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スタアリィ☆☆ナイドル  作者: 遠野朝里
第一学年の章 第三幕《月明の剣》~チャリティーストーリア

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第二十三節 ナイドルの試練 四

 プリドルはブレードを持たない。そのためヴィルジェーニアス役の攻撃はすべてアステラで形成した魔法の矢で表現される。本物のヴィルジェーニアスもそのルールは守ってくれるらしく、レグルスと直接斬り結びはしない。しかし、女神が剣を手にしているというだけで、レグルスは惑ってしまう。振り付けが頭に入りきっていないせいだ。


「陽の民は地位にあぐらをかき、研鑽などとうに忘れたものと思っていましたが……なかなか気骨のある者もいるのですね」


 レグルスの心臓が大きく跳ねる。ヴィルジェーニアスの言葉は台本にはないものだ。本来アステラ・ストーリアにおいては、台本にない言葉は決して口にしてはならない。同じ舞台に立つ役者が次に何を言うのかわからないなんて、絶対にあり得ないはずのことだ。


「無口ですね。語るのは剣のみにて、ということでしょうか」


 また台本にないセリフだ。どうしても気が散り、振り付けが飛びかける。演技に集中したいのに、疑問が頭の中を巡って振り払えない。ヴィルジェーニアスは、どこまでストーリアのルールに従ってくれるのだろう。

 突如、ヴィルジェーニアスがレグルスに向かって突進してきた――今度は、台本にない動きだ。ヴィルジェーニアスはレグルスの手首を掴むと、レグルスの立ち位置を強引に変えた。


(あれ?)


 腕を引っ張られたレグルスは、正しいステップで正しい立ち位置についていた。そのためか、急に頭の中がすっきりして、飛びかけた振り付けがスッと戻ってきた。手を放されたと思ったら、ヴィルジェーニアスはもう離れた位置に飛び退っていた。


(集中しなさい、剣の主。本番中に余計なことを考えてはいけません)


 誰のせいだと、と思うと同時に気づく。ヴィルジェーニアスは、混乱するレグルスをフォローしてくれたのではないかと。だが女神は考える暇を与えてはくれない。ひときわ大きなアステラの矢が、ブランヴァ(レグルス)めがけて放たれる。レグルスは全力を現状の打破にだけ向けるべく、気を引き締め直す。


『はあっ!』


 ブランヴァは迫り来る矢を袈裟に斬り、一気に距離を詰める。ヴィルジェーニアスは連撃を華麗にかわし続ける。剣を手に舞うたび、藍色のドレスの裾がふわりと翻り、夜空色の髪が優雅になびく。


『せいっ!』


 ブレードを両手で握り直し、ブランヴァは腰を入れて力強く剣を振るう。大きな動きの連続に、息が切れてくる。

 ふいに、マルコの姿が脳裏に浮かんだ。第十班で共に練習していたとき、マルコは苦もなくブランヴァ役をこなしているように見えたが、それは彼が上手いからなのだと、今ならはっきりわかる。

 ヴィルジェーニアスを前にして、イレーナのこともよぎる。イレーナは宣言通りヴィルジェーニアス役を勝ち取った。だが、ここにはいない。目の前にいる女神が、イレーナが熱望した舞台を奪った。生徒みんなが目指し、望み、作り上げたストーリアに水を差した。舞台に立てる者も立てない者も、誰もが今日のために努力してきたのに。

 レグルスはヴィルジェーニアスを睨みつけた。ヴィルジェーニアスは、そんなレグルスを見て、嬉しげに口元を歪めた。


「そろそろ終わりにしましょう。カノープスくんとも剣を交えてみたいですから」


 ヴィルジェーニアスは剣を天に掲げ、膨大な量のアステラを刀身に集め始めた。形成するのは無数の矢ではなく、巨大な魔力の塊。数で制せないならば圧倒的な一撃で粉砕すればいいと言わんばかりの、暴力的な大きさ。金色の満月が地上近くまで落ちてきたかのようなまばゆさ。この巨大さでは、いかにブランヴァが凄腕といえど切り裂けない。真正面から受けてはひとたまりもない。

 しかしブランヴァは一歩も退かない。危機の中にこそ、好機はある。

 この瞬間にブランヴァは自分の姿を光に変え、魔力の満月が放つ輝きに紛れて、ヴィルジェーニアスの視界から消えたと原典《イコーナ》にはあり――ヴィルジェーニアスが原典に記されているのと同じ攻撃を仕掛けようとしていることからも、ブランヴァは真実、その通りに動いたのだろう。

 問題は、それをどう再現するか。姿を光に変えると周囲からは見えなくなるという陽の民の特徴を、どうやって表現するかだ。

 劇場でなら、照明と暗闇に頼れる。だが、ここは山の中の闘技場。演出用の舞台装置などない。夜空には星々が瞬き、月姫神《げっきしん》の魔力はあまりにも眩しい。身を隠せる場所などない。


