環境は人を変える
「はいサラダ」
「はいどーも」
「はいサラダ」
「はいどーも」
サラダをひたすらよそっては渡すという作業を繰り返した。単純な繰り返し作業というのは、僕らにとって得意分野である。簿記というものは意外とルーティーンワークである。ただし、同じものを正確に作業を実施することは意外と難しいものである。こればっかりは、やったものにしかわからないかもしれない。毎日の繰り返しが、僕らの知らない世界に連れって行ってくれるはずだ。例えば、無理だと思っていた難関資格にも合格する瞬間に立ち会えるとか。ふふふ。
僕は、妄想を繰り返してニヤけているうちに、サラダを盛りすぎていることに気がついた。幸い、サラダはすでに宿泊の人全員に届いており、僕らの分をよそった分だった。僕は、野菜があまり好きではなかったので、橋本の分といって僕は進に渡した。
料理を全員に配り終え、宿泊客の中で一番最後の夕食となった。
「いただきます」
僕は、卵焼きをほおばりながら周りの景色を見回した。若いカップル、小さい子供連れの家族、熟年のカップルの方々が、美味しそうにご飯を食べていた。
「どうしたの」
橋本が、大量に盛られたサラダの器を左手に持ってパクパクとテンポよく葉っぱを口に入れていた。
「いや、なんていうかさ。ボロいって言ったら失礼かもしれないけど、こういう旅館でも人はいっぱいいるんだなって」
「そうォだねぇ」
むしゃむしゃとほおばる橋本は、適当な相槌を打ってくれた。
「不思議だなぁ」
僕は、卵焼きを飲み込むまで、天井を見つめていた。行儀が悪いとは思っていつつも思考が止まらなった。ただ、卵焼きの美味しい味がわからないではないかと思い、今口に入れている部分だけで止めることにした。
「鮎川は、将来何になりたいの」
進が、鮎川に質問をした。そういえば、鮎川の将来の夢はあまり聞いたことがなかった。
「僕かい?そうだな。昔の僕だったら、東大、公務員か弁護士と言っていたな」
昔は。というフレーズに僕と進は気になった。
「でも、今の僕は少々違う。やっぱり人間的にまずは大きくならなくちゃダメだなと。勉強ができるから優秀な人間ということは絶対にない。君たちみたいに、頭が良いとか悪いとか関係なしに、ひたむきに頑張れる素直さと謙虚さ。僕には足りないものを持っている君たちに僕は追いつきたい。今の目標はそれだ。将来的には、世界で活躍したいから公認会計士になりたいかな。このまま簿記を続けるならね」
鮎川も公認会計士か。
でも、一つ納得がいかなかったことがあったので、僕と進はお互いを見合って言った。
「鮎川、一つ言っておく。俺らは頭いいぞ」
「そこかい」
僕らは、笑った。鮎川がそういう風に思ってくれていることは純粋に嬉しかった。しかし、勉強が得意な鮎川が人間的に大きな人間になったら、世界が変わってしまうのではないかとう焦りが生まれた。むむむ。簿記部は怪物を生み出してしまったのかもしれない(いや、鮎川を怪物と称するのは問題かもしれない)
「ごちそうさまでした」
僕らは、部屋に戻った。帰りの廊下で橋本が「ねぇ、サラダ多くなかった?」と桜に聞いていたのが耳に入ってきた。僕と進は笑いをこらえるのに必死だったが、なんとか気づかれずに部屋に戻ることができたのだった。




