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境界接続  作者: ひでまさ
第一章 プロローグ
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第一章四節 プロローグ

「誰だ。何をしている」


積み荷の男の声が、倉庫に響いた。


ランプの明かりが揺れている。男は入口から少しずつ近づいてくる。片手に銃を持っていた。銃口はまだ定まっていない。だが、こちらを撃つためのものだということだけは分かった。


うさぎは木箱の影に身を沈めたまま、呼吸を止めた。


心臓の音がうるさい。喉が乾く。指先が冷えていく。


コウサカは腰のあたりへ手をかけていた。そこに銃があるのだと、うさぎにも分かった。


だが、すぐには抜かなかった。


「待ってくれ」


コウサカは両手を少しだけ上げた。


「人に頼まれてきた。あんたのよく知る人物だ」


男の足が止まる。


ランプの光が、積まれた木箱の側面を撫でた。開かれた箱。切られた縄。中身を確認された荷物。


言い逃れできる状況ではなかった。


それでもコウサカは声を乱さない。


「供給が間に合わない。早めに用意してくれと頼まれた。話が違うなら、確認してくれればいい」


男は銃口を下げなかった。


「誰に頼まれた」


「名前は出せない。あんたも困るだろう」


「ふざけるな」


男の声は低かった。


だが、すぐには撃たない。


コウサカはそれを見て、わずかに間合いを詰めた。


うさぎには分からなかった。ただ、彼が何かを測っていることだけは分かった。


コウサカの能力――生命探知。彼は、この倉庫の周囲に他の人間が来ていないことを把握しているのだろう。


ここで男を仕留めれば、まだ猶予はある。その間に逃げられる。


そう考えているのだと、うさぎは気づいた。


怖かった。


銃を持った男がいる。撃たれれば死ぬ。この世界で死ねば、現実にも戻れない。


説明された言葉が、今になって身体の中で現実になっていく。


死が、すぐそこにある。


ひよりが倒れた日の光景が、一瞬だけ重なった。刃物を持った男。赤く染まる服。動けなかった自分。


うさぎは両手で口元を押さえた。震えを止めようとした。けれど、止まらない。


コウサカはさらに一歩近づいた。


「落ち着け。撃てば音が出る。誰か来る。あんたも困るはずだ」


男の目が細くなる。


その瞬間だった。


空気が変わった。


警戒ではない。怒りでもない。


刺すような殺意が、うさぎの肌を貫いた。


それは言葉より早かった。男の肩がわずかに動く。銃口が定まる。引き金に指がかかる。


うさぎは考えるより先に叫んでいた。


「逃げて!」


銃声が響いた。


倉庫の暗がりが、一瞬白く弾けた。


一発目は外れた。弾は木箱の端を砕き、乾いた破片が飛び散る。


コウサカは反射的に銃を抜いた。


「くそっ」


彼も撃った。


薄暗い倉庫の中で、狙いは定まらなかった。弾は男の脇を掠めたらしく、男が短く呻く。だが倒れない。


次の瞬間、コウサカは銃を投げ捨てていた。


銃撃では勝てないと判断したのだろう。彼は床を蹴り、男へ飛びかかった。


男の腕を押さえ込む。銃口が天井へ向く。二人の身体が木箱にぶつかり、積まれた荷が崩れた。


うさぎは動けなかった。


目の前で人が組み合っている。殺し合っている。ほんの数秒前まで、自分は木箱の中身を書き留めていたはずだった。


それなのに今は、誰かが死ぬ。


コウサカの銃が床を滑っていた。うさぎの近くで止まる。


彼女はそれを見た。


撃たなければ殺される。


そう思った。


だが、手が動かない。


銃はただの道具ではなかった。人を殺すための形をしている。それを持てば、自分もその側に立つ。


それでも、コウサカは今、男を押さえていた。彼が死ねば、次は自分だ。


うさぎは木箱の影から飛び出した。


膝がもつれた。床に手をつきそうになりながら、銃へ手を伸ばす。


冷たい金属が指に触れた。


重かった。思っていたよりも、ずっと重い。


コウサカは男の背後に回り込み、首に腕をかけていた。絞め落とそうとしている。歯を食いしばり、全身の力を込めているのが分かった。


男の顔が赤黒く歪む。


だが、その手が腰へ伸びた。


刃物が抜かれる。


うさぎはそれを見た。


「だめ――」


声は間に合わなかった。


刃が、コウサカの腹部に深く刺さった。


鈍い音がした。


コウサカの口から、苦しむような息が漏れる。力が抜ける。男の身体から腕が離れた。


