8.自己評価と荒療治
俺が通っていた中学校は受験して通うような進学校でもなければ、スポーツに力を入れている学校でもない。
何が言いたいかと言うと、俺が通っていた中学校の野球部は大して強くなかったという事だ。
そのくせ、部活の担当をしている先生が古臭い考え方をしていた為、野球部の部員は全員坊主にしないといけなかった。
野球自体は小学生の時からやっており、俺からすればその延長で中学でもやろうかなと考えていたのだが⋯⋯正直、坊主かぁとはなったな。
それでも野球部への入部を決めたのは当時の親友が一緒に入ろうと誘ってくれたからだ。他にやりたい部活もなかったし、誰とやるかを優先した結果⋯⋯俺は野球部に入部する事になった。
なんだかんだ野球は楽しかったので、部活を辞めることはなかった。引きこもりになるまでずっと野球部。必然的に中学時代はずっと坊主⋯⋯。
「俺がモテなかったのは⋯⋯坊主が原因?」
「可能性は高い気がするネ」
そんな馬鹿な⋯⋯髪型一つでそんな扱いが変わってたまるかと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「納得いかないのなら一つ想像してみるよ」
「想像?」
「イエス!ミーの髪型はイカしてるでしょ?」
「自分で言うんですか、それ」
いや、まぁ⋯⋯確かに本人が自慢したいのも分かるくらいには似合っている。
俺がやってもオールバックは似合わないと思うが、キッドさんは服装や雰囲気も相まってオールバックがよく似合っていた。
「ミーの髪型はイカしてるネ。じゃあ、この髪型は中学時代のボーイよろしく坊主だったらどうネ!」
「キッドさんが坊主⋯⋯ぶっ」
ほんの数秒前まで込み上げてきていた怒りはどこへやら。
坊主頭のキッドさんの姿を想像した瞬間に吹き出してしまった。坊主が悪い訳ではない。ただ、今の格好とあまりに似合わなすぎて⋯⋯ついつい笑ってしまった。
「それが答えネ、ボーイ」
「なるほど⋯⋯」
「坊主が悪い訳ではないネ。似合う人は確かにこの世の中にはいるよ!けど、ボーイの場合は違う⋯⋯そのルックスに坊主は宝の持ち腐れネ」
俺が野球部だった、ばかりに⋯⋯。
その点、サッカー部はいいよな。これに関しては部活を担当する先生次第ではありそうだが、髪型は自由だったから野球部のように全員坊主なんて事もなかった。
髪型か?野球部とサッカー部で人気に格差が出たのは?
俺が入部している野球部は強くはなかった。ゲーム風に言うならDランクとか中の下くらいの微妙な立ち位置だろう。
俺はその野球部で2年生からスタメンで出場していた。実力というより部員が少なかったから、でしかないが⋯⋯。
ぶっちゃけサッカー部も同じレベルだ。学校がそこまで力を入れていないから、強い選手が入ってくる訳でもなく地元の小学生が進学してくるだけだ。
なんだったらサッカー部は直近の大会だと1回戦で負けていたレベルだ。そのレベルの強さのサッカー部のエース。ぶっちゃけ凄くないとは思う。
となると、佐々木がクラスで人気者だったのは腹の立つくらい整った容姿と、頭の良さか⋯⋯。
髪型を変えた程度で俺が佐々木に対抗できる可能性はあるか? キッドさんの言葉を真に受けるならワンチャン⋯⋯って、タラレバを考えても仕方ないな。
ひとまずは俺に坊主は似合わなかった。それが分かっただけでいいじゃないか。
悲しい事ではあるが、坊主であったが故にクラスメイトの好感度が低かったと考えれば傷が浅くなる。もう二度と坊主にしないと心に誓った。
