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好感度が見えても上手くいくとは限らない  作者: かませ犬


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10.好条件とデジャブ

「正確には、たまにメイドとして働く形ですね⋯⋯」


『あ、うん⋯⋯ごめん、ちょっとまだ理解が追いついてないんだけど、どういうこと?』


「俺が働く予定のお店は店員さんが4人しかいないそうです。なので俺もメイドとして働いて欲しいらしくて⋯⋯」


『それはウインドを除外してだよね?』


 俺が黙ると、猫大福さん『え?』と驚いたような声を出した。


「俺を入れて4人の予定です⋯⋯」


『あーでも、個人のお店ならそれくらいは普通か』


「ただ、専業でメイドとして働いているのは一人だけですね」


『ほぇ⋯⋯』


 俺が働く事が正式に決まり、後日改名予定となっているお店『メイド&バトラーカフェ(予定)』について、少し語るとしよう。


 営業日は定休日の月・火を除いた週5日。営業時間は13時~23時と他の店舗とさほど大きな変わりはない。


 店員の人数は俺を加えて4人。キッチンを担当しているキッドさんはカウントに入れていない。つまりメイドだけをカウントした数字がこれだ。


 人数に関しては猫大福さんが言っていたように小さな規模なら普通。大手チェーン店とかと比較してはいけない。


 問題なのは専業として働いている者の少なさ。専業として働いているのはたった一人であり、後は学生だったり、休日にだけ副業として働いている会社員と内訳はかなりまずいのが分かる。


 学生の子も昼間は勉学に励んでいるため、お店に顔を出すのは夕方以降。会社員の人は平日は多忙の出勤しても週に一度か二度、それも仕事終わりだ。


 そのため、13時から夕方までの間は一人しかメイドがいないという。これではお店が回らないと頭を抱えたキッドさんがスカウトで町を回っていたところ、俺を発見したという訳だ。


 土日は学生の子だったり、副業で働いている会社員の人が出てくるのでメイドとして働かなくていいらしい。つまり、本来の予定であったバトラーとして働ける。


 けど、平日の場合───特に日中はメイドが一人しかいないという困った状況が出来ている為、俺にメイドとして働いて欲しいと土下座で頼まれた。


 キッドさん曰く、元の素材がいいから化粧したら女の子にしか見えないよ!と褒められているのか、男らしくないと遠回しに言われているのか、分からない言葉を頂いた。


 ぶっちゃけ女装趣味がある訳でもないし、そんな姿を他人に見られたくないので断っていたが⋯⋯、キッドさんに恩義を感じていたの受ける形となった。


 すまない、嘘をついた。メイドとしても働いてくれるなら時給を3倍にするって言葉の誘惑に負けただけだ。お金って大事。


 それに、本当にキツかったらバトラーに専念してくれても構わないって逃げ道も準備してくれている。


「一応、俺は今から3ヶ月くらいは体験入社って形で働いて⋯⋯その後、正社員として働く形です」


『バイトとかではないんだねー』


「俺もその予定だったんですけど、無職って事をマスターに伝えたらうちで正社員として働いたらいいよって」


『そうだね。それがいけるならそれがいいよ!年金とか保険だったり後で色々と面倒になるから』


 本当にありがたい話だ。体験期間を設けているのも、俺を気遣っての事だ。この期間に自分に合わなければ何時でも辞めてくれて構わないと、キッドさんは言っていた。


 お金の面での心配はない。この体験期間も、正社員の時と同じ条件で雇うそうだ。猫大福さんが言っていたようにここまで寄り添い、好待遇で迎え入れてくれるお店はなかなかないだろう。


