結婚したら?
翌朝。
俺はいつもの機械的な電子音ではなく、〝匂い〟で目を覚ました。
「…………ん?」
布団の上でくんくんと鼻をならし、ゆっくりと身を起こす。
すぐに〝彼女〟と目が合った。
「――あっ、おにーさん起きた~? おはよっ!」
キッチンから声をかけてきたのは、眩しい笑顔の女子高校生である。
俺はしばらく呆然として……ようやく一声つぶやく。
「……あ……おはよう……」
「ん! 今日新しいバイトって言ってたしょ? このまま朝ご飯作っちゃうから気にせず準備してな~。まだ余裕あるだろーけど、身だしなみはキッチリねっ。てか言うの遅くなったけどお邪魔してますよー」
その手に持ったフライパンからジュージュー音を立てながら、さらに片手で割った卵をキレイに落とす女子高校生。
なんか前にもこんな夢みたような気が……と思いつつスマホを見ると時刻はまだ7時前。夏の熱気も比較的落ち着いている時間だ。そしてどうやら夢ではないらしい。
俺は状況を理解するのにしばし時間を要し、それから口を開いた。
「えーっと……メイ? い、いつから来てたんだ?」
「んー? 15分前くらいかな? 今日もまーた暑くなりそうだよねー」
「な、なんでこんな早くから?」
「今日学校行く用事あったからついでにねっ。ほら、もしおにーさんが寝坊からの遅刻コンボかましたら大変っしょ? だからいちおー様子見にきて、まだ寝てたからこれまたついでに朝ご飯ってカンジ? あ、おにーさん卵しっかりめと半熟どっちが好き? それともスクランブルエッグがイイ?」
「お、おお……じゃあ半熟で……」
「りょ。あっ、それからそっちにかけてあるシャツちょっとシワ残ってるから待ってー。後でサッとアイロンかけたげる」
「はい……ありがとう……」
「てかおにーさん左側の寝癖すごいし。顔洗うついでにちゃんと直しなね~」
こっちを見てけらけら笑うメイ。
俺は自身の頭に手を伸ばし、跳ねた髪に手を押し当てながら、そのまま布団の上でしばらくぼーっとメイの姿を眺めた。
制服の上にゆるキャラエプロンを着けているメイは、今日はポニテではなくいつものおさげスタイルで朝から楽しそうに鼻歌交じりで料理をしている。冷蔵庫から取り出したメイおすすめの味噌で味噌汁まで作ってくれているようだ。
「…………」
しばらく、そんなメイをぼうっと眺めてしまう。
──朝、起きたときに挨拶をしてくれる人がいる。
それはなんだか、とても不思議な感覚だった。
しかもその相手は金髪ギャルな女子高校生で、わざわざ起こしにきてくれただけじゃなく、朝ご飯まで用意してくれている。
なんつーか、これって……。
「――ん? おにーさーん? おーいどうかした? まだ寝ぼすけさんか~?」
料理の手を止めてスリッパをパタパタさせながらこちらに近づいてくるメイ。そのままずいっと前屈みになって俺の頬をぷにぷに突っついてきた。
メイの睫毛やっぱ長ぇなぁなんて思いながらふとつぶやく。
「いや……メイと結婚したらこんな感じかなぁって……」
「……へっ?」
一瞬だけ、二人の間で時間が止まったようだった。
大きな目をパッチリと開けたまま……メイの顔がじわじわと赤くなっていく。
そして動揺したようにわたわたと目を逸らして言った。
「お、お、おにーさん? い、いいっ、いきなりなに言ってんのっ?」
「ん……? なんか変なこと言ったか?」
「へっ? だ、だからその、あたしとそのっ! ……け、結婚、とか!」
「は?」
寝ぼけていた俺のトンチキ頭がようやく覚醒してきたようだった。
「…………っ!!」
俺は、自分が何を言ったのかハッと自覚して慌てて取り繕う。
「あっわっ、悪いっ! 寝ぼけて変なこと言った気にすんな独り言だから! じゃ、じゃあ俺顔洗ってくるから! ごめんっ!」
逃げるようにバタバタと洗面所に向かう俺。
水道からひねり出したぬるい水が冷たくなったところで存分に顔を洗う。バシャバシャ洗う。
――いやいやいや! 女子高生相手に何を言ってんだ俺は! マジで寝ぼけてんじゃねぇか! 今日は新しい仕事なんだからしっかりしろ!
「……よし!」
鏡を見て気合いを入れ直し、寝癖を整え始めたそのとき──その鏡にこちらを覗き込むJKの姿を発見。壁際から半分だけ顔を出して、じ~っと俺を見ていた。そんでもってなぜかスマホで写真を撮られた。
背後から謎のプレッシャーを感じつつ、俺は振り向かずにつぶやく。
「……ナゼミテルンデス?」
「朝ご飯できたよーって言いに~」
「あ、そ、そうか。ありがとう。えっと、なんで写真を……?」
「なんとなくー? あ、別にSNSにあげたり悪用なんてしないから安心していーよ。個人用なんで」
「こ、個人用? あ、髪直したらイキマス」
「うん」
だが、メイはなぜかまだじ~っと俺のことを見つめていて……。
「えっと……メイさん? ほ、他にまだなにか……?」
「……んふっ♪」
メイはニヤッと微笑むと、そのまま去っていってしまった。
「…………なんだったんだ? って、時間時間!」




