 庾月《ユツキ》の背中にそっと手を置き、もう片方の手で頭をなでる。


「初めて会ったときから、確かに年齢がわからないくらい身長はあったけど。でも、もし庾月《ユツキ》が年相応の身長だったら……返事を考えるより先に、年齢を聞いていたかも」


 留《リュウ》が笑ったからか、庾月《ユツキ》の表情がパッと晴れた。


「あら……身長が高いのも、悪いことばかりじゃなかったのね」


 庾月《ユツキ》がクスクス笑いだすと、次第に周囲から拍手が聞こえ始めた。




 夕刻、留《リュウ》は祖父と綺《アヤ》へ帰る。

 庾月《ユツキ》はこのまま鴻嫗《トキウ》城に残り、数日間生家で過ごす。

 

 留《リュウ》にはわからない、色々な手続きがあるのだろう。


 夕刻になる前に祖父と合流しようとすると、庾月《ユツキ》が──父まで見送りにと、一緒に来てくれた。


 祖父との合流前に、留《リュウ》は着替えようとしたが、

「一着くらい、そのまま着てっちゃえよ」

『大丈夫、大丈夫』と、父が押し切ろうとする。


 庾月《ユツキ》に視線を向ければ、父と同じく『大丈夫』と言いたげにニコニコしていて──留《リュウ》は着替えそびれてしまった。




 鴻嫗《トキウ》城のホールの手前に祖父の姿が見え、留《リュウ》は手を振る。


「じぃちゃん!」

「おお、留《リュウ》!」


 ふと、視線の端で父が動いた気がした。チラリと留《リュウ》が父を見ると、父は気まずそうに留《リュウ》を見る。


「ん?」


 父はごまかしたつもりかもしれないが、留《リュウ》にとっては確信だ。


 忘れもしない。

 五歳で初めて父に会ったときも、父は同じ反応をしていた。


「やっぱり……父ちゃんってさ、じぃちゃんが俺を呼ぶと、反応するよね」

 留《リュウ》がそんなことを言ったときには、もう祖父との距離は近く。あとはまた、さよならだと思っていたのに。


「だって、俺も叔《ヨシ》さんに『瑠《リュウ》』って呼ばれてたもん」


 父の意外な返答に、留《リュウ》は思わず目を見開いた。


「そりゃお前が……名前聞いたときに、『りゅう』って言ったからだろうが」

「違うの。あのね、俺は『瑠既《リュウキ》』って言ったの。ただ、『既《キ》』が叔《ヨシ》さんに聞こえなかっただけだって!」


『はぁ』と父がため息をつく。


「まったく、それで……孫に名付けちゃうんだから」

「仕方ないだろ」

「『仕方ない』じゃないよ。あ~あ……俺にちゃんと話してくれたら、俺には……付けたい名前があったのに」


 たんだんポソポソと父は言ったが、留《リュウ》にはとても重要な内容で。つい、耳が大きくなっていた。


「え。俺……違う名前だったかもしれないの?」


 考えたこともない展開に、留《リュウ》は思わず食い下がる。

 すると父は、留《リュウ》を横目で見た。


「叔《ヨシ》さんが付けたんだ。だから『留《リュウ》』って名前だったろ、きっと」

 

 言いにくそうだけど答えてくれた──と思った矢先。

 父の視線は祖父に移って、

「叔《ヨシ》さんが俺を拾わなかった限り?」

 と笑う。


 祖父も一緒になって笑い──祖父と父の、知らない時間を留《リュウ》は垣間見た気がした。


 ふと今度は、父が留《リュウ》に向き合った。


「うちの家系はさ、名前の最後に『き』を付けるって……まぁ、決まりがあるんだけど。俺の名前はさ、お祖母様からもらったんだよ」


「留《リュウ》……」

 庾月《ユツキ》がポソッと言って、留《リュウ》は思わず『え?』と聞き返す。


「そ。お祖母様の名前が『留《リュウ》』で。周囲は『留妃《リュウキ》姫《ヒ》』って呼んでた」


 父は自慢げに続ける。


「で、俺が生まれて。『瑠既《リュウキ》』って名付けられたわけ。お祖母様の名前に『王』と『既に』だぜ? 『生まれながらに王』って、この代々姫が継いできた城の長男に付けたって……すごくね?」


「うん……すごい……」

 父とたくさん話せたこの二日間で、名前負けしていないと留《リュウ》は感嘆する。


「でも、まさか……お祖母様の名前が、こうして息子に巡ってくるとは思わなかったけどな」


「でも、だから私『留《リュウ》』と聞いて、思わず駆け寄ったの」


 照れている庾月《ユツキ》を見て、留《リュウ》は出会ったときの不自然さを思い返す。

 確かに、庾月《ユツキ》は明らかに『名前』に反応していた。


「すてきな人に出会えてよかったわ」


 庾月《ユツキ》がにこりと笑うから、

「俺も、この名前でよかった。庾月《ユツキ》に見付けてもらえたから」

 心の底から留《リュウ》は感謝を述べる。




 その後も四人での談笑は続いたが、船の時間は待ってくれない。


 父と庾月《ユツキ》に『またね』とあいさつをして、用意された馬車に乗る。




 ふいに、祖父がこんなことを言った。


「いいのか、嫁さんと離れて」


 祖父は自責しているのだろう。


 だから、留《リュウ》は思いっきり幸せオーラを出す。


「庾月《ユツキ》のことを信じているから」


『わ~、アツアツだなぁ!』なんて祖父がからかってきても、留《リュウ》は『あはは』と笑う。


 そうして子どものころのように祖父とじゃれて、道中を過ごす。




 港街に着き、今度は船に一直線で乗り込む。

 留《リュウ》は手元の乗船券をしみじみと見てから、離れゆく街並を見送る。


「じぃちゃん」


『ん?』と祖父が足を止める。


「ありがとう。庾月《ユツキ》との……結婚を許してくれて」


 しんみりと留《リュウ》が言ったからか。大きな手は留《リュウ》の頭をガシガシとなで、

「何言ってんだ」

 と笑った。


 風が鼻をくすぐって、留《リュウ》は涙声になりそうだった。

 だから、そのまま祖父にしがみついて、留《リュウ》は笑い声でごまかした。




 庾月《ユツキ》は数日遅れて綺《アヤ》にくる。


 これまで家族と離れて暮らしてきた分、しっかりと家族と過ごしてほしいと願う。




 庾月《ユツキ》と結婚するまでのカウントダウンは、あとわずかだ。

第一章 了


お読みいただき、ありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。


評価やブクマ等いただけると大変励みになります。




注※この下にイメージ画があります





■イメージ画


留《リュウ》

挿絵(By みてみん)

※26/6/12に一話と二話を再編集したため、留《リュウ》が呼ばれるシーンが一話の冒頭に変わりました。このイラストは再編集する前に描いたイラストです。


庾月《ユツキ》

挿絵(By みてみん)


ふたりの図

挿絵(By みてみん)




瑠既《リュウキ》 (留の父、庾月の伯父)2014/2投稿イラストより

↓のように後ろ髪の一部だけ長いイメージです

挿絵(By みてみん)


叔《ヨシ》 (留の祖父)2018/3投稿イラストより

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
複雑な関係での葛藤と、もはや運命と呼べる恋模様 ただの転生ではない、ただならぬ引力を感じるストーリーでした 2人にはぜひ幸せになっていただきたい
プロローグの完成度が高くプロの文章。短編として書籍化できる。文章力が高い、きれいで非常に読みやすい。 1話で世界観にオリジナル要素があり、圧倒的に他のラノベと違う入り方と明確な差別化。1章で巡り巡って…
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