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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
7/33

旅立ち

 子供たちに魔法を教えていた日の翌日。

 アラン、ルートス、ミーシャ、アルの四人は村の中をギルドへ向かって歩いていた。


「なあ、アル」

「ん?」


 アランが不意にアルへと話しかける。


「お前、結構腕のいい魔術師だけど……有名人だったりする?」


 ピクリ、とは反応しない。そこはベテランの冒険者として、許容できることではなかった。

 アルは立ち止まり、ただアランに視線を注ぐ。


「……なんで、そう思った?」


 数秒間の沈黙の後、アルがぽつりと呟いた。


「魔術の腕もそうだけど……ずいぶん前にここへ来た冒険者に、雰囲気が似てたから?」


 アランは、去年の夏にカル村を訪れたアルファ率いる『皓月千里』というSランクパーティを思い出しながらそう告げる。

 彼らの、腕利きの冒険者の持つ格の違いというものを、アランたち三人は経験している。

 アランの言葉はルートスもミーシャも思っていたことなのか、はっとして後ろのアルへと視線を向ける。


「…………」

「…………」

「……なるほど」


 短く呟くと、アルは面白いとでも言いたげな笑みを浮かべた。


「そうだな。黙っている理由はもう既にない、か」


 諦めたようにため息を吐くと、アルは空を見上げる。


「先に、あっちだな」

「……?」


 アランたち三人も背後の空を振り仰ぐ。すると、そこにいたのは三メートルほどの体長を持つ銀色の鷲。


「なっ!?」


 ルートスが驚きの声を上げる。その鷲は、一般的には雷鳥と呼ばれるAランクの魔物だ。しかし、だんだん近づいて来るに連れて見えるのは、普通の雷鳥とは違う四枚の翼だ。

 銀色というだけで他とは違うのだから、既にあの雷鳥は希少種扱いだ。そうである以上、ランクは一つ上、Sランク指定になる。

 そんな魔物がこちらに向かって飛んできているのだ。襲撃を受けることになるのではないかと思うのは、当然だった。

 村でも空の雷鳥に気づいた者は騒ぎ出しており、ギルドに飛び込む者が増えてきた。

 やがて雷鳥がアランたちの下にまっすぐに突っ込んできた。アランは魔術式を組み始めるが、その前にアルが彼らの前に出た。


「なっ、アル!?」


 ミーシャが咄嗟に叫ぶ。いきなり雷鳥から自分たちを庇って前に出たのならば、かなり危険なのではないか、と。それはアランとルートスも同じだ。

 だが、そんな三人の心配など他所に、アルは両手を横に広げた。すると、今まで猛突進してきていた雷鳥は前方に羽根で風を送り、スピードを急激に落とす。

 体長三メートルの鷲が近くに現れたのだ、アラン達の驚きはただでは済まないだろう。


『ぬっ、なぜ止めるのだ! 我が主よ!』

「落ち着け、馬鹿が」

「アルスレンド様!」


 そんな若い男の声が聞こえ、雷鳥の背から降りてきたのは青い髪を持つ青年だった。

 黒い外套に槍を携えた青年は、アルに向かって走り寄り、片膝をついた。


「お迎えに上がりました。この度のご無礼をお許しください」

「構わない。それより、悪かったな。上げてくれ」

「いえ、こちらこそ、貴方をお守りするのが私どもの役目のはずなのに……あのようなことになってしまい……」

「だから、良いって。こいつらに助けられたからな」


 アルは呆然としているアランたちを振り向いてそう言う。

 はっとした青年が、さっさと立ち上がってアラン達に歩み寄る。そして彼らの目の前まで来ると、礼儀正しく頭を下げた。


