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愛し生き別れた姫の名で転生し、思い出を君と一から紡ぐ  作者: 呂兎来 弥欷助
第一章:出会いと再会(全11話)

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【10】見えない壁

 ドクドクと、波打つ脈を感じる。

 相手は留《リュウ》を見ようとしない。


 見(・)な(・)い(・)──それだけなのに、心を抉られたように感じてしまう。


 ──きっと、そ(・)う(・)思われている……。


 留《リュウ》は無理に視線を前方に移動させた。


 前方には、バルコニーが見えている。

 すごくきれいな青空なのに──男三人で何を話すのかと、不安しかない。


 拒絶されているとヒシヒシ伝わってくる。正しいと思ってしまう。先ほどのように、好意的に迎えてくれる方が異例なのだ。


 脅威だろう。──父の子の中で、最年長だから。

 同じ、息子だから。


 ──それに昨日か今日まで……[俺』のこと、知らなかった……よね。


 立(・)場(・)がまったく違う。何から何まで。


 存在を知っていた者と、知らなかった者。心構えもまったく違う。


 溝のように深く、大きな差だ。




 背に手を添えられながら、ついにバルコニーへと出る。


 目の前に、圧巻な景色が広がった。見晴らしがよく、広大な森や海も見えている。

 見事な絶景に、息を呑む。


 そんな折、

「さて、じゃあな」

 父にポンポンと軽く叩かれ、留《リュウ》は驚き振り返る。


 父を見たが──父はニッと笑って、来た道を戻っていった。




 彼(・)とふたりきりになってしまった。

 父に互いを紹介されなかったのだから、留《リュウ》が一方的に名を知っていても言わない方がいいだろう。

 いや、名乗られたところでどう呼べばいいのか。


 妹(・)たちが迎え入れてくれたのは、庾月《ユツキ》のお陰だ。

 正妻も妹(・)たちの様子を見て、多少なりとも受容してくれたのかもしれない。


 ──それにしても……。


 ふと見てしまったのは、彼(・)の腰にある長剣。


 ──まだちいさい義弟も、剣を身につけていた……。


 意識的に美しい景色へと、留《リュウ》は視線を投げる。


 そういえば、庾月《ユツキ》の父は有名な剣士だった気がする。

 留《リュウ》が子どものころ、同年代の子たちがちゃんばら遊びをしていたのを、よく見ていた。


 彼(・)が剣を身につけている理由は、身近だった庾月《ユツキ》の父の影響なのか。それとも貴族の嗜みなのか。留《リュウ》にはわからない。


 ──でも、父ちゃんは身につけていなかったような……。


 考え込みそうになって、また彼(・)を見てしまう。


 父は無造作に前髪を流しているが、彼(・)は前髪も後ろ髪も一束にしている。確か長髪は──男女問わず、貴族の規定だった。


 彼(・)が留《リュウ》と反対方向を見ているのをいいことに、父と重ねて見てしまう。ピタリと重なったのは、クロッカスの色彩。


 ──きれいな色だな……。

 しみじみ見惚れる。


 正直に、父とも──庾月《ユツキ》とも同じ色彩を持っているのは、うらやましい。


 留《リュウ》は母譲りの色彩だが、実際に会ったことはない。


 ──会えていたら……。

 違う印象を持てていたかもしれない。


 クロッカスに瞳を奪われ、色彩が異なる理由を探してしまう。


 ──食べている物が違うからなのかな?


 食べ物で見た目の色が変わる生き物もいるし──と思った一方で、こんなことを考えていていい場面でもないと、思考を中断する。

 でも、どこか上の空で。ぼんやり彼の髪をまた眺めていると、

「おめでとうございます」

 ふいに彼(・)は、深々と頭を下げた。


 これには慌てて頭を切り替えようとしながら、礼を返す。


「ありがとう……ございます」


 なぜか、すごくドギマギしている。いや、呼吸が浅くなりそうだ。


 見えない分厚い壁がある──彼(・)の口調が、そう強く伝えてきて。


 ──父ちゃんは来ていいって、言ってくれたけど……。

 やはり来てはいけなかった。いや、それ以前に、彼(・)の反応は正しい。──でも、あからさまな拒否が胸に刺さる。


 母を思えば謝りたくはないし、だからといって父が言っていないようなことは口にしたくない。


 ──父ちゃんは、どうして彼(・)とふたりきりにしたんだろう……。


「やめてください、俺に敬語なんて使うの」

「いや、でも……」


 年下という理由だけで、言(・)葉(・)を(・)崩(・)し(・)て(・)はいけない気がした。


 彼(・)は、今まで会ってきた人たちとは違う。自らを留《リュウ》に合わせて下げない。本来貴(・)族(・)とは、こうであって──。


「俺は……貴男の、弟にあたります……」

 彼(・)は剣を支えるベルトをグッと握った。


 一度、留《リュウ》の思考は急停止して、一気に整列していく。


 彼(・)の見てきた『父』と、留《リュウ》の知る『父』には落(・)差(・)がある。


 けれど、それはきっと、父は周囲に合わせて下げることが無意識にできてしまう人で。


 それは──父が留《リュウ》と離れて暮らしているからで。それは──父の留《リュウ》に対する後ろめたさも、きっと含んでいて。


 そんな色んな要素が絡み合ったものだのだろうと、留《リュウ》は勝手な推測を容易くしたが、彼(・)にはま(・)っ(・)た(・)く(・)関(・)係(・)の(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)だ。


「すみません」


 彼(・)の見たくなかったもの、知りたくなかったものを、留《リュウ》が持(・)っ(・)て(・)き(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)──そう感じて謝ったのに、彼(・)は余計に怒ったような気がした。


 しかし、それは一瞬で。

 彼(・)は深呼吸をし、

「いいんです。……いや、貴男でよかったです」

 と、ポツリと言った。


 少し垂れた前髪を流し、わずかに諦めのついたような表情を浮かべている。


 妙な違和感だった。


 まるで留《リュウ》が彼(・)から感じていたものすべての解釈が間違っていたかのような──水面に色がポツポツと落ちて、他の色とマーブル状に混ざっていくかのような、劇的な変化だ。


 思わず、留《リュウ》は意図せず言葉を発していた。


「もしかして……庾月《ユツキ》のことを?」

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