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スタアリィ☆☆ナイドル  作者: 遠野朝里
第一学年の章 第三幕《月明の剣》~チャリティーストーリア

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第二十一節 ナイドルの試練 二

「ど、どういうこと?」


 レグルスは椅子に座り直しつつ、ユアンに尋ねる。


「どれだけ調べても、サジェの人物像がわからなかった。月の民の有力部族がカノープスの動きを見張るために遣わした人物だということしか、原典《イコーナ》には書かれていない……。ほかの人物は、その出自や家族についても記されているのに、不自然だ」

「キミの演じるサジェは、熱血な感じだよね。パブリックイメージとは違っている。でも、あれがキミの想像するサジェなんだろう? 原典《イコーナ》を読んでもわからなかったのに、どうしてその人物像にたどり着いたんだい?」

「〝月(げつ)明(めい)の剣(つるぎ)〟でのサジェの行動を読んで……」


 原典《イコーナ》に記された〝月明の剣〟の筋書きはこうだ。

 神殿でずっと退屈していたというヴィルジェーニアスは、カノープスたちとの戦いを望む。それが騎士にふさわしい試練だと。そして、カノープス、ブランヴァ、サジェの三人のうちの誰かがヴィルジェーニアスに一太刀でも浴びせられたら、月明の剣を貸し与えると約束する。神であるヴィルジェーニアスが、戯れに人間と戦う。勝算があるかどうかすらわからないが、カノープスたちには応じるほかなかった。


「戦いは、圧倒的に不利だった。だが、ブランヴァが囮になって隙を作ったことでカノープスとサジェは勝機を得て、ついにはヴィルジェーニアスのドレスの裾をわずかに斬った……と、原典《イコーナ》には記されている。だがブランヴァが、風の民のカノープスと月の民のサジェのために、命を賭けて、囮を買って出るだろうか……という疑問が、いくら考えても消えなかった」

「なんで? 仲間だし、それくらいはするんじゃないか?」


 レグルスの疑問にユアンは首を振る。


「ブランヴァが、カノープスに心を開いていたとは思えない」

「へっ?」

「〝エルトファルの修行〟の時点では、ブランヴァは風の民であるカノープスを見下していて、姿を見せなかったとある。真昼の姫君エステーリャの騎士であるカノープスは、陽の民の王族にかなり近しい者だ。エルトファルとの間にも友情があるように読める。そんな人物にもブランヴァは、心を開いていなかった……」


 陽の民は、この世界の最高神である陽《よう》主《しゅ》神《しん》を祖とする自分たちこそが最も優れた種族であると言って憚らず、ほかの種族を下に見ていたという。それゆえに、クロノとエステーリャの種族を超えた恋は破れた。


「ブランヴァが囮を買って出たのは、主であるエルトファルがその場にいたからだと考えた方が、筋は通る……と思う」

「そうだね」


 デネボラは真剣な顔でユアンを見る。


「でも、断言はできない。原典《イコーナ》は正しい、書かれていないことは想像で補え……と言われている。月神山に至るまでの間に、ブランヴァはカノープスに友情を感じるようになったのかもしれないよね。グリーゼ先生はなんて?」

「未だわからない、と……ただ、俺の解釈で演じてみろ、とも。だから俺は……エルトファルを演じるつもりでサジェのオーディションに臨み……受かってしまった」


 受かってしまった。

 その言葉の選び方からは、まさか自分が受かるはずがないという驚きと、本当は受かりたくなかったという苦悩の両方が窺えた。やはりユアンは、チャリティーストーリアへの出演を望んでいなかったのだろう。ユアンが俯く前に、レグルスは口を開いた。


「先生たちがみんなで話し合って、それでもユアンが受かったってことは、ユアンの解釈はありってことだろ。ユアンの想像が当たってるんじゃないのか?」

「確信があるわけじゃない」

「確信に至ることはできないよ。ボクたちよりもずっと原典《イコーナ》に詳しいグリーゼ先生にもわからないんだ。ボクたちにわかる範囲で考えたところで、答えは出ない」


 デネボラは冷静だ。研究者であるグリーゼにも解明できないことを、学生が今この場で明らかにすることはできないだろう。


「ぬうう……でも、ヴィルジェーニアスは、乗り越えられない試練をおれたちに課すかなあ……」


 レグルスは、話しながら考えを整理する。


「ヴィルジェーニアスは、ユアンの疑問に思ってることを知ってて、試練の内容を決めたような気がするんだ。試練っていうより、試(・)験(・)っぽいというか。騎士には戦いを求めて、ナイドルには……ナイドル候補生には試験を、って感じでさ。実技試験なら体調管理が大事だから水分を摂るべきだし、直前まで教科書で復習するし」