「何度も言うけど、ボーイはダイヤの原石ね。髪型を整えるだけで光り輝く素質を持っている」
「はぁ⋯⋯」
「ちなみに化粧水とかちゃんとつけてる?」
「特に⋯⋯」
引きこもりの俺は自分で買い物に行かないし、母さんは俺の事を嫌ってるのでそもそも美容品を手にする機会がない。妹に言えばワンチャン手に入るかもだが、そこまではしないな⋯⋯。
俺の返答が受け入れられなかったのか、NOーー!!!とキッドさんが立ち上がって叫んだ。視線が集中する。
正直、今すぐにでもこの場から離れたい気分だ。勘弁して欲しい。
「正直ありえない⋯⋯けど、肌の手入れを行わないでその肌ツヤ⋯⋯つまりボーイの生まれ持っての素質!やはりボーイはミーのお店で働くべきネ!」
ビシッとキッドさんが俺を指さす。
だから、人を指さすのは良くないと思う。言ったところでこの人はきかない気がするが⋯⋯。
「キッドさんはそう言ってくれますけど、ちなみに俺側にメリットはありますか?」
キッドさんが固まった。
今のところ俺にメリットはない。キッドさんの言葉を真に受けてそのまま解釈するのなら、俺が働く事でお客さんが増えるかも知れない。
加えて、店員が少ないと言っていたから一人増えるだけでも十分という事だろう。
メイドカフェがどのような仕組みかは俺も分からないが、客一組に対してメイドが一人つくようなタイプなのだとしたら、大きな問題だ。
そうじゃなくても、店員が少なければ対応できるお客さんを減らすしかない。言葉巧みに丸め込んで俺を従業員にしてしてしまえば、対応できるお客さんも増える、つまり利益が増える。
それはあくまでもキッドさん側のメリットで、俺を惹きつけるようなものではない。
「メイド服とか執事服とか着れるよ?」
「特にそういうの興味ないんで」
コスプレが趣味ならやってみたいと思うかも知れないが、俺にはそういった趣味はない。
メイドさんと一緒に仕事がしたい?そんな願望を持つ人間が、人間不信になって引きこもりになってる訳がない。
「お給金、結構高いよ」
「それは……」
お金というのはやはり、生きる上で必要不可欠なものだ。給料の値段で仕事を選ぶ人だっている。
今は引きこもりの俺も、いずれは働きに出てお金を稼がなければ生きてはいけない。俺はそこまで楽観的ではない。
今の世界がずっと続くとは思っていない。親父か、母さんかあるいは祖父母が俺を見捨てれば今の生活は破綻する。それが分からないほどバカじゃない。
だから、変わらないといけない!と今日はその一歩目を踏み出した。とはいえ、流石に決めるには早すぎるというのが俺の気持ちだ。
「お金はあって困るものではないです⋯⋯」
「なら!」
「けど、なんでキッドさんが俺に声をかけたか未だに腑に落ちないんです」
「それは」
ダイヤの原石だって言われてもその自覚は全くない。キッドさんが語るように人を惹きつける魅了があるのなら、チラチラとこちらを見る他のお客さんの好感度が30前後で留まる筈がない。
ほぼ、全員が同じ数値だ。店主さんが僅かに高い程度だろう。
俺の魅力など、所詮その程度だ。
キッドさんの気遣いや、おべっかに乗せられてその気になっても⋯⋯恥ずかしい現実に直面する未来しか見えない。
「俺はキッドさんが言うほど、素質はありません」
自分で言ってて悲しくなるが、それは事実だ。
ここまで言えば諦めるだろうか? 視線をキッドさんに向けるとため息を吐きながら、首を左右に振っている。呆れられた⋯⋯?