 それだけ俺に期待しているって、俺の肩を叩きながらキッドさんは言っていた。その言葉に報いたい、そう心から思った。


 ちなみに、キッドさんが普通のカフェではなくメイドやバトラーをコンセプトとしたカフェを経営しているのはキッドさんの奥様の影響が大きいらしい。


 何でも、キッドさんの奥様がメイド服を着てみたかったとか。着たら実際に給仕をしてみたくなった。その奥様の想いに応えてあげて、お店を出したのがキッドさん。


 さて、察しのいい人は既に気付いていると思う。お店の店員のうち、一人はこのキッドさんの奥様だ。そして、専業として働いてるのもまた、この奥様である。


 キッドさんと奥様は同級生で、社会人になってから運命的な再会をして恋に落ちて夫婦になったとか。今年で結婚30周年と未だに熱々のお二人らしい。


 奥様の年齢には触れないでくれ。何も言ってはいけない。


『ボクとして一度ウインドさんを見てみたいけど⋯⋯』


「それだけはダメです。いくら猫大福さんとはいえ教えませんよ」


『ケチー!!』


 なんて言われようと教えたくはない。身内にも働く事になったと伝えてもお店の名前を教えていないんだ。


 バトラーとしてならともかく、メイドとして働いてる所を知り合いに見られたら心が死ぬ。絶対に見られたくない。赤の他人だからこそまだ受け入れられる。


「ん?」


 コンコン、と扉がノックされた。デジャブである。


 母さんはまだ家には帰ってきていない。飛鳥はこの時間は勉強している筈だ。中学三年生⋯⋯受験生である飛鳥は今が一番大事な時期だ。


 となると、このタイミングで俺の部屋を訪ねてくる人物は自ずと絞られる。


「すみません、妹が部屋に来たみたいです」


『妹さん?昨日のお兄ちゃん大好きっ子の子?』


「いえ、多分⋯⋯もう一人の方です」


『なるほど。うん、了解。ボクはこのままゲームしてるからさ、終わったらまた戻ってきてよ』


 猫大福さんに分かりましたと、返事を返して今度はしっかりとボイスチャットがミュートになっている事を確認してから、離席する。


 二人で今日どこまで進めるか予定を決めていたから、俺が戻ってくるまで猫大福さんは一人で準備して待っているつもりらしい。


 流石に昨日のように長くなる事はないだろう。


 もう一度、コンコンとノックの音がした。


 この時点で明日菜なのは確定だ。飛鳥ならノックの後に騒いでいる。お兄ちゃん開けてーー!なーんて感じで。


「今、開けるよ」


 一声かけてから扉を開けると、予想通り部屋の前に立っていたのは明日菜だ。


 以前は学校帰りだったので制服だったが、今俺の目の前にいる明日菜はパジャマ姿だ。飛鳥と違い、明日菜は部屋に押しかけてくる事が少ない。


 昨日のようにばったり出くわさないと、一日合わない日もあるくらいだ。なのでこうした姿を見るのを懐かしく思っていると、『ジロジロ見るなよ、気持ち悪い』と毒を吐かれてしまった。