血が滲む。それはすぐに服へ広がった。


うさぎは考えずに飛びかかった。


男の腕にしがみつく。肩に体重をかける。銃を持つ手を押さえようとする。


「離れて!」


叫びはコウサカに向けたものだったのか、男に向けたものだったのか、自分でも分からなかった。


コウサカは腹を押さえながら膝をついていた。それでも、床に落ちた男の銃へ手を伸ばす。


男はうさぎを見た。


その目に、人を人として見ている気配はなかった。


次の瞬間、うさぎの身体は簡単に剥がされた。


あまりにも力が違った。


腕を掴まれ、振り払われる。視界が回る。


背中が壁に叩きつけられた。


さらに後頭部が硬い何かにぶつかる。


音が消えた。


一瞬、倉庫の全てが遠のいた。


痛みが遅れてやってくる。頭の奥で火花が散る。吐き気がこみ上げる。


うさぎは床に崩れた。


息ができない。視界が滲む。


それでも、コウサカが立ち上がるのが見えた。


彼は腹部から血を流しながら、男の銃を拾っていた。震える腕で銃口を向ける。


撃った。


銃声が響いた。


弾は男の肩に当たった。


男がよろめく。だが、倒れない。


コウサカはもう一度引き金を引いた。


音はしなかった。


弾切れだった。


男の顔が歪む。


怒りなのか、痛みなのか、笑みなのか分からない表情で、彼はコウサカへ歩いた。


コウサカは後ずさろうとした。だが、足がもつれた。


男の蹴りが、コウサカの腹部に入る。刺さった刃物の柄が揺れた。


コウサカが声にならない叫びを上げる。


男はその刃物を掴み、引き抜いた。


血が溢れた。床に落ちる。暗い赤が広がる。


うさぎは動けなかった。


頭が痛い。視界が暗い。耳鳴りがする。


それでも、男が刃物を握り直すのが見えた。


止めを刺すつもりだ。


コウサカは膝をついたまま、もう動けない。


うさぎは銃を握った。


いつ拾ったのか、分からなかった。ただ、手の中にあった。


だが、腕が上がらない。


怖い。


撃てば人を殺す。


撃たなければ、コウサカが死ぬ。次に自分が死ぬ。


そのとき、男の身体が不自然に硬直した。


何かが起きた。


男は刃物を振り下ろそうとしていた姿勢のまま、動きを止めた。顔が引きつる。目が見開かれる。


うさぎにも分かった。


さっき自分が壁に叩きつけられ、頭を打った衝撃。


それが、男に返っていた。


理由は分からない。仕組みも分からない。


ただ、男は自分と同じ痛みを受けていた。


接触したからか。押さえつけたからか。あの瞬間、何かが繋がったのか。


分からない。


分からないが、今しかなかった。


コウサカは血に濡れた手で男を突き飛ばした。男の体勢が崩れる。


うさぎは銃を持ち上げた。


腕が震える。照準など分からない。撃ち方も知らない。


それでも、銃口の先に男がいた。


男がこちらを向く。


その目が、うさぎを見た。


死が、そこにあった。


うさぎは引き金を引いた。


銃声が響いた。


衝撃が手首を突き抜けた。耳の奥が白くなる。


男の頭が弾けるように揺れた。


身体が一瞬だけ立ったまま止まる。


そして、糸が切れたように崩れ落ちた。


倉庫の中に、重い音が響いた。


男は動かなかった。


うさぎは銃を構えたまま、固まっていた。


煙の匂い。血の匂い。薬品の匂い。腐った港の匂い。全部が混ざって、息ができなかった。


コウサカが床に倒れ込む音がした。


それで、うさぎはようやく瞬きをした。


銃を握る手が震えていた。


撃った。自分が撃った。人を殺した。


その事実が、遅れて胸の中に落ちてきた。


うさぎは喉を押さえた。


吐きそうだった。


それでも、目の前の男は動かない。どれだけ待っても、起き上がらない。


彼女は震える唇で、声にもならない息を漏らした。


「……私が」


それ以上は言えなかった。


コウサカが苦しげに息をした。


うさぎは我に返った。


まだ終わっていない。


ここにいれば、誰かが来る。銃声は響いた。時間はもうない。


うさぎは銃を取り落としそうになりながら、コウサカのもとへ這うように向かった。


---


お読みいただき、ありがとうございました。


ついに発現した、うさぎの呪わしき力。そして、引き金を引いてしまったことによる取り返しのつかない現実――。


更新をどうぞお待ちください。

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