ショックを受ける自分に驚いた。
「やれやれ、ボーイは少しばかり自己評価が低い⋯⋯いや、低すぎるネ!」
「低い⋯⋯ですか」
「低いよ!仕方ないないね⋯⋯ボーイはこの席で待ってて。ミーが自信を付けさせてあげるよ」
「はぁ⋯⋯」
キッドさんがおもむろに席を立つ。そのまま歩き出したのでどこに向かうのか視線で追うと、カウンター席で座ってお茶している若い女性に話しかけている。
距離があるのでどういうやり取りをしているかは不明だが、女性が笑っている事からキッドさんが失礼をした訳ではなさそうだ。
それから3分ほど会話を続けていた二人が一緒に俺の元へと戻ってくる。
いやいやいやいや。キッドさんだけなら分かるが⋯⋯なんで女性も連れてくるんだ? 完全初対面の女性が近くに来るだけで緊張するんだが⋯⋯。
そんな俺の心境などキッドさんにはお構いなしなのか、そのまま女性を俺の前まで連れてきた。
「この人が?」
「イエース」
冗談でしょ、とでも言いたげな女性の声。頭上に浮かぶ数字が4つほど下がり30を下回った。
キッドさんが何を言ってこの女性を連れてきたかは不明だが、俺を見て明らかに残念がっていた。心にグサッときたな⋯⋯今の一言。
「ボーイ。ミーが言っていた言葉は全てお世辞じゃないネ!本心よ!ボーイは⋯⋯人を惹きつける魅力がある!」
「そうですか⋯⋯」
「そこのガールは、第三者としてボーイを判定してくれるそうネ。面食いらしいから判定は厳しめ!でもボーイなら大丈夫」
流石に荒療治すぎやしないか?
いくら俺が自己評価が低いからって、こんな事されたら心が折れるぞ⋯⋯うん。
「⋯⋯⋯⋯フッ」
というか今、俺の事を鼻で笑ったぞこの女性!めちゃくちゃ失礼じゃないか? え、俺この女性に素質があるか判定されるのか?
いや、もう既に判定が出てるな。態度で分かる。腹が立つな。
「ガールは判定は少し待って欲しいネ。ボーイもそのまま動かないで!」
キッドさんに言われるがままに動かずにいると、彼が俺の後ろに回り込み⋯⋯俺の髪に触れているのが分かった。
美容師でもない他人に髪を触られるのは正直嫌だが、何もしなければ女性にバカにされたまま終わる。
キッドさんは俺の髪型を弄って、女性を見返そうとしてくれているんだと思う。なら、俺はキッドさんを信じよう。俺も見返したいし!
「ボーイの場合は、顔を隠しているこの前髪と! 長い髪を纏めるだけで十分ネ!!!」
キッドさんが手馴れた手つきで俺の髪をセットしていく。といっても前髪を左右に分けて、髪を後ろで纏めた⋯⋯それだけだ。
ただ、変化は劇的だった。
「っ───!!」
女性の頭上に浮かぶ数字が増えていく。30を下回っていたものがぐんぐんと増え続け⋯⋯気付けば70を超えている。
俺を見る女性の視線も明らかに違う。先程までは俺の事を完全に下に見ていた。見下すような視線だ。
それが熱っぽい視線になっているので⋯⋯なんというか、あまりに露骨だ。
「どうだいガール!ボーイはかっこいいだろう?」
まるで自分の事のように誇らしげにキッドさんが俺の肩に手を置きながら口にする。
女性の反応をみればキッドさんが言いたい事は分かる。俺には素質がある。自信をもて、そう言いたいのだろう。
荒療治だ。
けど、実際にこの目で見ると⋯⋯キッドさんが言っている事は的外れじゃないと思えてきた。
俺には好感度が見える。だから女性の反応が演技ではないと分かる。
頬を赤く染めた女性は意を決したように口を開く。さぁ、判定結果を言ってくれ。その結果次第で俺は───。
「私も貴方の事を好きになったわ。付き合ってあげる」
「はい?」
女性の好感度が少し下がった。俺も意味が分からなくて首を傾げた。
「貴方が私の事を好きだから、判定して欲しいって言ったんじゃないの?結果が気になるの?なら合格よ!だから付き合ってあげる」
キッドさんを見ると顔を背けられた。この野郎!!!!
「歳下はタイプじゃないんだけど、貴方くらい顔がいいなら横にいてもいいわ。彼氏にしてあげる。光栄に思いなさい」
女性が胸を張る。控えめな胸だ。
「すみません、タイプじゃないです。俺、巨乳が好きなので」
「ボーイ!!!!」
───パチンという平手打ちの音が二つ、鳴り響いた。
なんで俺まで。