 三人は自然と、テーブルの上に現れた冷茶と教科書を見やった。


「おれたちでも乗り越えられる試練じゃなきゃ、何もかも止まったままになる」

「あの女神は、そんなにやさしいかな?」


 デネボラは忌々しげに毒づく。


「それこそ、確信はないです。でも……なんか、そんな気がするんです」


 ユアンはひどく不安げな顔をしている。原典《イコーナ》に記されていない人物を演じるなんて、神に逆らう所業も同じ。この世界の神はヴィルジェーニアスだけではない。陽主神ロッサ・ステラトス・ギガンティス、風《ふう》遊《ゆう》神《しん》ヘルマ・カサノヴァトス、地母神マーテルアス。月姫神ヴィルジェーニアスが許しても、果たしてほかの三神は、原典《イコーナ》に逆らう者を許すのだろうか――ということを、ユアンが不安に思っているのが、アステラパシーで伝わってくる。デネボラも、不遜な口ぶりとは裏腹な表情だ。ユアンのアステラパシーが、デネボラにも影響しているのがわかる。


「なあ、ユアン」


 レグルスはユアンの目を見る。


「このあとどうなるかはわからないけど、何もしないでいたら、何も変わらない。おれたちもこのままだし、チャリティーも再開できない」

「……」


 黙りこくるユアンに、レグルスは言葉を尽くす。


「不安なままでもいいよ。アステラパシーは、おれには効かないし。デネボラさんに何かあっても、おれがなんとかするから」


 レグルスは立ち上がった。


「やってみよう」


 胸の奥が熱を持つ。だが、痛みはない。体を流れるアステラが、穏やかに、しかし強く燃えている。

 二人が、じっとレグルスの顔を見る。先に口を開いたのは、デネボラだった。


「キミの言うことには、まったく根拠がないね。でも、頼もしい言葉だ」


 その顔に、もはや不安の色はない。


「ボクはずっと薄氷の上を歩いてきたんだ。もっと足元が危うくなったって、歩みを止めたりはしない。レグルス、ボクはキミに賭ける」


 その瞳に、銀色の炎が揺らめいている。

 レグルスにはわかった。デネボラは、この一瞬で、アステラパシーを撥ね除けた――アステラパシーの影響を、堅固な意志で打ち破ったのだと。


「ボクの心は、誰にも操らせない。神にだって」


 やはりデネボラは格好いいとレグルスは改めて思う。ユアンも、デネボラに憧憬のまなざしを向けていた。


「やってみなければ、何も変わらない……」


 ぼそりと呟いたユアンは、テーブルの上でぎゅっと拳を握っている。きっと、少しだけ背中を押せば、ユアンも不安に打ち勝てる。


「……ユアンなら、さ」


 自然と湧き出た言葉を、レグルスは口にした。


「いつも通りやれば、できるよ」

「……っ!」

 

 ユアンがそう言ってくれたから、レグルスは初めての試験を乗り越えられた。

 見開かれたすみれ色の右目に、レグルスの姿が映って揺れる。ユアンは一度目を閉じて、唇を震わせながら、


「……わかった。俺は、エルトファルを演じる」


 と、静かに言った。


「じゃあ、台本を直さないとね」


 デネボラが言うと、案の定、テーブルの上に台本が三冊現れた。ページをめくってみれば、それぞれに自分たちの書き込みがあった。

 レグルスは再び椅子につき、台本と同時に現れたペンでストーリアに手を加えていく。


「じゃあ、サジェの名前をエルトファルに書き換えて、ブランヴァのセリフは敬語にして……」


 その様子をユアンとデネボラが左右から覗き込み、逐一意見をくれる。

 三人は時間を忘れ、修正に没頭した。




        ◇ ◇ ◇




「このセリフはブランヴァじゃなくて、エルトファルが言うことにして……これで……よし!」


 一仕事終えたレグルスは、ふうと細く息を吐いた。


「あとは、おれがちゃんとブランヴァをやれるかどうかだなあ」


 テッラ・アステラを宿すレグルスは、ブランヴァを演じたことなどない。今さらながら、不安が襲ってきた。まったくやったことがない役を演じるのは、三人のうちレグルスだけだ。

 ユアンは言う。


「話の内容を丸暗記するくらい見たんだろう。〝月明の剣〟を、アステラヴィジョンで」

「まあ……」

「脚本を直したのも君だ。きっと、俺以上に頭に入っている」


 デネボラもユアンに同調する。


「うん、うん。レグルス、キミはキミが思ってるよりも、できるよ」

「デネボラさんまで……」

「さあ、まずは一度合わせてみようじゃないか」


 デネボラはアステラ・ブレードを発現させると、軽やかにステップを踏んだ。


「レグルス。これまでも、君はしっかりやってきた。努力してきた。だから……」


 ユアンもアステラ・ブレードを発現させ、一振りした。


「いつも通りやれば、できる」

「……うん」


 腰に提げた鞘をイメージして、アステラ・ブレードを抜き放つ。その刀身は、炎を纏ってはいない。ただ、ほのかな緋色に輝いている。


「じゃあ、エルトファルがカノープスとブランヴァを助けてくれる場面から!」

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