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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
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大人と子供

「い、今のは、お前が……?」


 白い槍が消え去ったのを見て、ジャノンがアルを振り返りながら呟く。そしてそれを見て、アルが息を切らしながらうなずく。

 男が消え去ったギルドの庭。

 そこでは、ただ沈黙が広がっていた。

 村人たちも、外で雪が降っているにも関わらず出てきていた。風はほとんど治まっており、今空から降ってきているのは白い雪。


「……っくしゅ」

「ああ」


 くしゃみをしたアルに、アランが毛布をその肩にかける。

 そのくしゃみが沈黙を破り、ギルドの中や村にもざわめきが戻る。


「大丈夫か?」

「あ、ああ……悪い。……本当に、申し訳ない。完全に巻き込む形になってしまって……」


 アルは床に座り込んだまま、うつむく。こうなってしまったら、もう後戻りはできないと、涙すら流した。


「おら、泣くな。言っただろ、こっちから巻き込まれたんだって。お前はまだ子供なんだから、大人を頼れ」

「なっ……! 俺は子供じゃねえっ!」

「じゃあなんだ? 泣き虫のガキか?」

「ちげえ! これでもちょう……ちっ」

「ちょう? なんだ?」

「ああ、くそっ」


 舌打ちをしたアルだったが、ジャノンはそんなアルの様子を見て頭を乱暴に撫でた。


「うっ!?」


 アルは少し嫌がって抵抗を見せたが、それもすぐになくなる。


「おう、元気になったようで何よりだ。俺たちのこたぁ気にしなくていいから、お前は好きな時に俺たちを頼ってくれていい。なあ?」


 アルの背後にいるギルド職員や冒険者達に視線を向けながら、ジャノンはそう訊ねる。アルが振り返ると、彼らは笑みを浮かべてから黙ってうなずいた。


「ほら、な? お前は、自分を粗末にするような歳じゃねえ。もっと自分ってやつを大事にしろ。子供は大人を頼りながらでも、成長できるんだからな」

「っ……」


 アルは再び目に涙を溜める。

 その宝石のように透き通った青い目が、その涙で更に美しくなったようだった。

 だがアルはそんなことはどうでもいいとばかりに、ただ子供のように泣きじゃくった。嬉しくて、悲しくて、自分に対して押し寄せてくる後悔と悔しさとともに、アルはそれを涙として流した。

 アランはそんなアルの背中をさすってやる。そっと、笑みを浮かべながら。


「おう、泣くだけ泣け。男だからって泣いちゃいけねえって決まりは、ねえんだからな」


 涙もろいレイヴァの少年は、この時、久しぶりに人の温もりというものを感じて嗚咽を漏らすのだった。


 *


「なあ、あんた! こっちも頼むよ!」

「はい!」


 そう言って笑みを浮かべながら水を生み出すのは、アル。

 冬が終わり、春を迎えたある日の朝。アルは、畑を耕し水を撒く手伝いをしていた。

 傷はすっかり治っており、最初こそ人見知りをしていたものの、村の者たちとはだいぶ慣れてきていた。

 人見知りな性格とはいえ、犬系の性質を持っているアルは寂しがりな性格だ。更にレイヴァの特徴の中にも、寂しがりな性格というものがある。故に、寂しがりが倍増しているのだ。