「初めまして。私はこのお方に使えるウォル・ダグレアウセと申します。我が主をお助けいただき、誠に感謝を致したく存じます。先ほどのご無礼、どうかお許しいただきたい」


 ウォルは頭を上げると、アルを振り向いてぺこりと頭を下げた。


「悪い、ついて来れてるか?」

「……全然」


 ルートスが代表して答える。

 アルは苦笑を浮かべて追加で告げた。


「紹介する。俺が呼んだ迎えの奴らだ。この雷鳥は極夜、俺の従魔だ。あと二匹いるはずなんだが」


 アルはウォルへと視線を向ける。すると、彼はうなずいて言った。


「彼らは遅れて来ます。極夜が貴方様を見つけた瞬間、一気にスピードを上げて来たもので」

「……そうか」


 いつの間にか、極夜と呼ばれた雷鳥は三十センチほどの体長になっており、アルの左腕に停まっている。アルは小さく答え、改めて三人へと視線を向けた。


「つまり、アルの、仲間?」

「なっ……! アルスレンド様を呼び捨てとは!」

「ウォル、待て」

「……はっ」


 アルが制止をかけると、ウォルはすぐに大人しくなる。

 だが、アランに向けられるウォルの威圧が彼に口を開かせなかった。


「とりあえず、騒ぎを治めよう。主に、ギルドの」

「そ、そうだな。アル、ちゃんと説明してくれるんだよな?」

「ああ、もちろん」


 笑みを浮かべてうなずいたアルを見て、訊ねたルートスも笑みを浮かべた。


「し、しかし、アルスレンド様……」

「良いんだ。彼らなら……」

「……貴方様がそうおっしゃるのであれば」

「ありがとう」


 そう言って、彼らはギルドに向かって騒ぎを鎮めるべく説明をするのだった。




 アランの家の中。

 そこにいるのは、アランとルートス、ミーシャ。そしてアルにウォル、体を小さくして大人しく鎮座する金色の毛並みを持つ九尾、そして銀色の毛並みを持つ翼狼と、極夜だ。

 狭いアランの部屋では少々狭かったが、我慢できないほどでもない。

 ウォルはアルの護衛だからと彼の後ろに立ったままだ。


「さて……何から話したものか……ああ、ちゃんとした自己紹介はしていないんだった」


 アルは右手を胸に当て、そっと告げた。


「俺の名前はアルスレンド。アルスレンド・ネロヴァッサー。Aランク冒険者だ。こっちはさっきも言ったけど、従者のウォル・ダグレアウセ。Bランク冒険者だ。鷲は極夜、狐は白夜、最後に狼は水狼エクロス。この三匹はみんな、俺の従魔だ」

『なっ、鷲とは、我をただの鷲と一緒にしないでもらいたいの』

『主、極夜が鷲だろうがなんだろうがどうでも良いのですが、私を狐と一緒にするのはどうかと思いますが』

「元はそうだろうが」

『ぐっ……』


 主にそこまで言われてしまったら、彼らも返す言葉がなかった。それに、ここで無駄な時間を使うのは嫌だというのもあるのだろう。


「……悪い。で、えっと」


 アルの名を聞いて呆然とするアラン達を見て、アルはため息を吐く。咳払いをすると、ミーシャが我に返って訊ねた。


「ねえ、アルって、名字持ちだったの?」


 名字というのは、この世界では地位の高い者が持つものという印象が強い。実際にそうであるし、功績を積んだ者には冒険者だろうと平民だろうと家名が与えられることがある。

 そんな者たちは、一般市民に敬われる。

 当然、それで調子に乗った貴族は権力を振りかざすが、幸いというべきかアルは平民の出で立ちだ。

 田舎生まれの田舎育ちであるアラン達が、アルの正体に気づけなかったのも仕方ない。


「アルスレンド様は素晴らしいお方なのだ。どんなに身分の低い者でも、困っている者へ手を差し伸べるようなお方だ。だが……人間どもめ……」


 ウォルの目には、憎しみにも似た色がある。どうやら、ウォルは人間をあまり……どころか、かなり嫌っているらしい。だが敬愛する主の命の恩人である以上強く出ないのはまだマシなのだろう。