 正直、お兄ちゃん傷つきました。


「話があるんだけど、中に入っていい?」


「あー、了解。綺麗な部屋ではないけど、とりあえず入って」


 部屋の中に招き入れると遠慮なく入っていき、俺のベッドの上に足を組んで座った。この遠慮のなさが明日菜だな⋯⋯。


 それにしても美少女がベッドに座っている光景は、ゲームのように絵になるな。俺の妹は二人とも可愛い。すごい可愛い。タイプの違う可愛さだ。


 明日菜と向かい合うように椅子を移動して腰を下ろす。普段は結んでいる黒髪は、この時間なのもあって下ろされている。


 向かい合う事、数秒。未だにお互いに口を開いていない。俺の向かい側で座る明日菜は自分の髪をクルクルしている。


 昔からある、明日菜の癖だな。退屈だったり不安を感じている時に良くしていた。


 自分から訪ねてきて俺と話がしたいと言った張本人がこの状況で、退屈だと感じている事はまずないだろう。ないと信じたい。


 となると、明日菜は今⋯⋯不安に感じている?だとすれば、話を切り出すのは俺からの方がいいな。


「それで、俺に話したいことがあったんじゃないか?」


 髪の毛を弄っていた手が止まり、俺と目が合う。


「さっき、飛鳥と話をしてきた」


「そうか」


 話をして俺の元に来たって事は飛鳥から俺が働く事を聞いたのだろう。飛鳥と話している時は明日菜はまだ帰ってきてなかったからな。


 部活が終わって、二人でご飯を食べながら話したんだと思う。


「兄貴は⋯⋯働くのか?」


 明日菜の声が弱い。心配しているのか?俺がちゃんと働けるか、心配している感じだろうか。 飛鳥に告げた時は引きこもり歴長いけど大丈夫?ってかなり心配されたしな。


「今日、外に出た時にちょっとした出会いがあったからな。人との巡り合わせだよ。俺もこんな直ぐに働く事になるとは思ってなかった⋯⋯」


「そう⋯⋯」


「仕事に関しては、実際にやってみないと分からないけど⋯⋯俺もいつまでも引きこもってる訳にはいかないと思ってる。お前たちに胸張って、ちゃんと働いてるって言えるように頑張るよ」


「⋯⋯⋯⋯」


 俺はかなり恵まれていると思う。キッドさんと出会えたお陰で、働き口を見つける事ができた。


 万が一、仕事をやめるような事があっても直ちに生活に困る事はない。死ぬこともない。だから、挑戦するべきなんだ。


 いつまでも妹たちに不甲斐ない兄の姿を見せる訳にはいかない!


「兄貴は、逃げたりしないよな?」


「逃げる? いや、ないとは言わないが……」


 せっかくキッドさんが声をかけてくれて、こんな好待遇で迎え入れてくれているんだ。職場から直ぐ逃げ出すような男にはなりたくないな。


「明日菜?」


「…………」


 明日菜の様子がおかしい。


 俺に向けられている視線がいつになく険しい。鋭い視線は俺を、いや俺越しに何かを睨んでいるようだ。


「クソジジイみたいに……、逃げたりしないよな?」


「───っ!」


 幽鬼のようにゆっくりと立ち上がった明日菜が椅子に座る俺との距離を詰める。俺はその様子をただ、見ている事しか出来なかった。


 明日菜が俺と誰を重ねているか、理解してしまったからだ。


「兄貴は⋯⋯」


 あの日、家族が崩壊して心に傷を負ったのは、俺だけじゃない。


 ずっと⋯⋯俺に見えないように、俺に心配させないように明日菜(いもうと)も一人で耐えていた。


 誰にも言わずに、抱え込んでいた。


 「あたしたちを、置いていかないよな?」


 明日菜の瞳から涙が零れ落ちるのが見えた。


 両親が離婚して、親父が家を出て行った事が明日菜にとってトラウマになっている⋯⋯。そんな事は分かりきっていた筈だ。


「もう、家族がいなくなるのは嫌だ⋯⋯」


「明日菜⋯⋯」


 俺は家を出ていくなんて一言も言っていない。仕事を始めると言っただけだ。


 あるいは俺が家の外へ出ることを嫌がったのかもしれない。引きこもりになってから俺が家にいるのは当たり前になった。


 親父が家を出て行ったからこそ、いつも家にいる俺という存在が、明日菜にとってある種の心の安寧となっていた。そう考えれば明日菜が曲解してもおかしくない。


「だから───」


 目の前まで近寄ってきた明日菜が、俺の肩に手を置く。ギュッと握られて痛みが走る。


「明日菜?」


「既成事実を作ってでも、あたしが兄貴をここに留めるのは間違っていない」


「明日菜───!?」


 気付いた時には床に転倒していた。椅子に座っている状態から無理やり押し倒されたらしい。頭を打ったらしく、痛みが走っている。


 痛みに悶えてる最中に衣擦れの音が耳に入る。嫌な予感がした。


 痛みに耐えつつ視線を音がした方へと向けると、パジャマの上を脱いだ明日菜が獲物を前にした肉食獣のように俺を見下ろしていた。


 もっと早く気付くべきだった。明日菜の頭上の数字が、ゆっくりと増えていた事に。


「兄妹の絆を守る為なら⋯⋯エッチしても構わないよな⋯⋯兄貴!」


「その理論はおかしい!!!」













 ───いくら双子とはいえ、倫理観が狂っているところまで似ないで欲しかった。

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