 そんな彼が、村人たちに仲良くしてもらって打ち解けないはずがなかった。


「あんたがいてくれて助かるよ。いつもはアラン一人だからねえ……」

「他に魔法使いはいないんですか?」

「いやあ、何人かはいるんだけどね。水属性の使い手がいなくて……」

「……五十五年くらい前のロクベイ村大火事事件を思い出すな」

「ん? 五十五年前のって……あんた、その事件知ってるのかい?」

「有名ですからね。これでも冒険者なので、歴史には詳しいですよ」


 アルのそんな言葉を聞き、老婆は優しげに笑みを浮かべながら、そうかいそうかい、と感心したように何度もうなずく。

 アルが水を撒きながら……魔術を使いながら話ができるのは、彼が魔術を相当使い慣れているということの証だ。

 村人たちが早くアルを受け入れられるようになったのは、これもその理由の一つだった。


「ところであんた、他の属性も使えるってのは本当かい?」

「え? はい、使えますが……」

「何を使える?」

「え……」


 アルは少し困惑したように老婆を見つめるが、その際にも正確に水を畑へ撒いているのだからさすがと言えるだろう。


「えっと……ああ、そうか。魔術師は基本、全属性に適性があるんですよ。俺も例外ではないので、十八属性、使えます」

「え? そうなのかい?」

「はい。……たまには例外もいて、魔術師でもいくつか使えない属性があったり、使わない者もいたり……あるいは、一桁の数の属性しか操れなかったりする者がいるんです」

「一桁しかって……普通は適性がないか、三つまでの属性なんだよ?」

「ふふっ、そうですね」


 アルは春の日差しに輝かんばかりの笑みを浮かべて、そう返した。

 ここは都から離れた田舎だ。魔術師はただでさえ少ないのだから、ここで魔術師の素質を持つものが産まれることはやはりほとんどないのだろう。だからこそ、魔術師が基本は全属性使うことができるのだと聞いた老婆は驚いたのだろう。


「なら、子供たちに魔法を教えてやってくれないかい? あと、アランにも他の属性の魔術を教えてやってほしいのさ。都を目指す者として、あの子は今頑張ってるからねえ。頼めるかい?」

「都?」

「ああ、そうさ。あんな才能のある子をこのままここに燻らせておくわけにゃいかないんだよ。……まあ、今は水属性の魔法を使えるもんが自分以外にいないからと、そんな理由でここに残ってるがね」


 少し残念そうに呟く老婆。

 アルは、そんな彼女の様子を見て、水を撒き終わったので魔術式を崩して水の放出を止めた。


「……なら、俺が子供たちに魔法を教えますよ。水属性の適性がある子供たちも、何人かいましたし」

「え? 本当かい? ……適性なんて、わかるのかい?」

「これでも魔術師なのでね。彼らの魔力が見えるので」


 ははあ、と言いながら感嘆の息を漏らす老婆。すると、今度は笑みを浮かべて椅子から腰を上げた。


「なら、村長に聞いてみると良いさね。今日はたぶん、もう仕事が終わるころだろうからね」


 老婆が視線を向けた先にアルも視線を向ける。すると、そこにいたのは仕事を終えたアランとルートス、ミーシャの姿。


「……わかりました。じゃあ、帰りますね」

「ああ、ありがとうね。今日は本当に助かったよ」


 笑みを浮かべてそう言ってくる老婆に対し、アルも笑みを浮かべて軽く手を振る。


「アルー! 帰ろうぜ!」

「ああ。……っと、その前に、村長に会ってきたいんだが、いいか?」

「ん? ああ、まあ、いいけど」

「ありがとう」


 アルのその言葉を最後に、彼らは歩き出した。




「おにいちゃ、できたよ!」

「おお、すごいな。その調子だ。何度も繰り返しそれをやるんだ。そうすれば、魔力の消費が少なくなる。……ああ、疲れてきたらやめるんだぞ。じゃないと、死んじゃうぞ」

「わかった!」


 元気よく返事をした男の子は、手のひらにもう一度水を浮かび上がらせる練習をする。

 この男の子は魔法の才能があるらしく、他の子供たちのほとんどははまだ魔力操作の練習をしているのにも関わらずすでに属性操作まで感覚を掴んでしまっていた。


「おにいさん……できないよ……」

「ん? ちょっとやってごらん?」


 女の子に話しかけられ、アルはしゃがんで女の子の目線に合わせる。

 そうしてそっと話しかけると、女の子はうなずいた。


「んん……!」


 掌に一生懸命意識を集中させるが、魔力は漏れて外に出ていくだけで纏まらない。

 それは女の子にはわからなかったが、魔力は集まると可視化する。見えるようになったら次の段階に行くと伝えてあるので、いくら集中しても魔力の集まりが見えるようにならないのが不安だったのだろう。

