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好感度が見えても上手くいくとは限らない  作者: かませ犬


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9.自信と選択

 顔にもみじマークをつけたキッドさんが俺の向かいでコーヒーを飲んでいる。時間が経過しているので既に冷めている事だろう。


 キッドさんの事はいったん置いておいて、視線を変えると窓に反射する自分が映っている。


 いつもと違う髪型に意識が向きがちだが、俺からするとキッドさんと同じくらいの位置についたもみじマークの方が気になって仕方ない。


「なんで、俺まで叩かれたんですかね⋯⋯」


「それはミーのセリフネ⋯⋯」


 俺たちの頬を思いっきりフルスイングした女性は、既に会計を済ませて店の外に出て行ったのでいない。


 どうしてビンタされないといけないのか、理不尽すぎる展開についていけていなかった。


 なんで俺に対して付き合ってあげてもいいわ、なんて上から目線できていたのか⋯⋯その真相はキッドさんが知ってそうだから後で追求するとして。


 それはともかく、俺が断ったからって暴力はダメだろ⋯⋯。いきなりすぎて躱せなかったぞ⋯⋯。


 いや、確かに前兆はあった!


 俺にしか見えていなかったが、女性の頭上の数字が恐ろしいスピードで下がっていたからな。


 だが、対人経験が不足していたせいで理解が遅れてしまった。次から女性の好感度が下がっていくのが見えたら動けるようにしよう。今回みたいに手が飛んでくるかもしれない。


 思わずため息を吐く。


 30を下回る数字から始まった好感度は、キッドさんが髪をセットする事で最終的に78まで上がり、俺の断りの言葉と共に14まで下がった。


 ゲームでもこんな上下する事なんてなかったな。これが現実か⋯⋯。


 好感度が目に見えて減少する光景は母さんで一度体験しているから、ショックはそれほどでもない。


 ただ、ゲームと違って言葉一つ間違えると取り返しのつかない事態になるんだと再認識した。言葉選びには気をつけようと思う。


「俺の断り方が間違ってたのは分かります」


「そうネ⋯⋯スレンダーな女性への断り方ではなかったネ」


 とはいえ、自分の性癖には素直でいたいと思っている。俺は巨乳が好きだ。あの大きなお胸に憧れすら抱いている。


 彼女を作るなら巨乳の女の子がいいと思っているくらいだ。この話を女性にしたら百パーセントに近い確率で引かれるので胸の内に秘めておく。


 あの女性に申し訳ないが、俺の好みのタイプではなかったんだ⋯⋯うん。あの人が巨乳でも断ってはいたがな。


 そもそもの印象が良くないんだよな。キッドさんに連れてこられて⋯⋯この人?みたいな見下しから入っていたし、鼻で笑われもした。


 キッドさんが髪をセットした直後に好感度が上がっていく光景は、掌返しが凄すぎて吹き出しそうになったくらいだ。俺とは絶望的に合わない。それは分かる。


「キッドさん⋯⋯あの女性をなんて言って連れてきたんですか? 」


 俺が女性の事を好きって聞いた。女性も顔が好みだから付き合ってあげる。みたいな感じだった。


 間違っても俺は女性に対して好意を伝えていない。つまり、俺の元まで連れてくる際にキッドさんが吹き込んだ訳だ。


「ガールの事を好きなボーイがいるんだけど、自己評価が低くて困ってるネ。ガールのような美人がボーイを引き上げてくれると助かるネって」


「それで?」


「ガールが顔を見て判断するって言ったから、ボーイの元へ連れてきたネ。ミーはボーイのルックスならガールが惚れるのは分かっていたよ!」


 キメ顔で椅子から立ち上がったキッドさんに、座ってくださいと突き放すように言う。勢いで俺を丸め込もうとしているのが分かったからだ。


「連れてき方に問題ありますよね?なんであんな真似を⋯⋯」


 そのお陰で、二人揃ってビンタされた訳だ。顔にもみじマークが残るくらいだ。普通に痛かった。


「ボーイに自信を持って欲しかったネ」


「それだけ?」


「それが重要よ!ボーイに何があったかは分からないけど、その自己評価の低さは生きていく上で苦労するネ」


「⋯⋯⋯⋯」