『うおおおおっ!』


 ブランヴァはアステラ・ブレードを振りかぶった。刀身が激しく光を放つ。緋色の光が、金色の月光とせめぎあう。

 暗闇に身を隠すことができないのなら、まぶしさの中に身を隠す。アステラを限界まで輝かせて、光ですべてを覆い隠す――それが、三人が苦心の末に考えついた演出だった。

 だが、光の中でヴィルジェーニアスは目を見開き、ブランヴァを見つめている。次のセリフを口にしない。ヴィルジェーニアスにはブランヴァの姿が見えている。神を納得させるには、輝きが足りないのだ。

 なおもレグルスは全身全霊でアステラを放ち続ける。ブレードはレグルスに応え、激しく炎を噴き上げる。赤い光が周囲に満ちる。体が熱を持ち始めている。自分の肌が焼けただれていくような感覚すらある。


(このやり方じゃ……おれじゃ、だめ、なのか……?)


 限界が近い。視界が霞み、ふっと、力が抜けそうになる。


(レグルス、大丈夫だ)


 静かな声が、心に聞こえる。

 背に、優しく、爽やかで、心地よいアステラを感じる。

 ユアンの青いアステラとデネボラの緑のアステラが、レグルスの赤いアステラと混じり合い、真っ白な光となって溢れる。

 闘技場のすべてが光に満ち、純白の光に包まれたヴィルジェーニアスは、わずかに目を細めた。


「……あら?」


 ヴィルジェーニアスは、あたりを見回した。ブランヴァを見失ったのだ。

 少しずつ光が失せていく中、ブランヴァは急ぎ女神の背後に回り込み、ブレードを振り抜く。炎の刃が地面を抉りながらほとばしる。想定外の位置からの攻撃を、振り返ったヴィルジェーニアスは剣でいなした。

 だが一瞬、ひるんだ。


『でえええい!』


 気炎を上げてエルトファル(ユアン)が突撃する。すんでのところでヴィルジェーニアスは小盾を構え、攻撃を受け止めた。エルトファルはまたしても吹き飛ばされたが、ヴィルジェーニアスのほうも大きく体勢を崩した。


『今だっ!』


 エルトファルの叫びに呼応して、死角からカノープス(デネボラ)が飛び出した。レイピアの鋭い切っ先が、ヴィルジェーニアスに迫る。

 その一撃がドレスの裾を裂くのが、決着の合図だ。しかし――


「なっ……!?」


 デネボラは驚愕した。レグルスも、ユアンもだ。

 ヴィルジェーニアスはデネボラの剣をかわし、そして、飛んだ――剣が届かない空中へと。

 三人が月を背にする女神を見上げたのは、ほんの一瞬だったのだろう。だが、その一瞬は、果てしなく長く感じられた。原典(イコーナ)にも台本にも書かれていない発言や動きは、おそらく、ヴィルジェーニアスが本(・)当(・)に(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)。

 ならば考えるべきなのは、空へと退いた神に対して、本物のカノープスならどうするかということ。金色の軌跡を描き、高い空へと飛んで行く女神に一矢報いる唯一の方法。

 刹那、雷に打たれたような閃きがあった。入学したあの日、ミアは教えてくれた――アステラを使えば、空さえも飛べると。


「「飛べぇーッ!」」


 レグルスと同時に、ユアンも叫んだ。

 デネボラの背中にアステラが収束し、一つの形を成す――緑色に輝く、四枚の翅。

 カノープスは風に乗って夜空へと上昇していく。淡《うす》萌《もえ》黄《ぎ》色の軌跡を描きながら。


『やああぁーっ!』


 天高く突き上げられたアステラ・ブレードは、ヴィルジェーニアスの頬をかすめ、夜空色の髪を飾るティアラを貫いた。銀の満月は音を立てて砕け散り、長い髪がぶわっとほどけて広がった。


 直後、デネボラの背中の翅が霧散した。デネボラは、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。


「デネボラさんっ!」


 レグルスはデネボラの落下地点に向かって走った。

 間に合わない。

 ぶつかる――と思ったその瞬間、デネボラの体が宙でふわりと弾んだ。落下するデネボラを、ユアンの青白いルーナ・アステラの奔流が受け止めたのだ。

 地面に降り立ったデネボラは膝をつき、激しく息を切らしている。レグルスは、そんなデネボラの手を取って助け起こした。


 静寂があたりを包む。聞こえるのは、ナイドルたちの息切れだけ。


『見事です。実に見事でした、預言の騎士たちよ』


 ほどけた髪をそのままに地上へと降りてきたヴィルジェーニアスは、台本通りのセリフを口にして、そして、


「見事でした、新時代のナイドルたちよ!」


 満ち足りた笑顔で、三人を称えた。


        ◆ ◆ ◆


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