 だが、アルには、女の子が何故魔力を纏めることができないのか、すぐに原因がわかった。

 故に、笑みを浮かべて優しく話しかけた。


「体に力を入れ過ぎなんだ。もっと力を抜いて、楽にしてやってみろ」

「……うん」


 女の子は深呼吸をする。

 そして、アルに言われたように体の力を抜いて手に流れる不思議な力を動かし、右手の掌に集中させる。

 すると、現れたのは灰色の魔力。

 それを見て、アルは笑みを深めた。


「すごいな、アル。お前、講師にでもなれるんじゃないか?」


 割り込んできたのは、ずっと子供たちの様子を見守っていたアラン。隣にいるルートスもまた、彼に同意するようにうなずいていた。


「やめてくれ。……おめでとう。これは物理属性の適性色だ。次の段階に行こう。……色々とあるけど、どうする?」

「いろいろ?」

「ああ。じゃあ、俺がその色々をやってみるから、好きなのを選ぶと良い。まずは……」


 そう言ってアルは立ち上がる。

 彼は掌を子供たちやアランとルートスのいない場所へと翳した。

 すると……


「え……!?」


 女の子が驚きを露わに小さく叫ぶ。

 子供たちも興味を示し、アルの近くを好奇心に染まった目で見つめていた。

 その視線の先にあるのは、木の根。


「これが植物性物質。次に」


 地面から生えてきた木の根はさっと姿を消し、次に空中に現れたのは液体。それも、様々な色をした液体だった。

 濃いピンク色をした物や、銀色の液体、更には水のように透明な色を持った物。他にもさまざまな色の液体を、アルは生み出していた。


「これは液体物質。水属性とは違って、完全な魔力のみで作り出す。植物も同じだけどな」


 次の瞬間には液体は姿を消していた。そして次にアルが生み出したのは……


「……鉱石?」

「正解。まあ、正確には化学物質なんだけどな。これを使って、様々な攻撃ができる。他にも色々と作れるが……例えば、自分だけには無害な毒物とかな」


 アルの周りに現れたのは、赤、青、緑、透明色の透き通った石だった。すなわちルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンドである。

 他にも、骨粉やステンレス、アンモニアなど様々な化学物質を生み出していた。

 さらりと物騒なことを口にしたアルに、アランたちの体は強張る。

 今すぐにでも自分たちを殺せるのだと口にされた気がしたからだ。だがアルにはそんなつもりはなく、アランとルートスの様子に気づいてはいたが特に気にせず続ける。

 続いて、空気・気体物質、ガラス、金属物質、電気などのそれらを魔力で生み出していった。


「す、すごい……」

「今やったのが、全部同じ属性、物理属性だ。水や電気、植物は、水と雷と森と同じじゃないかって言いたくなるだろ?」


 アルのその言葉に、女の子はこくり、こくりとうなずいた。


「けど、物理属性のこれらは普通のものと違うんだ。雷属性の電気は、じめじめした場所じゃうまく使えない。けど、物理属性の雷は、それを全く気にせずに使えるんだ。……わかるか?」