「ああ。……そこで、だ。俺は、お前たちにちゃんとした恩を返したいと思ってる」

「待て、待て。お前からの恩返しなら、もう十分以上にされてるんだぞ? これ以上何かもらっても……」

「アルスレンド様が何をされたかは知らないが、このお方のお命はそんなに安いものではないぞ!」

「ウォル」

「……はっ、失礼致しました」


 ウォルは苛立ちを吐きだしたが、アルの一言で鎮まる。


「……と、そういうわけで、こいつの気が済まないらしい。俺としても、ちゃんと自分の気が済むまで恩を返したい。……アラン、俺と一緒に来ないか?」

『は?』


 アランだけでなく、幼馴染みでパーティメンバーでもあるルートスとミーシャも声を上げた。


「都を目指してる……って聞いたんだ。だから、俺と一緒にパーティを組んでほしい」

「アルスレンド様……」


 ウォルが心配そうに声をかけるが、アルは彼を安心させるように微笑む。


「大丈夫だ。彼なら、信頼できる」

「はっ」


 ウォルはアルに信頼の視線を送り、それ以降は何も言わなかった。


「それで……どうする?」


 アルはアランを試すかのような視線を送っていた。だが、アランはすぐに首を横に振る。


「ど、どうしてだ、アラン? アルが都に連れて行ってくれるって言ってるのに」

「そうだよ。……チャンス、なんだよ?」

「そう、だな。けど、それじゃ駄目なんだ」

「ほう?」


 アルは感心したように目を細める。膝の上で気持ちよさそうに寝ている白夜を撫でながら、アルは言った。


「そう思った、理由は?」

「俺は、約束したんだ。自分の力で成り上がって、自分の力で都に行くんだって。だから、誰かに頼って行くんじゃなくて、全部自分で成し遂げたい。それに……」

「それに?」


 一旦言葉を切ったアランに、アルは視線を注ぐ。アランはルートスとミーシャに視線を向けて、続けた。


「俺はルートスとミーシャと、三人で都に行くって決めたんだ。だから、お前には頼らない。たしかに、アルというAランクの冒険者と一緒に行けば憧れていた都には行けるかもしれない。……けどそれじゃ、駄目なんだ。俺のためにならないし、何の力にもならない。だからこそ、もっと力をつけて、みんなで行きたいんだ」


 アランの必死な目を見て、アルは数秒間黙る。彼の膝の上で目を瞑っていた白夜が、その真っ赤な目を開く。


「……なるほど」


 不意に、アルは呟く。そして笑みを浮かべると、くすくすと笑い声を上げ始める。


「なっ、何がおかしいんだ!?」


 ウォル達のようにアルとの付き合いが長い者は、これがアランを馬鹿にした笑いではないとわかっているために何も言わない。だが、アラン達にとっては馬鹿にした笑いのそれに聞こえていた。

 それが面白いはずがなく、少し不愉快そうに眉を顰めるのだった。

 だが、彼が苗字持ちで、忠実な従者や従魔が傍にいる中では、力も権力もない自分たちが強く出られる立場ではないことはわかっていた。


「……はあ。そうか、なるほど。あいつの言っていた通り、か。気に入った」


 アルは目に浮かんだ涙を拭い、アラン、ルートス、ミーシャへと順番に視線を向けた。


「決めた、ウォル。やっぱりこいつら、都に連れて行くべきだと思うんだが」

「そう、ですね。アルスレンド様がそう感じられたのであれば、そうなのではないでしょうか」

「また、いい加減な。……まあ、いいか。アラン、悪かった。ちょっと試してみた」

「は?」

「数ヶ月間ここで過ごしてみてわかった。この村はみんながみんな助け合って暮らしている。今までに俺をこうして助けてくれた人はいた。だけど、その者はみんな下心を持って俺を手当てしていたんだ。だからこそ、この村の空気は新鮮だった……」

「アルスレンド様……」


 ウォルが何か嫌なことを思い出したのか、不愉快そうに顔を歪めて下唇を噛む。


「だからここに残ったんだよ。……ジャノンのあの言葉がなきゃ、すぐにでもここを出てたくらいには、温かかった」


 しみじみと呟かれるアルの言葉は、紛れもない事実、そして本物だった。

 アラン達もそれを聞いて、先ほどのアルの笑いは、アランの言葉を馬鹿にしたものではないということを悟った。


「お前が俺の言葉にすぐに飛びつくような奴ならそれまでの男だと思っていたけど……自分の力で、か。ははっ、予想の範疇だ。けど、三人で……みんなで行きたいって言ったのは完全に予想外だった」