 キッドさんは俺の事情なんて何一つ知らない。猫大福さんのように相談したこともない。


 知らないなりに、俺の背を押そうとした。かなり荒療治だし⋯⋯俺の意思を聞かなかった行為なので思うところは当然ある。けど、悪意によるものではないんだよな。


 キッドさんなりの、善意。


「ボーイレベルのルックスなら本来こんなに自己評価は低くならないよ!心が傷付く何かがボーイにはあった。違う?」 


「⋯⋯⋯⋯」


 キッドさんの表情から察する部分はある。この人も多分⋯⋯俺と同じだ。誰かに裏切られたり、イジメや差別を受けた事がある。


 俺の場合はひとえに両親の離婚やイジメが原因という訳ではない。好感度が見えたせいで、人を信用出来なくなったのが大きい。


「ミーはそれなりに人生経験が豊富ネ。ボーイのような人を何人も見てきた。亡くなった人もいたよ。ミーもこの国では見た目が違うから⋯⋯苦労してきたよ」


「キッドさん⋯⋯」


「でも、今は違うネ。ミーにとって大切な人が立ち上がり方を教えてくれたネ。そのやり方と同じ方法で試したんだけど」


「それがさっきの⋯⋯」


 自分がそれで変われたから、俺に試した⋯⋯みたいな感じだろうか?


 そるにしたって荒療治だし⋯⋯人によっては悪化するぞ。まぁ、人は選んではいそうだが。


「自分を変える為に必要なのは『自信』ネ。他人になんて言われようと、どう思われてようと微塵も揺るがない、確固たる芯。自分に対する自信があれば人は前向きに生きていける」


「⋯⋯⋯⋯」


「分かりやすいのは筋肉よ!体を鍛え、引き締まったその肉体を見れば自然と自信がつくネ!」


 筋トレをすればポジティブになる、なんて話を聞いた事はある。万人ではない。当然、人を選ぶ。けど、確かに効果はあるだろう。


 筋トレによって体型が変わる、重量が上がるなどの小さな成功体験が自信へとつながり、積極的な行動をとれるようになる。


 キッドさんが俺に行った荒療治は筋トレに近いものがある。女性の反応を実際に俺に見せる事で、納得させたかったのだろう。


 そのお陰か、キッドさんの言葉がおべっかではないことは分かった。女性が俺に向ける好感度で、流石の俺も理解はした。


 とはいえ、自惚れるほどバカではない。ナルシストになるほど、自分の事が好きではないしな。


「ボーイはもっと自信を持っていいよ。過去に何があったかはミーには分からない。けど、ミーが見つけたボーイは⋯⋯誰よりも輝ける素質を持っている!!」


「その素質が、キッドさんのお店なら活かせると?」


「別にミーの店でなくてもボーイならやっていけるネ。けど、出来ればミーに手伝わせて欲しいネ。似た境遇を持つボーイが、広い世界に飛び立つ姿をミーはこの目でみたい!それが、ミーの我儘よ!」


 正直、悩んでいる。


 気持ちはキッドさんの口説き文句で揺れ動いている自覚はあるが、決めかねていた。


 今、俺はゲームでいうルート分岐の前に立っている感じだ。


 親父に会うことを目標として、一歩一歩前へ踏み出していこうと決めた。その最初の一歩目は三年ぶりに外の世界へ出ること。ただの散歩で終わる筈だった。


 それがキッドさんとの出会いで、激的に変わろうとしている。キッドさんが差し伸ばした手を取れば俺は、不特定多数の人と接する場へと、踏み出す事になる。


 引きこもりだった俺が───社会経験が不足している俺がそんな職場でちゃんと働けるのか? 不安しかない。


 何より人と接する事に恐れがある。先程の女性の反応を見れば中学生の時とは違うかもしれない。けど⋯⋯お客さんもまた様々だ。働くことで傷付く可能性もある。


 正直、怖い。


 一番簡単な選択は、話を持ち帰ること。


 キッドさんならこの場で選択しろと迫る事はないだろう。家に持ち帰ってゆっくりと考えればいい。一人で決められないのであれば、飛鳥や明日菜⋯⋯それに猫大福さんに相談してもいい。


「⋯⋯⋯⋯」


 それでいいのか?


 前へ進むんじゃなかったのか? 変わるんじゃなかったのか? 足踏みしている場合じゃないだろ!?


 家に持ち帰って⋯⋯今の熱が冷めれば、俺はまた楽な方へと逃げようとするんじゃないのか? だから三年も時間を無駄にしたんじゃないのか!?


 変わるんだろ!前へ進むんだろ!