「う、うん! すごいね! ぶつりぞくせい!」


 女の子は好奇心に目を光らせてそう言う。


「でも、なんでかみなりはじめじめしてるとつかえないの?」

「雷はじめじめが嫌いなんだ。だから、あまり力を出してくれない」

「へえ」


 女の子は相槌を打つ。その後ろでは、アランが興味深そうにして聞いており、アルの真似をして物理属性を使ってみようとしていた。

 だがアルは特に気にせずに説明を続ける。


「だけど、いいか? 液体物質の魔法で作った水は、飲んじゃだめだ」

「……どうして?」

「物理属性の特徴は、完全に魔力で生み出すことなんだ。元々攻撃用の魔法だから、人の体には良くない」

「そう、なんだ……」

「だけど、君は将来強くなる。どれか一つを選んでそれを極め……練習して強くすれば、この村で最強の魔法使いになるかも知れない」

「ほんと!?」

「ああ」


 アルは笑みを浮かべて、女の子の頭をそっと撫でた。


「えへへ」

「ほら、他の奴らもこの子に負けないように練習しろ? 誰だって練習さえすれば、強くなれるんだ。村で最強を目指して、大人たちの役に立て」

『はーい!』


 女の子ばかりが相手にされて少し面白くなさそうにしていた子供たちだったが、アルの激励の言葉で元気を取り戻したのか、アルに褒められたい一心で再び魔法の練習を始める。


「……お前、本気でこの村の先生やらないか?」

「無理だよ。こっちはこっちで、色々あるし……」


 アルはしみじみと呟く。そしてふと空を見上げると、アランとルートスも釣られて同じ方向を見上げる。


「……帰らないとな」


 ふと、アルが呟く。

 魔法の練習に夢中だった子供たちは気づかなかったが、ただ空を見上げていたアランとルートスにははっきりと聞こえていた。


「……いいのか? ここから出たら……」

「いや、もう迎えは呼んである。たぶん、明日には来ると思うんだ」


 迎え、という言葉に二人は首を傾げたが、アルにそれを尋ねる前に先ほどの女の子がアルに話しかけていたので機会を失うのだった。


 *


『馬っ鹿。何やってんのさ』

『うるさいわ。お主こそ、何をやっておったのだ? あの時主の傍に居ったのではなかったのか?』

『こっちにも事情ってもんがあるんだよ。だいたい、主がピンチの時、あんたは一体どこをほっつき歩いて……飛んでたんだい?』

「こら、空の上で喧嘩をするな。あのお方がお聞きになられたら、またお叱りを受けることになるぞ」

『ふん。わかってるよ』

『フンッ』


 晴れ渡った空の上。上空百メートルほどの高さを飛ぶ、そして駆ける者たちがいた。

 体長一メートルで金色の毛並みを持ち、ルビーよりも美しい真っ赤な瞳の獣の名前は、一般的には『九尾』と呼ばれている。九本の尻尾を持つ、Aランク指定の魔物だ。

 だがこの九尾は魔力によって生み出された存在であり、普通なら炎属性を持っているのだが、彼女は炎以外にも複数の属性を持っている。

 例えば、霊属性。例えば、氷属性。

 全部で五つの属性を持つこの九尾は、希少種と呼ばれる魔物だ。

 一般的には、希少種や上位種といった存在は、元になった魔物のランクより一つ上のカウントとなる。つまり、この九尾はSランクの魔物の扱いとなる。

 そしてその隣を飛んでいるのは、三メートルほどの体長を持つ鷲だ。

 だが、当然の如くただの鷲ではない。

 鷲が元になったその姿は、またAランク指定の魔物である雷鳥(サンダーバード)だ。だが、普通は一対の翼を持っているのが雷鳥なのだが、今九尾の隣を飛んでいる雷鳥は銀色の羽根を持ち、二対――つまり四枚――の翼と普通の雷鳥とは違う長い尻尾を持っている。

 サファイアより美しいその青い瞳は、今は苛立ちに歪んでいる。

 そして、普通は雷属性だけを持っているはずが、この雷鳥は雷以外にも三つの属性を持っている。故に希少種という扱いになり、この雷鳥もまたSランク指定だ。

 そしてそんな雷鳥の背に乗って喧嘩していた彼らを注意した人物は、青色の髪を持ち、黒い外套に黒い服装で纏めた青年だった。

 左手には魔槍を携えられており、風になびいて髪と外套が踊る。

 顔立ちは整っており、髪と同じ色の虹彩を持つ瞳は眠たげに細められているが、主を想う強い意志はそこにはっきりと存在していた。


『お前ら、ウォルの言う通りだぞ。素直に聞いたらどうだ』

『うるさいね。だから喧嘩はやめただろうに』

『……はあ』


 ウォルと呼ばれた青髪の青年に続いて九尾と雷鳥を注意したのは、白銀の毛並みを持つ、立派な翼を持った狼だった。深い海の如き瑠璃色の目は、彼を生み出した者と同じように人を惹きつける。

 すなわち、翼狼である。白い花畑でアランとミーシャが見た、体長二メートルほどの、翼を持った白銀の狼。

 翼狼はもともとSランク指定の魔物だ。

 不幸な人の夢の中に現れては希望を与えると云われている翼狼だが、この翼狼は主にのみ忠実な、文字通りの意味での忠犬だ。

 普通は属性を持っていない翼狼ではあるが、清い心を持つ者以外には凶暴な狼と化す。純粋な身体能力のみで、下心を持って近づいてきた者に対して自己防衛のための攻撃を放つのだ。

 この翼狼も、実は希少種である。故にSSランク指定となるのだが、九尾と同様見た目ではわからないのでSランクの魔物として見られることだろう。


「とにかく、急ぐぞ。僕らがのんびりしていたら、あのお方を待たせてしまうことになる」

『わかっておる。ほれ、行くぞ』

『うっさいね。わかってるって言ってるのに』

『だから、どうしてお前らは喧嘩腰なんだ……』


 呆れたように呟く翼狼だったが、ウォルも諦めたようにため息を吐くだけだった。


主な登場人物


○アル

レイヴァ、獣人(?) 年齢不詳 男

カル村付近の丘で倒れていた少年。深い事情を抱えている。

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