 ルートスとミーシャに視線を向けると、彼らは自分たちの友人であるアランを誇らしげにしているかのような目をしていた。

 それを見て、アルは息を吸う。


「アラン。ルートス、ミーシャ。これは俺からの頼みだ。どうか、一緒に都まで……いや、できればこれからも、一緒に旅をしてほしい」


 アルは白夜を降ろしてから立ち上がり、頭を下げた。

 まさかAランク冒険者に頭を下げられるとは思ってもみなかったのか、三人は呆然とする。

 彼が何故依頼として都まで……そしてこれからの旅に同行してほしいといったのかはわからない。

 だが、あれだけアラン達に敵対的な態度を取っていたウォルですら、不本意ながらも主とともに頭を下げている。


「……なぜ、と聞いても?」

「空色の瞳」

「え?」


 アルの言葉にした意味がよくわからなかったアランが声を上げるが、ルートスとミーシャはこの中で唯一空色の虹彩を持つアランに視線を向けた。


「知ってるか? 目の色ってのは人の魔力量を示すものでもあるんだ。最高が俺たちの持つ青色。そこから数えて四番目のものが、アランの空色なんだ。その下にいくつもの段階がある。だからアランは魔術師なんだ。……いや、魔術師だから、空色の目なんだって言った方がいいのか」


 呆然とするアラン。自分が魔術師であることは当然知っていた。だが、まさかそれに目の色が関係してくるとは思いもしなかったのだ。


「お前には武術にも、魔術にも才能を持っている。……ファラン達にも言ったんだが、こんなところで油を売っているような人材ではない」

「…………」

「世界に飛び出す可能性のある奴を放っておくのも俺としては許せない。……簡単に言ってしまえば、それが理由だ」

「……そう、か」


 アランは呆然と呟く。

 アルはもう、アランの両親には許可を取ってあると言った。なら、あとは自分が決断するだけ。

 自分たちの力だけで都に行ってもいい。だが、そうしたらそれだけで潰れてしまう可能性があるのだとアルは言う。

 だからこそアルは自分と一緒に来いと言っているのだ。

 ルートスとミーシャはそんな彼を心配そうに見つめるが、アルの言葉を聞いたアランの行動は早かった。


「行く」


 強く、意志を固めた目をアルに向ける。きっと世界に出ると決めたアランだ。"白の魔術師"にいつか挑戦するという夢を持った少年は、まず世界に出るのだと決める。

 そうでなくては、"白の魔術師"は自分に興味すら抱いてはくれないだろう。

 彼は世界的に有名であり、世界的に憧れられている存在だ。そうなれば、そんな彼に憧れる者たちは少しでも自分という存在を彼の中に刻み込みたくて、様々なアピールをする。

 話しかけたり、模擬戦を申し込んだり、プレゼントをしたりとさまざまだろうが、世界中で有名な彼だ。今までに何度もそんなことはあっただろう。

 そんなことでは彼の中に自分という存在は刻み込まれない。だったら、自分も有名にならなくては。そうでなければ、自分の努力は報われない。彼と力が中途半端な時に戦っても、再戦ができない。

 そんな思いから生まれたのが、アランのその強い意志だった。

 それを敏感に感じ取ったアルは、笑みを深めてルートスとミーシャに視線を向けた。


「アランはそう言ってるけど……お前たちは、どうする?」

「え? アランだけなんじゃないのか?」

「当り前だろう。彼はお前たちと都に行きたいと言っている。なら、連れて行かないという選択肢はない」

「あ……え?」


 ミーシャも困惑を露わにして呟く。アランは当然のように告げたアルへ期待を込めた視線を送り、弾んだ口調で訊ねた。


「なあ、本当なのか?」

「嘘をついてどうする? ……俺は、この村を世界的に有名な冒険()()の出身地にしたい。そういった形で恩返しが出来たら、きっといいかな……って、そう思っただけだ」


 アルとしては、自分が有名になった時に感じた孤独を知っている。彼には家族がいるが、今は……いや、今もほとんど家には戻っていない。

 だからこそ、そんな自分のようにアランが寂しさを感じないように、ルートスとミーシャを連れて行くと言ったのだ。

 彼が、こんなにも明るい彼が、寂しさや孤独を感じないように。

 そんなアルの想いには気づかないアランだったが、ウォルやルートス、ミーシャは気づいていた。

 アルの優しさに嬉しくなったルートスとミーシャが、視線を交わして互いにうなずいた。


「俺たちも連れて行ってくれ」

「私も。せっかくのチャンスだから、どうせなら世界で有名になってやるんだからね」


 気合を込めて呟かれた少年と少女の言葉に、アルは優しげな笑みを浮かべてうなずくのだった。


主な登場人物


○ウォル

??? 年齢不詳 男

アルの忠実な従者で、アルに心酔している。槍の使い手であり、Bランク冒険者。

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