「キッドさん⋯⋯」


「どうした、ボーイ」


 キッドさんに胸の内を打ち明けよう。俺の想いをそのまま伝えよう。それで、もし受け止めてくれるのなら⋯⋯。


「俺、中学の時に色々あって、人と接するのが死ぬほど嫌になって逃げました。逃げて逃げて、三年間ずっと部屋に引きこもってた⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


「人と接するのは今でも怖い。けど、このままじゃダメだって事は俺も分かってるます!」


 大きく息を吸ってから、息を吐く。


 俺を見つめるキッドさんの視線は、記憶の中に残る親父のように優しいもので⋯⋯。


「こんな俺でも変われますか! こんな俺でも、キッドさんのお店で働けますか!」


 キッドさんとの出会いはある種の運命だったと思う。あの出会いをきっかけに俺は変わる事ができた。



















『それで、どうなったの?』


 時刻は21時過ぎ。猫大福さんと交わした約束通りに18時から合流し、先日に続いてブロッククラフトで遊んでいる最中である。


 以前も話したがブロッククラフトはFPSのように一瞬も気が抜けないようなゲームではないので、緩く雑談を交わしながら遊んでいた。


 普段、猫大福さんと遊んでいる『vertex』に大型アップデートが入るらしく、どういう調整が入るか二人で話し合っていたな。


 俺たちが予想した通りに調整が入る事はまずないが、あれやこれやと話し合うのが楽しかった。


 それから話題が移り、猫大福さんが日中にしていた事を聞いた。猫大福さんは今月ちょっとして仕事があるらしく、彼女のお父さんの会社から派遣されてきた社員と打ち合わせをしていたそうだ。


 流石に仕事の内容までは聞けなかったが、基本的に動くのは社員の皆さんで猫大福さんは自宅で指示を出すだけらしい。なのでいつも通りゲームで遊べるよーって言っていた。


 で、順番が変わるように俺が日中何をしていたが猫大福さんに聞かれたのでキッドさんとの出会いや、やり取りを話したわけだ。


 ───結果から言えば採用だった。


 キッドさんは最初から俺を雇う気でいたからな。俺の手を取って一緒に頑張ろうって。その声が優しくてついつい泣いてしまった。


「それで⋯⋯働く事になりました」


『そっか⋯⋯それじゃあウインドさんと遊べる時間が減っちゃうんだね』


「いや、そんな直ぐには変わらないかと」


 猫大福さんの寂しそうな声に心が痛む。けど、こればかりは仕方ない。


 猫大福さんのように裕福な家庭ではないので、いずれは働きに出なければいけなかった。それが早いか遅いかの違い。けど、俺も三年間ずっと引きこもっていたブランクがある。


 いきなり週5の8時間勤務⋯⋯なんてできる筈もないので、最初の2ヶ月は慣らしで少しだけ入る事になった。


 経営者目線でみれば、せっかく雇入れた従業員なんだからバンバン働いて貰いたいところだろう。そう考えれば、キッドさんは俺にかなり寄り添ってくれている。ありがたい話だ。


『なるほど⋯⋯。2ヶ月は日数と時間は少なめなんだね。ボクもその方がいいと思うよ。いきなりは体がついていけないと思うし』


「そうですよね。2ヶ月で仕事をこなせるくらいには慣らしてみせます」


 俺に寄り添ってくれている、キッドさんの期待に応えたい。彼の言葉通り、人を惹きつけられたらいいな⋯⋯。店が繁盛する事でキッドさんに恩を返せると思うから。


 それに改めて給料面の話し合いもしたが、俺の予想よりもかなり高かったので、俺自身もやる気が出た。やはり金は大事だ。


『初出勤はいつから?』


「予定では三日後ですね。制服は準備してあるから、髪切ったり色々準備しておいでってお金渡されました」


『話を聞く限りだとすごい好待遇だねー。頑張ってね!おっと、そういえば聞き忘れていたけど、どういう仕事をするんだい?』


 猫大福さんに指摘されて、そこでようやく説明していなかった事を思い出す。自分の中で話した気でいたな。申し訳ないことをした。


「えっとですね。引かないでくださいよ⋯⋯」


『ボクがウインドさんを引く訳ないじゃん!』


 猫大福さんの明るい声に大丈夫だと確信を取って続きを話す。


「メイドカフェで()()()()()()働く事になりました」


『へ?』


「え?」


 ───メイドとして働くなら給料が3倍になるらしい。

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